複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【更新再開】 ( No.158 )
- 日時: 2020/04/21 23:06
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
それは今日という日の締めくくりを一足先に体現していた。知君がここに到着した後は、表面上戦いの様相を呈するものの、それは真に争いとは呼べぬ代物になる。理由があるとすれば主に二つ。その内比較的大きなウエイトを占めているのは、ELEVENであるという事実が絶対的な権限を持つせいだ。
知君は一人でも犠牲の少ない決着を望むことだろう。だから、心優しい少年が、真に願っている結末を迎えるためには、ここで誰一人としてソフィアに殺させないだけの覚悟と、それを実行するだけの力が必要となる。
本来であれば、あくまでもELEVENこそが絶対の王であるという前提なら、知君がここに到着した時点でソフィア達は詰みとなる。しかし、それを許さない厄介な第二の理、守護神同士の相性というパワーバランスがあるせいで、そう簡単に事は運んでくれない。ネロルキウスの能力が通用しない、数少ない守護神。そのためソフィアと知君という同じ母を持つ若人たちは、お互いの能力が相手には通用しない。
白雪姫と戦った時のことを奏白は思い出していた。あの時も、ネロルキウスの能力が傾城の白雪姫には通用しないがために、解決は困難を極めた。王子を護り抜き、何とか白雪姫をネロルキウスという暴力を使わずに屈服させねばならなかった。
白雪姫も当然世界的に有名なお伽噺を由来としている。日本にその知名度と人気の大半を委ねている桃太郎よりもさらに大きな知名度。その白雪姫をさらに上回る童話という童話の中の女王、シンデレラ。
知君の能力抜きにして、彼女を抑えるというのは無理難題に等しい。一応、彼女の能力自体も知君には通用しないため、素殴りでの争いを呈することにはなる。しかしそれだけではシンデレラは、星羅 ソフィアは、決して敗北を認めない。なぜならこのフェアリーテイル化を引き起こしているドルフコーストの能力、赤い瘴気を取り除くことはできないと知っているからだ。その身を焼くほどの復讐の業火を、知君一人では奪い取れはしないことを知っているからだ。
それゆえ、彼女を救うためには王子とセイラの協力が不可欠だった。彼らは傾城を相手どってもその能力が無効化されることはない。それゆえ白雪姫を最終的に鎮静化させた時のように、人魚姫の癒しの歌の力で回復させてしまえばよい。それが捜査官側のプラン、というよりも正しくは、唯一の解法だった。
しかしそれが無力化されたのだ、他ならぬシンデレラ達の急襲によって。フェアリーテイルが生まれた原因は、精神を蝕む毒だとラックハッカーは形容した。しかし逆に、王子に牙を抜いたのは、肉体を蝕む毒だった。喉を侵された王子に今、歌の能力は使えない。
だからもう、残された道は二つに一つだ。その内の一つは、『絶対に知君は許可しない』だろう。おそらく王子はその策に気が付いていない。そしてその一つ目の解決策は、その二人以外に提案することはできないものだ。そして両者とも、そんな手段をよしとしないだろう。彼ら以外の人間が提言できない理由とて同じだ。それは、星羅ソフィアという罪人のために、善良な一市民の未来を閉ざすことになるせいだ。
だからこそ、第二の解決策に縋るしかない。それは何かと問われれば、説得だった。当然成功の余地はほとんどない。焦土と化した大地に、再び緑を生い茂らす程に。だが、復讐の業火に囚われた彼女に言葉を届ける以外には、事態を鎮静化する手立てはない。
戦うだけで手いっぱいの自分達ではそれはできない。奏白でさえ、そう判断するほどだった。もう、彼女を止められるのは知君だけだ。この復讐を何とかして諦めさせなければならない。
だが、できるのだろうか。もし仮に自分の親や真凜が殺されたらと考えると、自分だって復讐に走ると彼は判断した。ただ、ソフィアの場合は少し勝手が違うと思いなおす。彼女の母である朱鷺子の犠牲は、仕方のない取り決めだった。しかし、仕方ないからとそれで納得できないというのも承知な訳だが。
「でも、ごちゃごちゃ考えんのは俺の仕事じゃないんだよ」
どうせ自分が何を考えて、どう伝えてもソフィアには届かない。それを奏白は分かっていた。だからこそ時間稼ぎに努めている。
知君や奏白たち第七班の面々は、琴割からソフィアの事情を伝えられていた。だからきっと、母親の言葉でもなければソフィアは聞く耳を持たないと分かっている。彼女の死に感化され、琴割への復讐心を募らせた彼女を説き伏せることができるのは、きっと母の朱鷺子だけなのだろう。
