複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.1 )
- 日時: 2018/02/01 14:17
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
「知君(ちきみ)、今お前どこだ?」
久々の休日を謳歌していたところ、急に奏白(かなしろ)からのメッセージが届いた。マナーモードにしておいたphone(フォン)の通知が鳴り、急ぎ開いてみると所在地を尋ねられていた。学校で友人から教えてもらった雑貨屋に向かおうとしていたところだと、最寄り駅と共に伝えると、すぐに電話がかかってきた。
先日独り暮らしを始めたばかりのせいで、家の景色が殺風景であり、ちょっとでも飾れるものをと思って友人に勧められたお店に向かおうとしていた。高校と今の住居の間にある場所で、定期券の範囲内なので、電車賃はかからない。いいところを教えてもらえたものだと、一月ぶりの学校も勤務もない一日を使って訪れようとした、そんな矢先の連絡だった。
嫌な予感しかしない。休日が潰されそうな虫の報せがあり、電話に応対するのが億劫に思われた。しかし、自分の疲労感や抵抗などまるで障壁でないと言わんがばかりに勝手に自分の手は動き、「はいもしもし」と応答してしまっていた。自分がこうやって休んでいる中、被害に会う人が出るやもしれぬと思うと、彼にとってその行動は仕方のないものと言えた。
「知君、今来れるか?」
奏白の人柄を表すような、快活で爽やかな活気に満ち溢れた声が聞こえてきた。しかしその語調は普段よりもひっ迫したものであり、何かよからぬことでも起きたと察せられる。
「行きます。どこへ行けばいいですか」
やはり出動の要請だったかと、嫌な予感が的中したことを嘆いた。自分が出動する時など、決まって良くないことが起こっているに決まっている。自分たちに仕事が回ってこないことこそが平和の証だというのに、どうしてこうも事件は起こるのだろうか。
フェアリーテイル対策課、第7班の知君は頭を抱えた。先月新たに警察署内で結成された、出来立てほやほやの課なのだが、急に設立されただけあって中々の仕事量が回ってきていた。全部で十班あり、シフトを組んで事件に当たっているのだが、それ以上に事件の発生件数が多い。
フェアリーテイル、その存在は昔から何件も報告されてきていた。そのため、本来はそれほど気にするようなことではなかったのだ、単なる守護神としては異質な存在、それだけだった。
多くの人が被害に会い、怯えていると思うと、胸が痛くなる。どうして世の中は平和になってくれないのだろうかと、いつも思う。争うだけ誰かが傷つくというのに、どうしてそんなものを続けられるというのだろうか。かつて奏白に相談してみると、顔に似合って女々しい言葉だと笑われた。が、その後に確かに仕事は少ないほうが嬉しいと続け、最後にはぶっきらぼうにお前は優しいなと言ってもらえた。おそらく、胸の内に秘めている理想は同じなのだろうと知君は思う。
「今日は偶数班が勤務のはずですけど……」
「あいつらは今case1(ケース1)を追ってる。まあまた取り逃がしそうだけどな」
「やっぱり、シンデレラは別格なんですね。それで僕らの担当は何ですか?」
厄介どころといえば赤ずきんだろうか、それとも桃太郎だろうか。桃太郎はまだ理解できるのだが、赤ずきんもなぜだか随分武闘派の厄介極まりない守護神の一人だ。統制を失い、実体を得た守護神というだけでも過去に無かった事例だというのに、その気になれば大量殺戮を行えるだけのスペック、フェアリーテイルと総称される一部の守護神は誰も彼も三桁ナンバーと同等以上の力を持っている。中でも武力に特化している先に挙げた二人は、これまで対策課も痛手を負わされてきているほどに、腕利きの指名手配犯だ。
