複雑・ファジー小説
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.7 )
- 日時: 2018/04/19 22:20
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
「うおおうめえうめえすげえ美味いよ月島くん!! 何が入ってるのこれ! いくらでも食べられるよこれ! 何で僕はこんな美味い物を知らなかったんだ! 人類としての恥だね! 馬鹿だ! 何て馬鹿なんだこの僕は!あ!月島くん!!君の方にあるこのベーコンの奴も食べていいかな!?」
「落ち着け」
天照学園の近くのショッピングモール、その名をショッピングシティツクヨミ。地方最大の規模を誇る巨大商業施設で、地元の人間は勿論、この誘並市に来た観光客もここによく来るらしい。4つの建物で構成されていて、それぞれイーストビル、ウェストビル、サウスビル、ノースビルと名付けられている。
施設の中には部活帰りらしき、天照学園の制服を着た人たちで賑わっていた。僕の隣にいるのは空前絶後にして天下無双の絶世の美少年の筑紫である。こそこそと耳打ちをする周りの目、特に女子の目線が多少気になる。
確かに学校からツクヨミに来るまではまっすぐ来ることができたが、恥ずかしながら入り組みに入り組んだダンジョンの様な施設の中で盛大に迷ってしまった。いい年こいた男子が二人揃って仲良く迷子である。30分ほどうろちょろと彷徨った結果、ようやくノースビルの連絡通路のそばにマクドナルドの看板を見つけた。
小奇麗な店内に僕と筑紫が丸いテーブルを挟んで座っているが、そのテーブルにはうず高く積まれたハンバーガーの山。今にも崩れそうなそれを、凄い勢いで筑紫はがつがつと捕食している。その光景はさながらブルドーザーが整地していく様を彷彿とさせた。あるいは草食動物の死骸を貪るライオンのようだった。
「今日は僕が初めてハンバーガーを食べた日だからこの日をハンバーガーの人して日本の総人口一億総動員でお祝いしよう!!未来永劫にこの日は記念日だ!!」
「……」
僕はコーラをストローで吸い込んだ。弾ける炭酸が僕のノドを刺激して、胃の奥に流れていく。その臓器の中でゴボゴボと空気が生まれる。
人が変わったような筑紫。変貌というか二重人格か。というか登場していきなりキャラ崩壊すんな。
怖えよ。
さっきの自らの価値がどうだとかいう高説はどこに行った。
「ねえ、筑紫」
「何だい?僕のハンバーガーは一つたりともあげないよ」
「いや、そうじゃなくて…、周り見てみてよ」
「む?」
僕の言葉に店内を見回す筑紫。まあ何というか、それなりに混雑したこのマクドナルドで、大量のハンバーガーを大騒ぎしながら爆食いすると当然の如くかなり目立つ。それが筑紫のような人並み外れた美少年なら尚更である。やはり近くのテーブルに座っている人たちからの痛々しい視線をひしひしと感じる。
ようやく我に返った筑紫が「こほん」と咳払いをする。
「見苦しいところを見せてしまったね。さて、さっきのシュミレーティッドリアリティの話の続きなんだけど。」
「そんな話はしてなかったけどね」
今になって知的ぶろうとしても最早手遅れである。危うく謎の記念日が一つ増えるところだった。
「この僕としたことが取り乱してしまったね。恐るべし、マクドナルド。侮れないね」
「恐ろしいのは筑紫だと思うけど」
取り乱すどころか狐憑きみたいになっていたけど。
厨房の方を見ると制服姿のレンが時折こっちの方をちらちらと見ながら働いている。ポテトが上がった時の電子音が聞こえ、いそいそと作業に勤しんでいた。
「どうだい月島くん、この誘並は?」
すっかり落ち着きを取り戻した筑紫が僕に聞いた。彼の口の端にソースが付着しているのを見なかったことにして、僕は答える。
「やっぱ人が多いね。びっくりしたよ」
「君は登潟中学の出身だっけ、あそこは割と田舎だよね」
「随分とはっきり言うね……」
まあ否定はしない。どころか全身全霊で肯定する。
「僕がびっくりしたのは何よりも天照学園で月島くん、君に出会ったことかな」
「僕に?」
「そう、まさか全中時代に背中合わせで共闘した君とこんな所で会うとはね」
「……」
この人は僕を買いかぶり過ぎな気がする。第一筑紫はベスト8に入ったけど僕は一回戦で惨敗した。地方大会の決勝でもボコボコにされたし。背中合わせなんて形容するのも馬鹿馬鹿しい、完全なピラミッドの様な関係である。
