複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.12 )
日時: 2018/02/12 22:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「人魚姫! 貴様何のつもりじゃ、この日本一の桃太郎に対し先のような歌声で邪魔をするとは!」

 やはりと、俺は一番初めに感じた恐怖にもう一度支配される。親父から聞いたことがある。Case1のシンデレラよりも、もっと多くの被害を出したフェアリーテイルが存在する、と。あまりに好戦的な性格で、襲い来る捜査官たちを次々と返り討ちにし、一時期警察を壊滅させるやもしれぬと言わせた守護神二人。その双璧の片割れとは今目の前にいるcase6、桃太郎であった。
 逃げなければ、ようやく思考がそこまで追いついた。守護神により戦闘能力が一定以上保証された捜査官を何人も返り討ちにしてきた強力なフェアリーテイル、桃太郎。守護神とアクセスできない一般人の自分では立ち向かう術は無い。それに加えて、もう一人フェアリーテイルがいる。彼女は人魚姫と言われていたため、それはおそらく確実だろう。
 けれど、逃げたところで意味なんてあるのだろうか。先ほど俺はあの人魚姫の歌声に惹きつけられるようにここにやってきたが、桃太郎に易々と追い抜かれた。あの時の速度は尋常ではない。しかも、ここに来るだけで俺は息が上がっているのに、桃太郎は息一つ切らしてすらいない。どうしたものかと立ち止まる。
 しかし、希望が全く無い訳ではなかった。桃太郎と人魚姫の間には何か確執でもあるのだろうか、桃太郎の視界には彼女しか入っていない様子であった。これなら逃げられるかもしれない。桃太郎は今、俺に興味を示していない。

「邪魔だなんてそんな! 私はただ、貴方を救おうと!」
「救うとはなんじゃ。……人魚姫、お主瞳の色が妙ではないか」

 やはり、桃太郎は俺のことなど歯牙にもかけていない。今なら逃げられるか、そう思った時の事だった。人魚姫の耳飾りがぴくりと動いた。まるで何かの足音や気配を察知したようである。慌てた様子で彼女はまるで水中に潜るかのように、すぐ傍の建物の窓ガラスの中に潜り込んでいった。
 今のは一体何なのだろうか、驚きで逃走の機会を見失う。冷静に考えればそれが彼女の能力だというだけの話なのだが、初めてフェアリーテイルと遭遇した俺は彼らが特別な能力を持った守護神の一員だということを忘れてしまっていた。
 俺にとって守護神というのは、手が届かないくらい遠いところにいて、こうやって目で見て触れ合える存在じゃなかったから。
 そうやって、感慨にふけっていたのがいけなかった。振り返った桃太郎が、ようやく背後に俺がいる事実に気が付いた。お主はさっき追い抜いた男かと、独り言をこぼす。振り返った桃太郎の瞳に俺の視線はくぎ付けになった。
 真っ赤だった。夕焼けみたいな綺麗な赤色じゃなくて、乾きかけの血のように赤黒く濁った、不気味で不吉な紅が、幼さを残した桃太郎の顔の上で二つ、爛々と輝いていた。そのあまりの不気味さに、体の中を蛆虫が這ったような感じがした。頭のうちを侵食されてしまうようなおぞましさに包まれる。そんな感想親父からも兄貴からも聞いたことが無い。あの二人は真っ赤な瞳はそれなりに綺麗だよなと食卓で語っていた。シンデレラと交戦した経験があるから、見たことは事実のはずだ。
 瞳の色、そう言えば目の前の桃太郎は先ほど、人魚姫の瞳の色が妙だと言ってはいなかったか。先ほど見惚れた際に観察した彼女の瞳を思い出す、その瞳は紛れもなく濁りない金色をしていた。

