複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.111 )
日時: 2018/09/26 23:37
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「じゃあ、いっちょ行こうかアマデウス」

 こんな時でも、ワックスで整えられた明るいブラウンの髪。日本人にしてはかなりの長身である彼には、戦闘服でもある黒いスーツがよく似合う。6、4、9と、三つの数字を入力する。そのまま発信ボタンを押し、洪水のように溢れ出した翡翠色のエネルギーをその身に纏ってみせた。

「守護神アクセス」

 迸るオーラが満ちた、と同時に。その姿が消えた。消えたかと思えば、足音は遅れてやって来る。空を切るように突き進み、走り抜けた背につむじ風を巻き上げて。エメラルドグリーンの残光を飛行機雲のように残して宙を走り抜けるその様子はまさに、地上から天を穿つ矢と言うに相応しい。
 行進する軍隊と正面から衝突した。地上では彼に続こうと、次から次へと己の守護神を呼びだし続ける。もうとうに上空高々と飛び立つ奏白は、その様子を一瞥した後にすぐさま照準を真正面に戻した。眼前に、天の川のように煌きながら広がっているのは、全く同じ顔をした軍隊。
 甲冑を纏っているというのに、さらにその上には、半透明の羽衣のような謎の装飾まで。天女のようだなと思い至るに、和装の敵兵だとすぐに断じられた。そもそも、シンデレラにはこのような軍隊など出てこない。敵にも、味方にも。であれば宙から現れたことも考慮するに、間違いなくかぐや姫の一団だ。

「これまで尻尾も見せなかったくせによ」

 新緑の彗星が、空中で軌道を変える。当然愚直に真正面から近寄れば、月の民がいかに無表情で感情に乏しいとは言え、『奏白に気づいていること』にも気づけた。先頭から順に、近寄って来る敵影に向けて手にした矛を構えている。まったくフェアリーテイルってのは、どいつもこいつもぞろぞろと配下を引き連れやがって。親玉に会うのも一苦労じゃねえかと、愚痴を孤独な夜空に吐き出した。
 どの程度強力なのかなど、初めから考慮してはいられない。けれども、彼は退く訳にいかなかった。同じ顔、同じ鎧。有象無象のレプリカたちを見るに、初めて正面からぶつかり合った際に辛酸を舐めさせられたあの日を思い出してしまう。アリスに従うトランプの兵隊、スペードのジャックとクラブのジャックの前に膝をついたあの時を。
 もう二度と、あんな醜態を晒さない。今度は弧を描くように夜空を切り取っていく。音速でひた走る男の動きに、かぐや姫の従える月の大攻勢とて、誰一人反応できない。人類の極致とも言うべきその従者と言えども、音の速さで駆け抜けるその男には、到底追いつけはしない。
 そう、その衝撃は音よりも遥か早く。刻一刻と眼前に迫りくるその彗星が、視界から外れた約一秒後。胡麻粒程度だった翡翠色の光の直進が、次第にビー玉ぐらいになったかと思えば、不意にその姿を消した。瞬きをした瞼の裏に、うっすらと残光の線を左側にだけ走らせて。
 消えたか、そう判断を終えたような頃だ。冷静且つ沈着なその無数のコンピュータが処理を終えると同時に、一団の中央辺りで、大気が唸りを上げた。それはまさに、嵐と共に舞い降りた龍が、雄たけびを上げるがごとく。戦場に、一つ咆哮を行き渡らせる。ぴしゃりと、兜の緒を無理に締めさせるような大号砲。
 鳴動する空間が、密集していた数十という月の民を吹き飛ばした。あまりに強い音の振動が、そのまま甲冑を打ち砕き、羽衣をびりびりに引き裂いた。まるで機械だと思ってしまうほど、精巧な軍人たちは、顔色一つ変えないまま墜ちていく。これ以上の抵抗や踏ん張りは無為と悟り、一切の抵抗を示さないまま、重力に任せて落ちていく。節電のために入らなくなった施設を切り落としたように思える程、冷淡な対応だった。それを下したのが、他ならぬ負傷した本人だというのが空恐ろしい。
 こういったフェアリーテイルが従える家来たちにはある特性がある。どれも、親機である守護神本体のエネルギーを元として生み出されている。それゆえ、力を供給しすぎていると時としてその分のオーラが無駄になってしまう。
 だからと言ってその判断はあまりに非人道的だ。しかし、それは仕方の無いもののように思える。確かに地上で育ったかぐや姫自身は両親となった翁とその妻のおかげで情緒豊かに育ったことだろう。しかし、物語の終盤、月より現れた無感情な家来たちの差し出した薬を摂取してすぐにその感情を失ってしまった。
 となればむしろ、この分体たちが自分自身さえも切り捨てる行為は当然の事だといえた。

