複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【File10・完】 ( No.100 )
日時: 2018/08/16 18:33
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 果たしてエラーは一体何だったのであろうか。物語は、語り手であるべき私の筋書きから大きく離れてしまっていた。本来であれば、とうの昔に日本という国は未曽有の混乱に陥っていた、はずだった。満を持して守護神をも用いた技術の上に建設された電波塔、ハイエストスカイリンク。テロリスト一人と、彼女の能力による暴徒によって、電波塔は無残にも陥落、そこに追い打ちをかけるようにフェアリーガーデンの守護神が侵攻してくる、そういった手筈を整えたはずだった。
 しかし実行した五月下旬のあの日、東京の街は混乱していたものの、私が想定するほどの影響を日本にもたらさなかった。阻害することなどできる由も無い私の物語を、どこかで断絶させた者がいた。ハイエストスカイリンクの奪取までは首尾よく行えたようだった。あの日、日本の大使館にいる部下から報告を受けている。現地時刻で夕刻、月にも洗脳をかけることができたが故に成功を確信していたというのに。
 理由も分からないまま、私の計画は頓挫することとなった。目標は琴割 月光という男の失墜、今ある地位からの陥落を目指していた。己の国一つ守れぬ男に、世界の主導権を握らせていてよいのかと、議題に挙げようとしていたというのに、あの男が出るまでも無く事態は鎮圧したからだ。
 他ならぬ『この私』が紡いだ運命だったため、成功は確約されていたに等しい。それこそ、琴割が出てこない限りは、だ。電波塔ジャックは、琴割に無理やりジャンヌダルクの能力を、許可なく使用させるところがゴール地点であったのに。
 私の守護神による能力を用いれば、望んだ未来は必然となる。運命を紡ぎ、物語を為す能力、それこそが私の守護神の有する、最高位の能力だ。それを妨げることができる者はこの世界に居てはならない。それが例え琴割 月光だったとしても、彼が作った秩序を乱さぬ限りは、私が書き終えた筋書きを拒むことはできない。

「だというのに……なぜだ」
「落ち着きなさい、ラックハッカー」
「落ち着いていられるか! お前の能力が通じなかったのだぞ!」
「だからこそよ。なら元凶は掴めるわ。……確実にこれはネロルキウスの仕業よ」
「ネロルキウス? 一人で異世界に閉じこもっている、偏屈で独善的な王のことか? そんな奴がこちらの世界に干渉などできはしないだろう」

 ネロルキウスという名前だけは知っていた。守護神と容易に契約できるようになった世の中において、唯一人間との交遊を拒む存在。誰よりも強い能力を持つ、ELEVENの一角であるというのに、その神威とも呼べる能力を人間に貸与することを恥としたがゆえに誰とも契約しない鎖国した異世界の王。
 そもそも最上人の界に所属する守護神はその多くが契約者を持たないが、ネロルキウスはELEVENであるため例外だ。私の守護神同様に、その異世界の守護神の中では特異的にアクセスナンバーを保持している。

「それに、ネロルキウスだろうとお前の能力に干渉など……」
「できるわ、今回に限ってはね」

 ネロルキウスは、世界に仇為した守護神を殺す存在。以前私が引き起こした日本を混乱に陥れる事件は、当然世界を傷つける行為だ。故に、世界というあまりに巨大な生体に疑似した存在は免疫応答を行った。異分子である、私の契約する『彼女』の能力を打ち消した。そういう訳だ。

「しかし、もし仮にできたとしてどのように能力を行使したと言うんだ?」
「いつの間にか、だれかと契約していたんでしょうね、あの男」
「馬鹿な! そんな報告などこれまでありはしなかったぞ」
「日本にいるんでしょう? 琴割 月光の隠し玉と考えるべきね」

