複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.130 )
日時: 2019/02/26 13:28
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 7pjyJRwL)

 時は僅かに遡り、クーニャンが王子と知君たちのいる本部にかけつけた場面へと移る。鍔鳴りなどは流石にトラック型の車内まで聞こえなかったものの、従者の肉体がどさりと地に落ちた音ぐらいは響いた。何事が起きたのかと、中から人魚姫の手を引く王子やphoneを握りしめた知君が警戒しながら飛び出すと、口上を述べるクーニャンと、地に伏した敵の姿が目に入った。

「クーニャン……何があったんだ?」
「いやー、輸送車の警護いらんなー、退屈だなーとか思いながらあっちの方着いたらよ、急にチャラ男が守護神越しに声だけで指示飛ばしてきやがってよ。こいつがぷりんすぶっ殺しにこっち向かってるから追いかけて何とかしろとか言ってくれちゃってんの」
「奏白さんからの指示……? でもどうして直接こちらに連絡しなかったんでしょうか」

 それについてはクーニャンの方から説明した。一応こちらに来る前に、情勢を整理するべきだというかつての教えに従って、太陽たち一般捜査官にも現状どうなっているのかを訪ねていた。そうしたところ、本部と一切通信がとれない状態に陥っていると教えられた。琴割がいるにも関わらず、である。

「なーんでそんな事になってんのかあたしにゃ分かったもんじゃねーけど、急がなきゃぷりんすが不味いんだろ」
「今言うことでもねえけどぷりんすって呼ばないでくれ……気が抜けるから」
「王子は英語でぷりんすだからしゃあねえよ、諦めろ」
「今問題にすべきは……ここの通信障害についてですね」

 二人だけに喋らせていては、おそらく本題に移れない。王子には申し訳ないが、知君は何とか閑話休題させる方に舵を切った。その意図を汲んで、人魚姫もそれは可笑しな話だと同意する。確かに彼女は電子機器のことなど何も分からない。しかし、この世界の理については知るところが多い。
 琴割 月光の守護神は今更確認するまでも無く、拒絶の能力を持ったELEVENだ。彼が『何者かによる電波障害』を拒絶していない、そんな甘い手を打つ訳が無い。

「これは流石に知君の予想が当たっとるかもしれんな……」

 自分が狙われていた事実を、クーニャンから解説されている王子を横目に、琴割と知君とは、前々から案じられていた可能性を検討していた。発端は五月、奏白と知君が出会った日までさかのぼる。その時は妙なことを言うものだと疑問視した程度だったが、赤ずきんとの戦闘を経て、ある仮説が立ち昇りつつある。
 そんな事ができる人間など、総合して見るにたった一人しか地上には存在しない。その企みを可能にする守護神も、知っている限りある一騎のみしかありえない。

「せやけど分からん。あいつがほんまに関与しとるんやったら、もっと日本がぐちゃぐちゃになっとるはずやぞ」
「そう……なんですね。僕はその方と会ったことが無いので分かりませんが……」
「端的に言うと、あいつは究極のエゴイストやからな」

 気に食わない現実を拒絶するのではなく、初めから自分にとって都合のいい未来を手繰り寄せる力を持っている。
 そしておそらく、クーニャンを派遣したのもその男に違いない。元々は中国の大富豪お抱えの傭兵が彼女だ。一流のエージェントとなるべく、英才教育も施されている。そんな人間を暗殺者として送り込める人間など、雇える人間など一握りの権力者のみだ。
 そしてさらには、斡旋するかのごとく桃太郎をあてがわれている。知君のネロルキウスも、ある守護神の契約者が誰であるのかを特定することは可能だ。ただ、似たような能力を保持している守護神は、十一存在する異世界全土を見渡しても片手で数えられる程度だろう。

「今はそのことは置いておきましょう。通信がこれまで意図的に遮られていたのなら、現場の様子を確認するべきです」

 とは言っても、現状かぐや姫の従者を始末したのみで、ジャミングを実行している者を叩いた訳では無い。現在進行形で戦場からの連絡は途絶えており、通信妨害は未だ継続中と考えた方が無難だった。
 現場の様子を確認する、となると現地にかけつける外、方法は無い。王子から目を離す訳にはいかない。そのため、クーニャン一人だけを直行させ、琴割が目を光らせながら知君と王子とを送り届けるのが最善と思えた。

「ガキの子守りなんざ久々やけど今回はしゃあない。どうせここにおっても指揮は取れん、本部は一旦破棄じゃ」
「このまま車として使う訳にはいきませんか?」
「無理やな」

