複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.144 )
日時: 2019/08/23 18:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


「終わったん、か……?」
「そんな訳ありませんよ」

 徒歩で追っていた知君と琴割であったが、道中に言葉は無かった。言葉にせずとも優先事項や懸念事項はお互いに共有できていたためだ。琴割による育成を受けた知君である、有事の際における思考回路は彼とよく似たものとなっていた。さらには前日までに作戦を共有しており、忌避すべき事態も考慮済み。であれば、この場において言葉を交わす必要も無い。
 しかし両者にとって予想外だったのは、二人の到着以前に王子がかぐや姫との決着をつけていたことだった。報告をまとめる限り、かぐや姫の従える兵隊たちはもうほとんどが無力化されていたため、おかしなことではない。しかしそれを差し引いても、王子一人に何とかできるような甘い相手ではないと想定していた。

「どう処理したんか聞くんは後回しやな、今大事なんは」
「ええ、残る最大の敵、シンデレラをこの疲弊しきった状況でどのように対処するべきか、ですね」

 上空高く押しかけて、その身を龍と化す怒りの従者や変幻自在の武器を操る楽の従者を討ち倒した奏白たちはまだ帰っていない。おそらくはまだ回復しきっていないのだろう。それ以外の捜査官も、巨大な仏の姿をした石の塊に苦戦したせいか、もうほとんど体が動きそうにない。
 やはり兵力という意味であれば、かぐや姫というのは最上位の力を持っていたに違いない。単純な戦闘力でなら上回る者が少なからずいようとも、彼女にしかできない搦め手も多数存在していたせいだ。洗脳能力に、要素がまるで異なる複数の能力を任意の配下に付与できる点。柔軟にあらゆる相手に対応するという点では、他に比肩できるフェアリーテイルはいなかったはずだ。

「ただ朗報は一つある。かぐや姫を解放した以上、これ以上敵が増えることはまああらへん」
「……問題は何人敵が残っているか、ですね」

 それと気がかりなことが一つあると知君は言う。何事かと問いただすと、彼は星羅ソフィアが今日本にいない可能性を示唆した。

「知っていますか琴割さん、今ソフィアさんは海外公演の真っ最中なんですよ」
「何が言いたい」
「つい数分前まで、ソフィアさんは中国でコンサートをしていたはずなんです」

 試しにSNSを使って確認してみたところ、歌姫の公演の感想を発信している中国人および遠征した日本人が多数見つかった。当然英語で感想を述べている人も居る。間違いなくその公演は星羅 ソフィア本人が執り行ったものであり、今世紀最高峰と謳われるその美声を、他人が肩代わりしている事など考えられない。

「ですので、今夜ここに来ると言っていたはずの星羅さんが、何故だか海を挟んだ大陸の側にいる可能性が高いんです」
「儂らが、口約束をわざわざ信じたのが阿保やったって事か」
「どう、でしょうか……」
「そうとしか思えん。なんせどう足掻いても今夜のうちにここまで辿り着くなんざ無理じゃ。シンデレラに奏白ほどの移動手段は無い。来るとしたら交通手段が何かしら必須や」
「……それは間違いありません。でも、何だか腑に落ちないんです」

 わざわざ自分の正体を明かしてまで宣戦布告したソフィアが悠長にイベントを予定通り行っているのが気持ち悪いと感じた。悠長過ぎると。そもそも途中まで素性を明かそうともしていなかったのに、最後の最後になって自分から身分を明かしたことも当然、不愉快な動きだ。
 琴割 月光は秩序を重んじる。すなわち余計な混乱を好まない、その性格が看破されている可能性は高い。何せすぐに「あり得ない」と吐き捨てたとはいえ、世界一の歌手として直々に彼女は琴割に、ELEVENの能力の利用許可を得ようとした。その際の琴割との、ごく短い話し合いだけでもそれを把握されていたとしても可笑しくなかった。

「何かあるんじゃないですか、短時間でここまで移動する手段が」

 それも、この捜査官が監視している包囲網を突破して、瞬時に到着する手段が。空を飛ぶなり、魔法の乗り物を使うなど。守護神、それもフェアリーテイル達は特に魔法のような力を使う。知君の胸でざわめく不安は、そう言った死角からの不意打ちへの警戒に集約されていた。

