複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【寄り道アクセス】 ( No.121 )
日時: 2018/12/19 11:44
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「終わったな」

 息も絶え絶え、全身が炎で朽ちてしまいそうな彼女を支えるように、背後から奏白が現れた。やりきれない思いを磨り潰すように、真凜はぐっと奥歯を噛み締めた。奏白と悦楽の従者の戦闘から、道具を壊してしまえば能力が無効化されてしまうことは分かっていた。それゆえ、何とか不意打ちで首元の珠を射抜けばいいと理解していた。
 しかし、どれだけ怒りに呑まれていようと、そういった砲撃は本能的に回避されてしまうと未来視により事前に知っていた。そのため、こういった強硬策を取るしかなかった。もし自分に、もっと力があったならば、激情に呑まれた彼の心をも救うことができたろうか。そう思わずにはいられない。
 もしここに立っていたのが知君だったならば。彼ならばきっと、誰も傷つけることなく従者から道具を奪い取ったことだろう。能力の対象がかぐや姫の従者であり、傾城ではないためだ。彼の深い悲しみをも、取り除いてあげられただろうか。きっと、彼ならばしてみせるだろうという予感は、確かに彼女の中にあった。
 だが、自分にできることといえば、所詮は戦うことぐらいだ。自分は捜査官に過ぎず、その役目と言えば市民を守るためとはいえ、戦う事だ。国賊を打ちのめし、罪人として捕らえることが使命だ。
 よりよい未来を選び取ることなど、自分一人の力ではできはしない。

「気休めにしかならないけどよ、あれは……」
「分かってる」

 同じ経験を一足先にした兄だ。同じやりきれなさを抱えているのだろう。そう、確かに彼らは決して人間ではない。確かに彼ら自身は守護神本体でもない。壊した途端に星屑となって消える泡沫の夢。
 とはいえ、感触は何も変わらない。壊死谷も、フェアリーテイルも、それに従うだけのしもべも。全部、人間の姿をしている。

「それでもやっぱり、気分は最悪よ」

 ロボットの兵隊を倒しただけ。そう考えてしまえばいい。しかし、さっきまで目の前にいたあれは、質感が機械だなんて到底思えない。撃ち抜いた際に昇る苦悶の呻きも、猛り狂う怒りさえも。本人の意図せぬ慟哭さえも、機械は持ち合わせていない。
 彼は間違いなく人間の模造品だった。本人に伝えればきっと否定するだろう。お決まりのように、眉を顰めて、怒りに衝き動かされて力強く訂正するだろうとも。人間を昇華した真の人であると。強いて言うならば神の模造品であると。
 だが、それでも。相対していた真凜にとってかぐや姫の従者は、自分と同じ人間だとしか思えなかった。無力と、どうしようもない感情が胸の中に渦巻いている、嫉妬深い人間に他ならない。
 群れをなしていることは事実、それでもきっと月の民は本質的に孤独なのだろう。彼らは口にせずとも互いの意思を理解している。量産された全く同質の兵達だ。至る思考も全て複製品。目の前の誰かの行動も、嗜好も、全て思いのままに把握できる。
 だけれども、手を取り合おうとしない。だからこそ、とも取れるだろうか。自分達人間が互いに手を取り合って意思疎通を図るのは、目の前にいる彼あるいは彼女が何を考えているのか理解できないからだ。
 苦しみは理解できる。努力をする必要も無い。自分ならばきっとこう考えるだろう、それを思い起こせばいい。そして、その悲しみに触れたからと言って、助けるようなことはしない。目の前の彼がいなくなろうとも、振り返るだけで全く同じ控えの民が数え切れぬほど立っているのだから。

「私は、こんなの進化した人間だなんて認めない」
「そりゃ同感だな」
「終わらせないと……早く」
「……地上に戻るか?」
「それは駄目」

 地上に残る二人の従者が降り立った事実を鑑み、加勢に向かうかと奏白は提案した。しかし真凜はと言えば即座に首を横に振る。その目は鋭く、たった一つ空に浮かんでいる、天翔ける牛車の御簾の向こうに向けられていた。

