複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.11 )
- 日時: 2018/04/18 15:54
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
「おっす王子様。今日は何か浮かない顔してんな」
クラスの女子の中でも中心に座すクラスメイトが俺にそう呼びかけた。気の無い返事を返してしまった俺は、昨日知君と話してからぼうっとしがちな現実を受け入れざるを得なかった。誰かの声が聞こえるような気がして夜も眠れず、朝は寝坊し、朝食も普段より少量しかとれず、休み時間に友達と話していても上の空だった。
それにしてもあの女は毎度毎度と、ため息を深く吐く。俺は自分の苗字に様をつけて呼ばれるのは好きじゃない。大体、そこには嘲笑や罵倒に近い感情が込められているからだ。今の奴にしたってそうだ、面白い名前だからからかっておけという底意地の悪さからのものだ。人によっては悪気なく、コミュニケーションの一環としてそう呼んでくる奴もいる。そういう人たちは普段はちゃんと王子とだけ呼んでくれるから、俺は好きでいられる。
自分の守護神と直接会えばいい。昨日知君が言っていた言葉を自分の言葉で脳裏に反芻してみる。いやいや、会えるわけないじゃないかとその提案を否定する。知君があまりに真摯に提言するからあの時は否定しきれなかったが、フェアリーガーデンに存在する守護神は何千何百と存在する。でもそのうち、現在フェアリーテイルとして報告されているのはたったの17件。確率的に、それらが俺の守護神であるとは思えなかった。
コネクションを作ると言ったって、彼ら彼女ら全員の知り合いの中に俺の守護神がいるとも限らない。それに、いたとしてどうなることやら。それでも何十人、何百人という候補が残る。その全員を呼び出して一人ひとり判別しろというのだろうか。できる訳が無い。
俺は結局、運命に恵まれなかったんだ。ヒーローになれる星の下になんて生まれてない。
誰とも話さない昼休みは久々だった。何となく、一人になりたかった。屋上に上がり、そこから見える景色を一望する。この高校の屋上は、高いフェンスに覆われており、フェンスの上の方は鉄の棘により触れなくなっているため、生徒が入れるようになっている。何でも、ここからの景色を見せてあげたいからという理由らしい。それくらいに、屋上からの光景は春夏秋冬違った趣があった。近くに流れる川とそれに寄り添うよう細長く続く公園を中心に四季折々の姿を見せる。
そこには、普段話すグループの人間はだれ一人いなかった。ゆっくりと深呼吸して、一人の時間を堪能する。何にも気を遣わず、のんびりと羽を伸ばせるのはいつ以来かと考える。それと同時に、こんなに気持ちがいいものだったっけとも思う。
プールを見下ろす。先日水泳部がプール掃除をしたと言っていた。もうすぐプール開きのシーズンかと、今後の体育の授業を楽しみに思う。水泳は昔やっていた。体づくりを目的として、小学校の六年間。最初は顔をつけるのも怖かったから泳げるようになるのを目標にしていたが、兄貴が警官になって、体作りが目的になった。
俺以外の誰もが、そちらを見ていなかった瞬間だった。何かの影が、水面に映る。何だろうかと思って眺めるが、よく見えない。じっと眺めている間、おそらく其処では『何か』が跳ねた。その決定的瞬間、俺は瞬きをしてしまった。瞬きなんてほんの一瞬のことだ。しかし、『何か』が姿を見せたのもほんの一瞬のことだった。突然に、プールの真ん中を始点として円形に波がプール全体へと広がった。
誰もいないのに、どうして。石でも投げこまれたのかとも思うが、そんな危ないことをわざわざやりそうな人物は周囲にいるように思えない。とするとやはり、そこには何かがいると考えるのが妥当である。
何が居るっていうんだ。それはただの好奇心だった。けれども見たのが俺一人だと言う優越感のような高揚が、俺を動かした。見に行ってみようと決心して、校舎内に戻り階段を一回まで一気に駆け降りる。波紋を起こした『何か』が水中にもぐるその瞬間、俺は確かに見た。それは確かに、魚の尾びれのようだった。それも、かなり大きい。
プールに巨大な魚を飼っている? 誰が、何の目的で? そもそも俺の見間違いなのか? 必死で俺は自問する。答えなんて求めてなくて、考えるその過程を必要としている。そうだ、違うことに頭を悩ませ続ければ、考えたくないことなんて何一つ考えなくてよくなる。
プールに到着するが、当然まだ誰も使っていない時間なので鍵がかかっている。どうしても中が気になる。そう思った俺は普段とらないような行動をとることにした。柵をよじ登り、中に忍び込む。幸い、周囲には一つも人影はなかった。
呼ばれている、そんな気がした。こうやって誰にも見られず忍び込めたのも含めて、お膳立てされているような感覚。誰が? どうして? 考える、未だ答えは出さないまま問い続ける。答えてしまうと、それが間違っていた時に苦しくなる。だから、答えは出さない。
いや、出せないんだ。勇気はとっくの昔に封印してしまった。
プールサイドに立ってみるが、当然そこには何者の気配も無かった。プールの水面はもうとっくに波一つ立てない様子となっている。下りてくるまでに落ち着いたのか? それとも最初から何もいなかったのか?
