複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【File11・開幕】 ( No.101 )
日時: 2018/08/22 23:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 人間に限らず、高度な思考を許された生物は罪作りだと、私は思う。感情を持ってしまったが故に、幸福を享受できるようになったと思えば、素敵なことであろう。けれど、恵まれ過ぎたその時、人は容易く罪人へと変貌する。感謝を忘れてはいけない幸せな現状に、慣れ切ってしまう。
 そう言った意味で、私達はもうとっくに、片足どころか腰の辺りまで罪の色をした沼の中に沈んでいた。出会えただけで、これ以上のない奇跡に他ならなかったというのに、いつしかそれが当然のことのようになっていた。初めから、生まれた時から寄り添っていたみたいに、傍にいることが当たり前になっていた。
 決してそれが、必然であるとは認めてはならないのに。出会った頃は、ずっと彼との出会いに感謝し続けていた。居もしない神様に、キューピッドに、あるいは運命という不確定な世界のプロットに。けれど、いつからだったろうか。その尊い偶然への礼を欠いてしまったのは。
 それは何も、私に限った話では無かった。彼も、その事をあまりに当たり前に思っていた。ようやっと出会えた、彼の夢を叶えられるだけの相棒、パートナー。その私とは死ぬまで共に寄り添っていられる、つがいにも似た関係性だと、信じて疑っていなかったに違いない。
 けれども結局、私という守護神には、悲劇がお似合いだった。正確には、まだ私に待ち受ける結末が離別かどうか、決まっていない。しかしそれでも、これから辛い選択に直面する必要がある事、そしてその選択が、想像以上に目と鼻の先にまで迫っているだなんて。

 私達に、気づく余地など無かった。
 私達は、当初忘れようとも忘れられなかった覚悟を失っていた。
 自分がとうとう、ハッピーエンドの主人公になったんだと勘違いしてしまっていたのだ。
 不憫で認められず、誰にも祝福されない、哀れなトラジェディを演じる道化。
 そちらの方がよほどお似合いだというのに。
 人魚姫の幸せな夢など所詮、泡と同じで儚く消えた方がよほど美しいと言うのに。
 誰かの心に残ることよりも、自分勝手な暖かい日々の方を尊重してしまっていた。
 彼の、辛そうな顔が目に痛い。
 そう、所詮私は、人間を悲しませる物語を司る女。
 アンデルセンが恨めしい、どうしてあんな救いの無い物語にしたのだろうか。
 エジソンが恨めしい、初めから才能の無い人間には、報われる可能性は無いのだと言い切った男が。
 そして何より、この私が恨めしい。どうして、幸せになる才能を得ぬまま生まれてしまったのだろうか。
 死んで才能を選びなおすことさえも、できないというのに。
 人魚姫など、大嫌いだ。辞めてしまいたいくらいに。

 そしてこれは、きっと罰だ。
 愚かにも幸せになりたいと、願ってしまった私たちへの、苦渋の選択。
 何が正しいのか、なんて、結局自分の頭で考えなくてはならない。
 私自身、肩書に『神』を冠してはいるが、それでも思う。
 神様というのは、やけに残酷だと。




「予めお前ら全員に伝えておくことがある」

 赤ずきんとの決戦を終えて翌日、知君の体調も安定していたために作戦会議が開かれた。赤ずきんからとある情報を得たことが、何より大きな理由だった。招集されたのは当然、残る対策課全員であった。
 何せこれから語られるのは、結成から約三か月、絶えず活動を続けてきたフェアリーテイルの対策課、全員にとって最後の正念場となる作戦に関する伝達事項であるのだから。会議の進行を執っているのは言うまでも無くリーダーである琴割だ。隣には秘書の文官を一人連れている。
 警官、特に対策課員が知君に対する認識を改めてから会議に参加するのは、知君にとって初めてのことであった。まだ少しぎこちない態度の者はまだまだ多かったが、それでも以前ほど刺々しい空気は感じられない。中には、笑顔を見せてくれる人も居れば、改めてこれまですまなかったと頭を下げてくれる者もいた。

「奏白さんも、真凜さんも……本当にありがとうございます」

 瞳を潤ませながら、その瞳を隠すように、目を細めて知君は相好を崩した。こうやって、心底輝く笑みを見ていると、以前の笑った顔は全て、作り物だったのだなと再確認した。確かに彼の作り笑顔は、言われるまでは作りものだと分からないものだろう。温かみを感じられるぐらいに、演技力が高かったのだろうか。それらは全て、周りの人間に心配をかけさせないが故に極めた擬態能力のようなものだったのだろうと、今なら分かる。

