複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.112 )
日時: 2018/10/03 00:03
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 それはまさに全面戦争、総力戦だ。軍としては疲弊しきったとはいえ二大巨頭が未だ健在のフェアリーテイルに、死傷者は少ないものの誰もが困憊を抱えている捜査官。そもそも個々の力の差は歴然としており、その能力の分体である月の民との徹底抗戦だけで充分拮抗するものであった。
 しかしそれでも、ただ撃破の効率だけを考えて我が身を厭わない月の軍隊と捜査官とでは大きな違いがある。戦場に立つ捜査官には、誰もが明日を望んでいる。たとえ多少の怪我を負おうとも、この命をまた次の夜明けまで繋ごうとする意志が。例え退くことになろうとも、これ以上被害は出せない。庇い合い、守り合い、誰も失わぬように保ち続ける。
 堅守、それだけを考えればいい。前線では奏白が蹴散らしてくれている。さらには、敵の主軸は神風特攻。防御を考えていればいつしか相手の身体は勝手に朽ちている。そもそも、夜空の星々のごとく呆れるほどの大攻勢だ。そんな雑な方法でも戦力は足りると思っているのだろう。
 事実、かぐや姫の従者を数え切れぬほど処理したとはいえ、未だに湯水のごとく後続が湧き出でる。そうしてまた、正面から突っ込んできた新たな兵士を強化した重力で大地に叩きつけた太陽はというと、大きな息を吐き出した。

「くそっ、キリがねえ」

 大本を叩くしかない。そうは理解しているも、その大本が天に座したまま降りてこようとはしない。上空遥か彼方、光輝く牛に退かせた台車の中、じっと動かずに佇んでいる。その牛車の姿は地上からでもよく見えた。光放つ甲冑と羽衣を纏う月の兵隊。しかし彼らの淡い光に紛れることなく一際強い光を放つその台車は、星海に浮かぶ第二の月と呼ぶべき代物だ。
 一応、あくまでも一応だ。敵軍の数は減っては来ている。大体そろそろ半分は削れたものだろうか。奏白に付いて行くと呼応した多くの捜査官が、一人一人数多の敵兵を薙ぎ払っていた、その影響だ。上限なく能力を行使できる守護神などそうはいない。それこそ、ELEVENでもない限り存在しないと言っても過言にならない。

「ただ、どうにも気になるな」

 かぐや姫が座しているであろう位置は分かる。それは周囲よりさらに強い極光によっても察せられる事実だが、それ以上の根拠がある。
 地上に攻め立てる軍隊は、誰もが全く同じ装束、同じ背格好、容姿をしていた。武装さえも全く同じだ。しかし上空で二つ目の月を守護している四人の兵士だけが、その共通点から外れていた。フェアリーテイルにはよくある報告だ。全く同じ姿の軍隊を率いる、格の違う数体の兵士。それらの多くは主となる守護神を護っているケースが多い。
 特にケースとして相応しいものと言えば、初検挙されたフェアリーテイルであるアリスだろうか。ここぞという時まで温存されたジャックの兵士。彼らはアリスの危機に際し、呼びかけに応じるように馳せ参じた。
 今はまだ、護衛についている以上動く気配が無い。そのまま動かずいてくれればよいのだが、そう思うものの、あの四騎を下さない限り目的となるかぐや姫は出てこない事だろう。事実手をこまねいているだけの現状、かぐや姫はその姿さえみせようとしない。ただ、その好奇な身柄を御簾の向こうに隠しているのみ。
 この期に及んで作法を守っているかのような態度が気に食わない。何とかあの台車を地上まで引きずり降ろしてやりたいところだが、アイザックの能力は届きそうにも無い。届いたとして、効果があるのかも分からないが。
 上空で、またしても爆発音が轟く。否、単なる爆音だとすぐに分かった。立ち込める煙も、暴れ狂う焔の影も無い。ただ、けたたましく震える大気がこの身を揺らすのみ。奏白は、常に最前線を走り続けていた。
 バラバラと、彼に討たれた兵士たちが空から落ちていく。燃え尽きる空の塵と同じように、流れ星のように尾を引きながら、朽ち果てるように手足の先から星屑となって霧散していく。そう、所詮は自我の弱い人形に過ぎない。相対すればまるで人間を殺戮しているように錯覚するが、あくまでもこれは意志なき、命無き木偶だと再認識した。