 嘆息一つ投げ捨てて、知君の提案をあっさりと否定した。通信用の機材が重荷になっている。配線もごちゃごちゃと入り組んでおり、本部の非戦闘員を総動員しても数十分はかかる。設置に数時間かけているのだから、撤去がその程度で済むのはむしろましな方だ。
 このまま突っ走ろうにも、誰かが異議を唱えるに違いない。この場を収拾してから向かうとすると、今度は間に合う保証が無い。それならば歩いて向かった方がよほど効率的だ。
 ただここで、知君にアクセスさせる訳にいかないのがネックになってしまう。知君がネロルキウスの契約者と知られる可能性は極力ゼロに近似したい。警察内部の者が口外することはいくらでも拒絶できるが、懸念材料の観測者に証拠を掴ませる訳にはいかない。
 絶対に、証拠を掴まれる心配の無い局面にならなければ、あるいは知君を投じなければ戦線が崩壊する様な瞬間にならねば、温存の選択を取り続けねばならない。

「あたしがぷりんす守りながら先に二人で駆け付けるってのもありだぞ」
「……まあ儂が雇っとるうちはお前は裏切らんやろけど、リスクはある。お前ら二人になった瞬間、シンデレラにでも出て来られてみろ」
「時間稼ぎぐらいはできるっての。ぷりんす逃がすなり狐目のじっちゃんやちきみんの到着を待つくらいはな」

 おそらくかぐや姫が配下として従えている戦力は、ほとんど全て消費しきっているはずだ。衛星からの情報で、奏白達が上空で従者二人を始末したところまでは見届けている。クーニャンが駆け付けた報告を聞く限り、他の従者も全て倒したと見て間違いないだろう。
 であれば、雑兵たちを枯らしてしまえばかぐや姫は丸裸も同然だ。月を媒介にして精神に干渉する能力はあるようだが、本人の身体能力はか弱い女性と同程度。守護神アクセスしている人間であれば、身体能力増強の影響で、かぐや姫の膂力では人を殺すことなど能わない。

「そんな急がなあかん理由でもあんのか?」
「ゆっくりする理由もないだろがよ」
「せやけど敵の能力も分からん上に儂と知君はまだ動けんぞ」

 かぐや姫の能力を詳細に知っている人間はこの場にいない。知君、ネロルキウスの能力でさえ彼女の能力の最奥を覗き見ることはできない。なぜならばかぐや姫は帝をも虜にした傾城の女性であるため、ネロルキウスの能力でもその詳細を知ることができない。
 辛うじて推察できる事と言えば、原作の伝承に由来するものだ。原点である竹取物語のクライマックスで、当世最高の武力を帝たちが揃えたにも関わらず、強い光を浴びた人々は体の力が抜けて、一切の身動きが取れなくなってしまったというものだ。
 筋力が弱まるというよりむしろ、神経が筋肉に命令を伝達できないようにしているのだろう。光を浴びるだけに過ぎないのか、光を目にすることが発動のトリガーなのかは知れたものではない。だが、その威光を受けてしまえば、地上の民はひれ伏すことしかできなくなることだけは確かだ。
 どれほど警戒すべきか、誰も分からない。そのはずではあった。確かに、その場の人間は誰一人として彼女の具体的な能力を知り得なかった。しかし、その場に居合わせているのは当然人間だけではない。
 そう、二人とはいえ、守護神も混ざっているのだ。

「あの……私、いくつか知っています」
「ちびっこがちっとばかし知っているみたいだぜ」

 クーニャンと、セイラの声が重なった。未だ守護神アクセスしていないため、人魚の姿のままセイラはその場に立っており、桃太郎は契約者の少女を通して僅かばかりの情報を提供しようとしていたところだった。

「ももたろーもかぐや姫も日本の守護神なんだろ? だから知り合いらしいけどよ、聞いとくか?」
「ええ、先にお願いします」

 桃太郎が言うにはこうだ。かぐや姫というのは、お伽噺というジャンルであれば、日本最古の物語である。そのため、あらゆる日本の昔話中で、始祖と呼ぶに値する者だと。先駆け、先導、そう言った存在であるため彼女は、少なくとも日本においては統率者となるに相応しいだけの古豪なのだと。

「実際、私やカレット、アシュリーなど、多くのフェアリーガーデン出身の守護神はかぐや姫の後追いと言っても過言ではありません。かぐや姫より古い物語は、その多くが神話の登場人物として伝承界と呼ばれる守護神に居ます。統治するELEVENはキングアーサー、円卓の騎士もこちらの異世界に住んでいます」

