複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.124 )
- 日時: 2019/01/09 00:08
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
大きく息を吐き出した。胸の中の酸素が無くなり、息苦しさに肺がズキズキと痛んだ。これ以上、吐き出すものなど幾何も無い、胸板が紙のように薄くなったような錯覚を覚えたその瞬間、大きく息を吸い込んだ。枯渇しようとしていた新鮮な空気が満たされていく。取り込まれたその酸素は、身体中に巡っていく。目の前の景色があまりにクリアになり、色鮮やかに輝き出した。
これまでずっと、適度な距離を保ったまま期を窺っているばかりだった彼だが。不意にその均衡を崩した。怖気づいてしまいそうになるのをどうにか飲み込む。初めの一歩を踏み出す瞬間のみ、恐怖を忘れるために下を向いた。自分の脚が地を蹴っているのが見える。砕かれ、砂塵と化した灰色の石畳が舞い上がる。身体が前方へと加速していく。きっと、もう、引き返すことなど自分にもできそうになかった。
ぐんと、身体が前に押し出されると同時に、太陽はその顔を上げた。飛び込んできた視界には背を向けた大仏の姿。縦横無尽に暴れているのだ、当然太陽の方を見ていない瞬間もある。
流石に、それを完璧に見逃してくれるほど甘い相手ではない。回避に徹している同僚たちの中で、とうとう痺れを切らして特攻したように見える太陽の姿が浮いていたというのもまた事実なのだが。一目散に、逃走でなく闘争を選び、接近を試みた太陽は、その局面においてあまりにも異質と評する外無かった。強いて挙げるならば、無謀と呼ぶべきだろうか。
無理に振り向かせたためか、ヒトと同じ骨格を持った仏の像も、ぐらりと大きく姿勢を崩した。しかし、それも瞬きをした刹那の内に消えてしまう。端から、そんな僅かな隙など当てにしてはいない。
無機質で、機械のような操り人形の仏は、操縦桿である御石の鉢を持った従者の指示に従うように、他の捜査官には見向きもせず太陽だけを捉え始めた。痺れを切らしたのはむしろ、敵方の方だったという訳だ。それでいい。背筋が凍りそうな、恐怖にも似た緊張感の中太陽は、無理に笑みを作って見せた。不敵に、余裕そうに、陽気に笑って見せろ。辛い時ほど余裕そうに振る舞うものだと、奏白や桃太郎の契約者を初めとしたさまざまな強者は口にする。
ちょっとぐらい、その強かさを分けて貰ってもいいよな。
今までは後退するなりして免れていたが、今度ばかりはそうもいかない。目的が近づくところにある以上、ここで尻尾を巻いて引き下がる訳にはいかなかった。しかし全力で走っている以上、そう急には曲がれない、僅かに左右に逸れるのが精いっぱいだ。
地面に転がる埃に手を伸ばすように、正面から掌が迫って来る。せめて腕関節の反対側、人体構造的に容易に曲げられない方向へと舵を切る。だが、その程度の進路変更は誤差程度に過ぎない。視認してから反応したとしても、すぐさま間に合う。
そう簡単にはいかない。それぐらいは承知の上だった。太陽は己に向かって伸びてくる指先から目を離さず、じっと観察し続けた。瞬きさえ忘れ、睨むように。その石造りの手掌に穴が空いてしまうのではないかと思う程に。
軌道を予測する。自分が前に進んでいる。それに対応するためには、その腕はどのような軌道を描き、自分を追い詰めるのだろうかと。博打をするとすれば、この瞬間以外にあり得ない。ただ、賞賛の無い博打はただの蛮勇に過ぎない。僅かで構わない、虚空でも清浄でもいい。たったそれだけであっても、確率が高い方を選び取る。そのためには最後の一瞬までも、観察の目を緩めてはならない。
