複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.150 )
日時: 2019/10/04 17:14
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: eW1jwX0m)


 お互いの能力を読んだ上での大立ち回り。圧倒的な力の差を埋めるべく多勢でシンデレラ一人に対処している局面とは対照的に、そこより少し離れた場では。

「ハハ、何ともつまらぬじゃれ合いだ。特別である我々が、よもや素手での殴り合いしかできないなどと」
「派手に能力を使えたところで、笑えないと思いますけどね」

 ELEVENは能力を自分自身にかけることは可能である。それゆえラックハッカーは格闘技の天才だったという風に運命を書き換えた。対して知君は武術の知識を、技術を今は前線を退いた王子の父から奪い取ることで体捌きを会得していた。
 どちらも競技、スポーツとしての型ではなく目の前に聳えた敵を圧倒するための武器としての技だ。美しくない、公団胃の人間と比べると雑味のある動きではあるだろう。かたや研鑽を積んだ警官であり、その道のプロではない洋介の戦闘経験。かたや唐突に得た才能だけで一切の修練なく拳を放つラックハッカー。
 当然両者共に初めての経験だ。これまで彼らは障害らしい障害を全て、能力一つで乗り越えてきた人間だ。時としてフェアリーテイルとの戦いで知君は体術で応戦した経験はあれども、それは対等な相手とみなすには些か力不足が過ぎる。
 現在、彼らは対等な人間との平等な戦いを初めてのものとして経験していた。痛みがある、上手く事が運ばないもどかしさがある。これまで何もかも手玉にとるように、望みのままに戦局を御し続けてきたネロルキウスといえど、相手が同じ異世界の王であれば話は別。シェヘラザードから奪えるものなど一つとして無く、彼女が身勝手にネロルキウスの運命を決めつけることも不可能。
 お互いに能力を無効化する膠着状態。過程も結果も放棄し、演算負荷のフリーズ状態に陥ると思っていた。しかし、張本人たちは迷わなかった。お互いに理解していた。自分がELEVENだからこそ、相手を打ちのめす唯一の方法を。
 守護神に死の概念はない。しかし契約者にとっては話が別だ。銃で頭を撃ち抜かれれば、常時ジャンヌダルクの能力を行使可能な琴割でもない限り死ぬほかない。これまで超耐性の前に屈した数多のフェアリーテイルの行動はどうであったか。能力を放棄した肉弾戦しかない。それは桃太郎やシンドバッドといった、元来身体能力に秀でた守護神にとって当然の抵抗だった。
 今度はそれを我が身に当てはめるだけ。異界の王は王と呼ばれるだけはある。その能力を有効に応用するだけでいくらでも望み通りの効果が得られる。そして今、鋼の肉体と後天的な格闘センスをそれぞれ得た両者は、人外の領域での殴り合いに耽っていた。
 相手への不干渉。それが前提であるため両者共に自己強化を繰り返す形となっていた。ロバート・ラックハッカーは世界で最も強靭な体を持つという自己暗示にも似た運命操作。それによりラックハッカーは通常の守護神アクセス時に得られる身体強化の副産物以上の膂力を獲得し続けていた。その要因となっているのが知君だった。個々人の力としては決してラックハッカーを追い抜けない。そのため、辛うじて余力を残している捜査官達から筋力を借り受ける形で自分の肉体に集約させていた。秒を追うごとに一つに束ねる力を強くする知君と、それを毎秒追い抜き孤高な個として最強の道を歩むラックハッカー。
 インフレーションは留まるところを知らず永遠に続きかねない。もはやただの取っ組み合いは災害と呼ぶに相応しい様相を示し始めていた。最高峰の守護神が、容赦なく牙を向けば『こう』なる。それをまざまざと突き付けられた人々は冷や汗を流し戦慄することしかできない。
 これだけの力を持っていてなお、悪用しようとは微塵も考えず、報われないままにその力を行使し続けた。そんな知君という存在の偉大さを改めて突き付けられている心持だった。実際に私利私欲のため悪用しているラックハッカーと対比できるのはより強くリアリティを持って迫って来ていた。そうやって自分の感情を制御できるようになるまでに、どんな犠牲を払ってきたと言うのか。彼の過去を知らない捜査官でさえ、異常とも思える程行き届けられた躾を感じ取るほどだった。
 腕を薙ぐだけで嵐を呼ぶ。地を踏みしめるだけで地割れが走る。雲は散り散りに星は苦悶を上げる。知君は何とか押さえつけようと尽力するが、それ以上にラックハッカーの抵抗は激しかった。周囲への影響など欠片として省みず、力を存分に振るう事の出来る状況に感謝をし、持てあましたエネルギーを発散する。

「どうした少年、このままでは時間が過ぎるだけだ」
「…………」

 挑発に乗らず、思考をめぐらす。この傲慢な男が、どうして自分の足止めに徹しているのかを理解しあぐねていた。この男の性格であれば、是が非でも圧倒し、己の優れたところを誇示せんとするはずだ。
 それなのに、いつになっても強引に攻め入ってこようとはしない、まるで何かを待っているように、眈々と風に揺れる柳葉のごとくのらりくらりとやり過ごすのみ。難点をあげるとすれば、何気ないその動作で周囲に悪影響が出ていることだろう。