 ジャンヌダルクの能力であれば、いくらでも情報漏洩は防げる。ともすれば、推測は簡単であった。琴割 月光は手ごまとしてネロルキウスの契約者を保持している。完全に、私的に利用できる兵隊として。ELEVENを殺すための存在として、抑止力として作り上げたのだ。契約不可能と謳われていたネロルキウス、その器となる人間を。
 初めに立てていた計画は、倉田レタラを発端とし、そのまま彼女だけで日本のメディアを壊滅状況に追い詰めようとするものだった。電波塔を奪い、折を見て破壊の限りを尽くし、日の本の象徴を凌辱する算段であった。
 万が一失敗した時を考え、保険をかけておいた。それこそが日本でフェアリーテイルと呼ばれている連中だ。しかしその保険を使う必要は、本来無かったのだ。
 まず日本を窮地に立たせる。倉田レタラの守護神、ドルフコーストは高位の守護神。しかも、いくらでも兵を増やすことができる。アクセスナンバーが如何に低くとも、ELEVENでもなければ操られてしまう可能性が高い。すなわち、彼女一人だけが脅威なのではなく、彼女が操ることが出来る、強力な守護神全てが脅威となるのだ。
 聞けば、一時はアマデウスという強力な守護神の契約者まで手中に収めたというではないか。彼女がいれば、日本の能力者は、琴割以外は取るに足らない。レタラを止めるためには、琴割が能力を使うしかなかったはずだ。
 しかしそれを許すつもりは毛頭なかった。ELEVENの能力を使用する際には、国際連合において三分の二以上の代表者が許可を出さねばならない。議決の際に反論と抗議をすることで琴割を出陣させない、それこそが本来歩むべき計画。
 無理に出陣すれば規則違反として咎められるのは避けられない。それも、自分が取り決めた条例、ELEVENは私的な判断で能力を使用してはならないというものを破るのだ。他ならぬ彼が破るからこそ、その傷は大きくなる予定だったのに。
 ただ、代替案の無い反対は、むしろ私に火の粉が降りかかる。その状況でただ、琴割の守護神アクセスを否定するだけならば、疑念を持たれるだろう。事件の鎮圧に効果的なのは琴割の能力をおいて他に無いと言うのに、嫌がらせのように批判する。そんな事しようものなら、私欲で拒んでいると簡単に分かってしまう。
 だからこそ、その際には第二の案を提示するつもりだった。米軍の派遣である。米軍を用いて、ドルフコースト直属の暴徒と化した人々を無力化し、鎮圧する。当然私達の能力を用いて、その頃にはレタラを投降させるつもりではあった。
 そして琴割から私への借りを作らせ、それを起点に今の決まり事を壊し、作り直そうとしていた。一度自らの国を瀕死の状態に追い込み、他国の支援を受けねばならなかった男など、発言力が著しく低下することだろう。ELEVENであろうと、そうでなかろうと、自由に己の能力を使用しても構わない、そんな世界に変えねばならない。
 そうでなければ不条理ではなかろうか。私は世界に選ばれた。神に選ばれた。最強の名をほしいままにする守護神の一群、ELEVENが一人、シェヘラザードこそが私の守護神だ。望んだ夢を未来に、運命に、現実に変えてしまう。まさに神そのものとも呼べる強大な能力。であるというのにどうして、私が能力の使用を禁止されねばならぬのか。
 この能力を利用して私は今の地位、大統領にまで上り詰めた。全てはこれからだ、祖国の頂点に立ち、今度は世界そのものを牛耳ろうと目論んでいたというに。我が祖国こそが世界で最も優れた国だと証明するところであったのに、あの男が邪魔をした。
 あの男が寿命で死ぬことは無い。琴割は正義の執行者を名乗っており、人々はそれを認めている。あの男が己の老いを防ぐことを反対できる者はいないのだ。それゆえ私が老衰で死ぬ方が先だ。折角この力を持って生まれ落ちたと言うに、些末な制度を理由に阻まれてなるものか。

「あの男の失脚の暁に、今度こそこの私が……そう思っていたのに」
「けれどもそう悪い状況でないでしょう? ネロルキウスが能力を使用したという事は、それも条約に反することになる」
「どう暴けと言うのだ、琴割 月光が拒んでいる上、肝心のネロルキウスの契約者には私達の能力が通じない。何せELEVENだからな」
「それは……」
「そもそも琴割という男が規格外なのだ」