ただし奏白自身も腕利きの武闘派で、どうせ誰かが検挙するならいつか手合わせしたいと先日から言っていた。それならば電話越しの声音ももう少し興奮して聞こえそうなものだが、そのような様子は無かった。これはつまり、別件を担当しているのだろう。
「アンノウンだ。初感知はついさっき、特定された現在地は警察庁の半径1キロ以内だ」
アンノウン、正体不明という意味だが要するに現れたばかりの個体という訳だ。おそらくは、シンデレラにかかずらっている、出勤中の2、4、6、8、10班の代わりに対策室で待機していた奏白が探索チームからの報告を受けてアンノウンを取り押さえようと仕事を買って出たのだろう。
アンノウン、どういった性能の守護神なのか確かめなければ大きな災害となるかもしれないため、放置できない。場所が警察庁近辺というのが、危機感の欠如からきているのか、実力からくる自信が由来なのか分からず、手は出しにくいのだろう。
そういう時には遠慮なく若いのに仕事を回してくるんだなと知君は目的地手前で大きなため息を一つこぼした。出る杭が打たれるのは仕方ないが、それにしても大人はもう少し自分に寛容になってくれてもいいじゃないかと抗議したい衝動に駆られる。
しかし、現実的に考えると奏白といい、三人目といい、第7班は少数精鋭で成り立っている。人数こそ少ないが、危険な現場に駆り出される頻度が高くなってしまうのは理解できなくもない。下手に他の班員を派遣したところ、帰らぬ人となってしまったとなると、きっと自分たちも寝覚めが悪くなることだろう。
感知されてから今まで、一応そのアンノウンは動く気配が無いとのことだった。電車で来てくれてかまわないと奏白は告げ、その間は自分と妹とで見張っておくと付け加えた。その二人が見張るというなら、どこかへ取り逃がすような事態はそうそう起こらないだろう。彼らの守護神の能力は索敵、偵察、果てには戦闘にまで応用が利く。
買い物はまた後日にしましょうかと、もう目と鼻の先にまで迫っていた雑貨屋に踵を向けた。そのうちまた休日は貰えるだろうし、何なら学校帰りに寄るのでも構わない。人々の安全な生活が何よりも大事、そんな警察官のようなことを考える。
いつ対象が動きを見せるか分からない。そのため、できるだけ早くこっちへ来てくれと奏白は知君に頼んで、返事を待たぬまま通話を切った。確かに通話したままだとアクセスできないためそれも仕方ない。
「まあ警官みたいというのはあながち間違ってる、って訳でもないですけどね」
知君自身は、他の第7班の二人とは違って知君は警察官ではなく高校生である。諸事情あって先月から協力を受け入れているだけで、できれば平穏に学生生活を過ごしたいと常日頃から願い続けている。能力があったって、守護神がいたって、良いことづくめとは限らない。戦争の道具が、火薬と鉄から守護神に変わっただけだ。
フェアリーテイルの一連の騒動は、そんな傲慢な人間に対する守護神からの鉄槌ではないか、そう提言している開設者を以前にどこかのニュースで目にしたような気がする。守護神にも意志があり、好みがあり、正義がある。それは知君自身が近代を生き抜く中で学んできた事実である。
最寄り駅に電車が付くのはちょうど五分後、ぎりぎり間に合うだろうかと思った彼は、駆け足で今来た道を戻るのであった。
「兄さん、先に私たちだけで突撃しませんか」
警察署の一室、仕組みを理解するのも困難な複雑な検知機器が壁一面に立ち並ぶ部屋の中、二人の捜査官は待機していた。フル稼働して熱を発するコンピューターが観測したデータを大画面のモニターで見ながら、若い女性捜査官は隣に立つ男性に話しかけた。
