複雑・ファジー小説
- Re: Re:Logos ( No.8 )
- 日時: 2018/02/26 21:42
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)
暗闇の中、地底に聳え立つアガルタ。あの場所は自分達が生きて帰らなければならない場所なのだ。後部のハッチを開き、背後に広がる暗闇を睨み付けた。死した戦友を置いてきてしまった。骸も骨も拾えなかった。だが、自分達は生き残ってしまった。どんな顔をして帰って良いのかが分からず、陸は散弾銃の折り畳まれたストックを開いた。素直には喜べない、喜んで良いとも思えない。頭を抱えながら後部ハッチから上半身を出し、散弾銃を暗闇へと向けた。無線機が故障している以上、どうにかして気付いて貰わなければならない。格納庫にLAVをぶつける訳にも行かず、仕方なしに照明弾を撃たなければならない。
8ゲージの大型照明弾、夜空に撃ち上げたならば煌々と煌き、中空を揺らめきながら落ちていく。それを放てば気付いてもらえるだろう。上を睨みながら、一発撃ち上げると鮮烈な閃光が辺りを明るく照らし、眩しさに目を細めた。照らされたアガルタを見据えながら、ハッチを閉じる。
「気付いて貰えるかなぁ……」
「これで気付かなかったはアガルタの警備部、全員目玉がないよ。マジで」
ヴァルトルートの軽口に小さく相槌を打って、陸は散弾銃に次弾を込めた。前時代的なポンプアクションであるが、防衛部のような荒事専門の輩は信頼性、実績を重視する傾向がある。壊れにくく、整備も容易く。何より安い。そんな物を選択するのは仕方ない話である。何より陸もこの銃を気に入っていた。ノスフェラトゥへも一撃で致命的な"損傷"を与える事ができ、軽くて取り回しも良い。警備部五科の需品センスには感心せざる得なかった。
「戦いの匂いでもしたかね」
「いや、そうじゃないんだ。照明弾で別の物を呼び寄せてしまったらって考えてね。銃座の残弾も少ないし、すぐ反撃出来るようにしておこうかな……って」
「備えあれば憂いなし。若いのに感心、感心」
大仰に語るアサシグレだったが、彼も陸と同じ考えを持っていたようで、窓という窓を鎧戸で閉じ、座席の位置を下げて、PDWを膝の上に置いていた。四人のうち二人が何時でも戦えるようにと銃を拵えたためか、車内は再び緊張に包まれ、フルートの表情がやや険しい物へと変わっていった。
「緊張してるのかね、台風娘」
そうアサシグレに煽られてもフルートは憤慨する事もなく、自動小銃の下部へとアタッチメントとして使える散弾銃を取り付け、大きく溜息を吐く。彼女の視線は後部ハッチに向けられ、安全装置を外したそれの銃口を向けていた。
「……マジで?」
何故こんなに緊張しているか分からないヴァルトルート。そんな彼女の口から出た疑問に誰も答える事もない。代わりにアサシグレがセーフティを外した乾いた金属音だけが、車内に響く。腹を括ったように溜息を吐いて、短機関銃を手に取り、ハッチを見つめた。
その時だった、車体側面を何かが擦るような、ザリザリとした音が聞こえ、全員が息を呑む。ヴァルトルートは青褪め、まるでこの世の終わりとでも言いかねない表情を浮かべながら、その音を目で追った。音は少しずつ車体後部へと向かい、遂にハッチの前で音が止んだ。
「お迎えかね」
軽口を叩くアサシグレだったが、語気は静かで重苦しい。覚悟を決めているようで、ヴァルトルートは緊張した面持ちで銃を構えた。都度都度、聞こえるハッチを叩く音、叩かれるたびに鼓動が早まっていく。手が震え、まともに照準を定める事が難しい。
「……どちら様かなぁ」
苦し紛れに吐いた陸の軽口に応答はない。代わりにハッチが叩かれ、歪んでいく。微かに外の風景が見え始め、陸やアサシグレは銃口をハッチへと向け、フルートやヴァルトルートは引き金に指を掛ける。彼女達の表情には緊張の色が見え、微かに恐怖に歪んでいるようにも見えた。射線から離れるように陸もハッチから離れ、ヴァルトルートの隣に腰を下ろした。微かにヴァルトルートが震えているのが見て取れた、その瞬間。歪んだハッチの隙間に手が突っ込まれ、引き剥がすようにしてハッチが開かれたのだ。片方でも成人男性一人分の重さは確実にあるだろう、そんなハッチが後方へと投げ捨てられ、人間の背丈ほどの何かがLAVの中へと飛び込んでくる。叫びながら、その何かに発砲するヴァルトルートとフルートだったが、銃弾に怯む訳でもなく、一切止まる気配を見せずにフルートを押し倒し、馬乗りになると聞き覚えのある笑い声を上げていた。
「いやぁ……生還おめでとう。ビックリした?」
柔和で聞き覚えのある声に呆気に取られるヴァルトルートとフルートだったが、同時にアサシグレと陸は笑い声を上げていた。LAVの中に飛び込んできたのはハルカリだったのだ。服は銃弾によって穿たれ、彼方此方穴が空いていたが本体には一切傷がない。ボディーの剛性が他のオートマタとは段違いなのだ。
「……グル?」
「そだね。照明弾撃った時から外に居たしね」
「鎧戸を下げた時、ちょっとな」
じとついた視線を往なしながら、ネタ明かしをする二人を見ながらハルカリは笑っている。彼女の下敷きになっているフルートはどうにかしてハルカリを退かそうとしているのだが、力負けしているのか手足をばたつかせるばかりで身動きが取れずに居る。
「君達だけでも生きていて良かった。帰ろっか、アガルタに。五科長が喜ぶよ」
口がなく、人間らしい表情のないオートマタは出来る限りの満面の笑みを浮かべながら、四人に語り掛け嬉しげにフルートの頭を撫で付けていた。