複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.157 )
日時: 2020/01/30 18:04
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9ccxKzNf)


 時が経てば経つほどに、シンデレラの、あるいはソフィアの攻勢はより苛烈になっていく。鋭い蹴りを握った剣の刀身で受けとめようと、衝撃が両腕を突き抜ける。骨まで痺れるような重い衝撃に、顔を顰めることしかできない。
 黒薔薇のドレス。赤と黒、破壊衝動と憎悪、二つの炎が絡み合うようなコントラストが美しい衣装を身に纏い、手を取る相手もいないまま、灰被りの女性は踊る。
 守ってばかりでいられるかと、攻勢を転じるべくクーニャンは地面に刀を突き刺し、そのまま振り上げ瓦礫を巻き上げた。目潰しになればよし、最悪隙を生めればよし、切り崩すとっかかりを掴むための一手。
 だが通じない。ソフィアの意志さえ関係なく、彼女に魅了された炎が、焔自身の意志で彼女を守る。どこからともなく現れた業火が、飛び交うアスファルトの礫の呑み込み、灰と化す。シンデレラの尊顔を汚さぬようにと、煤さえ残さず跡形もなく消し飛ばす。

「くっそが!」

 その紅蓮の炎膜を突き破り、ソフィアの腕がクーニャンめがけて伸びた。その絶世の美女に惚れこんでしまった炎が、彼女の身を焼くことは無い。整えられたネイルが一直線に己の眼球を狙っていると察知した褐色の少女は間一髪で首を逸らした。躱しきれず、頬を掠った爪の先端が肌を裂いた。クーニャンの頬から顎へと、生暖かい体液が伝っていく。悪態の一つも大声で叫びたくなったのも仕方ないというものだ。
 また、黒薔薇のドレスは舞い上がる。炎が勢いを強めて隆起するように、突然黒い布がクーニャンの鼻先目掛けて飛び出してきた。呆けている場合かと、今にも疲弊で滲みそうな視界に目を凝らし、防御態勢を取る。何とか両手で、ソフィアの放つ膝蹴りを受け止めた。
 だが、その勢いは殺しきれない。胴体への直撃を避けられただけで、蹴られた威力はそのまま、猫のような彼女の華奢な体を容易く吹き飛ばした。あまりの威力に掌が麻痺し、感覚を持っていかれる。日本一の銘刀、桃太郎の刀は中空に弾き飛ばされてしまった。
 地面を転がると、ところどころ皮膚が砂利で抉られるのを感じた。だがそこにもはや痛みはない。長きに渡るこの戦闘の高揚で、脳内麻薬の分泌がピークに達していた。口の中を切っていることさえ、口腔内に鉄の臭いが広がっていないと気が付かない。
 追撃はくるだろうか、すぐさま体勢を立て直すも、すぐにはソフィアも追ってこなかった。元より多対一の局面だ、クーニャンが伏していればその分他の者がカバーする状況はできている。
 先ほどまでは自分が肉薄していたせいで本領を発揮できていなかった赤ずきんが、猟師の込めた弾倉を撃ち放しているところだった。無限にも思える程の大量の銃弾による波状攻撃。生半可な守りなら貫き通し、逃げ場も無いため常人ならば蜂の巣になるに違いない。相手が、シンデレラでさえなければ。
 さっきの瓦礫を投げつけた時と同じだ。煉獄の炎が絡めとり、鉄の弾丸を蒸発させている。彼女の復讐心をそのまま反映しているように、一秒ごとにその勢いは強まっていく。時間が経てば怨嗟は風化することもある。しかし、仇だと信じ込んでいる琴割が目の前にいる今、風化などありえない。むしろ研ぎすまされていくのみだった。
 耳の奥に残響を残す程に激しい銃声に、内臓さえ揺らされている心地だった。だが、渦中に佇むシンデレラは微動だにしない。彼女の眼に映るのは、琴割 月光と行く手を阻むものだけだ。クーニャンへの追撃が無かったのは、味方のカバーによるものだけではないとこの時勘付いた。道を塞がぬ限り、今やソフィアの眼に敵とも映っていないらしい。
 効率を考えるならば、陽動や脅迫としての意味を考えるのであれば、ここで他の者を嬲る方が余程効率がいい。しかし、そう徹するだけの冷静さを自ずと捨てていた彼女にその判断はできない。瞳孔の開き切った瞳で、堂々と断りのいる方へ歩んでいく。
 豆鉄砲では弾幕にもなりやしないと気づいた赤ずきんは、縦横無尽に銃弾を撒き散らすのをやめた。意味が無い。彼女を止めるには、一発に全ての力を乗せるしかない。マシンガンや機関銃ではない、戦車さえ穿つ狩人としての一矢。