 そして彼女は原点、オリジナルという特性を持っている。神話的伝承を除いた、娯楽のための純粋な創作。確かに世を探せば、より古い創作はいくつも存在する。千夜一夜物語などがその代表例だ。
 ただし、竹取物語は他の物語とは一線を画している。その他の創作物は、英雄譚の二番煎じや教訓を含んだ高説ありきのものが多かった。先に挙げた千夜一夜物語ならば、暴君の凶行を食い止めるためのものであった。
 月にたった一人、あるいは数人の神が住んでいる程度の逸話しか無い中、その物語には無数の月上人が現れる。神でもない、人でもない。人であるのに人類より進んだ民族。その作品に英雄は一人も現れない。ただひたすらに、歯切れの悪いまま物語は終える。貴族たちが美女に振り回される様子から何か学べる教訓はあるだろうか。いや、きっとそれも無いのだろう。
 しかしそれでもその物語は、今日まで受け継がれてきた。何も得るものなど無いというのに、竹から女児が生まれる驚嘆を、彼女を育てる喜びを。五人の貴族が、帝が、彼女を手に入れようと励む焦燥を、別れを惜しんでいた彼女がとうとう一切の感情を失ってしまうやるせなさを。そして何より、離別の切なさを。
 それが受け継がれた理由など、ただ一つに他ならない。読み手の心を打ったからだ。文字の上で竹取の翁と共に彼女の生誕に立ち会い、六人の男から求められても素気無く接する痛快さを眺め、そして最後に別れを惜しんだ。
 涙する人もいたかもしれない。どうしてと嘆いた子供もいるだろう。おじいさんと、おばあさんと、幸せそうに暮らしていたのに。幸福を幸福とも思えないまま、彼女を罪人であると裁いた世界へと帰ったのはどうしてなのかと。あんなにも嫌がっていたのに、薬を一舐めしただけで別人のようになってしまった呆気なさも。そんなものさえも、人々を魅了するスパイスとなってしまった。
 そこには何の意図も含まれていない。ただ、人々の胸に響くため。ただ、その心に感傷を刻むため。そのために生まれた物語だ。

Re: 守護神アクセス ( No.131 )
日時: 2019/02/26 13:31
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 7pjyJRwL)

「童話、御伽草子、昔話。そう言った物語の始まり。だから己の身体を母体とし、枝葉のように派生しているあらゆる物語の主人公……ガーデンの守護神に己と同じステータスを複製し、貼り付けることができる。ってちびっこは言ってっけどどういう意味だ?」

 どうやら、桃太郎の言葉をそのまま噛み砕かずに伝えているらしく、その意味はとんと理解していないらしい彼女は首を傾げた。勘は働き、聡い部分もあるのではあるが、小難しい言い回しをされた途端に話についていけなくなるようである。

「つまり、かぐや姫の意志一つで、例えば『かぐや姫が風邪をひいた』時、『他のフェアリーテイルが風邪をひいた』状態を作り出すことができる、と」
「まあ守護神は病気にはならんけどな。多分解釈的にはそんなもんやろ」
「すげーなちきみん、ちびっこ剣士も頷いてるぜ」

 でもそれが、一体なんだと言うのか。その特性の真の意図を計り損ねた王子とクーニャンだけが首を傾げている。確かにそれは驚異的な能力なのだろう。自分の体力が有り余っている状態で、他のフェアリーテイル、例えば赤ずきんと共闘していたとしたら。かぐや姫が疲弊しない限り、赤ずきんは疲れ知らずで無尽蔵に戦うことも可能だ。
 そしてそれは逆の場合も成立する。かぐや姫が疲弊した場合、敵としてフェアリーガーデンの守護神と相対した場合、その相手にも自分と同じ疲労感を与えることができる。不意に討たれても、策を練られても、同じ世界の守護神相手ならば強制的に同じレベルの土俵に落とすことができるのだ。
 しかし、それだけ。ただの人間にそれは通じない。驚異となりえるとは到底思えないのだ。
 ただ、その言葉の意味を真に理解している知君、琴割の顔色は大きく変わった。人魚姫は大きく驚きこそしなかったものの、顔を悲痛に歪ませた。彼女は当然、かぐや姫のそう言った特性も知っていた。本人から百年ほど前に伝えられたためだ。そして知君と赤ずきんの戦闘直後のやり取りと、ドルフコーストという守護神の能力、及び倉田 レタラの凶行と結び付けた時、フェアリーテイルと人間が呼称する一連の事件、その全容を理解したためだ。