「おい太陽、何ボサッとしてる!」

 上空を見上げたまま隙を晒す彼を叱咤する声。同じ四班に所属している男の声だった。契約した守護神はアムンセン、かつて南極点に初めて辿り着いた男。氷雪の能力を操る強力な守護神でもある。
 その男の視線の先には、矛を構えた兵士が一人。その矛先は太陽のこめかみに向いていた。彼が対応してくれなければ脳天をそのまま貫かれてたかと思うと、ぞっとしない。けれども、今だからこそ味方に頼り切り、空を見上げられたというのはあるだろう。今であれば、きっと、誰かが誰かを庇うことぐらい簡単だ。
 叱咤していたはずの男、その背後からもまた、別の兵士が刃を振りかざしていた。借りは早いところ返しておこうと、太陽は不意打ちをしかけるその兵を押し花のようにぺしゃんこにしてみせた。

「これで貸し借り無しな」
「おうとも」

 遠くの方でどよめきが上がった。何事かと思い、振り返る。被害が出てしまったかと不安になるも、振り返ると同時にそのざわめきは落ち着いた。目に見えたのは、あまりにも大きな氷山。美しい水晶のような氷に閉じ込められているのは、百をも超える月の従者。苦悶の表情一つ浮かべることなく、写真のように瞬間を切り取られた彫像のごとくその場に留まっている。
 そう言えば、氷雪系の能力者には、上がいたなと思い返した。捜査官には属していない、機動力を重視したライダースと呼ばれる部隊。そのチームでクイーンと崇められている女性が居た。幻獣界に住まう雪女をモチーフとした、トウドウインと契約する、真凜と婦警最強の座を分け合っている女性だ。

「やっぱり氷の女王様は強いもんだな」
「あれと比べられちゃアムンセンも形無しだ」

 だが、だからと言って臍を曲げる時期は過ぎた。誰より役に立つかではない、今努めるべきは、如何に己の最善を尽くせるかだ。

「そろそろ大将……とまではいかずとも、少将くらいは討ち取ってきてくれよ、奏白」

 それはまるで降り注ぐ雷のごとく。彼が天翔ける度に翡翠色の閃光が瞬いていた。雷鳴がごとき轟音が響けば、また多くの兵が動きを止めて墜ちていく。

「さてさてさーて、もうそろそろ出張ってもいいんじゃねーかな」

 今のところ消耗はさほど大きくない。雑兵は粗方蹴散らした。地上に攻め入る必要もある以上、戦力を引っ掻き回すことを目的としている奏白に割くリソースは枯れ気味であろう。そもそも、己の身を顧みず、集団としての進軍効率を重視している性質ゆえに来ている以上、じわじわと戦力が人間側に傾きつつある現状はかぐや姫側が招いているとも言えるだろう。
 となれば今、本陣に攻め入れば雑兵ではなくかぐやを真に守護する実力者と相対することになろう。桃太郎で言えば三匹の従者、アリスであればトランプのジャック。どの程度の力量なのかは分からないが、踏み込まねば何も始まらず、終わらない。
 時刻は開戦より、長針が半分ほど回ったところだ。まだ灰被りの成り上り姫は現れていない。性質的に、活動できるとすれば十二時までのはずだ。あれだけ大げさに宣言しておいて姿を見せない。その態度はやけに歪であるし、不可解だ。
 だが、その事にばかり気を取られる訳にはいかない。たった今眼前に立ち塞がっているのはシンデレラではなく、日本最古のお伽噺伝説。桃太郎が、日本という狭い範囲でのみとはいえ、強い民衆の憧れを向けられる物語ゆえに、世界的な知名度以上の実力を誇っている。
 とすれば竹取物語は、どう評したものだろうか。奏白は判断しかねる。何せ幸福な結末を迎えたとは言い難いためだ。明確な悲劇とも言えない、何せ物語の結末において、かぐや姫自身は涙を流していない。悲しんだのは帝、そして育ての親の老夫婦のみだ。
 とすれば、日本最古の物語という称号をいかに考慮したものだろうか。守護神の位階は別段知名度だけで決まるものではない。如何に残した功績が大きいか、どれだけ正の印象を残しているのかにも大きく左右される。あるいは、如何にこの世に畏怖をもたらしたか。
 原点、といった意味では十全に警戒するべき相手だ。日本のお伽噺全ての先駆け、親と読んで差し支えない。しかしそれと同時に、人々に与えるその印象が判断を鈍らせる。悲劇、喜劇、簡単な二元論で括ることはできない。だがそれでも、盲目的に幸せになれる物語では決してない。むしろその正反対、求婚を幾度となく断って、無理難題を吹っ掛けて、相手から詐欺まがいのことをされそうになる、むしろそのどこに喜びを見出せばよいというのだろうか。
 竹取の翁にしてみても、たまったものではない。愛情注いで育てた娘が、振り向きもせず、名残惜しいとも口にせず、能面のように温度の感じられないままの顔つきで月に帰っていくのだから。