そこだ。観察と、予測と、最後に直感を添えて。ある小さな空間を座標指定し、アイザックの能力を行使した。アイザックの能力は、効果範囲を狭くすればするほど最大出力が上がっていく。これまで防戦一方だった時には、安全策として広範囲に渡ってその空間を展開していたが、周りに庇うべき仲間がいない現状において、そうする必要は無い。自分を守るのに最小限の範囲に留めておけばよい。
「無駄ですよ!」
おそらくあの従者は、太陽の最高出力は、先ほど打開した程度のものだと勘違いしている。多少仏様の体勢を崩し、所作をぎこちなくさせる程度の能力。そう思っていることだろう。
そしてそれはきっと、必ずしも間違ってはいなかった。臆病なまま、プライドだけを大切にしていたままの彼ならば、せいぜいそれで限界。だが、迷いも振り切り、弟に感化され、後輩たちから伝播し、知君 泰良の正義に中てられた今の彼は、以前の彼とは同じ人間にして、赤の他人と呼ぶほか無かった。
能力の効果範囲は、これまで散々見せつけられた拳がすっぽり丁度収まるぐらいの広さだった。読み通りに、彼が狙っていたポイントにその拳が侵入する。その瞬間、今までになく唐突に、ビルのような石の身体が大きくよろめいた。
想定外の重量が手首にかかった仏はというと、右手の自由を奪われ、そのまま右半身を打ち付けるように転んでしまった。その勢いに吹き飛ばされるように、肩に乗っていた従者の身体も宙に踊る。投げ出された従者はというと、猫のように器用に体勢を立て直したかと思えば、危なげなく地面に降り立った。膝こそつかせられたものの、その身体に一切のかすり傷は無い。
だが、精神はそうとも限らない。誤算と呼ぶには、あまりにも愚かすぎた。これは自分の侮りが招いた、明確な過ちであった。計算を誤ったのではなく、そもそも懸念すらしていなかった。あまりに愚かな思考の放棄。当然、己を責める外無い。主君の望みへ満足に応えられない己の不甲斐なさへの悲しみが、またとめどなく押し寄せようとするも何とか瞼の奥に押し込めた。
反省は、この場を沈黙させてからでも遅くは無い。ここで涙に溺れて主命を棄ててしまうことこそ、最も忌避せねばならない事態。ならばと、仏の御石の鉢を再び磨き上げる。念じた想いに呼応するように、傀儡のように自在に動かせる仏はと言えば、空いている方の手を太陽へと伸ばした。
その足取りは、もう後少しと言ったところで悲哀の従者のもとへ辿り着こうとしていた。間に合うか、それを恐れている暇は無い。失態を悲しむことさえ忘れ、無心に命令を思念で飛ばし続ける。その男をひっ捕らえ、捻りつぶしてしまえと。
太陽とてその歩みを止めない。この世に生を受け、三十年弱。絶えず鍛え続けてきたのはこういった時に手を伸ばすためではないかと。奏白の言葉を信じる。あの腕の中に抱き抱えている仏の御石の鉢さえ奪ってしまえば、この男も他の月の兵隊、その雑兵と何も変わらないのだと。
特攻をしかけただけの甲斐はあった。今や、あれほど強大に映っていたはずのお伽噺の住人は、矮小で、より強い光に塗りつぶされてしまいそうな自分の目の前で横たわっている。
届けと、ひたすらに強く願い続けた。先ほど気合を入れるために息を吐き出した時とは違う、肉体の限界を超える程の疾走に、骨身さえも悲鳴を上げていた。筋肉は今も千切れているようで、痛いというよりも燃えるような熱さが四肢を支配していた。肺の細胞一つ一つも、まさに炎を上げているようで、まるで息を吸っている気がしなかった。
血液さえも沸騰してしまいそうな疲弊と焦燥の狭間で、ただがむしゃらに全身を動かす。追いつかれるなと、討ち倒せと。吠えているのは内なる自分だけではない。遠くから同僚の声も聞こえてくる。今まで、声援を受け取る立場になど、なったことはなかった。いつも声援を送る人間の傍で、贈られた人間を羨むばかりで。