「君との出会いは僕にとって揺るぎない価値観をぶっ壊されるような、酷く衝撃的なものだったよ」
「そこまで言うか……?」
「当たり前じゃないか。地区大会の決勝で八百長を持ち掛けたのは僕の10数年の人生の中で君が当然の如く初めてだからね」
「……」
ノーコメント。
「ところで月島くん、聞きたいことがあるんだけどいいかい」
筑紫はポテトを頬張りながら言った。机の上のハンバーガーの山は先ほどよりもいつの間にか随分と低くなっている。
「うん、何だ?」
「言いたくなかったら言わなくていいよ。答えたくなかったら答えなくていい。これは僕の純粋な興味と知識欲だ」
「うん」
「君が1か月入学が遅れた理由を教えて欲しい」
「えっと——……。」
隠すようなことでも無いけど、しかしここで吹聴することでも無い。
いくら中学時代の友達の筑紫が相手と言えど。
僕には無意味に秘匿したいことの1つ2つある。
「言いたいか言いたくないかで言えば言いたくないかな」
「じゃあこうしよう」筑紫が指を5本立てた。「僕が5つだけ質問する。君はそれにイエスかノーかで答えてもらえるかな。それ以外は何も言わなくていい。まあ軽いゲームみたいなものかな」
「ウミガメのスープだね、OKそうしよう」
僕は筑紫の歯形が付いたベーコンレタスバーガーをかじりながら頷く。うん、おいしい。
「1つ目、その出来事は、君の地元で起こった、イエスかノーか」
「イエス」
「2つ目、その出来事は持続的なものでは無い、単発的なものだ、イエスかノーか」
「イエスとも言えるしノーとも言える。どちらかと言うとイエス」
「なるほどね……、3つ目、それは今日君がわざわざ新幹線を選んでこっちに来た理由に関係している」
「うわあ……」もう確信を突きに来ている。「イエスだよ」
「4つ目、これで王手だよ。その出来事で多くの人間が……、凄い数の人が、命を落とした、イエスかノーか」
「イエス」
「もう十分だね」筑紫はにこりと口角を上げる。「何というか、随分と数奇的な運命を辿ってるじゃないか。——いや、奇数的な運命とも言うかな、君にとっては善か悪か、良か不良か、何にしろ二つになんて『割り切れない』んだろうし」
「上手いこと言わなくていいから……」
僕は火の消えたマッチ棒のような気持ちになる。そりゃあこんな的確に的を射るような質問ばかりされると、心の中をのぞき見されてるようで気が滅入る。
「で、あと一回質問をする権利があるけど、それを行使する?」
「うーん、そうだね……」シニカルに笑って考えるような仕草の筑紫。「じゃああと一つだけ聞こうか」
「OK、何を聞く?」
筑紫は言う。
「さっきも言った通りこれはただの僕の興味と知識欲だ。何なら答えてくれなくても、沈黙を解答としよう。5つ目——」
知識欲。
感心。
貪欲で聡明な人間ほど、恐ろしい生物はいない。
「——5つ目、君はその出来事において、被害者でもあり、加害者でもある。」
「答えは、」
僕は答える。
「答えは『どちらともいえない』」
なるほどね、と筑紫は頬杖を突く。
「結構ニュースになったっけね。まさか僕の予想通り君が絡んでたとは。」
「僕の予想通りって……。」
まあ僕の平和な地元で起こった唯一と言っていい程の前代未聞の大事故であり大事件である。筑紫くらいなら僕が入学が遅れたと聞いた時点で気づいてもおかしくは無い。誘並でもニュースで大体的に報道された出来事である。
これを知ってるのは筑紫を除けば、レンやポチの言うところの『月じい』と、僕の親戚の月じいとその娘、憩ぐらいか。
「……そういえば」僕は話を変える。「そういえばこれを見てほしいんだけど」
「んん?」
ふと思い出して僕はポケットからお守りを取り出した。誘並駅で色白の三つ編みの女の子から受け取ったあの朱色のお守りである。
それを僕から受け取った筑紫は「むー……」と眉をひそめながら唸って穴が開くんじゃないかと言うほど見つめてから言った。
「月島くん。これってどこで手に入れたんだい?」
「誘並駅。知らない女の子から僕が落としたとか言って渡されたんだけど、絶対に僕の物じゃないんだよね」
「むー……」
めちゃくちゃ悩むような筑紫。めちゃくちゃ悩みながら口にハンバーガーを運ぶ。
「この裏に書かれた勾玉のマーク、見えるよね?」
筑紫はお守りを指で示す。言った通り勾玉が三つ向かい合わせに寄り添った紋章。
「うん、これがどうしたのかい?」
「このマークは『面影神宮』っていう神社の紋章なんだけどね」
「ああ、あの……」
