複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.108 )
日時: 2018/09/18 20:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 時として、時間はあっという間に過ぎてしまう。そもそも、最後の戦いまでの期限が十日も無かった。もう、いくつ寝るとお正月だなんて騒ぎではない。気が付けば、年賀状も書かずしてクリスマスを終えてしまったぐらいに慌ただしい。ただ此度においては、それと比べることもできない程に陰惨としたものが近づいてきているのだが。
 王子はずっとテレビの画面を睨んでいた。朝七時、テレビを見ていると二か月前のことが思い出される。事件が初めに起こり、一か月経って初めてフェアリーテイルが検挙されたころ、報道番組では連日その武功を湛えるように、フェアリーテイル事件が取り上げられていた。
 八月には、事態も少しずつ鎮静化されていた事や、あまり人目を引くトピックと判断されなかったのか、交通事故と同じような扱いで前日の赤ずきんの犠牲者が伝えられる程度。確かに彼女の被害はあまりにも多く、都会に住む人々はいつ自分の目の前に現れるかと戦々恐々だったろうが、それでも結局確立としては交通事故に遭う方が高かっただろう。
 そんなフェアリーテイルの報道が、今になって再びマスコミに取り上げられるようになった原因は、一週間前に琴割が公表したとある情報であった。今月の十五日に、フェアリーテイル事件は必ず収束させる。今までいつ終わるとも明言されなかったこの未曽有の守護神によるテロ行為、それが期限付きで終わると宣告されたために、お茶の間は沸き立ったのだ。
 そもそも、赤ずきんが捕らえられたというだけで、充分世間を安心させるだけのニュースであった。十五日に終戦、という情報を出す以前に、赤ずきんがこれまで出した被害を振り返りながら、心底安堵した表情で検挙を述べるアナウンサーの顔つきには同意を隠し切れない。
 実際面と向かってみた時、クーニャン達以上の絶望感があった。そもそも、そのクーニャンが本気を出してなお勝てない相手という時点で、どちらを恐れるかなど明白なのだが、それでもあの時、桃太郎達によって刻まれた絶望は中々拭えない。

「本当に、ソフィアの名前は出ないんだな」

 リビングに、たった一人。それゆえ何ともなしに王子は極秘の情報を漏らした。残されたフェアリーテイルはたったの二体。そして彼女らは、指定した期日までは確実に動かないと宣言していた。今更そんな宣言をブラフにする必要も無いのだろう。これまでいくら労力を費やしても、捕え切れていないと言う事実が彼女らの自信に繋がっていた。
 そもそも、知君以外にかぐや姫に勘付いている者はおらず、その知君も赤ずきんから聞き出すまではその存在を確信できなかった。とすれば彼女らの余裕は侮っている訳では無い。正直無能と言われても仕方の無いこちらの陣営に対する、正当な評価だ。
 むしろ舐めているような態度をとってこそ、ソフィアの悲願は達成される。彼女の悲願は、当然琴割への復讐であり、その失脚だ。となれば、彼が抑止を振り切って、ジャンヌダルクの力を使わねばならぬ局面を作り出せばよい。
 全力を出さずしてなお、警察には抑えきれない。そのような状況を作り出せば、流石に琴割も出陣せざるを得ない。きっとそれは、国際連合の許可が下りるよりも先になってしまうだろう。
 そうなれば、彼は自分の定めた規則のせいで糾弾されること間違いなし。確かに失脚は心置きなく成功する。確かに開き直った彼ならば、その失脚さえも拒絶できるだろうが、琴割は完璧であること、完全であることを望む。自分が罰則を受けることなく、定めた条約が形骸化してしまうことを恐れるならばきっと、今の地位を放棄することも考えるだろう。
 だからこそ彼は、事件終息後のケアも考えて、星羅ソフィアの名を公表しなかった。ファンの数は当然億をも超える、一国の大統領よりも知名度がある可能性も否定できない歌姫。彼女がこんな事件を引き起こしたとなれば、ショックを受けるファンは多い。彼女自身の殺人は結局ゼロのままとはいえ、その契約相手のシンデレラは初日に数人の警官を屠っている。
 そもそもフェアリーテイルを率いていた事実こそが、大きな影響を与える。赤ずきんに桃太郎、水俣病以上の公害を引き起こした白雪姫など、数え切れぬほどの犠牲を出し続けた一連のテロ活動の首謀者。そこにあの歌姫があったとなっては、混乱は音楽界隈のみに留まらないだろう。
 彼女に関連する商品を展開する企業も多い。CM起用によるイメージの都合もある。経済的にもその衝撃は計り知れないのだ。だからこそ、知君と知君の周りのごく限られた人間においてのみ、この事実は伝えられた。知っている者を一から挙げるとすれば、琴割、その秘書官、第7班の三人に、王子。クーニャンはそもそも知らされていたため、伝える必要は無い。他言の心配は無い。何せ彼女が口を利く相手はそもそも、王子と知君、そして大人だと真凜と琴割に限られるせいだ。
 戦時においては奏白ともコミュニケーションは取れる。しかし他の者はと言えば、知君以上に彼女のことを受け入れきれないでいる。それも当然、中国で傭兵として雇われていた頃には仕事として暗殺までしていたのだから。王子とも、打ち解けるまではかなり時間を要した。
 そしてこれは、琴割しか知り得ない事だが、もう一つだけ理由があった。誰も尋ねようとはしないし、気づこうともしていない。けれども、琴割が知君を眺めるその視線に、自分と似た光が時折見えることに王子は気が付いた。信頼できる一人の人間として見ている中に、僅かばかりの陰りが見える。これまで彼に対して行った数々の仕打ちを、悔い恥じて何とか償わねばと義務感を覚えている。
 これはきっと、琴割なりの罪滅ぼしだ。これまで沢山の物を知君から奪ってきた琴割だ。一つぐらい捧げたいのだろう、彼が欲しいと願うものを。血で繋がった家族というものを。琴割にも事情はある。たとえ遺伝学的にあの男が少年の父であることに違いないとはいえ、少年を息子だとは認知できないのだと吐露していた。
 だからこそ、ソフィアだけは失う訳にはいかない。あの歌姫は母親さえ死ななければ、すなわち自分への憎悪が募らなければ、あんな事は決してしていなかっただろうから。きっと知君は、彼女が琴割を怨むのは琴割のせいでないと理解しており、実際そのように告げてくれることだろう。
 だがそれでも、ようやく知君のことを家族だと、弟だと認知した彼女を奪いたくなかった。勝利の余韻に浸ることなく、姉の投獄という結末を辿る弟の姿など見ていられない。病室で、姉の存在に胸打たれていた彼の事だ。またもや肉親と永劫会うことも能わなくなる姿など見たくなかったのだろう。
 幸いなことに、理由は無いのかもしれないが、まだソフィアは人を殺すまでは至っていないはずだ。シンデレラに脅迫されて無理に従わされていたことにして情報操作すれば、元々の地位も相まってむしろ同情を呼ぶ事が出来る。