そうか、あの時も、あの時も、横目で睨んでいた勇気ある誰かは、才能ある誰かはこのような感慨を抱いていたのか。きっついなあと、くだけた口調で愚痴を言う。誇らしげに見えていたあいつらも、そいつらも、実際のところはしんどいだとか、早く休みたいとか、そんな事ばかり考えていたのだろう。
後、数センチ。重たい鉢を抱えたままの従者は逃げるために立つ事も出来ずに、座り込んでいる。伸ばした手が、その従者の横っ面を叩いてやろうとしたその瞬間。
先に手が届いたのは、従者の操る仏の御手の方であった。
「よくも……手こずらせてくれたな、王子 太陽といったか……」
後僅か、心臓が一度鳴るほどの短い猶予さえあれば、その手は届いていたことだろう。だが、太陽の歩みは止められてしまっていた。指一本一本が大きな樽のように太い仏の左手が、後ろから太陽の全身を手の平で覆うように捕まえてしまった。
「不思議な感覚です。精神に怒りなど介在する余地も無いというに、身体は煮え滾るような衝動で今にも破裂してしまいそうだ。もしも私が怒りを知っていたのでしたら、今すぐにでもこの顔を燃え盛る憤怒でどす黒く塗り潰していた事でしょう」
目と鼻の先で、じたばたと暴れて仏の指先から逃れようとしている太陽をぎろりと睨みつける。やはり、人間というのは、死を恐れる者というのは驚嘆に値する。死を恐れ、何よりも遠ざけているからこそ、決死になったその瞬間の爆発的な底力には目を見張るものがある。
「認めましょう、貴方は充分に脅威と呼ぶに値する。ですが、それもここまで。この距離では貴方自身が貴方の能力の巻き添えになってしまう。さあせめて、苦しみなく逝かせて差し上げましょう」
「何勝手に……」
一思いに、苦痛を与えることも無く握りつぶして黄泉へと送ってしまおう。そう、考えていた。矮小な人間など、御仏の掌の中で自己を失うのみ。もう虫の息で、体力など何一つ残っていないであろう男は、まだ何一つ諦めてなどいなかった。
全身にかかる重圧が勢いを増す。不意に、全身が水銀に変わってしまったかのように自由を奪われる。後、僅かに鉢の側面を撫でてやれば指示が伝えられてその男は捻りつぶされるだろうに、それさえ敵わない程に両腕の中に納まる石の鉢さえも重みを増す。
両の脚だけでは自重さえも支えられず、かぐや姫の従者はその場に蹲った。ただでさえ密度の大きな特別な道具である、仏を操作するための調度品など、手放さないようにするだけで精いっぱいだ。両手で抱えてはいるつもりだが、傍目にはもはや両手が鉢の下敷きになっているようにしか見えなかった。釘のように、鉢がその両腕を地面に打ち付けて固定してしまっている。
「終わったつもりになってやがる!」
「この……本当に往生際が悪いですね貴方は!」
- Re: 守護神アクセス ( No.125 )
- 日時: 2019/01/09 00:09
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
アイザックの能力を行使している太陽さえも、苦悶に顔を歪めている。今仏様は握力を加えていないというのに、だ。導き出される結論は当然、過剰な重力がかかっている空間に太陽自身が身を投じているせいだろう。その影響で、太陽の身体を捕えている腕さえも、だらしなく地面に寝そべっている。
先ほど十倍の重力下においては容易く体を動かせたはずだ。
「貴方は今……どれだけの過重を……!」
「あ? 三十倍ってところだ。お前らから見たら普段の百八十倍ってところだな」
「馬鹿げた数値ですね……しかし、貴方もただでは済まないでしょうに」
