複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.148 )
日時: 2019/09/13 17:08
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)

 ELEVEN同士の戦いがどうなるか。それを考えるだけ野暮というものだ。ELEVEN同士の間には、相性も序列もあったものではない。ただお互いにお互いが絶対的な存在として君臨する。超耐性は相手が同じ位階であったとしても適用される以上、お互いに能力で干渉しあうことが不可能だ。
 となれば結論は二つに一つ。能力が通じない以上肉弾戦に発展するか、あるいは周囲の人間、環境にしわ寄せが見られるか。本来であればラックハッカー率いるシェヘラザードであれば、片手間に一言呟くだけで、その場全員の息の根を止めることも不可能ではない。しかしそれはしようと判断する前に遮られる。知君が周囲の人間の生殺与奪の権利を独占したため、シェヘラザードにさえ死の運命を刻み付けることはできなくなった。
 無関係の人間に危害を加えれば、知君の心は簡単に傷つき、折れるだろう。それはラックハッカーも理解してはいたが、それを許す知君ではなかった。これまで、能力の使用を禁止され続けてきたラックハッカーと違い、このフェアリーテイル騒動で知君は戦い慣れしている。何やら能力を発動しようとストーリーテラーは企てるも、暴君の洗礼に阻まれる。
 一度距離を取ろうとした瞬間を見切り、跳び退こうとするラックハッカーの肩を知君は掴んだ。後ろに退こうとしていた勢いも利用し、そのまま地面へと叩きつける。背中から勢いよく叩きつけられた男だったが、彼とて異界の王をその身に宿す者。衝撃に咽たものの、大したことは無いと即座に反撃に転じた。
 ELEVENに対して唯一例外的に、普遍的に超耐性をすり抜けて影響を及ぼす能力が存在する。それは自分自身の能力だった。琴割がジャンヌダルクの能力で自身の寿命を先延ばしにしているのも、自分の能力だけはこの超耐性の影響を受けないためである。
 それと同様にラックハッカーは、シェヘラザードの能力により、己の肉体を地上の誰よりも強靭なものであるという運命に書き換えていた。それだけではない、体捌きさえ一流の格闘家と同等以上の技にまで磨かれている。彼自身、格闘技などかじったこともないというのに。
 ただひたすら、肉のぶつけ合う音だけがこだまする。蹴りを腕で受け止め、空いている側の腕で拳を正面の敵に叩きこむ。だが目の前の小柄な少年も反射的にそれを避け、咄嗟に伸びた腕を素早くつかんだ。身体全体を使って持ち上げ、一本背負いで再び地に叩きつけようとするも、今度はラックハッカーもびくともしなかった。

「無駄だとも、私の肉体は今この瞬間、世界の誰より優れている。君がより強くなるなら、それをさらに私が超えるだけだとも」
「なら、それをもう一度超えるだけです」

 歯を食いしばり、さらなる力を足腰に込める。ふわりと、重力を体が忘れて浮き上がる感覚。今、知君は既に戦う気力の尽きた捜査官とその守護神から、守護神アクセス時に本来付属する身体能力強化の強化分を奪い取る形で己を強化していた。当然、再びラックハッカーに追い抜かれる可能性があるため、余裕を残して。
 ラックハッカーは確かに今この場において、個としては最強なのかもしれない。しかし、個々の力でどうにもならずとも、群の力で立ち向かえばよいだけの話だ。ずしりとまた、鈍く大地が揺れる。
 皮肉にも、人類最強の能力を持った二人だと言うのに、その闘争の様子は原始的な姿を示していた。

「やるじゃないか少年。すまない、大人気なくも、紳士的でもなく、初めて能力を活用し、同等の好敵手と相見えることができて、ヤングのように高揚しているところだ」
「僕は気分が最悪ですけどね」
「つれないな、日本人は奥ゆかしいと言うが、それかね」
「お戯れは結構です」

 お互いに、より一層強化された肉体と肉体のぶつかり合い。もはや肉弾戦と称するよりもむしろ、重戦車や空母そのものが衝突しているようなものだった。

「それより構わないのか、琴割の飼い犬」
「……その言い方はとびきり不快ですね」
「失礼。だが、シンデレラを桃太郎一人に任せるのは力不足が過ぎるのではないかと思ってな」
「別に一人に任せるつもりなんてありません」