「お主、この儂を恐れとるのか、ういやつめ。何怖がるな、別にとって食おうとは思っとらん。儂はな、戦う力が無いやつを無闇に手にかけるような外道じゃない」

 こんな状況だというのに、俺の心はずきずきと痛んだ。戦う力が無い、その言葉が俺胸を抉る。俺の心は、とっくに傷だらけだ。傷ついていないって、縫い付けて、テープで貼って、見せかけてるだけの継ぎ接いだ張りぼてだ。
 俺がやってきた道から、バタバタとした気配がやってきたのはそんな風に心が折れそうな時だった。また誰か来たのかと思って身構える。身構えたが、やってきたのは俺がよく見知った人物だった。むしろ、相手の方がよほど驚いてしまったに違いない。

「光葉、お前こんなところで何し、てっ!」

 現れたのは俺の兄、太陽だった。俺がここにいることに酷く驚いた兄貴だったが、桃太郎を確認すると即座に臨戦状態に入った。むしろ、桃太郎が臨戦状態に入ったと言うべきか、俺が振り返った直後、ほんの一秒程度しか時間は無かったはずだ。兄貴の姿を確認した途端に反応したのだろう、さっきまで俺が二人の間にいたはずなのに、気づけば飛び掛かる桃太郎は俺と兄貴の間に割り込み、腰に携えた刀を鞘から引き抜いた。
 桃太郎自身が小柄で、その刀も短いためにひらりと兄貴が一歩分跳び退くだけでその刃は虚しく空だけを切る。不味い、そう感じた兄貴は、一度俺を引き離すために俺のことを突き飛ばし、即座にphoneを構えた。

「守護神アクセス。出番だぞ、アイザック!」

 Phoneから放たれた藍色のオーラが兄貴の体を包み込んだ。アイザックの能力は強力だと聞いている。きっと、俺を巻き添えにしないために突き飛ばしたのだろう。先ほど人魚姫が消えた窓ガラスの真下にまでごろごろと転がる。擦り傷はいくつかできただろうが、それでも十分ましと思えた。兄貴の周囲、桃太郎が立つ位置を含む一部の空間は、地面がどす黒く染まっていた。兄も十分険しい顔をしているが、桃太郎も十分効果てきめんといった様子だった。
 重力を操る能力を持つ守護神アイザックは、死したニュートンの魂が転生したものだ。おそらくあれは、黒い床の上にある物体にかかる重力を強めている。

「ぬう、体が重いな」
「光葉! お前ジャックはされてないよな?」

 ジャック、おそらくは守護神ジャックのことであろう。アクセスと比べると一般的でないその呼称は、ほぼほぼフェアリーテイルに特異な性質であった。フェアリーテイルだけではないが、フェアリーガーデンに住む守護神は、こちらの世界に実態を持って顕現できる代わりにphoneによってアクセスできない。そして、この世界に顕現している間彼らは実体化のためにエネルギーを使いっぱなしで能力をほとんど行使できない。
 能力を行使するためにフェアリーテイル達はそこらにいるまだ守護神と契約していない普通の人間に目をつける。そう言った人間から無理やり生命エネルギーを吸い上げることで守護神自身が能力を使えるようにした状態が守護神ジャック。これの厄介なところは生命エネルギーを吸い上げられる人間は、未契約ならばどんな人間でも構わないと言うところだ。これは守護神がジャックを行うと言う意志を持った上で条件を満たした人間に触れれば、人間側の合意を無視して勝手に結ばれる違法契約だ。そしてこの契約は、人間の側が死んだらリセットされる。

「ああ! されてない!」
「さんきゅ、適当なタイミングで逃げろ!」

 俺が抑えている今がチャンスだと兄貴は言う。分かったと言い残して去ろうとした時、心外だと言わんがばかりに桃太郎は口を開いた。

「安心……せい……。儂は、戦えぬものに手は、出さん。にしても体が重いと息苦しいのう」
「能力使えないときついだろ? ならさっさと降参してほしいもんだ」
「は、見くびるなよ。儂らの能力は一切使えない訳ではない、ほとんどが使えないだけじゃ」
「何だと」

 桃太郎は全身にかかる負荷に耐えながら、腰の巾着から丸い団子を取り出した。桃太郎の持つ団子といえば、キビ団子以外に想像つかない。キビ団子を食べた桃太郎は、果たしてどうなるのだっけ、嫌な予感しかしない。