「本体を叩いた方が早い。きっと……皆なら大丈夫だから」
「魔力切れで墜落するかもしんねえだろうが」
「いや……それは無いわ。ちょっとずつメルリヌスが供給してくれてる。今日だけサービスよ、ってね」
「なるほどな、まあもう少し休憩の猶予はあんだろ」

 何せ、彼ら従者たちは二人いれば充分だと割り切って、残る同胞を全て地上へと向かわせた。それで奏白達を仕留めたつもりになっていたはずだ。特に真凜に関しては実力差も開いており、よほどの想定外でもない限り、龍化した『怒』の従属が破れるだなどと思ってもいない。
 戦況が拮抗していた奏白でさえ、真凜を倒した龍と合流すれば当然簡単に始末できる。そう言ったビジョンをお互いに共有しており、従者四人全員が、あの局面において勝利を確信していた。だからこうして、返り討ちにされた現状は想定外であるし、それを知る手立ても向こうにはきっと無い。把握できているとすればそれを間近で目にしているかぐや姫本体ぐらいのものだ。

「本体が弱いタイプだとは思う。白雪姫みたいにな。ただ、赤ずきんみたいに本人まで強かったら、今猪突猛進した場合目も当てらんねえ」
「分かってる。だからある程度私が万全になるまでは、快復。……よね?」
「ああ、それでいい」

 確実に真凜の消耗は激しい。それは間違いないと兄である奏白は認めていた。高校の時に彼女が部活動で試合に出た姿を見たが、その試合終了直後よりもさらに息が荒い。本当に、立っているのさえ無理をしているのだろう。
 明らかに、自分が相対した子安貝の首飾りの能力よりも竜玉の能力者の方が兵としての性能は上だった。息つく間もない技巧は、確かに奏白の音速ありきでの勝利だったとは言える。しかし、次の一手を予知できる真凜であってもそちらの従者に勝つことは容易だったろう。
 しかし、奏白では龍の炎と熱をかいくぐることはできない。肌が触れそうな距離まで密着してなお、真凜が火傷もせずに生きているのはメルリヌスの防護能力あってのことだ。戦闘にはアマデウスの方が向いている。そう評する人間も多いが、時折こういったところで守護神としての位階の格差を見せつけられてしまう。自分は、あの炎纏う大蛇には勝てなかった。
 そもそもそれを使役する彼女自身も、水面下に眠っていた才能が頭角を見せつつある。同じ血を引いているだけはあるなと誰もが軽口を叩く。同じ、という言葉に奏白は、いや、奏白だけは強い疑念を覚えてしまう。今の彼に対し、目を疑うような速度で近づいていく真凜が、兄である自分と同じとは到底思えない。もう既に彼女は、「同じ時期の奏白 音也」など、とっくに追い抜いているというのに。
 現在と未来を同時に把握し、処理するだけの理解力。例え死の未来が見えたとしても瞬時にそれを回避しようとするだけの冷静さ。常に最善の手を探すために何百通りの行動をも刹那の合間に想起する演算能力。そして、定めた道筋を的確に手繰り寄せる実行能力。
 メルリヌスは実際、その位階に恥じないだけの反則じみた能力を持っている。しかしそれは、その手綱を握り、乗りこなせるという前提の上に成り立つ話だ。そのための敷居があまりにも高すぎる。おそらくこの守護神は、才能ある人間にしか使いこなせない。選ばれた人間のみがその力を使いこなせるのか、才覚を見抜いた上でメルリヌスが契約者を選んでいるのかは分からないが。

「実際お前、どうやってあいつ倒したんだ?」
「正面からの攻撃じゃかなわないから、不意打ちで決めることにした」

 搦め手から攻めてこそ真価を発揮する。それだけの器用さが持ち味だ。むしろ単純なエネルギー量はそれほど大きくない彼女らにとって、その策は卑怯でも何でもなく、勝利への最善を尽くすのみ。

「弾幕を張るのは大前提。その中にいくつか必殺の一矢を紛らせたの。それだけで決まってくれたら楽だったんだけど、致命傷だけは避けてきた」

 それは野生の勘とでも言うべきだろう。本来は理性的、合理的な判断を下す月の民ではあるが、理性が飛び、体躯さえも化生となった状態ゆえか、第六感が働いていた。

「だから、相手が油断して気を緩める瞬間を待つしかなかった。誰だって、もう勝利以外あり得ない局面になれば嫌でも気は緩む。この後にまだ大きな山場が残っているなら話は別だけど」