二人の顔はそれほど似てはいなかったが、どことなく表情や立ち振る舞いには似ている面影があった。警察の若手において最有力のエース、それがこの二人である。肩まで伸びた髪をゴム紐で束ねた女性は新卒で今年入ってきたばかりの新米だったが、兄に似て既に検挙数は同期の中で一番だった。女性だというのに、男性よりもずっと働いていると評判である。整った容姿をしているとはいえ、かなり気が強く、少々視線が鋭いのだが、それがどことなく男性の心を煽るらしく、密かに彼女に恋焦がれる者も少なくない。
「んー」
通話の終わったphoneを一度ポケットに収納し、呼びかけられた彼は気の無い返事を返した。飾り気のない美人の妹とは違い、茶色く染めた髪はゆるやかなパーマがかかっている。きっちり制服を着用する彼女とは対照的に彼はスーツを着崩しており、ラフにしているという言葉がよく似合った。そんな彼は妹の言葉を意に介さぬような面持ちで、じっと画面に映った大きな赤い点を凝視する。その周囲にはちらほらと青い点が囲むように映っている。
「やっぱシンデレラは強いよな」
「兄さん、今そんな話は……もういいです」
あくまで知君が到着するまでは動かない。そう判断した奏白は、態度だけでその意志を彼女に伝えた。警察署近傍に現れたアンノウンだが、その個体の発するエネルギーのパターンを正確に特定できていないため、未だ大雑把な位置しか把握できない。case1、シンデレラはこれまで何度も捜査官がエンカウントしてきたため、データが揃っており、こちらの世界に顕現している間は所在が掴めるようになっている。
位置が掴めるフェアリーテイルは赤い点、捜査官のphoneに埋められた発信機が青い点で標識されている。その他多数見受けられる緑色の点は一般人のphoneから発される波長を感知したものだ。こうしてみるとやはり、都心というのは人があまりにも多いなと奏白は呆れかえった。
「一ついいですか、兄さん」
「おー、どした?」
苦い。コーヒーを飲んでもないし、良薬を舐めたわけでもない。それでも口の中が苦々しくて仕方なかった。思いを噛み潰すようにしたまま、キッと兄の顔を睨みつけて彼女は兄を問いただす。
「どうしてそんなに、彼を信頼しているんですか。ただの高校生ですよ」
フェアリーテイル対策課設立時、最も物議を呼んだのは何よりも、一般の高校生、それもどんな分野においても無名である少年の採用であった。話を聞くところによると、警察庁を統べる男、琴割(ことわり)が急に連れてきたかと思うと、唐突に7班の班員に加えたのだ。そこからの彼の自己紹介の際には対策課員の集った会議室は阿鼻叫喚の嵐だった。
知君 泰良(たいら)高校生で、図書委員。成績は優秀だが、せいぜい有名私立大学どまり、鳴り物入りするほど頭がいいわけではない。スポーツの経験もなく、体力テストは全国平均をどれも下回る。そんな少年が、どうして。誰もが頭を抱えたが、結局は琴割の気まぐれということで話は決着した。
そもそも署内には奏白 音也(おとや)の検挙数に嫉妬している者は多かった。貧乏くじを掴まされたなと奏白を冷やかし、からかい、バカにする者はその後増えた。その後、フェアリーテイル対策課は今のところあまり成果を挙げられておらず、それも大体他の班の手柄だったので、日に日に奏白への妬み嫉みを裏返した自慢や、知君を罵倒する声が増える始末だ。
彼女、奏白 真凜(まりん)へかかる声も日に日に増えていた。ただしこちらは悪意ではなく下心が由来であった。兄も美形なので女性から人気はあるが、女性の少ない職場における、美人の真凜の方がよほどそういった不要な人気を獲得していた。君は優秀なのに、頼りないお兄さんと足手まといの高校生に挟まれて大変だね。今度飲みにいかないか、愚痴ぐらい聞いてあげるよ。誰が、お前たちなんかに。笑顔で断る裏側に、ずっと怒りを隠してきた。
セクハラ紛いの飲みの強要のお断りなど、ストレスではなかった。何より癇に障ったのは、明らかに兄より劣る、いや、兄にまだ達していない真凜自身よりも劣っているのに兄の音也をバカにする男と出会った時だ。