「はっ、それがどうしたよ。苦しかったら投げ出すのか? 届かないからって手ぇ伸ばすの止めんのか? お前らがそうでも、俺たちは馬鹿だから、そうじゃねえって胸張って言うんだよ」
そんな事ばかりだった。自分より優れた人間など、上げれば枚挙に暇が無い。羨んでしまうのは、そう言った人間をも追い越したいという欲求の表われだ。仮に憧れてしまったとしたら、もう二度と追いつけないだろう。
たとえ醜かろうと、妬んで、やきもち焼いて、苦しい中でもがいて、ちょっとでも近づこうと思う。その繰り返しが成長なのだろう。努力とて、いつだって綺麗ごとの範疇に収まらない。同じだけの努力でより高みへ昇る人間もいれば、努力を放棄し安易な逃げ道に走る者もいる。
「俺には何もねえよ、冴える頭も天性の肉体も。多少守護神に恵まれた、そんだけだ。捜査官ってのはそれが最低条件で、俺と同等以上の奴なんてごろごろいる。上を見ても、下を見ても、自分が出来損ないだって痛感するばっかりだ。どこにでもいる、替えの利く雑兵。お前が名前を知らなかったのも無理ない。でもな……」
ずっと、汚い自分の心さえ嫌ってきた。誰かを貶す言葉を吐く自分の意地汚さに絶望して、それを誤魔化すためにまた別の粗を他人の中に探した。そうし続けても、自分自身は何も変わらないというのに。
それらは全て、諦めたくなかったのが一番の理由だった。自分だって、やる時はやれる人間だ。自分だって機会さえあれば。俺だって、俺だって。そんな時も機会も招こうとしないまま、ただ口先だけで誤魔化してきた。
しかし、それでもだ。
「何も恵まれてなくてもだ。だからこそだ、それでも諦めてたまるもんかって根性だけは恵まれた天才共に負けてやるもんかよ!」
もう、どこに残っているのかも分からない気迫を、最期の一滴に及ぶまで振り絞る。ただでさえ普段行使しない程の負荷に、太陽の身体も限界だった。日頃能力を用いてもその効果範囲に自分自身が身を投じるようなことなど無い。にも関わらず、今まで誰にも使ってこなかった程の出力の真っただ中に、他ならぬ己を投じている。
だが、まだ折れない。さらにその能力の出力が上がる。太陽自身、どの程度アイザックに力を使わせているのか分かっていない。受けている従者さえ、今やどれほど倍加された重量を支えているのか分からない。次第に、従者よりも太陽よりも先に、仏の掌の方が根負けし、ずるりと握っていた太陽の身体を取りこぼした。地面に太陽が滑り落ち、それと同時に従者の掌から、ころりと仏の御石の鉢が転がり落ちた。
地面を僅かに転がった鉢は、かぐや姫の付き人の支配から離れてしまった。それと同時に大仏の巨躯は霞のように消えてしまう。能力が解除されてしまった影響だろう。不味い。焦る従者の目の前が真っ白になる。重力をある程度弱められ、主君より授けられた道具を奪い取られてしまったら。最悪の想像がその脳裏を過る。
何としてもそれだけは避けねばならない。こんなところで終わる訳には。先ほど、奏白と思しき声の伝達を鵜呑みにするなら、上空に残った『三人の』従者の内二人までが破れたという事。ここで自分も伏してしまえば残るは二人になってしまう。過半数が撃破されるなど、そんなことあってはなるものか。
それは、仏様を能力として利用していた彼だったからであろうか。その願いがまるで天に届いたかのように、身に降り注ぐ荷重の全てが不意に消え去る。一瞬、茫然としてしまった事実に気が付く。
馬鹿者めと、叱咤すると同時に違和感を覚える。どうして目の前に立つ太陽の方が余程顔を顰めているのだろうかと。その理由を察すると同時に、地面を蹴った。それはおそらく、高揚に体が突き動かされたからに違いない。
理解した真実は、至ってシンプルなものだった。『太陽の守護神アクセスが途絶えた』、それだけだ。