 奏白とその後に手を合わせねばならない。そう思考が追いついていればきっと、彼も油断しなかっただろう。しかし、怒りに我を忘れていたため、先のことなど想像もできなかった。だからこそ、目の前にいるストレスの元凶、真凜を追い詰めた時に、昂りきった衝動から解放されたために、緊張を緩めてしまったという訳だ。
 もう反撃はできない。そう思い込ませるために真凜は、あえて力を全て使い果たした。もうこれ以上の追撃は放てない、そう錯覚させるために。その目論見は看破されることもなく、見たまま、もう彼女に抵抗の手立てが無いと信じた怒りの従者は、力任せにその牙を突き立てようとした。

「反射板をいくつか組み合わせて正八面体を作るの。いや、別に丸でも三角錐でもいいんだけどね。その中に自分の放った高威力のレーザーだけを閉じ込めておく。弾幕にするだけの弱い光線は必要無いから破棄ね」

 空気中を走っていると次第にその熱量は減衰していく。しかし、反射板に触れている時間が長くなるよう、最小限の大きさでエネルギーを閉じ込める檻を作っておいた。ほぼ全ての時間においてリフレクターに触れ続けた蒼の閃光は、威力を落とすことなく雲の中に身を潜めていられたという訳だ。

「最後のタイミングだけはずらす訳にいかなかった。けどもう狙う瞬間には予知能力は使えない。だから、九十秒以上前に見た未来をそのまま鵜呑みにするしかなかった。ほとんど賭けみたいなもの」

 だが、その賭けに負ける訳にいかなかった。丁寧に、向かい合った敵の怒りや自分のスタミナを計算し、計算通りのタイミングで敵を誘導する。口で説明するのは簡単だ。さらには、これがゲームであれば不可能ではなく思える。それを現実で実行できたのは、きっと彼女が他人の想いをくみ取るだけの思慮を、この一連の事件の最中で会得したからに他ならない。
 さらには、その博打に乗るだけの度胸も。そこだけは自分そっくりだと奏白は苦笑する。

「そうだな。太陽先輩達を信じるか」
「クイーンさんも今日はいるしね」
「ああ、ライダースのエースな。美人らしいからいっぺん会ってみたいもんだ」
「興味ないくせにまたそんな事言って。……ま、生きて帰る気があるみたいで何よりよ」
「当たり前だろ」

 俺が死んだら誰が知君の授業参観に出るんだと、また彼は軽口を叩く。どうせ仕事で行かないでしょうにと嘆息する真凜だが、すっかりそのペースに巻き込まれていた。

「……でも、それも面白そうね。王子くんともども見てあげよっか」

 体力回復の、今ぐらいは。疲弊がもたれかかってくるような体を休め、息を整えながら彼女は、幸せな妄想にふけることにした。


 一方、地上はというと、まだ激戦は続いていた。それも当然、そもそも残る従者たちが降り立ったのは奏白達が上空遥か彼方にて交戦を始めたしばし後の事。もし既にこの戦局が傾いていたとすれば、それは当然捜査官側の敗北に他ならない。彼らが、奏白以上に素早くかぐや姫の最高戦力に対応できはしないためだ。
 それでも、善戦はできている。正確には戦線が崩壊していないだけだが。かなり状況は苦しい。その内負傷者も出るだろう。しかし、それでも、まだ誰も倒れてはいない。
 それにしても、例に漏れずフェアリーテイルというのは反則だらけだ。舌打ちをしそうになるのを、太陽はぐっと堪えた。嫉んでも始まらない。これだけ強大な能力なのに、まだ自分達を仕留めきれていない。つけいる隙はいくらでもあるように思えた。
 青銅の鉄拳が地盤を抉る。アスファルトの瓦礫が舞い散った。頬を掠める石の欠片にも怯えない。地中にめりこんだ拳を引き抜く際に、また砂埃が起こる。大地をズタズタにしながら飛び出してきたその拳は、手首から中指の先までだけで人間の背丈と同じだけの大きさを誇っていた。
 仏の御鉢。かぐや姫が貴族に吹っ掛けた無理難題の一つだ。どうやら月の民ではなく、その道具に能力が備わっているようで、あの御鉢をリモコンとして、巨大なブロンズ製の仏様を操ることができるらしい。
 そこまでは太陽にも思い至っていた。しかし、身体が大きいだけあってその動きは自分達と比べて途方も無く早く、そして一打一打が重たい。正面からトラックが縦横無尽に飛び交ってくるようなものだ。何度も直接殴られているのは唯一地面だけだが、穴に陥没だらけで見れたものではない。いつ足を取られたものかと、ひやひやしたまま逃げ続けている。
 また、発泡スチロールみたいに、灰色のアスファルトが砕けた。もう何重にも砕かれて、粉塵となってしまった道路の残骸がまた宙を舞って、腕を振り抜く衝撃に吹き飛ばされた。