「急にやる気出して、焦ってんのかっての」

 突如として響き渡った轟音。それが奏白由来だとは当然理解している。散々フェアリーテイル相手に能力を晒してきた奏白だ、いくらずっと隠れていたとはいえ、首領の一角でもあるかぐや姫にもその能力は知られている。
 だが、彼の強みは能力が比較的シンプルであることだ。『音にまつわる能力を有する』、ただシンプルなその一言が、でき得ることを膨大に増やしている。そしてその一つ一つが、どれも有用だ。


 例え理解していようとも、彼の歩みは止められない。全力で疾走する彼の背に追いつける者など、そう容易には存在しない。


「よく聴けお前らぁ!」

 琴割が述べていた、先陣を切るに相応しい男は、この男を置いて他に居ない。誰よりも速く駆け入り、誰よりも強く敵を打ちのめす。警察、の中でも特に守護神犯罪抑制に特化した捜査官のエース。アマデウスの能力によって、その声はよく響き渡る。誰もが彼を自分たちの誇りだと胸を張れる。
 ある時彼は言った、辛いときは俺を呼べと。ある時彼は言った、誰より早く駆け付けて、救い切ってみせると。その声が呼んでいる。

「最後だ! 今日が最後だ! 俺たちの力でそうすんだよ!」

 日がな彼は惜しげも無く、ためらいも無く、照れも容赦も無く述べている。自分こそが部隊を牽引する主砲に他ならないと。それは驕りではない、彼という象徴が落日しない限り、人はその心を強く居られる。まだあの男がいる。ならば背中を押される。あの翡翠色の閃光が駆ける時、どんな窮地からも救い出してくれる。
 確かに、知君と一対一で対面しては負けてしまうだろう。クーニャン相手にも、僅かばかりの差で負けてしまうのかもしれない。だが、彼の敗北する姿は、今となってはもう誰にも想像できない。今の彼はかつてのアリスさえ、乗り越えてしまいそうに見える。
 今度こそ、クラブさえも振り切って、スペードさえも打ち破って、ハートもダイヤも貫いて、その大本さえも叩けるだろう。
 その背に担いだのは、天才の二文字。一度の敗北を乗り越えて、また一皮むけて帰って来た男。彼を支えたのは、彼より強い誰かの声。いつまでも、格好いい貴方でいて欲しいと願った、純粋な少年の無垢な願い。
 あの日から、彼の歩みはより速く、踏みしめた足跡はより深く。信じてくれる彼に、恥じることの無い自分でい続ける。それだけ、たったそれだけを胸に秘める。

「いつまでもそんなとこで突っ立ってないで……」

 そして今や、見ているのは一人だけではない。
 知君よりもずっと昔から、尊敬の念を贈り続けてくれた妹に。
 社会人となってからずっと目にかけてくれた先輩。
 知り合ったばかりだというのに、揺るがぬ尊敬を送って来る、その先輩の弟も、格好つけたい相手として増えた。
 あの色黒のアホ女にも舐められたくは無いし。
 一人で全部背負った気になってる、白髪の老害にも見せつけてやらねばならない。
 平和を守ろうと足掻き続ける正義の使徒は、ここにもいるのだと。
 自分だけでなく、他の者もそうなのだろ。

 ずっと、ずっと見続けてくれた。もしかしたら、出る杭として奏白が打たれていた可能性とてあるだろう。けれども、そうはしなかった。奏白の内にある想いを汲んでくれた、大切な同僚たちにこそ、見せねばならない。
 自分がいるから大丈夫だと、そしてそれ以上に、そう言った者たち全員が居なければ自分はこうして居られなかったのだと。
 此処にいられるのは全て、他者の尽力があった故だ。己の才覚など、所詮は一割にも満たない。だからこそ、そう言った人々を、ここまで引っ張り上げねばなるまい。ずっと、背中を押し続けてくれたそのお礼に。
 だから吠える。ドロシーをモニターに眺め、早く出させろと琴割に噛み付いたあの日のように。天地に己の意志を轟かせる。もう二度と、これ以上失う者などあってたまるかという強い意志を、何よりも強く強く、何光年でも先であろうと聞こえるように。
 全部、今日終わらせるんだ。そうして彼は、誰より大きく口を開いて、開戦の狼煙を天が燃え尽きるほど強く高らかに焚いて見せた。