 ほうと感嘆を漏らし、面白いと男は呟いた。増援が入るということなのだろうが、それもろくな戦力では無いだろう。絶対的な力を持つシンデレラの前では、有象無象などまさにいてもいなくても変わらない。
 実質的に、かつてラックハッカー自身が雇った傭兵一人に任せるしかない。そして桃太郎とシンデレラには覆そうと思っても容易く覆せないだけの大きな差が存在する。彼女が琴割にヘッドハンティングされ、より大きな額で買い取られたことは想定外ではあったが、仕方のないことだと割り切った。初めから期待はそれほどしていなかった。せめて人魚姫の契約者程度は始末しておいてほしかったものだが、ネロルキウスに妨げられたのなら仕方が無い。

「君は私の足止めをしているつもりかもしれない。けれどね、真に足止めで充分というのは私の立場なのだよ。シンデレラを野放しにしておけばいずれ琴割 月光が必要となる。その時に暴くのだ。あの男は自らが定めた契約さえ守れない愚か者の為政者気取りだとね」

 それを耳にしても、知君の表情は崩れなかった。まるで自分が駆け付けるまで、持ち堪えることは不可能ではないと確信しているように思えた。シンデレラ単身ならまだしも、契約者と守護神アクセスしている状態で、五分に渡り合う増援が今更現れるとは思えない。もしいるとしたら、かぐや姫が囚われていた際に出し惜しみをしていた理由がまるで分からないためだ。
 そしてもう一つ、ラックハッカーが気にかかったことがある。むしろ、その片割れの方が余程彼を刺激したことだろう。奥歯を噛み、苛立ちのせいか苦渋に満ちる。彼が駆け付けるとはすなわち、この自分自身が敗北することを意味する。自分こそは神に選ばれた存在に違いない。そう自負しているのがラックハッカーという男、シェヘラザードの契約者だ。
 むしろ逆に、知君の自尊心を折ってやらねばならない。怒りに衝き動かされ、顕示欲と膂力とがさらなる肥大化を遂げる。

「シェヘラザードはかつて暴君を飼いならした。ネロルキウスとて掌の上だ」
「もし仮にそうだとしても、王としての器がまるで違うかもしれませんよ?」

 両者共に退くことを知らず、際限なくぶつかり合う火花は戦場を彩っていた。

 その頃、ラックハッカーに意識の向けられた二人はと言うと、絶えず生死を彷徨うような鍔迫り合いを繰り広げていた。ガラスの靴と鋼鉄の刃、つま先と切っ先とがお互いに、立ちはだかる敵を貫かんとぎらぎらと瞬いている。
 ただ、圧倒的に桃太郎の方が不利であり、シンデレラ側が優勢であることは誰よりも張本人の彼女らが理解していた。町のイルミネーションのように落ち着きなく移り変わるドレスの色彩、それに応じて炎が雪が、さらには風までもが星羅 ソフィアを援護する。炎を裂かねばこの身が焼け朽ちる、雪を払わねば骨の髄まで凍てついてしまう。風を断たねば四肢の自由が利かない。故にクーニャンはソフィアに向けてのみならず、幾度となく虚空を斬らねばならなかった。
 ちりちりと肌の焦げる熱に反応し、咄嗟に紅蓮に瞬く劫火を刀身で振り払う。散り散りになった火の粉の向こう、お色直しの済んだ姫君と目が合った。ニッと不敵な笑みを浮かべるソフィア。そのドレスは今度は、南国の毒蛾を想起させる、鮮やかなヴァイオレットに仕立てられていた。

「やっべ」

 先ほど王子が喰らったものだ。危険を重々承知しつつ、目を閉じ、空気が鼻の中に入ってこないよう息を吐きながら刃を天に向け、空に昇った満月を裂く勢いで瞬時に振り上げた。無理やり上への気流を起こし、刺激性の毒ガスを上空に逃がす。肌がピリつく嫌な感覚が無くなって、ようやく再び開眼した。
 だがそれでは当然、出遅れてしまう。