どれもこれも、知君のせいだ。自分たちが馬鹿にされるのも、7班に成果が出ないのも、奏白が不当に低い評価を受けたのも、自分が不特定多数から弱みに付け込むように言い寄られるのも、全部、全部知君のせいだ。
「ただの高校生を連れてくると思うか?」
何を言っているんだと言いたげな表情の奏白が真凜を諭すように微笑みかけた。どうして、そう零して拳を固く握る。どうしてそんなに庇うんですか、どうしてそんなに肩入れするんですか。言いたいことは山ほどあって、どれから言葉にしたものか彼女には分からない。どうして、もう一度零しても、その先の言葉は続かない。
「アクセスすらまともにしてないのに……」
「あいつ、普段はアクセスするのを許可されてないからな」
「えっ……? それは、どういう……」
アクセスを『してはいけない』と指示されている。一か月共に捜査をさせられた真凜にとってもそれは初耳だった。周囲の者にそれを隠しているからには、きっと何か事情があるのだろうと分かる。機密、なのだろうか。
「同じ班員だし、そろそろ真凜には伝えておいていいかもな」
その時だった、周囲で画面にかじりついていた職員たちの感嘆のどよめきが響いたのは。一旦話を区切った奏白は近くにいた一人の職員に何があったかを尋ねた。すると、とある監視カメラにアンノウンが映りこんでいたとのことだ。青を基調とした、白い布の装飾がついたワンピースに、黒いリボンを頭に付けた、金髪碧眼のまるで人形のような美少女。このイメージは間違いなく、例の作品から現れたものだろう。
「アンノウンの正体を特定しました。予測通り、新奇観測フェアリーテイル、case17アリスと認定します」
「位置と状況は?」
「成人男性が手を引いてここから数百メートルのマンションの玄関を入っていったところです」
「馬鹿だろーその男、こんだけフェアリーテイル騒ぎが起きてんのに」
警察でさえ手を焼くフェアリーテイル騒動、それは最近よくニュースやワイドショーで取り上げられるようになった。それが原因で対策課が設立されたと言っても過言ではない。
「仕方ねーな。真凜喜べ、準備しろ。俺たち二人だけで先行するぞ」
「はいっ!」
潔い返事を返し、真凜も奏白もphoneを手に取る。奏白は先に、近くにいた職員に現状の報告を自分に変わって知君に伝えてくれと伝える。アクセス中はphoneによる通信機能がほぼほぼ制限される。そのため他の者に連絡を頼む必要があるのだ。携帯電話を追加で一台持って連絡できるようしている捜査官も最近はいるのだが、急なアクセスの際に取り違えないように一台のみが推奨されている。
それに奏白の場合、アクセス中に普通の携帯電話であれば壊れてしまう危険性もある。
「認証モードを起動してくれ」
phoneに口頭で指示し、機械はそれに答えるかのように電話をかける際のダイヤルパネルのような画面を表示する。機械のガイド音声が流れ、二人はその指示に従う。
『ナンバーを入力してください』
二人は互いに自分自身の固有番号であるナンバーを入力する。例えば奏白であれば649番、真凜であれば224番といった風にだ。この番号が表すのは、守護神の住所のような、電話番号のようなものであり、自分と自分の守護神とを結びつけるための認証コードのようなものだ。
守護神は異世界に住まう特別な存在であり、強弱は個体により様々だが固有の特殊能力を持っている。基本的に彼らは自分の住む世界の中にしか居ないが、phoneを媒介としてアクセスし、こちらの世界に顕現することで契約者に自らの能力の行使を代行させる。守護神にとってこちらの世界は訪れることそのものが娯楽であり、それが彼らへの代価と言えた。
この契約はかつてはcalling(コーリング)、今では守護神アクセスと呼ばれている。
『守護神へのアクセス、認証されました』
「よっしゃ来いよ、アマデウス」
「来て、メルリヌス」
二人の、守護神が現れる。