「どうしたんだ、皆して。そんな驚くような能力なのか?」

 惚けている訳では無い。むしろ、本来であればここまでの話だけで真相に辿り着けという方が無理な話だ。話に置いて行かれた王子が、周りの人々の間で視線を往復させながら問いかける。分からないのは俺一人なのかという焦りを紛らすため、同じように理解していなかったクーニャンの方へ振り返った。きっと彼女も、まだ分かってなどいないはずだ。
 しかし彼女は桃太郎の言葉を直接伝えている身だ。続く言葉を王子よりも一足先に聞くことができる。そして流石に彼女でも、続く桃太郎の言葉を聞けば理解できたことだろう。そして、それを彼女が口に出したその瞬間、王子はセイラと出会った時の事を思い出した。

「その、ステータスのコピペの条件は……赤い月の光を見せること……」

 王子の脳裏にセイラの声がいくつも再生される。忘れることは無いだろう。初めて顔を合わせた六月の末の事。少年が思い出していたのは決して、彼女の涙でも、彼を奮い起こした鼓舞でもない。
 泣くまいと必死に堪えていた頃、たった一人だけ正気を保って抗っていた時分、瘴気に侵された桃太郎にぶつけた、悲痛な叫びだ。

“あなた達が変なんです! 赤い月を見てからというものの、皆一体どうしてしまったんですか!”

 倉田レタラは、地上で最も月に近い建物、ハイエストスカイリンクの頂上から月に向かってドルフコーストの能力を行使した。
 満月の晩にはかぐや姫が月の上に現れる、その瞬間を狙って。
 そしてそのかぐや姫は、破壊衝動に衝き動かされるまま、まずは破壊の同士を得ようと、フェアリーガーデンの守護神達に自分と同じ瘴気に穢された状態を写した。
 そして無数のフェアリーテイルが現れた。そういう事なのだろう。

「だからか、かぐや姫が作り出したはずのフェアリーテイルに、ネロルキウスの能力が通用したのは」

 その状態に陥れたのはかぐや姫という傾城ではあるが、その本質はドルフコーストの能力由来。ネロルキウスによる干渉が成立する、という訳だ。

「ええ。昔話をしたあの日のベッドの上で、レタラさんに操られた人々とフェアリーテイルの様子が似ていると思いました。特に、赤い瘴気に侵されているという一点で。ですので赤ずきんさんを正気に戻す時、確認したのですが」

 かぐや姫にしか能力をかけられないはずなのに、どうしてそれがあらゆる守護神に伝播しているのか。それが分からずじまいだった。近くにいるだけで感染するというなら、日々フェアリーテイルと戦っていた捜査官が同じ症状になっていなければおかしな話だ。
 一応、今桃太郎が伝えた話は仮説の中に含まれていた。しかし確証はなかった。それが、彼らにとっていい意味で肯定されたのはむしろ僥倖と言えた。

「クーニャンが護衛してくれていた方々の手を借りるには、やはりかぐや姫を先に倒さなくてはなりません」
「そうっぽいな。あたしと王子はこのまま出向いてもいいのか?」
「月さえ見なければ問題ありませんから、その技量があるクーニャンさんなら大丈夫ですよ。私は、凶暴化しかけたその瞬間に自分で浄化できるので問題ありません」

 確かに初めて出会った時、守護神ジャックもしていなかったというのに人魚姫は自力で暴走化状態を治癒していた。根本的に、ドルフコーストを筆頭に精神を、心を狂わせる能力者に対し彼女は有利なのだろう。

「そこで桃太郎の話はしまいか。じゃあ人魚姫、お前の方から追加の話はあるか?」

 当然、彼女は頷いた。桃太郎とかぐや姫とは、共に日本由来ということで接点があった。そして彼女には、共に悲劇の御姫様という肩書を持っていた。
 それゆえかぐや姫は、時折人魚姫のことを気にかけていた。非業の別れを遂げたかぐや姫と、出会う事さえできなかったセイラとでは境遇は異なるだろう。ただ、彼女を愛する人の傍に居られなかったのは、まごうこと無き事実だ。
 人魚姫にとって赤の他人に過ぎないかぐや姫が、己のことをかつて赤裸々に伝えたのは、そのシンパシー故だった。