面影神宮なら僕も少しの知識がある。この誘並市の中心部にある、かなりの規模を誇る神社。『神の棲まう町』と呼ばれるこの誘並市においても、トップクラスの知名度がある、と観光ガイドに書かれてあった。
「この紋章、巴勾玉と言われてるんだけど——がこのお守りに書いてあるってことがちょっと、いや猛烈におかしいんだ。」
「は?どういうこと?」
「まずは面影神宮について説明しようかな、うおっ!チキンフィレオも美味え!!」
「集中しろ」
「面影神宮。正式の名を八心面影八幡宮。日本中の八百万の神という神が集う誘並市の中でも指折りの規模を誇るどでかい神宮だよ。主宰神は常世の神、八意思兼命とも、誘並の地に古来から済む『よくわからない』土着神、『面影さま』とも言われてるね」
「へえ」
流石専門分野。勉強になる。
「ご利益は八意思兼命を由来とする知恵や学問や至誠、あと天候安定。それと土着神の『面影さま』を由来とする記憶や追憶などと言われている」
「後者だけ何だか曖昧だね」
「そう、『面影さま』は未だに不明なところの方が多いんだよ。八意思兼命と一身同体の姿と書かれてる書物もあれば、その従属と記されてるものもある。で、このお守りの話に戻るけど」
「うん」
「面影神宮にはお守りは売ってないんだ」
「はあ?」
まさかの発言。僕の口からストローが離れた。
「面影神宮の神は面影神宮の外には出ない——なんて話を聞いたことがある。なんてたって土着神が祭神だからね。言うなら八意思兼命もとい面影さまがこの神宮に縛りつけられてるような感じかな。だから神の加護を身に着けて持ちあるく祭具——お守りはこの神宮では作られていない。」
「だったらこれは何なんだい?」
「恐らく偽物だね。今すぐに処分した方がいい。」ジュースを飲みながら筑紫はそう言い切る。「土着神は基本的に祟り神だ。まあ必ずしもじゃないけどね。でも神様の意向にそぐわない物を持っていることは極めて危険だ。何なら僕の知り合いにお願いして処分してもいいよ?」
「じゃあお願いしようか」
「OK」
筑紫は言ってお守りを懐の中に入れた。
「一応このお守りについて調べてみるよ。面影神宮の名を騙ってお守りを販売する輩がいるかも知れないし。ある意味これは一種のテロみたいなものだ」
「テロとまで言うか……」
「地着神をあまり舐めない方がいいよ。元を正せば大自然そのものに畏敬を表し生まれた信仰だ。有名なクナドの神、ミシャグジさまとか聞いたことないかい?」
「あー諏訪大社の神様だっけ」
ミシャグジさま。
諏訪信仰に関わる、境界と豊穣を司る神様。神官に憑依して宣託を下す蛇神。祟り神として有名で、敬称を略したゲーム会社が盛大に祟られたという話があったり。
「ところで月島くん」
ハンバーガーを掴んで筑紫。さっきまであった大量のハンバーガーは全ていつの間にか無くなっていた。代わりに丸められた包み紙がテーブルの上を埋め尽くしている。
「君は剣道の推薦でこの学校に入学したんだろ。でももうその剣道部は無くなっている。だったら君はこれからどうするのかい?」
「うーん、まだ分からないかな…。こうなったらいろんな部活を見学して、気に入った所に入ろうとは思ってるけど……」
「もし良かったら僕たちの所に来ないかい?同好会という形で剣道部の再建を目指して何人かで活動してるんだ」
「あー……」
確かレンが言ってたっけ、そんなこと。
何も置いてなかった、誰もいなかったがらんどうの武道場。インターハイ元優勝校の凋落。
まるでこの僕のように地に堕ちていて。
「まあ考えてみるよ」
僕は曖昧に返事をした。今返事をしても仕方ない。
「そうだね、まだ誘並に来たばっかりなんだからゆっくり考えるといい。この学校は誰も把握してない程多くの部活があるからね。」クスリとほほ笑む筑紫。「じゃあもう出ようか。お腹一杯になったしさ」
そりゃああれだけの量のハンバーガーを一つ残らず食い尽くしたらお腹いっぱいにもなるだろ、と言いたかったけど口には出さなかった。トレイからはみ出さんばかりの包み紙を乱雑にまとめてから筑紫は席を立った。
「ウチの同好会には面白い人がいるからいずれ君にも紹介するよ。僕の姉の姫菜も一応在籍してるし、今のところこの僕と灯ちゃんとかあやめちゃんの4人が居るから是非月島くんにも入部してほしい」
「姫菜は知ってるけど、灯ちゃん、ていう人とあやめちゃん、っていう人は僕は知らないな。どういう人?」
「まあそこは追い追い紹介するよ。」
にこりと芸術品のような笑みを浮かべて、「行こう」と筑紫は言った。