「させてたまるかよ。家族ほっぽってどっかに行かせるなんてな。星羅ソフィアにゃ悪いが、あいつには知君と会ってもらわなきゃなんねえんだ。知君はきっと喜ぶだろうからな。だからあの女引きずりだす、踏み台になってもらうぜ、かぐや姫」

 南天へと辿り着く。そこには、眩い光の雨を降らす仰々しい台車が待っていた。障子とも御簾とも分からぬ神秘的な膜に囲まれて中の様子は分からないが、中のシルエットは何とか分かった。それはきっと、手弱女の姿。幾重にも衣を重ね、美しい髪を誰よりも長く蓄えた女性の姿。

「大きく出ましたね」

 そしてその台車と奏白とを隔てるように、立ち塞がる四人の従者。それらはここに向かう道すがら、存在を確認していた。そして彼らこそが天守を護り抜く、人の姿をした砦のようなものだと奏白 音也は確信した。
 彼らは、その他大勢の従者達とはその面構えこそ同じなれど、その身に纏う武装が大きく異なっていた。他の者は甲冑を纏い、その上に羽衣を羽織っているというに、その四人の側近は己の肉体の上にそのまま黄金の羽衣を巻きつけていた。
 人間であれば果たして何十年という研鑽が必要であろうか。鍛え抜かれ、磨き上げられた肉体美。鋼の剣のように堅く、それでいて鞭のようにしなやかに。その点はきっと、他の兵達と同じなのだろう。おそらくは、性質からしてこの四騎は、無作為に選ばれただけだ。同じ性能を持った従者の中からランダムに選ばれて、その官職を授けられた。故にこうして特別な自我を持っているのだろう。
 自我があると判断したのは簡単だ。その四体は感情を持っていた。ここまで辿り着く気骨ある男の登場に喜ぶ者、その事に逆に怒っている者。数多の同胞を屠られ哀しんでいる者。そして何より、そんな命のやり取りを楽しんでいる者。
 表情が豊かに見えて、皆それぞれ、自分のための感情しか持っていない。常に笑い、しかめっ面をし、泣いて、はしゃいでいる。むしろ彼らの方が歪だった。仮面の上に顔を書いたかのように表情筋が微動だにしない、雑兵たちの方が余程まともに思える程に。

「いいね、君。僕と同じ臭いがするよ」
「奇遇だな、俺もそう思ったさ」

 現状を楽しんでいる男、美しい貝殻のネックレスを身に着けた男と気が合った。何となく、煮えたぎりそうな愉悦を顔からにじませるその様子に、自分と似た何かを感じてならなかった。貝殻などでなく、まるで本物の宝石ではないかと見まがうほどに煌びやかな、絢爛な首飾り。竹取物語の概要は予習してある。あれはきっと、タカラガイ。あるいは、子安貝と呼ばれるものだ。そしてそれらがこの世らしからぬ美しさを放っているのは当然理由があるのだろう。
 あれこそは、燕の生んだ子安貝。あり得るはずの無い産物、だからこそ。だからこそ、この世のものとは思えぬほどに美しい。

「ねねね、あの人、僕にやらせてよ」
「駄目だ」
「なぁんでさあ」
「御前だぞ、お前が楽しんでいる場合か」

 止めたのは、終始眉間に皺を寄せた者だった。同じ顔つき、体つきをしているというのに、それぞれが抱く感情のせいであろうか、微妙にその声音が異なっている。楽の感情を持った個体は、からからと澄んだ声をしていた。だが、こちらの個体はどうだ。怒りが滲み、濁りに濁った濁声だ。彼も首元に、また違った装飾品を身に着けている。太陽のような、橙色の珠だ。

「へえ、お前ら要するにあれだ。かぐや姫が五人の貴族に求めた道具を持った従者って訳だ」
「ちっ、随分口数の多い野郎だな。その察しの良さも腹立たしい」
「いやいや、分かるなって方が厳しいだろうがよ」
「五月蠅い。二度も言わせるな。ここは御前だ」

 奏白に、崇める意志があるかなど関係が無い。人間よりもさらに高等な月の住人。その支配者たるかぐや姫の御前である。無礼を働くなと苛立ちに震えた声で告げる。
 ああ、そうかよ。吐き捨てる奏白に、より一層眉間に築いた山脈の谷を深くした。眉も目もつり上がり、放っておけばそのまま直角に達しそうなほどだ。

