複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【Last File・開幕】 ( No.147 )
- 日時: 2019/09/09 18:03
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)
白熱する桃太郎とシンデレラとの直接対決。にも関わらず知君はその渦中へと参戦することは叶わなかった。目の前で友が傷ついた、癒せるものならば癒しに向かわねばならない。
ただし、知君にとれる手段と言えば、怪我の状態を奪うという手法だけだった。実際にシンデレラの能力で負った負傷にしても、そのダメージは既にあるものと捉えられるはず。とすると王子が受ける痛みを肩代わりすることになり、今度は知君の戦闘に支障が出かねない。
しかしそれを気にかけるような人間でないのは誰もが承知であろう。自分であれば多少の痛みや苦しみに対する耐性はある。それゆえ、一切の躊躇なく知君は王子がソフィアから受けた毒による汚染をその身に引き受けようとしていた。
琴割が制止しようとしたものの、引き留めることはかなわなかった。ジャンヌダルクの能力であっても、知君の足取りだけは遮れない。王子は確かにシンデレラを取り戻すための要石だ。しかしそれを別とし、自分にもまだ大きな役割が残っていると分かっているだろうにと、舌打ちする。知君がネロルキウスを以てシンデレラを制圧してから王子を万全に戻せばいい。理屈の上ではそれが最善だ。
しかし今の知君は、理屈よりむしろ感情で動く。それに関しては歯痒くも思うも、これまでの操り人形を脱し、一人の人間と成長した事実は琴割自身も歓待した事実がある。だからこそ苛立ちよりもむしろ歯痒さが湧く。ただのお人好しだったところに、彼の感情が干渉するようになった。その人間らしさこそが今は足を引っ張りかねない。
「大丈夫ですか、王子くん」
彼と同じように、すぐ傍で王子を抱きかかえている人魚姫に並び、顔や喉を押さえたままの王子に問いかける。答えられない、つまり無事でないことは返答が無い事から明らかだ。王子がこの状態であるため、人魚姫も現状無力と言うしかない。
やはりネロルキウスしか。そう思い、phoneを取り出した。
ただし、最低限の冷静さは欠かない。ボタンの隙間から、ワイシャツの中に腕ごとphoneを入れ、外から見えないようにアクセスナンバーを入力する。そのままネロルキウスへ接続、黒色のオーラが彼を覆った。
「僕が何とかします。王子くんに能力をかけることを許してください」
「でも、できるんですか? この毒はアシュリー、シンデレラの能力です。当然ですが王子様を一目惚れさせる、傾城の特質を持っています」
「でも、やってみないと分かりません」
「駄目です。怪我だけを奪い取っても、王子くんの体内に毒は残留したまま。おそらく怪我人が増えるだけです、落ち着いてください」
「なら、その毒ごと奪い取れば……」
「ですから! この能力はアシュリーのものだと言っているんです!」
これまでずっと、『自分以外の人間』に関しては、助けられないことなどなかった知君だ。不意の失態、それも可能性があると予見していた事態を引き起こし、親しい友を傷つけた事実に動揺していた。結果を見るにその動揺の大きさは分かることだろう。ネロルキウスならばどうにかできるだろうと決めつけ、早く守護神アクセスをせねばと逸り、そのための冷静さは欠かなかったものの、結局ネロルキウスの力でしようとしている対処そのものがおざなりになっている。本来彼の知恵ならば、人魚姫同様に自分が王子を癒すのは不可能だと理解したはずだ。思考が空回りする、それを体験したのは初めてのことだった。次善の策さえ出て来ず、ただ地に座ったまま膝を握りしめることしかできない。
遠巻きに、クーニャンが元凶となったソフィアの足止めをしてくれている姿を見る。比較的防戦一方ではあるが、時折返す鋭い刀はソフィアを脅かしている。必ずしも負けるとは限らない。人生経験の差が、守護神のランクの差を埋めていた。
「でも、ダンスをするだけで炎や風を操るだなんて、どういう理屈で成り立っているんですか……」
「あれは操っているのではありません。風も、炎も、皆が須らくシンデレラという女性に恋をして、彼女が有利になるように働いているだけです。黒いドレスだけは、魔法使いの最高傑作。あれは着た者にとって理想の体裁きを実現する魔法にかかっています。彼女が王子様を射止めたのは容姿だけではなく、未経験な身でも完璧に舞踊をこなせるだけの魔法にかけられていたからです」