「前から来とるぞ!」
「わーってる!」

 先ほどまで瞑目していた彼女に代わり、実体を失った状態の桃太郎が、背後霊さながらにソフィアの接近を早口に告げる。だが、その瞬間にはとうに刮目しているため、怨嗟に満ちたような黒のドレスがはためくのを確認していた。別次元の肉体活性、流石にこれ以上、この状態の足蹴りは受け止められない。紙一重で躱し、懐に入り込むも、それにさえ動じない。優雅に、華麗に、大胆に、ただ舞踊に打ち込んでいるとしか見えないほど美しい所作で、その場でソフィアは回転した。裏拳の要領で今度はヒールが眼前に迫る。まともに喰らってたまるかと、即座に真下へしゃがみこむ。一拍遅れたクーニャンの長い髪がばさりと後を追う。拍子が一つ遅れただけあり、ヒールに髪先の一部が引っ掛かる。音も無く裁断された黒髪がハラハラと舞い、その鋭利さを示唆していた。
 ここで仕留める。そう転じるべくクーニャンはしゃがみこんだまま剣を引き、切っ先をソフィアに突き付けるよう構えた。弓も持たぬまま矢をつがえるように、狙いを定めて引き絞る。次の瞬間、しゃがんだ体勢を利用し、全身のバネでその刃を解き放った。
 風を切る音が空を裂くより遅れているように感じる。自身の身体を砲身と見立て、初速からして最速となるように放たれた、突きという弾丸。
 だが、それでも。世界一の傾城には届かない。
 ソフィアのドレスは、既に純白の薔薇のコサージュが目立つ、新雪のような柔らかな衣装へ変化していた。薄氷が砕ける小気味よい音が何重にも響き渡った後に、金属同士がぶつかったかと錯覚するような鈍い音。反響する氷の砕ける音が鳴り止むと同時に、届かない刃へ向けて放ったクーニャンの舌打ちが虚しくこだました。
 氷雪こそが一人でに、ソフィアを斬り裂き、貫こうとする刀を無理やり妨げたのだ。押し固められた雪の結晶こそが頑強な氷の盾となり、身を賭して刀の猛進を食い止めていた。

「孤軍奮闘、の割には随分としぶとく、そして美しく踊ったものね。褒めてあげる」
「ありがとよ、魔王様」
「でも、もう邪魔だから休んでくれるかしら?」

 盾となり壁となり立ち塞がっていた氷と雪が途端に北国の吹雪のように荒れ狂う。砕けた氷は礫となって褐色の少女の全身を打ち、微細な雪の結晶はさながら粒子サイズのナイフとなって北風に乗り降り注いだ。
 吹き飛ばされ、地面を転がる。まだキビ団子でスタミナ回復はできるとはいえ、それをすると今度は鬼化してしまう。三つ目の団子は、王子からもっと離れてからでなくてはならない。万事休すかと、取れる選択肢の狭さを把握したその瞬間だった。閉鎖し、永らく膠着していたその情勢を掻っ攫うように破ったのは。

「全弾装填……用意はいいっすか、猟師さん」

 聞き覚えのある声音に、シンデレラおよびソフィアは表情を一変させる。そんな馬鹿なと、途端に余裕は消えて表情は強張った。
 なぜ捜査官達は『彼女たち』を使うという選択肢を取ろうと思えたのか。そんな事をすれば、守護神ジャックなどしてしまえば、彼女らが能力を使うためのエネルギーを供給する、別の人間の寿命が削れるだろうに。
 正義の組織が聞いてあきれる。次の瞬間、驚愕は、動揺は、全て憤りで塗り潰されていた。
 しかしそれより、まずは防御だ。あの弾幕は、さしものシンデレラとて回避は不可能である。
 流石は元フェアリーテイル、最多数の死傷者を生み出した、世界が愛する田舎の村娘。
 シンデレラは、ソフィアの背後から旧知の親友の謀反を憎々しげに見つめていた。

「じゃあいくっすよ、発射(ファイア)!」

 鼓膜を劈くような、火薬の炸裂する轟音が空間を埋める。そこには、夕日と同じ、真っ赤な頭巾を被った少女の姿。
 否、彼女一人だけではない。これまでフェアリーテイルとして人間世界に反旗を翻した守護神の面々が、幾人も並んでいた。

「おせーっての。もっと早く来てくれよな」
「かぐや姫さんが本当にもう大丈夫か確認する手間があったからしゃあないんすよ。でもギリギリセーフなら、万事オッケーってことで一つ頼むっす」

 整列したお伽噺の主人公たち、その中でも特筆して腕白な少女、赤ずきんはクーニャンに得意げな笑みを見せつけた。