複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.14 )
- 日時: 2018/04/18 16:32
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
「守護神アクセス」
先ほどまで実体を持ってその場に鎮座していた彼女は、途端にその姿が薄れていく。まさかこのまま消えてしまうのでは、そう焦りそうになってしまったその時、半透明の状態で彼女は留まり、宙へと浮き上がった。触ろうと思っても触れられない。空中を泳ぐようにしてそこに居はするのに、手で触れられない。蜃気楼みたいだとふと思った。
そして、彼女の体から漏れ出たエネルギーがオーラのように俺の体にまとわりつく。そのまま肌から浸透するようにして俺の体内へと入ってくる。温かくて、とても心地よい。心の底からは勇気が、体の内側からは力が漲ってくるような、不思議な感覚。守護神アクセスを行うと身体能力が向上されるというのもあるのだろうが、きっと……彼女が見てくれているというのが大きいのだろうな。
桃太郎に背を向けた状態で、俺は自らの守護神となった人魚姫を見上げた。先刻までもずっと可愛らしかった彼女だが、まるで憑き物が落ちたかのように満面の笑みを浮かべているその様子は、もっとずっと可愛らしかった。
ぼうっとしている俺たちだったが、桃太郎もそれは同じだったようだ。目の前で起きている光景が信じられないといった様子で、ただただ唖然としていた。こんな偶然あり得てたまるものかと、震えた手で抜き身の刀をこちらに向けているだけだ。
「そんな、馬鹿な。ガーデン出身の守護神が契約者と出会えた試しなど、これまで一度も……」
そんな話、俺はいくらでも聞いていた。同年代の誰よりも守護神に憧れ、調べつくした俺だからこそ、よくわかっていた。フェアリーガーデンの自分の守護神が住んでいる、その言葉がどれだけの重みをもっている言葉なのかは。
けれども、運命は悪戯にもそんな決定的な絶望を吹き飛ばした。ずっと会えないと決めつけていた自分だけの守護神は、ふとした時に出会えた。それも、憧れの兄貴を助けるため、世間を恐れさせるフェアリーテイルと立ち向かうその時に。ピンチになってやってくる、王道のヒーローみたいだ。
どうせなら、ピンチになる前に颯爽と現れたいものだけれど。そんな風な軽口を心の中で呟いてみた。そんな憎まれ口を聞いてしまった理由はとても単純で、ずっと憧れていたそれになれた喜びが強くて、何だかとてもくすぐったくなってしまったからだ。ふと気を緩めると顔が緩んでしまいそうになる、そんな自分を引き締め、律するために厳しいことも言わねばならない。
「まあ良い、それなら少しでも経験を積む前にその芽を摘むだけのことじゃ」
桃太郎も、まだ少しの動揺が残っているようだが、俺たちのことを倒すべき敵だと認識を改めたようである。あまりに強力な自身の能力に驕って、能力のほとんど使えない今の状態でも素人の俺になら勝てると踏んだのだろう。
だが、こんな日が来るって信じてたかつての俺は愚直に水泳による体づくりの傍ら武道の鍛錬も怠っていなかった。最後に鍛えたのは確かに遠い昔のことだが、経験が全くないずぶの素人よりはずっとましなはずだ。
「王子くん」
耳元で人魚姫が話しかけてきた。その状態でも会話はできるんだなと知る。ただ、守護神は元々アクセス中は契約者と会話ができるということらしいので、別段特別でもないかと納得した。彼女の言葉に俺は耳を傾ける。
「桃太郎はああして強がっていますが、私たちの方が圧倒的に優位です」
「ああ、あいつは守護神ジャックしてないからな」