「とっとと俺について来いよ!」

 アマデウスにより、半径二キロの範囲に、その大号令が轟いた。響いたのは、満ち溢れたのはただの空気の震えなどではない。そんなちんけな物で済んでたまるか。誰もが、堪えることもできず身震いした。恐怖ではない、寒気でもない。武者震いだ。あの男が、自分が天才と崇めたあの男が、俺のところまで来て見せろと言っている。彼は、無理など決して言わないだろう。無茶な要望など押し通さないだろう。
 だからこそ信じられる。自分とてできると。そう思えば、歓喜に打ち震えずにはいられない。今すぐにでも足を踏み出したくなる。その男の声がこの鼓膜を揺らすと同時に、胸に勇気が満ちていく。駆けだしたくてたまらないほどの情熱が、衝動が、背中を押す追い風となる。
 誰かが一歩を踏み出した。俺だって、そんな事を後ろで誰かが呟いた。その後はもう、声など発する必要など無い。足音だけで充分だ。迫りくる最後の強大な脅威に、立ち向かうために進めばいい。
 火種は天才、奏白 音也の鶴の一声だ。だが、今や彼ら一同を鼓舞するは、己が足を踏み出す、重なり合った協奏だ。ずっと、我慢してきた者もいる。自分は無力じゃないかという苦々しい想いを胸の奥に燻らせたまま、苦汁をなめ続けた者もいる。
 年端もいかない少年たちが功績を上げる中、恨めし気にその横顔を睨むことしかできない者もいた。嫉妬に狂った者もいた。だが、奏白はそんな負の感情など、簡単に吹き飛ばして見せた。
 駄目押しとでも言わんがばかりに、彼は叫ぶ。敵陣の真っただ中、態勢を立て直した月の兵隊たちに取り囲まれようと、激励の声、地上に降り注ぐ勇気の雨は止みそうにも無い。

「今! 知君は休んでんぞ! 俺たちだってできるんだって、今見せねえでどうすんだよ!」

 取り囲んだ兵隊たち、その身に纏う羽衣が夜風に揺れた。まるで示し合わせたかのように、無言であるのに同時に跳びかかった。四方八方から、奏白の身体をそのまま貫こうと、いくつもの鋭い刃迫る。右を見ても、左を見ても鋭利な刃物。後ろに退いても前へ猛進しようと、矛先はぎらりと煌いている。
 アイアンメイデンという拷問器具がある。あれに囚われたらこんな風になるものだろうかと、迫りくる凶刃に臆することなく、不敵な笑みをただ浮かべてみせた。
 それはまさしく、爆弾と変わりない。熱と光を発さないだけで、その衝撃は、鼓膜を突き破りそうな大音響は、また満月の空の下で月の従者を吹き飛ばした。奏白めがけて迫っていたはずだというのに、いつしか彼らの身体は正反対の方向に向かって舞っていた。その矛先は、あまりに強すぎる音の圧に負けて、鋼も砕けて無残な姿を晒している。




「ははっ、想像以上じゃ音也のやつ」

 これほどとは思っていなかったと、中継した映像を映し出している液晶を眺めながら琴割は多いに笑っている。流石はフェアリーテイル対策課の精神的支柱じゃと愉快そうに手を打っている。
 場違いなほどに愉快そうにしているそんな様子を見るのは知君にとってあまりに新鮮で、人が変わってしまったのではないかと思う程であった。だが、一拍遅れて理解すると同時に、柔らかく彼は破顔した。
 かつてこの二人が、ある事件の裏で言葉を用いて衝突していた事実は知っている。それ以来、琴割から奏白への態度が変わったことも。その理由は今まで理解してこようともしなかったけれど、瞳の色を見れば簡単に分かった。
 見覚えがあった。あれは王子の目だ。そして何より、知君もしていた目だ。琴割さんでも無いものねだりをすることがあるんですねと、知君は彼にばれないように可笑しな思いを声にした。無理やり押し殺した声は、噎せた時みたいな呼吸を招いた。ああ、零れ落ちてしまいそうな笑みを消してしまうことも、ELEVENにできないことの一つだな、などと考える。
 これまで聞いてきた話から思うに、琴割はかつて暑苦しくて汗臭い正義感を持っていたはずだ。いつ失ったのかなどは分からない。それでも、その泥臭さを未だに持ち続けている奏白が羨ましくて仕方が無いのだろう。

「頼みましたよ、皆さん」

 在りし日ならばきっと、うずうずと、今にも飛び出しそうな態度で掌を握りしめていたものだろう。けれども、今の少年は過日と違う。リラックスした身体で、心で、仲間の奮闘をただ見つめている。
 彼らならば、任せても安心できる。そんな信頼を今は言葉にせず。けれど、いつかはちゃんと伝えようと心に決めて。