静寂の中でじっと考える。今日は周りが静かだなと再確認した。どうして今日の俺はこんなにも静かな場所を好んでいるのだろうか。雑音を聞きたくないみたいだ。
電車の中で、うるさい集団が乗車した際に遠くの座席へと席を移る、今日の俺はそのようにして静謐を好んでいる気がする。
「ちげーわ、これ。ただ仮面被るの疲れただけだわ」
何マジになってんだよと、自分で自分のことを笑い飛ばそうとして気が付いた。上手く笑顔が作れなかった。演じてやる相手がいないというのも少しはあるだろうが、何となく笑顔の作り方が分からなくなった。
やっぱり俺は辛いと感じているみたいだ。知君が心底羨ましくて、妬ましくて、あいつみたいになりたくて。
「すっげえよな、あいつ……」
大人だって手をずっと焼いているフェアリーテイル、それを検挙した英雄なのに、誰にも言わず、誇らず、いつも通り謙虚に生きていた。昨日話した知君の姿を見ていると、本当に彼がアリスを捕まえただなんて到底思えなかった。
けれどもやり遂げた。それだけじゃなくて、俺なんかのことまで気にかけて。
「何が王子くんは優しい人です、だよ。お前が一番いいやつじゃねえか」
そんな立派な級友を、恨みがましく思う自分が心底憎い。こんな運命に俺を産み落とした神様というやつも、憎い。肝心な異世界に繋がれないphoneが憎くて、俺の心の奥には反吐が溢れ返っていた。
見ろよ知君、俺の心はこんなに汚れてるぞ。でもきっと、それでもあいつは言うだろう。俺は悪い人間じゃないって。でも、みっともなくてちっぽけな、残念王子のこの俺は多分、善人よりかは偽善者に近いと思う。
残念王子、例の夢破れた時期につけられた、俺のあだ名だ。ずっと志望した将来への道を断たれた俺にはふさわしいものだったと思う。名付けたのは、四桁のナンバーを持っていた生徒だった。その生徒は、それまでどちらかというと教室の隅で一人で弁当を食べるような根暗な生徒だったが、急に扱いが変わり、調子よくクラスと交流を持ち始めた。
最終的にあいつは、調子に乗りすぎて疎外されたが、それまでは立場をいいように使って俺のことを罵倒し続けた。きっと、ずっとクラスの中心にいて、あいつが目立ち始めてからもずっとクラスの中心にいた俺が気に食わなかったんだと思う。ただ、俺が好かれていたのは処世術のおかげであり、傲慢な態度を取り続けたあいつが疎外されたのは多分仕方なかったと思う。何せ、どれだけナンバーが恵まれていても彼自身はphoneを持たない一般人だったのだから。
残念王子、そう呼ばれても俺は確かへらへらしていたと思う。「いやお前マジ、俺がcallingできるようになったら俺が最強だからな」とか言って言い訳するように聞き流していた。その頃からもう笑顔は仮面だったし、涙の流し方は忘れていた。
歌声が聞こえたのは、そんな時だった。どこから声がしているのか、耳を澄ませて分かったのだが、外から声は聞こえてきていた。その言葉は、日本語ではなかった。聞いたことのない言語、おそらく英語でもない。この歌は、一体。
それにしても、どうしてこんな声がしているのか。確かめたいと強く欲してしまった。昼休みはもうすぐ終わってしまう。その短時間でこの歌声の主にたどり着けたものだろうか。
ふと、このまま午後の授業を放棄することを思いついた。いかにも悪い生徒がやりそうな行動で、我ながら短絡的だなと思う。どうしてそう決めたのかは、歌声に対する興味が半分と、残りは知君の言葉を否定したかったからだ。
俺は全然いい人でも何でもなくて、そして、死ぬまで守護神に愛されない人間なんだ。そうやって決めつけることで、消えてしまった夢への情熱がまた心の中にともってしまわないようにしたいんだ。本心は全部わかってて、そんなことに何の意味が無いとも分かっていても、俺の足は校外に向かっていた。途中、何人もの生徒とすれ違う。その生徒たちはこんな時間に学校の外へと走っていく俺の様子をいぶかしんでいたが、どうにもこの不思議な歌声は聞こえていないようであった。
俺にしか聞こえていない。何か特別なものを感じたく思ってしまったがそんな幻はすぐさま自分で切り捨てた。単純に皆がこの声に興味を示していない、あるいは俺の頭がやられて幻聴でも耳にしているのだろう。