「それだけではありません。私たちはジャックも行えますが、守護神アクセスを行った方がより元来の能力を引き出すことができます」
フェアリーガーデンの守護神は己のエネルギーを糧にして実体を持って顕現する。そしてそこいらにいる人間のエネルギーを使って能力を使える。しかし、人間から奪えるエネルギーの量よりも実体化に使っている自身のエネルギーの方がよほど大きい。
しかし、守護神アクセスを行っている際は実体化せずともこちらの世界に顕現し、契約者に己の能力を行使させることができる。そのため、本来実体化に回さなくてはならなかった自分の膨大なエネルギーを能力発動のために回すことができる。それゆえに、彼女たちは守護神アクセスを行った方が有利なのだ。できるできないの話は、さておき。
「分かった、ところで俺たちの能力は」
何なんだと人魚姫に尋ねようとしたところだった、桃太郎が踏み込んできたのは。先ほどは捉えられなかったその動きが、何とか今度は目にして観察することができた。草履をざりっと地面に擦る音のみを後にして、刀を構えた桃太郎は俺の懐のうちへと踏み込む。このままだと斬られる、不味いと思った俺は突破口を探す。
ふと、視界の隅に窓ガラスが入る。そう言えばさっき、人魚姫は窓ガラスに飛び込んでいた。どういう能力かは分からないが、試してみる価値はある。桃太郎がその手に持つ刀で一刀両断するその前に、俺は手を伸ばしてガラスの表面に触れた。触れたと思った途端に俺の体はそこにするりと吸い込まれた。何事だ、そう思って吸い込まれる前に自分のいた方向を見る。すると、俺はガラスの内側の世界に入り込んでいた。建物の中ではなく、ガラスの中。それはまるで、鏡の中の世界に迷い込んだように。
しかし、桃太郎は追撃の手を緩めない、俺が入り込んだガラス目掛けて、剣の切っ先を向ける。ほんの少し後ろに引いたかと思うと、腕の前方への可動域全てを使うようにして、全力で俺の方に突き刺した。耳をつんざく音が路地裏の壁中に反響する。俺たち以外に人一人いない廃れた空間を無機物の鋭い悲鳴が駆け抜けた。
え、これ死ぬのかとうっかり走馬灯が走りかけたが、自分が立っていた足場を失っただけのようで、先ほどまで侵入していた鏡面の中の世界から俺は弾き出された。勢いよく弾き出された俺は都合よく桃太郎自身に直撃し、揃って転がる。
「よかった、間に合ったみたいで。私の能力の一つ目は鏡面に潜り込む能力です」
今みたいに窓ガラスに潜り込むことができるように、他にも水面や鏡そのものにも入り込むことができる。
「人の目玉とかはどうだ?」
「無理です。私たちが潜り抜けられるだけの大きさでなければ、入り口を通れないということで入り込むことはできません」
なるほどなと納得する。あくまでも鏡のようにこちらを映している面を入り口とする能力であり、どんなところにでも忍び込める能力ではない。それでも十分、緊急避難をすることは可能だ。そして今彼女は言わなかったが、今自分が存在している場所を壊されれば、強制的に外の世界へと弾き出されるのだろう。鏡ごとバラバラ死体になるのでも、二度と出られなくなるわけでもなく。
それにこの能力、奇襲を仕掛けるにも使えそうだ。地味だが使い勝手がよさそうな能力。流石はフェアリーテイルの仲間というべきだろうか。
「他にも能力はありますが、私自身かなり消耗してしまっているのであまり強力な能力は使えません」
「いや、とりあえず今回はそれでいい」
先ほど桃太郎の動きは見切れたため、何とか多少は渡り合えるだろう。この鏡やガラスに潜り込む能力を活用すれば体術で劣る自分でも何とか互角以上に立てるはずだ。そのための作戦を考える。どのように勝負を決するか決めれば、後はその局面に持っていけるよう詰め将棋をするだけだ。
「くっ、キビ団子一つどまりならこの程度か」