 世界で最も強力な能力者は、琴割で間違いが無かった。あの男は、phoneを用いない、正規の手段で守護神アクセスをしている。実のところ彼が守護神アクセスをし、ジャンヌダルクの能力を使っていても他人にそれを察知することはできない。人々が守護神の能力を使用しているかどうかはphoneの発する電波を拾って観測しているためだ。
 それゆえ、琴割が能力を条約の適応範囲外で使用したかどうかは、目撃者以外に知ることはできない。そもそも、老化や死を防いでいる時点で常時能力を使用している状態だ。違ったことに私的な理由で能力を行使したところで分かるはずも無い。

「何と、何と傲慢なことだろうか。正義を謳い、己のみが傍若無人にも能力の行使を許されているなど。それを受け入れる連中も馬鹿ばかりだ。なぜ、なぜあの男ばかり……」
「仕方ないわね。あの男と比べると、あなたはどうしようもないクズよ? 認められるとでも思っているの?」
「ええい五月蠅い! それがどうした。それを理由に格差をつけていいものなのか!」
「仕方ないと思うわ。私は契約者に優しくしているだけで、貴方は本来助力に値しない男だと思っているもの。ジャンヌダルクの話を聞く限り、琴割は狂気こそちらつくものの、へいわと正義の二点はぶれない人間よ」

 これは差別でも何でもない。つけるべき区別である。シェヘラザードはそう語る。琴割は私的に能力を用いても、私欲に溺れて個人利益のために能力は用いない。彼が能力を用いる時は、大多数の人間の幸福を得るためだ。あるいは、安全性、信頼性の確保であろうか。そのために個人の不利益や、圧倒的少数派を安易に切り捨てることもあるが、それはあくまで多数派の平穏のため。

「焦った貴方は本当に諦めが悪かったわね。予想外の出来事が二件も起きたからって、本当にみっともない」

 私は何とか、知君という姓の少年と、王子という少年、二人の候補者を見つけることができた。現地の報道者へのコネを利用し、警察に秘密裏に協力する人間の存在をかぎ取った。嗅ぎ取ったのだが、その人間の名前を得ることはできなかった。唯一知ることができたのは未成年の男だということぐらいだった。
 フェアリーテイルを派遣した地点において、その現場近辺でよく観察される人間を一寸法師に見張らせていた。彼はあの島国に伝わるお伽噺の主人公であるが、諜報にうってつけの能力を持っていた。あまりに存在が小さいが故に、レーダーにもかからない、特異な小人。
 とはいえ彼もとうとう、先日捜査官に敗北し、正常化されてしまったようだが。だが、彼の働きにより候補者を二人にまで絞ることができた。ここまで特定できれば、そのどちらであるかなど些細な問題だ。どちらも始末してしまえばよい。
 その後の出会いは僥倖という外なかった。ELEVEN相手に能力者はぶつけられない。フェアリーテイルでも当然太刀打ちできない。それゆえ、初めは無能力の暗殺者を送り込む予定であった。しかし、世界中の腕利きの暗殺者を探している中で、私は見つけたのだ。桃太郎の契約者足り得る少女を。
 桃太郎は能力による脅威よりも、その身体能力こそ特筆すべき能力者だ。ネロルキウスに能力が通じなくとも、純粋な体術で圧倒できるだろうと判断した私はクーニャン、そのコードネームを与えられた傭兵を雇った。
 しかし結果はどうだ。あえなく失敗。その話を後から、正確にはたった今聞いたシェヘラザードに至っては「当たり前でしょう」と鼻で笑う始末。「肉体のスペックを奪われたら瞬く間に優位は逆転よ」と。
 己もELEVENと契約しているというのに、他の王の力を見誤っていた。

「それで、どうするの? 赤ずきんまで切っちゃったのに」
「私が出れば文句は無いだろう」
「ふふっ、本末転倒ね。それこそ、シンデレラとかぐや姫に任せればいいのに」

 どうせ両者にネロルキウスは能力を行使できない。それは先の白雪姫との戦闘において立証されている。残る二人のフェアリーテイルは、共に傾城の特質を持っている。単純な戦闘力を見ても最高戦力と認識してもよい。物理的に攻め立てるシンデレラと、精神から陥落するかぐや姫。部類こそ違うものの、残った二枚のカードこそがとっておきに変わりない。
 あの日、ようやく知君少年がネロルキウスの契約者であり、王子少年がフェアリーテイルの契約者だと確認できた。これまでネロルキウスでは対処できていなかったであろう眠り姫などの傾城の特質を持ったフェアリーテイルは人魚姫が救っていたとも分かった。