「婆様のキビ団子、一つ食えば元気十倍じゃ」

 口の中にキビ団子を放り込む、二、三度噛み含めた後に一気に飲み込んだ。その瞬間、桃太郎の苦悶の表情は消え去り、急になんとも無い様子で立ち上がった。先ほどまで、膝をついていたというのに。
「ふむ、やはり四桁というのは温いのう。以前戦ったあいつは何と言ったかの、そうじゃ歩瀬といったかの、奴は遣り甲斐あったのう」

「てめえが……殺したんだろうが!」

 歩瀬、その名前は聞き覚えがあった。親父の後輩で、兄貴の先輩。俺の家族二人を共に支えてくれていた人らしい。俺は会ったことが無いけれど、三桁ナンバーの捜査官だったらしい。お葬式には二人に連れ添って一緒に出たがその顔は死してなお、堂々としていたのはよく覚えている。桃太郎は、そんな人物すら手にかけている。

「あの時は能力も使えた上で、じゃったからのう。あの男は強かったぞ。それに比べてお主は」
「うるせえ!」
「刀で切り伏せる気にもならんわ」

 腰に挿したままの鞘を引き抜き、アイザックにより強化された重力の中でも一切の動きのぶれを見せず、鞘で兄貴の顎を引っ叩いた。脳が揺れ、くらくらとした兄貴はそこで気絶する。呻き声がするあたり、おそらく即死ではない。けれども、兄貴でさえ簡単に打ち負かされてしまった。桃太郎が他のフェアリーテイルと比べて特異的に厄介なところはその身軽さとキビ団子によるドーピング、家で聞いていた通りの話だ。

「ふむ、せめてジャックぐらいはさせてもらっておこうかのう」

Re: 守護神アクセス ( No.13 )
日時: 2018/02/13 01:24
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 膝をついた際に服に着いた砂を払いながら、桃太郎はこちらを見た。そこに伏すだけの兄貴にはもうとっくに用も興味も無いらしく、とどめも刺さずに俺の方へと向かってくる。
 俺の中で、兄貴はかっこいいヒーローの一人だった。三桁ほど強力でも希少でもないが、それでも強力な数少ない四桁のアクセスナンバーを有する契約者、今にも怖くて、気を失ってしまいそうなそんな時だった、先ほど退避していたはずの人魚姫が俺を庇うように桃太郎の前に立ち塞がった。飛び出てくるときに見えたその瞳は、やはり汚れ無き黄金色をしていた。

「待ってください、守護神ジャックをすればその人間は……!」
「生命エネルギーを奪われ、老いて死ぬんじゃろ?」
「分かってるなら、どうして!」
「儂らはそういうもんじゃろ。どうせ契約者になんぞ会えん。後人魚姫、さっき言いかけたがお主瞳が変じゃぞ、なぜ赤くない」
「あなた達が変なんです! 赤い月を見てからというものの、皆一体どうしてしまったんですか!」

 この二人は、一体何の話をしているのか俺には分からなかった。けれども一つ分かったのは、目の前の人魚姫はなぜか悪鬼羅刹のように暴れるフェアリーテイルではない、ということくらいだ。

「そういやお主、ずっと泣きながら向こうでも歌っておったな。滑稽じゃったわ。白雪姫、赤ずきん、シンデレラ、お主の友は全員こっち側じゃぞ」
「だから、私が元に戻さなくちゃいけないんです!」
「できる訳がないじゃろう、お主に」

 彼女は気丈に振る舞っていた。声も力強くて、震えていなかった。けれどそれが、強くあろうとする演技だと俺には分かってしまった。握りしめた拳が、震えていた。力強い声は、そうしなければ自分を保っていられないという裏返しだ。それは、普段の俺と全く同じだったから。

「お主、自分がどのような主人公か理解しておるか? 人魚のくせに人に惚れ、大事な歌声を犠牲にしたかと思えば残念なことに王子には他に好いた女がいた。夢なんて何一つ叶わない、哀れで可哀そうな、悲劇のヒロインじゃ」
「そんなこと……!」