悔しそうな表情で、桃太郎はその場で起き上がった。ただし、特につらそうにしている様子は見受けられない。ただ単に隠したと侮っていた相手を仕留められなかった自分を叱咤しているだけのようだ。
おそらく通常の守護神にアクセスナンバーがあるように、フェアリーテイルやその仲間たちにも序列はあるのだろう。人魚姫の序列は分からない。それでもきっと、シンデレラや赤ずきんといった連中とおそらく同程度に高いのだろう。だからこそ、大きく能力の制限された状態でもこうして立ち向かってくるのだろう。
勝利の自信があるからか。俺はそれを察して不敵に笑った。傍目には薄気味悪く見えていたかもしれない。でも知るものか、俺にとってその自信は乗り越え甲斐のある壁でしかない。恵まれた才能があり、それを発揮できる人間は、それはそれはさぞかし自信に満ちているだろうなと、相手に皮肉を言うようにして、むしろこれまでの自分を卑下した。
でもこれからは違う。俺にだって力はあるんだって、ずっと見失っていた自分への信頼を取り戻す。そのための第一歩が、彼女に、人魚姫にハッピーエンドになってもらうこと。バッドエンドにならずにいてもらうことなんだ。
彼女は大切な知り合いが、現世で特に重罪を犯したフェアリーテイルとなってしまったようである。きっと親友の姿に彼女は戸惑っていることだろう。だからせめて、その彼女らを取り戻すための手伝いくらいはしてあげたい。たった今俺に夢を思い出させてくれた彼女に対してできる唯一のお礼は、それだとしか言えなかった。
小柄な体躯に似合わない、凛々しい表情で俺をにらみつけ、再び桃太郎は踏み込んだ。しかし、今度は先ほどのように直線的に突っ込んでは来なかった。彼の中で俺に対する警戒度合いが上がったのだろう。上等、ニッと笑って俺は桃太郎を迎え撃つ。
一歩目は真っすぐ踏み出したかと思った。しかし二歩目、彼の進路は大きく左へずれた。目で追うも、今度は彼は跳び上がる。空中に跳び上がったため、好機かと思いこちらから仕掛けようとするも、甘かった。すぐ近くの建物の雨どいを手でつかみ、腕の力でぐいと彼は、身軽にさらに上へと進路を取る。取ったかと思ったその時、たどり着いた配水管をそのまま蹴りつけて、急降下してきた。
斬られる、そう思った俺は瞬時にサイドへ跳び退いた。甲高い音がして、刀と地面とがこすれる。強靭な彼の日本刀は刃こぼれ一つすることなく、むしろ固い地面に傷口を付けた。
そこで手を緩めるほど彼が優しくないのはもう分かっている。振り下ろした刀を振り上げられないように、刀を握った両手を右足で上から押さえつける。何とかして刀から手を離させなければ、その考えはあっさりと読まれてしまったようで、桃太郎は敢えて刀を振り上げず、真下に力を逃がして抜き取るように手元に戻した。
位置取りは丁度いい、俺はしめたとばかりに一歩後ろへ下がった。それを追うようにして桃太郎は飛び掛かる。今度は小細工なしで正面から。その白銀に光る刀身は、今度は俺の首を刎ねんと迫っていた。よしとほくそ笑んでしゃがみこみ、俺はその凶刃を浴びることなく桃太郎の懐の内に入り込んだ。
刀の一閃は俺を捉えることなく、廃ビルへと繋がす水道管をスッパリ切り裂いた。流れる水道水が噴水のように飛び出る。陽の差し込んだその空間に、小さな虹がかかる。
人魚姫だったら、これくらいの能力はあるだろうと、その水を操れないかどうか念じてみる。当たりだった、ただ水道管から漏れ出るだけだった水流が意志を持って桃太郎に襲い掛かる。勢いを増したその水の本流は軽量級の桃太郎をそのまま押し流して、そのまま壁に叩きつけた。
「ぐぁっ!」
「よっしゃ!」
「今がチャンスです、歌の能力で月の瘴気を浄化してください!」