「にしてもやっぱり、ソフィアとセイラって似てるよな。シンデレラとも似てるのか?」

 赤ずきんや白雪姫はそれほど似ていなかったが、どうしてだろうかと問いかける。フェアリーテイルはその性質上、絶世の美女や息を呑むほどの美少女が多い。男にしたって精悍な男前や、女に間違える程に整った顔の美青年ばかりだ。特に夏休みに浜辺で出会ったシンドバッドなどは、男である自分さえその魅力に酔いしれかねない程の好青年であった。
 多くの守護神は、かつて生きていた人間の魂が転生したもの。しかしフェアリーテイルは、人間のあこがれや夢が意志を持って守護神となったもの。幻想に憧れた人間が、文句のつけようのない綺麗な顔立ちを夢想するのは、当然の帰結である。

「確かに私とアシュリーは似ていますが、特に理由は無いように思えます。アシュリーと私が似ているのは、ですが。彼女とソフィアさんが似ているのはきっと、契約者だからでしょう。私達はどこか自分と似たような人間と契約するものですから。なので、やっぱり私とソフィアさんが似ているのは偶然ですよ」
「俺とセイラは、確かに境遇が似てたもんな」
「ええ、そうですね」

 それと同じように、アシュリーとソフィアでは容姿が似ていた。強いて言うならば、実の母を失っているところも挙げられるだろうか。しかしシンデレラはその後意地悪な継母が現れたのに対して、アシュリーの父は独身を貫いている。
 何にせよ、人魚姫とソフィアが目の色といい、顔立ちと言い、どことなく似た雰囲気を持っているのは全て、セイラが偶々シンデレラと似ていた、というだけの話だ。