「んな事気にすんなって」
「そうよ、君が受けて当然の扱いが今の皆の態度なんだから」
「おいそこ、会議中やぞ」

 小声で話していたとはいえ、耳ざとい琴割に諫められる。作戦会議中に変わりないので、申し訳ないと三人揃って頭を下げた。しかしそれに目くじらを立てようとするものは周りにはいなかった。それはひとえに、このチームの貢献度に由来するものだろう。フェアリーテイルの対策課全体において、第7班の三人が解決した事件の件数は、およそ全体の四割強。たった三人で、だ。チームでの働きでもあれば、個人で解決した事件も多い。王子が加入して以降第4班も功績は増えたものの、やはり王子では知君に台頭するには荷が重かった。
 また、クーニャンがたった一人で全体の一割近くのフェアリーテイルを、たった一か月で殲滅している実績もある。過半数の事件をたかだか四人でまかなっている以上、多少私語を挟んだ程度で批判する訳にもいかなかった。琴割のお気に入り、であることも起因している。
 事実琴割が咎めたのも、あくまで会議中だから体裁上咎めねばならなかったという事実が、声色からも窺えた。聞いたことも無い優しい声の表情からは、親心のようなものまで覗いていた。これまで彼の部下として永らく努めてきた人間が多く在籍する対策課の人間だが、ようやく琴割という男の人間らしい部分が見えて、不公平だと愚痴を漏らすよりも早く、安堵が出てしまった。

「まず何より大事なんは、次の戦いが対フェアリーテイルの最終戦となる」

 赤ずきんと対面していなかったが故に、その事を今初めて知った人々の中にざわめきが沸き立った。静かにしている者と言えば、第7班に王子一家ぐらいのものだ。ついにこの時が来たかと歓喜する捜査官、ようやっと平穏を取り戻せると感涙にむせぶ者。まだ戦いは終わってなどいないというのに、明るいムードに包まれた。
 だが、その油断を琴割は許さない。一旦静かにしろと低い声で指示すると、さざ波のような波紋は、やはりぴたりと端から順に収まっていった。

「ただ、問題なんはその相手や。最後に立ちはだかるのは、儂らの前に最初に立ちはだかったシンデレラや」

 確かに、これまでの活躍は賞賛に値する。たった一点の汚点を除けば。というのは当然、一番に現れた暴走個体であるシンデレラを、最後まで捕えられていない事実だ。実に四か月も放置せざるを得なかった、それは敗北と呼ぶに相応しい。

「シンデレラに知君をぶつけられる余裕が無かったんも事実や。けどな、それは言い訳にできへん。そらそうやろ、今まであの小娘一人に儂らは何人がかりで挑んできた?」

 強い言葉を用いて、否定的に言及を始めたのは、当然叱責のためではない。浮かれた彼らの心を落ち着かせるためだ。敵の強大さを再確認させる必要がある。
 残るフェアリーテイルは、たったの二人。だというのに、その二人には共通した性質があった。その前に、まずはこちらが優先だとばかりに琴割は、二人目のフェアリーテイル頭領の正体を口にした。

「赤ずきんから聞き出したことに、最後のフェアリーテイルはかぐや姫や。原初のフェアリーテイルと呼んで差し支えない。月を見た者に覚めない夢を見せる能力、月を媒介として月光を浴びた者に、自分と同じ状態を付与する能力もあるらしい」

 それこそが、フェアリーテイル事件の正体だった。理由が何故かは分からないが、シンデレラは満月の夜に月の上に現れる。その際にドルフコーストの能力により、赤い瘴気に侵されてしまったのだ。どうしてレタラがその事実を知っていたのか確認しようとした琴割だったが、レタラは知らないの一点張り。何となく月に能力をかけたくなったせいで、無駄と分かりながらも試した記憶はあれど、かぐや姫の事など知っている訳が無いだろうと吐き捨てる。
 どうにも、嘘を吐いている気配も隠し事をしている風にも見えず、そもそも琴割の前で嘘偽りやごまかしなど通用しないため、それが事実と認めるほかない。
 ただしその情報を今開示したところで不要な混乱を生むだけなので、琴割はその情報は口から出さずに嚥下した。これは知君にだけ教えておけばよい。そしてすでにそれは為されているため、これ以上口にする必要も無かった。

「かぐや姫を元に戻せば、これ以上被害は広がらん。そして最後に、シンデレラを討つ。それで終いや。今までやって来たんや。もう儂らが折れる理由なんざどこにもあらへん」

 必要以上にふさぎ込むなと鼓舞する。こうやって、警戒を通り越して不安にさせない辺り、扱いになれているなと感じられた。この次に彼が口にすることが、予め分かっていたからこそ知君は強く実感できた。何せこれまで持ち上げておいてこれから口にするのは、頼みの綱の知君が今までと比較して、機能しないという絶望的な事実なのだから。