月の瘴気という言葉が気にかかったが、何とか人魚姫の指示通りに能力を発動しようとする。思っていたよりもこの能力というやつは、概念すら分かっていれば己の意のままに操れるようだ。実際のところ能力を行使しているのが守護神である人魚姫だから、だろうか。
闇を光が打ち消すようなイメージを思い浮かべながら、何らかの旋律を喉の奥から奏でる。どんな言語を口走っているのかは分からないが、この曲には聞き覚えがあった。先ほど彼女を追いかけてこちらへ訪れる際に道しるべとなった旋律だ。そうか、これは浄化の歌だったのか。
初め、彼女は誰を浄化する気持ちでこの歌を唄っていたのだろうか。しばし考えて理解する。俺が追いかけて追いつくような速度でしか移動できなかった彼女だ、おそらくはきっと、自身で抗っていたのだろう。ほとんど能力を使えない状態で、苦しくて仕方がないのに自力で浄化の能力でフェアリーテイル化を解いた、彼女がフェアリーテイル化していない理由はそれで納得できた。
つまり、彼女の能力さえあれば目の前の桃太郎も未だ知らぬシンデレラ達も赤い瘴気の呪縛から解き放ち、元の姿へと戻ることができる。なるほど、皆を救うのにふさわしい能力ではないか。一段と俺は歌声を響かせる。
文字通りその声は言葉だけでなくそれ自体が自分のものでは無かった。俺の声帯を通して人魚姫本人の歌声が届けられているようで、美しい女性の歌声が広がる。それを耳にした桃太郎は苦しみ始める。
浄化の能力に当てられた瘴気が、抵抗するようにあらぶっているようだった。光と闇、二つの力に板挟みになり、小さな桃太郎は苦悶に呻く。がんばれ、乗り切ってくれと願う。しかし、その努力をあざ笑うかのように桃太郎は腰の巾着から二つ目のキビ団子を取り出した。
「仕方ない、今回は無理しようぞ。じゃがな貴様ら、次はこう上手くいくと思うでないぞ!」
二つ目のキビ団子を桃太郎は丸呑みした。まるで、咀嚼する時間すら惜しんでどこかへと逃げ去りたいかのように。能力のためにエネルギーを消費したためか、のぼりと刀の実体化が弱まり、その輪郭がぼやけた。その分彼の体には活力が満ち満ちる。ほんの少しだけ背が伸びて、青年に近づいた桃太郎が口惜しそうに俺たちを睨む。
「ここで相手どればおそらくその後儂は終わる。たとえ貴様らに勝とうともな。ならここは潔く撤退じゃ」
わずかばかり低くなった声で彼はそう告げ、左右の建物の壁を交互に蹴りつけて颯爽と上へ上へと駆けのぼる。あっという間に廃屋の屋上にまで到達した桃太郎は振り向きもせずに去っていく。そのあまりの俊敏さは、強化されたと思った俺の感覚ですら、ほとんど線が動いているようにしか見えず、全く捉えられなかった。あの時、刀の実体化が溶けていなかったら……死んでいたのではないかと、今になって格の違う相手との交戦に慄く。
俺たちのリンクもいつしか限界に達したようで守護神アクセスは中断され、俺と人魚姫は二人に分かれた。何度も継続的にアクセスすることで二人の意識が重なりやすくなり、アクセス可能な活動限界が増えていく。
ほんとにヒーローになりたいのなら、これからも鍛錬は欠かせないな。桃太郎が去っていった方向を目にして俺はまだまだ真っ暗な道のりに眩暈がする。それでも、奈落の闇に光は差し込んだ。
たったの一筋だけど、俺はそれを掴みたい。振り返り、彼女の顔を見てより強く思う。
「それでは王子さん、これからよろしくお願いしますね」
実際異世界の存在だけれど、この世の者とは思えないほどの綺麗さに、俺はどぎまぎする。緊張で、声が上ずって堪らなかった。
「えっと、自己紹介から、初めてもいい……かな?」
はいと、笑いながら元気に答える彼女の声が俺の耳に届くのが、本当に心地よかった。
File2 王子光葉・hanged up