「その前に一つ、彼女について知って欲しいことがあります」

 それは、桃太郎もシンデレラも、ネロルキウスでさえも知り得ない事実。かぐや姫という存在を、形作る真理。その要素を知らずして彼女の守護神としての特異性を述べることなど叶わない。
 それほどまでに、セイラだけが知っているその事実は、かぐや姫の成り立ちに密接に関係していた。

「フェアリーガーデンの守護神には、当然かぐや姫よりもずっと強い守護神が数多く存在します。アラビアンナイトのシンドバッド、これから私達が向き合うであろうアシュリー。初めて討伐された守護神だという不思議の国のアリスに、先日捕らえたカレット」

 彼らは全て、世界的によく知られている、人々が好印象を覚えている物語ばかりだ。多くの場合ハッピーエンドを迎え、シンドバッドは七つの海の王じゃとも呼ばれるのだ。
 しかし、かぐや姫は果たしてハッピーエンドを迎えたと呼べるのか。否、決して言えないはずだ。月上の世界へ帰ることが本懐だったというのならば、確かに彼女にとってはハッピーエンドだろう。しかし、彼女に帰って欲しくない人間は数多く存在した。翁たちは血涙をも流した。

「どうして、フェアリーガーデンはこちらの世界と行き来ができると思いますか?」

 言うなれば、かぐや姫は生い立ちにおいて知君と重なる部分がある。そう在るべくして造られた存在であるという事だ。
 シェヘラザードは、自身がフェアリーガーデンを統べる王であることに疑念を覚えていた。自分自身はどこまで行っても原作者、幻想の国の住民ではない。それなのに、このまま王のふりをして彼らの頂点に立ち続けていいものだろうかと。
 存在しないのならば、作り出せばいい。彼女は、ふとそのようなことを企んだ。己の権限を、物語を現実にするという能力を、遺憾なく行使した。その結果、何の能力も持たない、名前も記憶も存在しない。役割さえもろくに存在しない、無垢な赤子の守護神が生まれた。
 これは本来タブーと呼ばざるを得ない。ガーデンの守護神は基本的に、人が物語へと寄せた願いから生まれるものであるからだ。その想いが喜びに満ち、幸せな甘いものであるほど、その守護神は強大な力を宿す。シンデレラが最強のフェアリーテイルであり、浦島太郎や人魚姫のような物語が劣っているのはそこに由来する。また、より多くの願いを集めた守護神の方が地位は高くなるため、世界的に有名な赤ずきんに灰被りこそが最強を冠するのも当然の帰結だ。
 だが、産み落とされた守護神は、まだ何の想いも得られぬ、空白の少女だった。後に悲劇を生むというのに、アンバランスなまでの強大な能力をその身に携えることを義務付けられた。
 次世代の王となるためだけに産み落とされた彼女は、ELEVENの器として試験管の中で産声を上げた、知君とよく似ていた。

「どうして、竹取物語の作者はいまだ不詳なのでしょうか」

 かぐや姫は月に一度、満月の夜にこちらの世界に現れる。彼女は、自分自身がもう一度地上に現れるのはおこがましいと考えているため、現れるのはいつも月の上だ。そこからじっと、白雪姫の継母から借り受けた魔法の鏡で、地上の様子を見つめている。自分も同じ次元にいる事実を噛み締めながら、自分が生きることのできなかった世界を眺めている。
 彼女が、その時代の帝に抱いていたはずの恋心は、本物だった。その事実は、かぐや姫本人と、彼女が認めた者しか知り得ない。
 その空っぽの守護神の器を、千年もの昔に、シェヘラザードは日本の竹の中にそっとしのばせたのだ。

「それは、竹取物語というのは、竹取の翁その人が、喪った我が娘との想い出を消えないようにと書きしたためたものだからです」

 シェヘラザードは、ELEVENという肩書にうんざりしていた。しかし、自分以上にその立場に相応しい者が現れそうにもなかった。だからこそ、物語の作者であった彼女が、その選択を取るのは必然だったとも言える。
 彼女は守護神になってから、新たな王となるに相応しい物語を、自分がお膳立てすればいいと考えたのだ。
 そうして、平安のとある時代、竹取物語に記された事実と全く同じ出来事が起きていた。竹取の翁がその日記に物語と名付けて紡ぎ、作者不詳のまま書き上げると共に天命を全うした。
 全てはシェヘラザードの掌の上。そうして、フェアリーガーデンのルールを破るような存在、『悲劇であるのに強力な守護神』である、かぐや姫は“成った”のだ。
 彼女自身の、胸を掻き毟るような惜別の想いを、誰も理解することなどできないままに。