だからこそ、舞わねばならない。謳わねばならない。片時たりとも、掴んだ心を手放さないように。絶えず森羅万象に愛されるために。本当に、窮屈な人生だろう。誰かに元気を、生きる楽しみを与える歌姫という立場に居たソフィアも同じだったのだろうか。自分の名声よりむしろ、自分を求めてくれる人間にとっての理想像を映し続けるために努力をしていたのだろうか。
そしてその結果、最愛の母を失った。本当はまだ生きることができた。それを拒んだのは琴割 月光だと決めつけて。そして今度は彼から、理想を奪おうとしている。
ソフィアの理屈は間違っているように思えた。けれども、その思い込みは仕方のないことのようにも感じられた。受け入れられないことを認めるには、歪んだ形で受け止めるしかない。だから彼女は、認識を歪めたのだろう。病の不幸で母は没したのではない。琴割 月光が、母である朱鷺子の生を拒んだのだと。
「……止めなきゃ」
彼女が何を目的としてこんなテロに参加しているのかは分からない。復讐を目的にするとしても、このような手段では決して、単なる復讐は成就しない。なぜなら琴割はELEVENを従えており、どのように交戦しようとも、死ぬことは決してないせいだ。
考えられるとしたら、琴割が間違っていたのだと過ちを指摘すること。それが精いっぱい。それを武力行使の形でどう実現するつもりなのか。分からないが、できると信じているのだろう。
しかしここで、世界から琴割を失う訳にはいかない。まだ、守護神の利用に関する道徳や制限は完璧には確立されていない。それなのに、これまで守護神を登用した大規模な戦争が起きていないのは、一部過剰とも思えるような琴割による先導があった結果だ。これから先、まだ数十年は琴割の存在が不可欠。
正義など、どこにもない。この復讐だけは止めなくてはならない。直に会ったことなどない、見たことさえない。親であると教えられてはいたものの、終ぞ声を聞くこともなく死別してしまった。しかし今、自分の心が嫌だと叫んでいることが、首筋がぞわりとするような拒絶感に満ちている事実が、ふと思い浮かんだ彼の意思を肯定しているような気がした。
星羅 朱鷺子は、ソフィアと知君の遺伝的な母親は、決してこの世界に仇をなすようなことを望んではいないと。
だからこそ止めなくてはならない。彼にとってはこの世界に唯一遺された、一人の個人として今もなお生きている肉親を。
「まずはソフィアさんを取り押さえます。お互いに能力が効果的でない状況なら、ネロルキウスの方ができることの幅が多い分有利なはずです」
だが、それは未だ叶わない。なぜなら、知君にしか相手することのできない人間がまだ存在しているのだから。冷静になった知君は今度こそ理解していた。自分が今するべきは、王子の看病でもなければ、姉の下に駆けつける事でもないと。
世界に反旗を翻したELEVENへの断罪。傲岸不遜、己を最良の人間と信じて疑わず、暴政を強いたネロは何の抑止力として選ばれたか。その役目を忠実に全うすべき時がきたのだから。
星羅家の大黒柱、要するにソフィアの父親がこの場につれてきたのは、自身と娘だけではない。もう一人、黒づくめのマントにくるまれた人間がいたはずだ。そしてその姿は、マントの落ちた今ではとうに見えている。
「シェヘラザード、やはり元凶はその運命操作だったんですね」
「そちらを指名するのはこの私を軽視しているように思えて不愉快だな。だが許そう、礼儀も知らない子供なのだろうから」
「貴方に示す礼節を持ち合わせていないだけです。この人殺し」
「面白いことを言う」
同じELEVENのよしみで許してやろうと、現れた男は快活に笑う。随分と着機嫌な様子だったが、知君がゆっくりと首を左右に振る態度に首を傾げる。
「どうした? 無礼を許されないままでいいと?」
「いえ、そうではありませんよ。僕がELEVENとは面白い冗談ですね。僕のアクセスナンバーでも見たんですか?」
「……実直そうな少年かと思えば、流石はあの琴割の犬だな」
言質をとられる訳にはいかなかった。知君がELEVENだと認めてしまうと、それを濫用していた知君自身のみならず、開発した琴割までも罰されるに違いない。彼の失っていない最低限の冷静な警戒はそれだった。琴割が基本的に『知君が守護神アクセスする瞬間』を捉えられないように配慮してはくれている。しかしそれも、相手がELEVENとなると話は別だ。その口に戸を立てるのは琴割にすら不可能。社会的な立場としてもラックハッカーの方が上に位置するため、一度弱みを見せてしまえば手が付けられない。
ロバートと、流暢な英語でソフィアの父は呼びかけた。自分はどこかに向かうというような旨が何とか聞き取れる。あまり英会話に通じていない知君も、目の前のラックハッカーが二つ返事で「Okay」と応じたのだけは理解できた。