 途端に、目の前の彼女の声が弱くなる。図星、といったところだろうか。その声音が何より率直に彼女の本音を物語っていた。掠れて、弱弱しくなっていた。そうか、ずっと歌っていたもんなと掠れた声に納得した。そして彼女はきっと、ずっと泣いていたんだろう。
 そんな俺にも桃太郎の言葉が突き刺さる。残念、王子、哀れで可哀そう。そして何より、夢なんて何一つ叶わない。目の前の彼女は辛く悲しいのを誤魔化すためにだが、俺はまた別の感情で拳を握りしめた。

「実際お主に何ができたと言うんじゃ、お主の友はどいつもこいつも儂より凶悪じゃぞ。泣きつくか? 毒殺を繰り返す白雪姫に。縋りつくか? 大量殺戮を為した赤ずきんに。懇願するか? 首領たるシンデレラに」
「もう、やめてください……」
「知らんわ、戦う力の無いクズが悪いんじゃろうが。しかたなか」
「仕方なくない!」

 気づけば、割って入っていた。自分のことが馬鹿にされているみたいで、悔しくて悔しくて仕方が無かった。思えば、ずっとそうだった。俺はずっと辛いとか悲しいとか、憎いとか、そんな風なことばかり考えていたから、ずっと自分の本心に納得できないままだったんだ。
 悔しかったんだ。これまでの努力が、望みが、夢が、無駄なことだと切り捨てられたみたいだった。怒ってたんだ、運命にじゃなくて言い返せない自分自身に。俺のことを残念だとか、可哀そうとか言ってくる人たちがじゃなくて、そう言われっぱなしの自分が大嫌いだったんだ。どうせ自分なんてと卑下して、周りの顔色ばっか窺ってる暮らしに、心底飽き飽きしていたんだ。
 知君と会って上の空になったのは、そんな風に自分さえ欺き続けてきた現実を、急に突き付けられたからだ。どうせ俺なんて、そんな風に思っていた俺は、自分への自信なんて一切合切失ってしまっていた。あいつは、そんな俺を見抜いて自信を持てと言ってくれたんだ。
 全く、叶わないな。ちっぽけだと思っていた彼が、誰よりも大きく見えた。あんな風になりたいなと思う。なれる保証なんてどこにもないのに。

「いいじゃねえか、守護神と契約できなくてもヒーローを目指したって」
「何じゃお主、急に割って入って」

 今さっき、俺は人魚姫に対して強い怒りを持っていたつもりだった。どうして言い返さないんだと。けどそれはきっと違っていた、俺はきっと自分と同じように『報われなかった』『可哀そうな』彼女を、無意識のうちに自分自身と重ねてしまっていたのだ。
 俺と一緒だって思って、何も言い返せない彼女がまるで自分を映し出しているようで、自己への怒りをぶつけようとしてたんだ。
 人魚姫の手を取り、隣に並ぶ。急に手を取られた彼女はひどく驚いた様子でこちらを見た。

「ジャックしてくれ」
「えっ……」
「俺のこと使っていいから、あいつ倒してくれ」
「でも、それだとあなたが……」
「いいんだ、あんた俺に似てんだよ」
「無駄じゃぞ、そのお人よしは意地でもお前の手など借りん」

 どうせ形勢など不利にはならない。そう侮っている桃太郎はへらへらと笑ってこちらを見ている。ジャックするのはいつでも構わない、と。
 そのへらへらとした笑いは、いつもの自分が被る仮面によく似ていて、嫌悪感が高まって仕方なかった。

「ずっと、辛かったんだろ。いいじゃねえか、一回ぐらい報われても」
「でも」
「つれぇよな、望んだものが手元にないのは」
「ですから私は」
「俺がお前に、ハッピーエンドになって欲しいんだ」