校門を出る。声は、公園がある方とは逆、建物がたくさん立ち並ぶ方向から聞こえてきた。ガラス張りのおしゃれなオフィスなどがたくさん立ち並ぶ方向。兄貴たちの職場も向こうだよなと考える。流石にこの現場が兄貴たちに見つかって学校はどうしたと言われるようなことは、きっと無いだろう。
すれ違う人々も、ずっと続く歌声にはまるで興味を示していないようであった。興味を示していないというよりも、最初から何も聞こえていないかのような態度で、いつも通りの毎日を送っているようだった。
声がする方へと、走る。声はずっと遠くから聞こえている。段々とその声の主も移動しているようだが、俺の方が早いようで少しずつ近づいている。昨日も部活をしたせいで筋肉痛が酷いが、それどころではないと俺の脚は動き続けた。ぐちゃぐちゃになった自分の内面を無視するためにも、走るのはぴったりだった。リズムよく手足を前に出すことだけ考えていればいい。
それにしても、自分の胸の内に秘めたものがちぐはぐになったのは、結局いつからだったのだろう。それはきっと、昨日知君と話したせいじゃなくて、むしろ話したおかげで顕在化できたと考えるべきだ。
いつしか俺が進む道は、大通りから入り組んだ路地に変わっていた。もう、午後の授業が始まって五分が立っている。もう後戻りはできないなと、前に進み続けた。奇怪な歌声はもうすぐそばまで迫っていて、さっきよりもずっと大声で聞こえるようになっていた。
聞き覚えの無い奇怪な言語の歌、にもかかわらずこの歌声はとても清らかに澄んでいて、美しく、心が洗われるような気分だった。多分、それは俺がこの声を追いかけようと決めた理由に他ならなかった。この声には何だか人の心を癒すような特別な何かを感じて、その癒しを求めて俺は、光に群がる蛾のように追いかけた。
そこの突き当りを曲がったところ、というところまで迫ったところだった。それまでずっと、一人でその声を追っていた俺だったのだが、後ろから唐突に誰かに追い抜かれた。彼は俺よりも幾分か背が低く、妙な格好をしていた。だが、あまりにその動きが素早く、細部までは見れなかった。のぼりのような何かを持っていることは辛うじて分かり、それは地面だけじゃなくて壁すら足場にして最短距離を駆け抜ける、いかにも人間離れした所作だった。
角を曲がったところには、開けた空間が広がっていた。今この瞬間俺を追い越した子供と、さっきからずっと歌っていた声の主とが鉢合わせていた。二人とも、明らかに面妖な格好をしている。
まず今しがた俺を追い抜いた少年だが、背丈は中学生に上がりたて、といったところだったが、白と桃色を基調とした和装で、背中には日本一と書いたのぼり、頭には小さいながらも立派なマゲ、腰には刀を携え、球体がいくつも入った小袋を持っていた。
彼の正体を推察したその瞬間、俺は戦慄した。こいつはもしや、親父たちから話を聞いたあいつではないか、と。ただし、そんな身も凍るような戦慄は次の瞬間には消え失せた。俺は、もう一人の幻想の国の住人に目も心も奪われてしまったのだから。
緑色の髪に、黄金の瞳、それだけでも彼女は異界の住人だと分かった。耳の裏には魚の鱗の形をした飾りがついていた。桜色から紫色を経由し、藍色となるグラデーションがとても美しくて、その耳飾りはどんな宝石よりも綺麗だった。ただ、もっと驚いたのは彼女の下半身が魚の体をしていたことだ。屋上から見たプールに飛び込む影は彼女だったのかと理解した。彼女が身に着けている他のものと言えば、真っ白な貝殻が胸元を隠している程度で、少々目のやり場に困る。
ただ、彼女はあまりに可愛くて、不安げにしたその顔だけに俺の目は完全に奪われてしまった。今まで見てきた全ての女性の中で最も綺麗で、他の追随を許さないくらいに美しい。そりゃ、あんなに透き通った歌声な訳だと、俺はもう心まで鷲掴みにされていた。
ただし、その俺の浮ついた感情は、手前にいる少年によって吹き飛んだ。変声期前の甲高い声なのに、その子の声はとても逞しく思えた。
「人魚姫! 貴様何のつもりじゃ、この日本一の桃太郎に対し先のような歌声で邪魔をするとは!」
やはりと、俺は一番初めに感じた恐怖にもう一度支配される。親父から聞いたことがある。Case1のシンデレラよりも、もっと多くの被害を出したフェアリーテイルが存在する、と。あまりに好戦的な性格で、襲い来る捜査官たちを次々と返り討ちにし、一時期警察を壊滅させるやもしれぬと言わせた守護神二人。その双璧の片割れとは今目の前にいるcase6、桃太郎であった。