「それにしても、赤ずきんたちをリサイクルするという発想は恐れ入った。燃料タンクは何を使っているんだ? 罪人や死刑囚かね?」
「2070年に、この国でも死刑制度は撤廃されましたが」
「おやすまない。私が若かった頃のブラックジョークだったんだよ、この国の刑罰は」
「別に……誰の命も粗末に使っていません」

 面白い事を言う。うっかり感情が漏れ出たらしく、そのような旨を英語の感嘆符でラックハッカーはこぼした。乾いた笑いがくつくつと響く。
「分かっているだろう? たった一人しかいない契約者候補を見つけない限り、やつらは低燃費の兵器にしかならん。やつら自身が実体化しているのが証拠だ。間違いなく契約者は見つかっていない」
 それは言葉にするまでも無く、赤ずきんたちが守護神ジャックの状態で戦っている状態を示唆していた。ならば、『誰かの寿命をガソリンとしている』というラックハッカーの皮肉は実話であるべきだ。そうでなければ彼女らの能力は使えない。

「守護神の能力に必要なエネルギーは物理学的なエネルギーでは賄えん。それは精神的なものであり物質では抽出できないものだ。phoneの発達のせいで誤解されがちだが、その端末の働きは守護神と人間の間に行き来できる道を用意しているだけ。契約自体は世界の理という非物質的な規則によってのみ支えられているのだよ」

 それなのに、どうやってその動力源を供給しているというのか。与太話に心をくすぐられ、ラックハッカーの意識はそちらに向いてしまった。そもそも時間を稼ぐだけという今の役割が退屈過ぎたというのも本音だ。仕事柄老熟した食わせ物としか会談しない彼にとって、賢いとはいえ青さの残る少年と言葉を交わす経験が物珍しかったことも大きい。

「日本には、こういう言葉があります。災い転じて福となる、と」
「初耳だな。解説は要らないがね」
「当初は事故であり、僕が背負うべき過ちだったと思っていた出来事を有効的に活用できると気づいたんです」

 結論を急ぐと、赤ずきん達が能力を行使するためのエネルギーは王子 洋介だった。老い先が短いから、もう戦えなくなったから、せめて出汁だけは搾り取ろうとしたのか。答えは否だ。リソース供給は間違いなく王子の父が担っているが、そのエネルギーは決して彼の生命エネルギーではなかった。
 彼の身体の中には、決して代謝できない莫大なエネルギーが余っている状態だった。

「白雪姫との戦いで、暴走した僕は洋介さんからウンディーネを奪いました」

 それはあくまで、守護神の能力の行使権、言い換えれば能力そのものやエネルギー転換の回路のみを簒奪する行為である。本来ウンディーネが使うはずだったエネルギーに関しては奪う必要が無かったため、陽介の体内に留まった。結果として、人間単体では決して消費することのできない莫大な量のエネルギーを蓄えたタンク。王子 洋介は格好の守護神ジャック起爆剤となり得た。
 守護神ジャックを行うための条件は、対象の人間に契約済みの守護神が存在していない事。守護神と未接触の人間のみならず、該当者の中には洋介のような守護神を奪い取られた人間も含まれる。

「なるほど、行き場のなくなった都合のいいエネルギーがあった訳か。流石は日本人だ、限られたリソースの利用、再利用が得意なものだな」

 守護神ジャックはあくまでも仮契約。同じ一人の人間を対象に複数の守護神、赤ずきんに白雪姫、その他大勢が同時に洋介が蓄えたエネルギーを利用できる。当然限界量は存在しているが、ウンディーネというのはそもそも自然を操る行為の幻獣界の守護神だった。出力が守護神アクセス時と比較して落ち込む仮契約の条件においては、一晩で使い切るのは難しい。それゆえ寿命を減らす程の浪費はないだろうとの判断から倫理的にも許可が下りた。
 こんな身になってもまだ戦える手段があるとはと、陽介自身も容易く受け入れたのも大きい。形は違う、自分自身は戦地に赴くことはできない。それでも、息子たちのために自分に残された最後の残滓を使うことができるというのならば、誇らしいことだと。
 言うまでも無く、そうやって生き生きとした洋介を見て、知君がまた少しほっと心を和らげられた事実もある。和解の事実や、陽介自身の感謝を差し引いても、彼の中にはまだ罪の意識は植わったままであったから。
「君たちの活躍は全く大したものだったよ。正直なところ琴割がいなければ簡単に日本は落ちると信じていたからね。だが落ちなかった。それは偏に、君の尽力だと判断していいかね」

「いえ、そんなことはあり得ません」

 問われた知君は考えるまでも無く反射的にそのように答えていた。尋ねたラックハッカーの側でさえ驚いた程に、迷いのない間隙の無さだった。失言を避けるための思慮もへったくれもない。自分の成果ではないのだと断言できるだけの根拠が彼の内にれっきとして存在していたのが理由だった。