 どんな絵本を読んでも人魚姫は報われてくれなかった。自殺して、泡になって、消えていく。彼女の存在だけじゃなくて、彼女の夢見た王子様との甘い生活も全部、泡沫となって消えていく。
 そんなのは嫌だった。何より、俺はもう彼女に自分のことを重ねていた。彼女が幸せになれるなら、俺の夢だって叶うんじゃないかって思えたんだ。

「俺じゃ物足りないかもしれない、けど、俺を君の王子にしてくれ」

 頼むよと、両手で彼女の手を包み込むようにして、懇願する。彼女はひどく混乱していた。このまま俺を犠牲に桃太郎を何とかするべきなのかどうかを。俺の安否と、俺の望みとが対極にあるせいで、天秤にかけてもどちらにも傾かず均衡を保ってしまっているようだ。

「でも、やはり私には……えっ?」

 だが、その天秤は結局のところ俺を無事なまま帰そうとする方に傾いた。桃太郎に何とか交渉して、わが身を犠牲に俺を見逃してくれと頼もうとしたのだろう。けど、その時彼女は不意に目を見開き、俺が握りしめている方の手を直視した。

「そんな、嘘でしょ……」
「どうかしたのか?」

 急に、彼女の顔は明るく晴れ渡った。先ほどまでの険しさ、悲しさ、躊躇、そういった感情は微塵も顔を見せていない。この一瞬で一体何が起きたのだろうか。

「私今、夢が叶いました」
「はあ?」

 俺と桃太郎の呆けた声が重なった。一体この女は何を言っているのだろうかと。そんなものお構いなしに彼女は喋り続ける。

「王子様に、見つけてもらいました」

 急に、さっきの自分の台詞が気恥ずかしくなる。何となく顔が熱く感じられ、視線を彼女の目から逸らした。

「ですから今度は、あなたの夢が叶う番ですよ」
「俺の夢?」
「さっき目指すと言ったじゃないですか」

 さっき言った言葉、それがどれを指すのかと考え直す。王子にしてくれということなのだろうか、そう思ったが、直後に俺はその考えが見当違いだと察した。自分の言葉をようやく思い出し、彼女が伝えようとしているのが何であるのか分かった。
 羞恥で頬が火照っていたのに、急にその熱が目頭に移る。彼女の顔を見つめる、その顔に嘘をついている様子は無くて、俺は眩しくて眩しくて仕方が無かった。
 目の奥の方が、焼けた鉄のように熱かった。ほんとにそこに火があって、視界全部が真っ赤になるような想いだった。泣いている姿を彼女に見られたくなくて、俺は一歩踏み出した。そして俺は大粒の涙をぼろぼろと零したまま、きっと心底嬉しそうに笑ったんだと思う。
 泣くって、笑うって、こんな感覚だったんだなぁと、思い出した。

「掛け声は何というべきなのか分かりますか?」
「……知ってる」

 ずっと、ずっと考えていた。忘れた時など片時も無いくらいに。その言葉が言える人間になりたかった。右手で彼女の手を握ったまま、左手で涙をぬぐう、これから先の戦いには涙なんて必要ない。

「目指していいんだよな?」
「何をです?」

 分かっているような声音で彼女は訊き返してきた。まるで俺の口からそう言わせたいかのように。ああ、クソと胸の内に毒づいた。分かってるくせに、わざわざ恥ずかしいことを言わせないでくれと。ついつい顔がにやけてしまって、先に彼女より前に立つよう移動していてよかったなと思う。

「誰かを救える、かっこいいヒーローだよ!」
「ええ!」

 肯定してくれた彼女の手を強く握る。息を吸い込む。彼女の握り返す手の力も強くなる。
 これまでの、傷ついていないように見せかけて、取り繕った日々のことが走馬灯のように思い返された。今なら言える、俺のことを残念王子と言ってくれたあいつにも、俺は残念なんかじゃない、って。
 ごめんな知君、話ちゃんと聞いてなくて。お前が言ってたこと、間違ってなかったわ。運命は、ちゃんとあったみたいだ。
 静かだけれど力強い、こんな声を出すのは自分自身初めてだった。俺と彼女の声が、寸分の違いも無くぴたりと重なる。

「守護神アクセス」