「貴方が出陣すれば、まず間違いなく罪に問われるのは貴方よ。ELEVENの果たすべき義務を破り、他国を恐怖のどん底に叩きこんだ。赤ずきんだけで何人死んだと思っているの? これだから、国のトップって嫌いなのよね。私も生前は、毎晩毎晩物語を紡いで必死に生を掴んでいたものだわ」
「口答えするなよ、守護神となった貴様はただのゴーストライターだ。私が描いた物語を、貴様という筆が書いていればそれでいい」
「横暴な話ね。対した手間でも無いからいいけど」

 もはや私は目的を捨て去っていた。当初のものとは異なる劣等感を抱いていた。全てにおいて先んじている琴割を何としても出し抜きたい。悔しがらせたい。それ以外何も考えていなかった。
 この私こそが、最も偉くあるべきはずなのに。どうしてあの男が支配者面して私達を御しているのか。ジャンヌダルクなど結局、嫌な事物から目を逸らすことしかできない。子供のように愚図り、嫌な事を拒むしかできない。だが私はどうだ。他人の運命を左右することができる。それは時に気まぐれで、時に大義を持ってだ。神のごとき力を持っているのはあの男ではなく、私であるべきなのだ。

「日本に向かうぞ。刻限も近い」
「ああ、そう言えばそろそろ六十六日かしら」
「そうだ。……星羅の娘が使い物になるのはあくまで、今月の十五日が限度と言ったところだろう」
「そうね。ほんと、人間って可哀想ね」

 ジャンヌダルクでもない限り、その死を防ぐことはできない。守護神とはそこが異なっていた。フェアリーテイルは守護神であり、『世界から死を定義されていない』。五体を分けようと、塵となるまで焼こうが、死ぬことはあり得ない。瞬き一つした頃には、元の姿に戻っている。

「もう最大限の屈辱などどうでもいい。私は残る全霊をかけ、あの男に出来得る限りの失態を招いて見せる」
「はあ、神風特攻隊ね、まるで。それこそ日本が貴方の国にかつてしたことよ?」
「黙れ」
「あらあら。これだからかぐや姫からも小物臭いと言われるのよ」
「減らず口を閉じろ、シェヘラザード」
「ふう……分かったわ」

 もう用も無いでしょうと彼女は接続を遮断した。これ以上守護神アクセスを続けていれば不意に管理会社に嗅ぎつけられる可能性は高まる。星羅の父親に用意させた脱法の端末、それを用いていても、見つかる時はあるらしい。
 そもそも守護神アクセス自体大統領就任以来数えるほどにしかできたことは無い。どれほどの時間ならば問題ないのか、まるで覚えていなかった。そもそも私自身アクセスしている許容限界は十五分程度で無かったろうか。とするとどのみちそろそろ限界だった。

「もう直だ。もう直最後の戦いが始まる。私の破滅は避けられないだろうが、旅の道連れは大いに越したことはない」
「地獄の片道切符の押し売りだなんて、怖いったらありゃしない」
「だから黙れと……」

 顔を上げれば、もう既に彼女の姿はそこに無かった。捨て置くように嫌味を残し、フェアリーガーデンへと帰っていった。捕らえられたフェアリーテイルは日本に匿われているため、閑散としてしまったフェアリーガーデンに。
 首都の摩天楼を、さらに高い位置から見下ろし。そして私は机の上の葉巻を手に取った。苛立ちは煙で紛らせるに限る。影武者も、ガルバの契約者も準備した。長い時間をかけ、己の中に渦巻く怒りや憎しみを宥めながら一時の至福を堪能する。短くなった葉巻を灰皿に押し付け、火を消す。入念に、磨り潰すように。
 そう、これと同じだ。私にとって障害となるものは全て、磨り潰し、反骨の炎さえ消して見せる。
 それがこの私、ロバート・ノア・ラックハッカーが己に課した宿命であり、黒く汚れているであろう、誓いであった。