「ただし今回、知君の能力じゃあいつらのフェアリーテイル化は解けん。まあそれは言うまでもないやろ、白雪姫戦で痛感しとる」

 だからこそ、今回の戦いは今まで以上にシビアなものになる。敵対する相手が今まで検挙してきた中で最も強いというだけではない。護り抜かなくてはならない者がいるのだ。

「今度の作戦は王子の次男坊が落とされたら終いや」

 知君ではシンデレラやかぐや姫から、瘴気を奪い取り、正常な状態に戻すことはできない。それゆえ、王子と人魚姫の能力が必要となる。

「まあ、そうなってもどうにかする手段はあるにはあるんやけど……」

 人魚姫はフェアリーテイルであるが故、無理やり誰かに守護神ジャックさせれば能力を行使することができる。ただしこれは最後の手段。何せその状況が整うのは、王子が死んだ時に他ならない。一応、王子との契約が途絶える別の状況も想定できるが、そうなるとは到底思えなかった。
 それゆえ、王子を死なせさえしなければ、最悪シンデレラ達は正気に戻せる。これは王子を陣営に加えた、何より大きな見返りであった。知君は確かに初めからこの状況を見据えていたのかと琴割は舌を巻く。自分の弱点の補強もする辺り、狡猾になったものだと。
 しかし知君にとってそんな目的は二の次であった。確かに王子がいれば自分にはどうしようもない傾城の特質を持った守護神相手でもデトックスが行える。しかしそれ以上に、知君が人魚姫と王子を引き合わせようとした理由は、単純だった。いつも何かに一生懸命な知人が報われて欲しかったというだけだ。誰かを救うために生まれてきたと思っているが故、自分が力になれそうな時、進むべき道を示さずにはいられなかった。
 そしてかくいう王子はというと、既に言われていたことだったが、降り注ぐ重圧に頬を強張らせた。強がってほくそ笑んでやろうにも、表情筋も痙攣するばかりで上手く笑えない。人魚姫が支えようにも、そのセイラさえも重圧に硬直している。いつもなら、固くなった王子に一声かける彼女であったが、今日ばかりはじっと黙ったままだった。

「そして赤ずきんが倒れたと知って、ある人物から動画が送られてきた。シンデレラの契約者からや」

 シンデレラが契約者を見つけたという事実は対策課員全員に周知されていた。それゆえ、その情報にどよめくことは無い。聡明な捜査官であればその正体も察しは付いていた。世間的に公表していない理由も同時に。その存在を伝えてしまうと、きっと世の中は混沌としてしまうだろうから。
 それぐらいに、シンデレラの契約者は世界的な影響力が強いのだ。歳はまだ、知君や王子以上で自分達未満程度だと言うのに。

「正直、それをこの場で見せる訳にいかん。だがそいつは儂のことを怨んどる。ただ、八割がた私怨で動いていると見ていい」

 どのみち怨んでいるのは契約者のみであるため、彼女が琴割を憎む憎まないに関わらず、フェアリーテイル事件は起きたしシンデレラは高い障害として立ち塞がった。それを理由に自分を言及するのは時間の無駄だからやめろと琴割は命ずる。
 そして、この後だった。
 今回の作戦の要となるセイラ達が、あまりにも厳しい現実と向き合う必要が現れたのは。
 そう、この時まで二人は意気揚々としていたものだ。緊張の裏で、それでもこれを済ませば一人前の英雄として認められると、希望の光を見出していた。
 その光ある未来を断つような選択が、迫っているとも知らないで。

「その王子には厳しい話じゃが、隠しても不誠実なだけや。せやから予め言うとくが……この作戦が終わり次第、ある事を決行する」

 それは、人類の平穏を保つために妥当な選択であると言って差し支えない。
 そもそも、これだけの被害を唯一受けた日本だ。原子爆弾と同じ、その痛みは身をもって理解してしまった。だからこそ、看過できない。むしろ野放しにしておけば、気が気でないであろう。
 それゆえ、琴割が選んだ終戦後措置は、いくら考え直しても避けられない処置だと言える。たとえそれが、聖女の心を持った人魚姫に、辛い二者択一を迫るものだったとしても。

「今回の事件が収束し次第、ジャンヌダルクの能力で永久に……フェアリーガーデンと人間界との間の、守護神の行き来を拒絶するつもりでいる」

 一応人魚姫だけは特別に、こちらの世界に留まるか否かを決めさせるつもりではある。そう琴割は言い添えた。唯一フェアリーテイルになる可能性を秘めていたのに、それを自ら打ち破り、人を傷つけるでなくむしろ助けるために戦い続けた彼女への、せめてもの勲章だった。
 彼女にだけ、フェアリーガーデンに帰らずにこのまま王子のパートナーとしてこちらの世界に残る選択肢を残す、それが最大限の譲歩であった。
 だがそれは、彼女にとって救いでも何でもなかった。なぜなら王子を選んだとしたら、その裏ではアシュリー、カレット、ノイト、数々の親友との、永劫の別れを意味しているのだから。