「でも王子君、その話は他の人の前ではしてはいけませんよ」

 ソフィアがシンデレラと契約しているのは、この家では彼しか知らない。というのも王子自身、先日知君から直接伝えられて知ったばかりだ。別段彼から尋ねた訳では無い。むしろ知君が、王子には伝えておこうと帰る道すがら伝えてきたことだ。
 その時、衝撃的なはずの事実を伝えられた王子は、別段驚きこそしなかった。むしろ腑に落ちるところの方が大きかった。ああ、だからあの時自分が異質な存在だと彼女は気が付いたのかと、かつて河川敷でソフィアを捕まえた時のことを思い出した。あの時人魚姫と守護神アクセスしたと分かったのはきっと、彼女自身フェアリーテイルとどのように守護神アクセスをするのか知っていたからなのだろう。
 誰にも言わないでくださいねと、知君は言っていた。当然家族にもだ。セイラの存在を一か月も隠し続けた君だから、口は堅いだろうと彼は信頼していた。事実、そろそろそれを告げられて五日ほど経とうとしているが、家族の前でその事を口にした試しは無い。
 その時、玄関の方から錠前を回す音がした。誰かが帰ってきたようだと察する。父と兄とは、フェアリーテイルが現れないとはいえ、通常業務のために出払っている。洋介はもう引退が確定しているとはいえ、引継ぎは多い。母はただ買い物に行っているだけなので、帰ってきたとすれば母だろうな、そう思っていたのだが、予想に反して家の扉をくぐったのは、額に汗を浮かべて慌ただしくしている太陽だった。

「あれ、兄貴仕事は?」
「早退してきた、それどころじゃないんだよ」
「一体どうして」

 ハスイしたと、歳の離れた兄が告げた。その三文字の言葉が何を指すのか理解できず、王子は首を傾げる。その言葉とはより一層に縁が遠いセイラも、今一ピンと来ていない様子だ。
 しかし、太陽がここ最近置かれていた状況を思い返すに、ようやく王子はどのように変換するのかを察した。なるほど、それはこんなに慌てる訳だし、それほど忙しくない今日であれば早退も許された訳だ。フェアリーテイルが過激すぎる影響か、人間による犯罪は控えめになっている。しかも、下手にフェアリーテイル達が刺激したせいで、警官の精鋭が日々ピリピリしながら目を光らせている。並の犯罪者など、片手間で捉えられる程にだ。
 だからこそ最近暇な訳なのであるが、それでも王子は台風の前の凪のような現状に少々呆れてみせた。俺が生まれる時には親父は凶悪犯罪負ったままだったってのに。それでもやはり、平穏な状況で人生の一大事を迎えられるのは微笑ましい事だ。

Re: 守護神アクセス ( No.109 )
日時: 2018/09/24 18:02
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「陣痛はどうなの?」
「まだらしい。でも先に破水したんだってさ。もしかしたら生まれるのは明日かもしれないな」
「よりによって明日かよ……」
「明日生まれるってなると死亡フラグみたいだから、できたら今日の内に赤ん坊と会いたいもんだぜ」

 明日の夜には当然、シンデレラとの最後の戦いが控えている。カレンダーを見る。デジタル時計を見る。どちらを見ても、今日は十四日だと示していた。彼女が告げた、約束の刻限まで、もう後一日しかないのだ。
 俺、この戦いが終わったら、娘のことを抱っこしてやるんだ。冗談めかすためにか、太陽はそんな事を口にする。僅かに声が震えていたのは、きっと彼自身娘に出会えないかもしれない恐怖を払拭したかったのではないだろうか。そう思えば、かける声が見当たらなくなる。唇が重い。何と口を開いたものか。
 しかし、一拍遅れて太陽の妻、月子の出産が目前に迫っているとようやく理解したセイラは、不安を覚える太陽とも、喉が詰まったように押し黙った光葉とも対照的に、パッとその顔を輝かせた。

「とうとう生まれるんですね! おめでとうございます!」

 唐突に、向日葵が咲いたように。そしてそれは、不意に上がった花火のように。落ち込んだ空気を明るく照らしてみせた。守護神アクセスを解除して、不意に王子の隣に現れたかと思うと、祝辞を直接太陽に伝える。居たのかと驚きながらも太陽は、しどろもどろにありがとうと口にした。
 それまで息が詰まりそうだったのも忘れてしまう程、その声は軽やかだった。その言葉は暖かかった。闇を振り払うには笑顔が一番だと、言葉にせずとも、彼女自身意図していなくとも、雄弁に教えてくれる。

「そうだな。確かに、こんな時だからこそ喜ばないとな」
「こんな時とか関係ありませんよ、嬉しい事は嬉しいんです。お先が真っ暗だからと、幸せなことからも目を背けてはいけません」
「……うん。悪いな光葉、ちょっと心配かけちまった。とりあえず月子んとこ行ってくるよ。明日のことは明日悩むことにする」
「うじうじするのはよくないもんな。……付いて行こうか?」
「いやいいよ。お前はもっと、他に話し合うことがあんだろうがよ」