「猟師さん! 狼さんにお婆さん! 一気に行くっすよ!」

 体力全てを使い果たすつもりで放て。ウンディーネが遺したという王子 洋介に残したエネルギーもそろそろ底をつく時が来ている。それは守護神ジャックにより一時的にリンクしているせいかカレットも察せていた。
 穿つは絶命の一矢。殺す気でかからなければ、正式な契約者を得ているシンデレラに鏃が届くことは決してない。ここで自分たちが戦力として機能しなくなるというのは背水の陣をしくようなものだが、消耗戦の方が余程勝機が薄い。
 だからこそ、譲り受けた力は全て次の一瞬に乗せる。最悪ここで自分が離脱しても、音楽家の守護神と魔法使いの守護神を宿した二人の強力な契約者が入れ替わり参戦できるはずだ。

「技名なんてもう要らないっす! 全力で……叩き潰す気で!」

 グランフェンリル、これまではそう呼んでいた形態で、狼は周囲の空間ごとシンデレラを丸呑みにしようと襲い掛かる。守護神と、その守護神に由来する能力によって生み出された擬似生命に死の概念はない。それゆえ、丸呑みにしたまま狼ごと猟師の弾丸で撃ち抜き、最後に剛腕で磨り潰す。
 本当に完璧に成功すれば、確かにソフィアは死んでしまうだろう。しかし、確実に失敗する予感があった。足止めが精いっぱいだという自信があった。何も自分を卑下している訳では無い。目の前で暴れる灰被りの御姫様は、まさに災害と呼ぶに相応しいだけの獰猛さを秘めているからだ。
 事実、次の瞬間に牙で引き裂かれ、弾丸に抉られ、大いなる鉄槌で圧し潰されようとしていた瞬間に、翡翠色の旋風は巻き起こった。旋風、などという生易しいものではないと否定する。かまいたちまじりのこの突風は、竜巻が巨大な剣になったようなものだ。
 撃ち放した銀の弾丸は中空にて塵と消える。炎の混じった爆風に吹き飛ばされた狼は、苦悶の鳴き声を上げていた。シンデレラのドレスを細めた目で確認する。先ほどまでは紅と黒のコントラストがまだ美しいと思えた。だがそこに今は、風を示しているであろうエメラルドグリーンのフリルまで付け足されている。これでは歪だ。美しいとは到底言い難く、数多の感情が入り乱れて正気を取り戻せない彼女たちの心情を示しているかのごとく。
「早くあの男を殺さなくちゃ……殺す殺す殺す殺す。いいや、駄目ね。生かさなくちゃ。殺すならこの子達。琴割に認めさせるの、間違ってたって、傲慢だったって。自分の作った平和なんて見せかけだけのまやかしだったんだって。あいつがお母さんを殺したんだって。お母さんは本当は助かったのに許可しなかった殺人犯なんだって。お母さんが何も言えないからって駄目無理却下の一点張り。生きたいって思ってたはず。死にたくないって言えなかっただけ。そうだよね、お母さん、私は分かってるよ。憎いよね、残念だったよね。だから復讐するんだ。お母さんを認めない世界なんて、独裁者なんて、全部ぶっ壊れちゃえばいいの」
 言語の体を為しているだけ。ソフィアの言葉に耳を傾けると、てんで支離滅裂だということが容易に分かる。琴割への憎悪にそれは見て取れる。殺すべきだと彼女は言うが、すぐさま殺すよりも達成すべきことがあると言いなおす。そして最後にまた、殺してしまうべきだと。