「行かせな……」
「駄目だよ少年。少年がELEVENを使役していないと言い張るならなおさらだ。私の紡ぐあらすじは、何人たりとも穢すことは許さない」
ソフィアの父を止めることもできず、ただマントに包まれまたどこかに瞬間移動する様子を見逃すことしかできなかった。フーディーニの能力を妨げることはできないのだと予めシェヘラザードが運命を紡いでいたのだろう。
「さて、まずは手始めにだ。共犯者たっての頼みは断れなくてな、蹲っている少年は命までは取られないその幸運に感謝したまえよ」
シェヘラザードの能力の使用権を行使する。母国語で高らかに宣言するラックハッカーに、途端に知君は血相を変え、王子を一瞥する。未だ変化は特に見えない。それは当然と言えば当然だ。何かが異を為そうとしている訳では無いのだから。しかし、だとすれば何を目的としているのか。
「人魚姫の契約者は次の朝を迎えるまで喉は癒えず、守護神アクセスをしたところで能力は使うことができない」
人魚姫に能力を使わせない。それを徹底するための後詰。それはこの夜において王子の快復を許さない事だった。人魚姫の能力とはいえ、媒介は歌であり、それは王子の声帯を通じて発される。それゆえ、たった今ラックハッカーが定めた運命に従う限り、シンデレラが一方的に取りつけたこの決戦の夜においては、シンデレラを赤い瘴気から解放することが不可能になったことを意味する。十二時を超えたところでシンデレラはこれまでの交戦記録からして撤退するのみ。満月の夜、精鋭らしい精鋭全てを結集したまさに格好の機会に、最強のフェアリーテイルである彼女を苦しみから解放することができなくなったことを示している。
引き分け、あるいは痛み分けには持ち込めるだろう。しかしELEVENの能力を用いて、王子の快復不可能な状況、未来を定められた瞬間に、捜査官側の勝利の芽は摘み取られたと言って過言では無かった。
「後は私の目的と言えば、琴割を戦場に引きずり出すことくらいだね。何せ彼にしか私は止められないのだから、それはもはや必至と言える訳だが」
残る戦力を全て掃討してしまえばよい話だと、事も無げに彼は言う。それも当然だ。彼の持つ守護神の地位、能力であれば、何気ない一言で大都市どころか一国が一つ壊滅しかねない。十一の各異世界の王、ELEVENとはそういう類のものだ。統治のため、圧倒的な規模の変化を世界にもたらす力を有する。
ELEVENを妨げられるのは同じだけの権限を持つ別の王のみ。あれだけ、申請無しに能力を濫用してはならないのだという規約を全世界に強いている琴割だ。それを自身が破ることは許されない。それは彼だけでなく彼が作り出した技術や体制の信用までも失ってしまう。彼の延命化以外に、ジャンヌダルクの能力を使えない、時折人知れず、社会的に影響のない範囲で破っているものの、それが世界的に露呈することだけは認めてはいけない。
「……では、ロバートさんが先にその約定を破る、と」
「そうなるね。何、シェヘラザードがいる以上誰も私は裁けないさ。私は私だけに許されたこの力を、より活用したいと思っているんだ。琴割ともども失脚しようとも彼女が憑いている限り、全ては意のままだ」
自分が罪人となったところでいくらでも誤魔化せる。それこそがラックハッカーがこの計画に乗った前提だった。そもそもラックハッカーの要望は、自分専用の脱法phoneが手に入った時点で叶っていると言っても過言ではない。ただ彼は、話を持ちかけた星羅親子の次なる目的、琴割月光の権威失墜という野望を共にする者として力を貸している。
試しに王子以外の捜査官チームを皆殺しにでもしてしまおうか。そう企んだところだった。知君 泰良が能力を行使したのは。
「僕の守護神の能力を行使します。この場の人間全ての、生殺与奪の権利を全て奪い取ります」
先手を打ってきたかと、ラックハッカーは迅速な対応を心の中で賞賛した。自らの守護神の名も明かさないまま、疲弊した捜査官達が不意にシェヘラザードの力で死ぬことを回避した。言質を取れていないだけで、少年がELEVENであることはとうに推測済み。何せ知君は一度、ラックハッカーが桃太郎のために紡いだ筋書きを破り捨てた過去があるのだから。
「やはり君は面白い。果たして暴君でシェヘラザードに勝てるとでも」
「別に僕の守護神が暴君だという保証はありませんが?」
それはきっと、今世紀のみならず、人類と守護神が生まれて以降初めての出来事だろう。
死後の国、異世界を統べる王、ELEVEN同士の能力が直接衝突することとなるのは。