 まだ決めきれてないんだろうと人魚姫に尋ねた。太陽の問いかけに、申し訳なさそうにセイラは頷く。仕方ないと太陽は笑い飛ばした。今セイラに強いられた選択は、簡単に決めきれるものでは無い。むしろ、盲目的に、瞬時に決めている方が正気を疑ってしまう。最後の最後まで悩み抜こうとしているからこそ、人魚姫という守護神を自分たちは信用できるのだと、彼女の葛藤を肯定してみせた。

「俺からは何も言わねえよ。光葉からも無理強いさせんなって釘刺されてるからな」

 愛されてるねぇと、出産間近の朗報に顔を綻ばせている彼女を冷やかす。途端にその頬が朱に染まり、俯くと同時に前髪で表情が隠れてしまった様子にほほ笑む。

「うるさいな! 余計なこと言ってないで嫁さんのとこ行ってこい!」
「照れるな照れるな」
「照れてない! 意味わかんねー冷やかしを否定してるだけだ! ニヤニヤするな馬鹿兄貴!」
「はっはは。初めて反抗期っぽいこと言ってきたな」
「怒らしてんのはどっちだよ!」
「俺だわ」
「分かってんじゃねえか!」

 声を荒げ、肩を上下させて王子は吠える。いつしか頭に昇った血のせいで、彼まで顔が真っ赤だ。小学生並に初心な二人だなと、背を向けた後でも笑いそうになってしまう。

「でもありがとな、緊張はほぐれたわ」
「そいつはどうも。いいから早く姉さんのとこ行ってきなよ」
「そうだな、早く二人きりにしてやらんとな」
「閉め出すぞ!」

 怖い怖いと、また笑う。もうそこには、娘と会えるか会えないか、明日無事に全てを済ませられるかに悩む戦士の顔は無かった。娘の生誕を待ち焦がれる、一人の父親の姿があるだけだ。眉間に皺を寄せたまま、月子と合わせるのも忍びない。そう言った意味では、これで不安が和らいでリラックスしてくれたのなら僥倖だ。
 身支度を終えた太陽がまた家の外へ飛び出していき、またもや二人きりになる。さっき太陽に煽られたせいか、顔がまだまだ熱いままだ。セイラの顔を見てしまえば、より一層ひどい事になりそうだからと目を伏せる。
 守護神アクセスしようにも、手を繋げばより一層上気しかねない。
 結局、どうしたものかなと、母親が帰ってくるまでずっとぎこちないまま過ごし続ける二人であった。





 しかし、忘れてはならない。
 たとえ甘い時間を過ごそうとも。
 例え吉報が届こうとも。
 這い寄る魔の手はもうすぐ傍まで迫っている。
 開いた掌は、もう彼らの首筋に触れようとしている。
 それはきっと目に見えない、人によっては柳が揺れているようにしか感じない事だろう。
 しかし着実に忍び寄っている、気づける者だけが気づいている、その細く冷たい紐のような指先が、首にかかった事実を。
 願っても時は止まってくれない。
 異界の王でさえ、時間の流れは拒絶できず、断ち切れず、また、時間から速度を奪うこともできない。
 死を覆せないのと同様に、時の流れも、何人たりとも干渉できないと世界のルールが決めている。

「ねえお父さん、魔王がいるよ」
「急に何のつもりだ」
「ごめんねダディ、ちょっとシューベルトを思い出して」
「そうか。……気の利いた事も言えなくて済まないな」
「魔王討伐もそろそろ大詰めだから、ちょっと緊張を紛らわせたくて」

 魔王とは無論、琴割に他ならない。脳裏に思い浮かべたあの冷たい笑みを、幻想の業火にくべる。現実には当然あり得なくても、苦悶の表情を浮かべた彼の虚像が燃えていく。

「だが、魔王はむしろこちらだと私は思うがね」
「あら、それはどうして?」
「私の目に、灰色の古い柳は映らない。代わりに揺れているのは、灰に塗れたスカートだけだ」
「あら、気の利いたことも言ってくれるじゃない」
「当然だ、君の母を口説いたくらいなのだから」
「ねえ、灰被りの名で呼ばないでくださる?」
「失礼。貴女の逆鱗を失念していた。非礼をお許しいただきたい」
「……いいわ。貴方も味方なのだからね」

 次は無いと釘を刺す。慇懃に男は腰を折り、お辞儀を一つ。その態度に免じてそれ以上引きずるのをシンデレラも控えた。

「アシュリー、明日が『最後』よ。……力を貸してくれるわね?」
「ええ、『最期』まできちんと貸してあげる。何せ私は壊せれば何でもいいのですから。……これまで少し欲求不満だった分も、全部ぶつけてあげる」

 久しぶりに会えるかしら。
 魔法にかけられた姫君は、禍々しく煌く満月を瞼に隠し、その裏に彼女の黄金の瞳を映し出して見せた。