「かぼちゃの馬車くらいやろ、シンデレラが使えるもんは。じゃが、あれを使ったところで日を跨ぐ前に東京に着くんは無理や」

 トップスピードはこれまでに観測しているが、そこから計算する限り十二時以前に辿り着くのは不可能だ。そしてシンデレラはその強大な能力とは裏腹にデメリットも携えている。陽が昇ってから、十二時になるまでの間のみ、能力が使える。逆に言えば、日を跨いでから朝日が見えるまでは何も能力が使えなくなる。そして能力がピークに達するのは大体二十一時を過ぎて以降。それまでの明るい時間、及び夕暮れ時以降は、弱体化を受けた状態から徐々に精度を高めていく。

「わざわざ夜を指定してきたんは、何もかぐや姫が月を利用したいだけやった言う事やろ。初めは自分のためも含まれとるんちゃうか思ててんけどな」
「そう、なのですが……」

 やはり納得できない。移動は不可能。それは分かっているつもりだ。これだけ琴割に否定されたのだ、シンデレラの能力を用いたところでも不可能なのだと。
 残っているフェアリーテイルはシンデレラ一人。きっとそれは間違いではない。それ自体はとうに肯定されていた。新たな反応も無く、かぐや姫も王子が救った以上、これ以上被害者が増えることはない、はずなのに。

「琴割さん、調べたいことがあります」
「何や」
「他に協力者がいないかどうか、です」

 移動手段を賄うことでサポートするような能力者。その存在があるか否かで現時点での安堵はたちまち水泡に帰する。万全を期すためには、かぐや姫を倒した今こそ、隙の無い警戒を敷く必要がある。だが、他の捜査官達は疲れ切っている。ともすれば、知君自身が厳戒態勢を敷くしかないのだ。
 だがしかし琴割は、徒労に終わるだけだと首を振る。言い切るだけの根拠が、彼の方にもあった。というのも、琴割と知君の二人は、もう一人の共犯者の可能性を検討していた。これだけ大規模な企てを、自らの手を一切汚すことなく達成できる唯一の守護神。洗脳など一切必要なく、他人の運命を好きなように捻じ曲げられる、神のような存在。だが、その守護神を持つ男もまた、日本から遥か遠い地に駆けつけざるを得なかった。
 今、ロンドンでは次のオリンピックに関する重要な話し合いが、一国の代表込みで行われている。そのため、彼らが今回の騒動の真の首魁と考えている男は、ロンドンに拘束されている。琴割は前日の内に自国の首相に、件の人物が本人か否かを確認しているため間違いは無い。
 シンデレラも、ラックハッカーも海外である。とすれば今夜に決着をつけるという口約束に踊らされただけという結論に至るほか無かった。

「ですが、油断しきってしまうと取り返しのつかないことに……」
「じゃあどんな手段があるんか言うてみろ。正直なところ、お前を無駄に消耗させんのが一番の悪手なんじゃ。堪えろ」
「だから、何事もないと確かめるために、ネロルキウスを使うしか……」

 交渉が、未だ決裂したままだったというのに。当然悲劇の幕開けというのは、当事者の立ち上がりを待ってはくれない。琴割の視界の中、知君は目を見開いた。何事かと想い、知君から目線を逸らして、少年の見つめる方角を見る。
 一枚の大きな布切れが、途端に宙に現れた。ばさりと産声を上げ、何も無かったはずの空間に、異次元から現れたのだ。そして包まれたシルエットを隠したまま、ひらひらと風に舞いながら地に落ちる。それはまるで、夜空を千切った濃紺が地に伏すように。
 現れたのは、舞踏会に招かれざる、されど殿方を虜にする、二人の傾城。その二人の顔立ちは、何故だかセイラと似た面影があって。そして手を繋いだ二人同士、瓜二つな顔と背格好をしていて。

「あんたあの時の……」
「久しぶりね、人魚姫の王子様。でもごめんなさい、貴方の英雄譚はもう幕引き」

 舞踏会の幕開けよ。そう宣言すると同時に、鏡映しのような佳人が一人、守護神であるシンデレラは光の粒子と化して、その形を喪った。

「守護神アクセス」




File11・Hanged up