「調子に乗るなよ」

 刹那、朱(あけ)色の光が首の珠から漏れ出た。まるでその光は、煌々と天を焦がそうとする炎そのもの。そして、その炎は見る間にその怒れる従者を飲み込んでいく。羽衣を這うように、全身に。頭の先から足のつま先まで。
 全身を覆う炎の化身。それはそのまま元の怒の個体の全身を鮮やかな光で覆ったまま膨張していく。等身大であったはずのその炎は、爆発するかのように膨れ上がり、ついにはビル一つ程にもなった。
 蛹のごとく、炎を纏った状態で羽化するように変身するのだろうか。その推測は甘かった。揺らめきこぼれる火の粉の一つ一つが、全身を守る鱗となる。
 炎が消えることは無かった。弾けることは無かった。纏った炎さえ己の肉体に変換し、生まれ変わったその姿はまさに龍そのものであった。かぐや姫は物語の中において、とある貴族に対し、龍の首にあるという宝玉を求めた。きっと、それこそが先ほどこの変化を始めるに至った朱色の宝玉。龍の首の珠だろう。

「図体でかいだけじゃ俺に勝てねえぞ?」

 もはや人間らしい姿の面影など一つも残っていない。蛇のような体躯に、猛獣の鋭い爪を持つ手足が生えている。頭には角、その眼光は鬼と同じ血濡れたような赤をしている。フェアリーテイルと、同じ色だ。炎の鱗に覆われた、細長い体躯でとぐろを巻く。もうそれは、屏風などの芸術作品において書き記される様な、龍の姿だとしか表現できない。
 流麗、壮絶、さらには荘厳。気を強く持たなければそのまま意識を奪われてしまいそうな程に、神々しい化生の降臨であった。そしてなお質の悪いことに、まだ手を出してもいないよいうのに、逆鱗に触れられたかの如く激昂している。

「お前の速度は知っている。ただし」

 姿かたちは怪物と成り果てども、その口を突いて出るは人間の言葉だった。大柄な体躯を器用に翻し、尾をゆらりと天へと向ける。どこを指しているのか。そう感じた疑念は間違いだと気が付くには、あまりに遅かった。

 その龍は、思い切り振り抜くために構えただけに過ぎなかった。

 突如として、我が身を剣となすかのごとく、龍はその尾を振り抜いた。奏白に向かってではない。事実咄嗟に反応しきった奏白には掠りさえしなかった。しかし、振り抜いたその尻尾からは、鱗がばらばらと剥がれ落ちる。
 そしてその鱗は、炎でできていた。

「しまっ……」

 気が付いた時にはもう手遅れ。何せもはや追いついたとしてもかき消せはしないだろう。広範囲に、紅の雨が降り注ごうとしていた。数十、数百メートルという広い範囲に、何千という鱗が降り注いでいく。

「お前に追いつくのはもう不可能だろうよ、今すぐ背を向けて足掻いてみるか?」

 走れば追いつけるだろうか。いや、無理だと咄嗟に悟ってしまう。あの内の幾分かは確かに、音の衝撃で打ち消すことはできるだろう。しかし、音速を以てしてももはや間に合わない。あまりに広すぎる無差別な爆撃、それはもはや、放たれてから無力化することなど、到底かなわぬ願いだ。



 初めから、そうなると読み切っていない限りは。

 振り向いた先に立っていた影に、思わず奏白は目を丸くした。
 そうだな、確かにお前になら。
 その成長に思わず笑みをこぼしてしまう。ちょっと前まで守られる側の青二才だったくせに、と。
 任せてもいいよなと、胸の内に尋ねてみた。

「そう言えば、アレキサンダーの火矢の雨もこんな風だったかしら」

 炎に身を包む大蛇がとぐろを巻いているのは、まるで夜に浮かぶ太陽に他ならない。陽が沈み、満月が昇ってなおも現れたその真昼の空を、蒼い閃光が駆け抜けた。一本、二本、そんなものではない。降り注ぐ火の粉の雨粒と同じだけの数を、初めから分かっていたかのように。
 寸分違わず、宙空を滑り降りていく火の粉の芯を、一つ残らず撃ち抜いた。魔力による光線による射撃。快晴の空よりもずっと澄んだ青の矢が、龍の鱗をまとめて捕えた。

「確かに兄さんでもこれは防げない。でも残念」

 相手が悪かったわね。得意のスノーボード上に仁王立ちしながら、メルリヌスの契約者、奏白 真凜はただ敵を見据えていた。