「おい赤いの! 何ボサッとしてる、終わってねえぞ!」
「ごめんなさいす、もうガス欠ってか弾切れっつーか」
「はあ? ……ま、王子のおやっさん見殺しにもできねえししゃあねえか……。くそっ、マジでやっべえな」

 他の捜査官ではもはやシンデレラの相手は務まらない。焼け付きそうなその場に適応できないせいだ。何とかクーニャンだけは耐えているが、元フェアリーテイルであった援軍は使用できる生体エネルギーが枯渇してしまった。後は人間の力で対応せねばならない。
 ただ、九死に一生という言葉もある。赤ずきんたちの援護が無くなると同時に、駆け付けた一陣の風、嵐のようにその男は、音に乗ってやってきた。
 音と同時に、衝撃も着弾。飛来した一人の伊達男が、理性を失ったソフィアを突き飛ばす。よろめき、数歩後ずさった隙に褐色の少女を守るよう立ちはだかった。標的を突如現れた男、奏白に切り替えたソフィアの瞳が赤々と輝く。
 だが、案ずることは無い。次の瞬間にはまた新たな助太刀。光線の雨が降り注いだ。牽制の意図を込め、奏白たちとソフィアを分断するように降り注ぐ。

「真凜、状況は!?」
「……これから視るわ。……! 数十秒、それだけでいいみたい」
「了解。……世界一長そうな数十秒だ」

 尋ねたのは未来の戦局。一体どれほど持ち堪えさせれば有利に物事が働くのか、その確認をメルリヌスの能力に託した。
 知君が来るまで後数十秒。きっと、彼が現れたところで解決には結びつかないだろうとは分かっている。何せネロルキウスを無効化する傾城の特質をソフィアとシンデレラは有しているのだから。これまでのフェアリーテイルとは訳が違う。絶対に、王子の力で無ければならない。
 だが。横目で彼方に避難した王子の姿を追う。せめて声だけでもと考え、アマデウスの能力で該当する方角に耳を傾けるものの、しわがれた咳と心配する人魚姫の悲痛な声しかしない。
 シンデレラの急襲に気が付くにはあまりに遅すぎた。かぐや姫の従者達との戦闘で消耗していたため、仕方の無い休息の時間ではあったが、まさかそのかぐや姫を捨て石にしてまでも王子を無力化してくるとは思っていなかった。
 救いがあるとすれば、ソフィアが琴割以外の人間の生死に無頓着なおかげで、殺されずに済んだことだ。ここに現れた時はおそらく、理性をきちんと保っていたのだろう。今のソフィアであれば、おそらく王子は一息に殺されていた。

「アナタは誰。答えろ答えろ答えろ答えろ! いや、聞くまでも無かったかしら。犬よね、そうよね、そうなのよね? あの卑しい偽善を掲げたペテン師に飼われた哀れな犬、捜査官だってことは変わりないわよね」

 ならば殺す。殺して殺して殺して殺す。警察の拡張として、守護神犯罪の抑止力として、体よく大義名分を掲げて作り上げた軍隊など壊してしまえ。琴割が生み出したものなど、一つとして存在を許してはいけないのだ。

「おいおい、舞踏会なんだからもう少し優雅にいこうぜ」
「なら潔く死ねばいいじゃない!」
「死んでたまるかっつーの」

 何なら王子様にでもなってやろうかと、せめてもの強がりで奏白は囁く。勿論、聞く耳など持ってはくれないのだが。
 地を蹴ったソフィアは、瞬く間に奏白に詰め寄っていた。常人であれば反応できない瞬発力。だが、速度に関して奏白が劣ることはそうあり得る話ではない。正確に、その蹴りが放たれる軌跡さえ捉えている。
 空気の振動を一定の座標に留め、盾のように展開してシンデレラの蹴りを弾く。危ない危ないと、小さく口笛が上がった。

「はしたないぜ、お嬢ちゃん」
「誰を口説いているか分かっているの? 身の程を知りなさい!」

 舞踏会は、まだ終わらない。
 時計の針が頂点にて重なるまで、残るは四半刻。