何という僥倖、天の御導き。
「やはり天上の姫たるかぐや様の付き人なれば、この想いも天に届くというものなのですね」
仏に感謝を、そして仇為す者には誅罰を。それこそが天子より至上の命を下された自分が果たすべき義務なのだと。
かぐや姫の従者は、一度は取りこぼしたその御石の鉢を再び手に取る。
筈だった。
「これは……氷?」
拾い上げようとしたその鉢に指先が触れることは無かった。ガラスのショーケースの中に閉じ込められてしまったように、従者の指先とかぐや姫より賜った道具の間は、透明な壁一枚で隔てられていた。
「どういう……ことです?」
「簡単な話だろうが」
守護神アクセス、そう小さく呟いて、再び太陽はアイザックを呼びだした。目を見開き、振り返る。視野が狭まっていたために気が付いていなかったが、その背後には幾人もの警官が駆け付けていた。
その内の二人は強力な氷雪系の能力者であることは、当然月上人の頭脳で把握していた。とすれば間違いなく、今こうして道具を封じてみせたのは、その能力者の影響だと断じるしかない。
「俺は、俺だけしか持ってないもんはろくに持ってないけどよ」
一対一であれば、このような事態など起こり得なかった。その事実が歯痒い。奥歯を互いに押し付け合い、軋ませる。ギリギリと唸りを上げて、そのまま砕けてしまいそうな程だ。
こんな無様な負け筋などあってなるものか。せめて一人くらい道連れにせずしてどうする。もはや言語とも取れぬ号哭だけを高らかに上げ、自らの腕で掴みかかる。遮二無二、誇りも何もかも捨て去って拳を振りかぶった。
「でもよ、誰だって持ってるもんはちゃんと俺も手にしてんだよ」
手を伸ばせば届く距離、拳打が届く間合いに太陽を入れた。浮き出た指の骨が、刻一刻と太陽の鼻先に迫る。しかし、何気ない所作で太陽は頭を僅かにずらし、突きの軌道上から逸れた。空ぶった腕が空のみを裂く。虚空だけを捉え、何物も掴めなかった手は、ただ虚しく伸ばされていた。
「信頼できる同僚ってのはな」
それは、どれほど長い間取り組んできたのだろうか。初動の瞬間さえ把握できぬほど、何気ない所作だった。気が付けば、目の前に握りこぶしが迫っていた。頬骨を軋ませながら、無骨な拳骨が、従者の顔面にめり込んでいく。
ズンと、重たい足音が響いた。太陽が正拳突きを突き出す際に足元を踏みしめた、地響きにも似た踏み込みの声だった。その勢いさえも全て腕に乗せ、太陽は物心ついて以来、二十余年繰り返してきた通りに、目の前の的を殴り飛ばした。
背に風を受けたかと思えば、地盤に叩きつけられる。その勢いのままもはや意識も無い従者の身体は転がりながら、何度も地面に打ち付けられる。数メートル転がり続けて、もはやぼろ雑巾のように横たわる一人の兵士は、もう動こうともしなかった。
数秒の間、誰もがその口を噤んでいた。目の前で起きたことが信じられず、夢でも見ているのではないかと茫然としてしまっていた。
しかし、一人の男が勝鬨を上げた。その主は、太陽にも分からなかった。疲労のせいか、ストレスからか、歓喜からか、その声はしわがれ、裏返っていた。何とか「勝ったんだ」と高らかに叫んだことだけ把握できた。
後はもう、堰の壊れてしまったように、次々と歓声が上がった。もはや、声に声が重なって何と口にしているものか分かったものではない。しかし、それでも、声にならないような喧騒であっても、そこに込められた感情だけは察しが付く。
この胸の内にあるのは、間違いなく歓喜であると。いつの間にか太陽も、同じように大声で叫んでいた。もう、身体は悲鳴を上げているのに。まだ戦いが完全に終わった訳でもないのに。
しかし、彼はその喜びを抑えることはどうしてもできなかった。
勝利の凱歌は、高らかに、ただ凡人達の功績を讃えていた。