「僕だって、誰だって、一人きりで戦っていた訳じゃありませんからね」
「君にとって足枷に過ぎないと、私は考えるのだがね」
「いいえ、間違いなく支えでした。知っていますか、今となっては心強い協力者ですが、どんな難敵よりも手強い障壁と、戦う度に向き合わなければならなかったんです。勇気を奮い起こせたのは、絶対に僕自身の力と覚悟だけではありません」
「なるほど。君自身が精神的に成熟しきっていないことが原因だと推察できるがね」
「いいえ、育ちの違いですよ」

 ここ一番の絶好の機会に、知君は奏白の身体能力と体捌きをものの一瞬のみ模倣した。視認できていたはずの知君の攻撃が、その僅かな時間のみ、ラックハッカーの意識を振り切った。肘から先が消えたかと思えば、固い拳の骨が顔に叩きつけられていた。開戦以来初めての有効打がラックハッカーを襲い、後方へ吹き飛んだ。地面を擦りながら急停止するも、その一打で一挙に形勢は傾いた。
 痛みが、衝撃が、ラックハッカーから冷静な思考を奪い取る。痛みや怪我を己から取り除くように運命操作すればよいものを、何とか知君の攻撃の回避や防御へと意識を向ける。知君に対して直接能力をかけようとも無意味だということを忘れたまま。
 知君の挙動が止まらないことに舌打ちし、二打目を浴びないように守りを固めた。しかし固めたもののそれは悪手だと自ずと察せられた。がら空きになった側の脇腹に、鈍痛が走った。無理やりに肺の空気が押し上げられ、吐き出される感覚。腕を振りかぶったのは上に意識を向けるためのフェイクかと、狭まる視界の中で納得した。
 しかし、間に合った。消えたはずの暗幕がばさりと降りる。黒マントが何もない空間に現れたかと思えば、星羅ソフィアの父はフーディーニの能力で目的の人物をこの地へと連れてきた。
 日本の隠し玉はネロルキウスであるだろうとは看破していた。といっても、彼自身の発想ではなくあくまでシェヘラザードによる助言に過ぎなかったが。
 だが、それ以外の要因であれば遅れをとることはないと決めつけて構わなかった。何せ日本の所有するELEVENは表向き琴割 月光のジャンヌダルクしかいないのだから。その琴割に能力を行使させればその時点で目的は達成。そしてそれ以外の能力者に、ラックハッカーは自分が遅れをとる訳が無いと分かっている。
 であれば唯一の不確定因子、ネロルキウスを擁する素性の知れぬ少年さえ対処できれば他に警戒する者などいない。だからこそ、ある守護神を用意した。

「私の仕事はこれで終わりだ、後は……」
「ああ分かっているとも、星羅。後は娘の雄姿でも見届けておけ」
「分かった。……。Hey, I’ll leave it to you.」
「Of course.」

 彼が連れてきたのは、また新たな男だった。しかしその男には誰も見覚えが無かった。主要言語は定かではないが、西洋系の顔立ちに、くすんだ金髪をしている。男と呼ぶよりも少年と呼ぶべきだろうか。知君と比べても大して変わりの無い背丈に、まだ礼儀を完璧に理解していないような態度。膨らませた風船ガムを口の中に戻し、噛んで割った姿はどことなく幼い。
 その少年は世間的に有名な少年でも何でもない。彼にまつわるデータを少しでも得るために知君はネロルキウスの能力を行使した。彼を知るであろう人間から、その生い立ちに関する記憶を得る。最も手っ取り早かったのは目の前にいる星羅ソフィアの父であった。当然策自体彼も知っているだろうから、容易に情報が得られる。
 何を目的にして、誰を連れてきたのか。彼が契約している守護神にまつわる情報を入手したその瞬間に、知君はようやくそれを理解した。
 確かにこの少年は、金銭をちらつかせて呼んできただけの責任も持てない一般人ではあるが、ここに連れてくるだけの確かな意義が存在している契約者だった。
 それと同時に自分の存在そのもの、あるいはその可能性だけは予めラックハッカーたちに看破されていた事実を知君は自覚した。万全の布陣を組み、ただ力で圧し潰してくるだけの集団ではなく、対策に対する対抗策さえ徹底して用意できる人間であったのだと。
 少年は当然、phoneを構えていた。5桁の番号が響き渡る。この場に存在する中で、最も位階が低く、通常であればちいとも活躍しないであろう守護神。だというのに、知君に対してのみは切り札となり得る。大富豪のローカルルールで、最強のジョーカーに対抗できる最弱のカードと同じように。
 少年は名を呼んだ。それはおそらくは、ネロルキウスにとって最も苦々しい名前の一つに他ならないだろう。
 彼が呼びだした日本において無名の王は、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの後釜として皇帝の座に就いた男。四皇帝時代、始まりの男。

「Hey, Come on! My guardian “Servius-Galba” !」