「まさか、『猫』の手も借りたいと思うなんてな」
「ああ、あの猫目の嬢ちゃんか」

 猫の手も借りたい、とはいったものの、その猫というのは決して役立たずではない。むしろ自分達が一丸となるよりもずっと頼もしい、一騎当千の猛者だ。しかし、できる事ならばその手は借りたくない。知君への迫害は嫉妬と羨望からくる意地だったが、あの少女に抱くのは嫌悪と抵抗だった。人殺しも厭わない、金さえ積まれれば何でもやる傭兵。モラルも持ち合わせておらず、命令次第でいつ敵になるとも分からない危うさをも孕んでいる。
 根本的に法と秩序を守らなくてはならない太陽たちにとって、『白い眼を向けて接する』態度こそが正しい。馴れ合ってはいけない。気を許してはならない。いつ、寝首をかくか分かったものではないのだから。
 それでも、こういった時に手を借りたいと思ってしまう自分が情けない。なぜなら彼女は、自分たちの最高戦力と誇る、あの奏白と同等以上に頼もしい。本人の危うさなどどうでもよくなるほどに彼女は、異常なまでの練度で桃太郎の能力を飼いならしている。そしてそれら全ては、尋常ならざる修羅場を超えた経験値と、天性の感覚により与えられた。経緯だけ見れば、奏白たちと何ら変わらない。才能を持って生まれ出で、研鑽を重ねた。それだけ考えればむしろ敬意を払うべきだともいえる。命令に忠実なのも、傭兵としてはあるべき姿だ。
 事実、肩書のしがらみを持たない弟の光葉はと言えば、一度命を狙われたにも関わらず今では友人の一人だ。流石に危機感が足りな過ぎてはいないかと、太陽は我が弟ながら肝を冷やしてはいるのだが、渦中の弟はというと知らぬ風だ。

「あのガキは今ここにいないから仕方ねえよ」
「輸送車の護衛だろ? まあ確かに、敵を抑える手段が寝返ったらそれこそ最悪の事態だもんな」

 アムンセンの能力を用いて、大仏の足元をスケートリンクのように変化させる。初めて南極点に到達した男、アムンセン。彼が守護神となって手に入れたのは、氷を操る能力だった。警察内により強力な氷雪を操る能力者はいるため、その者の下位互換になってはしまうが、それでも彼自身貴重な戦力の一人だ。
 足を氷に奪われ、体勢を崩した大仏はそのまま転倒した。金属製の胴体がまた地面を砕き、地響きが周囲に伝播した。小さな地震のような感覚がしたと同時に、太陽がアイザックの能力を行使する。重力を見つけた男、ニュートンが転生した守護神は、対象にかかる重力を操作する。見えない糸で縫い付けられたかのように、身動きが取れないまま地面の上にその仏様は磔にされた。

「ま、たまには」
「雑兵の力も見せてやるか、ってことよ」

 大仏の肩に捕まっている、泣いてばかりのかぐや姫の従者は、空いている腕で抱きかかえるように御鉢を持ったままだ。本来の十倍の重力がかかっているはずなのに、操っている大仏はその影響下にあるというのに、その本体はさほど影響を受けているように見えない。
 流石に、そう簡単には終わってくれないよな。血涙を流しつつ太陽を凝視する従者と視線をぶつけて、彼は小さく息を吐き出した。