父親の方は同じように憎悪に囚われている。そしてこの世界に未練もないのだろう。早いところ死んでしまった方が余程救われると、頭を撃ち抜いて自死しようとした程だ。それさえも知君に阻まれた今でさえ、納得はできていないのだろう。愛する妻を失ってなお、のうのうと生き永らえている自分のことさえ。
だから、伝えられるとしたらあいつだけだ。そしてその者がここへ辿り着くまで、持ち堪えることこそが自分の仕事だ。桃太郎と守護神アクセスしたクーニャンは強かった。知君の力の通じない白雪姫も打つ手に悩んだ。しかし今はそれ以上の難題に直面していた。
これは最早、異能力を借り受けた人間ではなく守護神という災害に立ち向かっているようなものだ。嵐も、業火も、氷雪も、万象が彼女の虜になる。矮小な一般人の努力を嘲笑うように、魔法をかけられた姫は、ただ万人を魅了して夜の舞踏会にステップを踏んでいる。
果たして、先ほど真凜が『残り数十秒』と予知してからどれほど時間は進んだのだろうか。きっと、自分の想定よりもよほど短いのだろう。それほどまでに濃密な時間だった。秒針がたった一度震えるのさえ、あまりに遅い。
爆炎が目の前で爆ぜた。視界が紅色の炎で一面埋め尽くされる。これじゃ秒で黒焦げになっちまうと、奏白は目の前に音の衝撃を生じさせた。襲い来る炎は、壁のように遮る音撃の余波で散り散りに吹き飛ばされる。あまりに真っ赤な炎がハラハラと舞う様子は、薔薇の花弁が次第に地に落ちる姿によく似ていた。
一難去った。だが、また一難というのが世の常だ。音さえ貫き殺す勢いで、今度はガラスの靴が飛び込む。
「俺相手に肉弾戦ってのも非常識だな」
こと体術に限れば奏白以上の捜査官はそういない。武器のない状況なら当代最強との呼び声も高いほどだ。首を僅かに捻り、頬の薄皮一枚だけを犠牲にし、槍のような蹴りをやり過ごす。その隙に不安定な体勢のソフィアに一歩詰め寄った。
「そう簡単に……」
「行かないよな、知ってるよ」
無防備な身体に直接拳でも叩きこまれると思ったのだろうか。一度ソフィアは棘のように鋭く尖った氷の結晶を鎧のようにがら空きの胴体一面にまとった。そこを殴る、蹴るなどしようものなら奏白の四肢が返り討ちになるであろう、と。
しかし百戦錬磨の男が、前線に立つ経験の浅いソフィアの弄した策に容易く乗る訳が無い。目線からも、意識が胴体の防御に回ったと容易に見て取れたため、落ち着いたまま奏白はソフィアの脚を払う。片足を突き出したままの姿勢だったため、容易にバランスは崩れた。誘いに乗ると返り討ちに合うと言うなら、呼吸をずらしてやればいい。両足が地から離れ、自由を失ったソフィアの身体に向け、音の振動をぶつける。直接触れないなら能力で撃ち砕く。
だが、届かない。アマデウスの能力で空気を振動させるより強固に、ソフィアを取り巻く大気がその鳴動を拒んだ。シンデレラの能力は周囲の事象さえも魅了する力であり、炎の操作も嵐を起こす力もその応用だ。周囲の大気がソフィアに攻撃を通さないため、音の振動を拒む。その結果、奏白の音撃さえ、届かない。
体勢を崩したソフィアの身体を、下から上空へと向かう風が起こした。見えない手に支えられているように、手も足も使わずに万全の姿勢に立ち戻ったソフィアは腕を伸ばした。狙うは奏白の胴体。炎を纏った槍のごとく、心臓へと狙いを定めた紅蓮の袖。受け止めることはできないため回避に転じようとする。
しかし、不意に足から力が抜けた。能力でも何でもない、ただの疲労のせいで、穴の開いた風船から空気が漏れるように、足の力はしぼんでいった。踏ん張ることもできずに膝をつく。何もこんな時に、舌打ちをしようとしたその時、横っ腹をおもいきり突き飛ばされた。
見れば、メルリヌスの撃ち出す光弾が、脇腹に直撃していた。勢いよく突き飛ばされ、地面を転がる。砂利が肌を削る感覚こそあれど、あのままソフィアの腕に貫かれるよりは余程ましだった。
選手交代、今度の足止めは自分だと、真凜は右手を天に掲げた。夜空には満天の星、しかし東京の夜にこんな星海が現れるはずもない。その綺羅星は全て、メルリヌスの生み出した魔力のエネルギー凝集体だった。
「兄さん、退避!」
それは、ソフィアに襲われるからという理由ではない。己が振らす魔法の流星群に、巻き込まないための注意勧告だ。地を穿ち、抉り、其処に立つ者を押しつぶす天災。
魔弾は地に落ちると同時に爆発し、二重に衝撃を引き起こす。防壁のような乱気流を突き抜け、爆風がソフィアを包む。青白い光が瞬くと同時に、光線の矢が遅れて降り注ぐ。これしきで、ソフィアは倒れない。知っている。しかし殺すような気迫で向き合わなければ、足止めさえもできない。
案の定、弾幕の雨を引き裂いて、その影は飛びだしてきた。肉体強化に特化した黒色のドレスに、焔の赤や、電の黄色が差し込む歪なドレス。一つ一つは美しい、それなのにどうしてもちぐはぐなその姿は、乱雑と呼んで然るべきものだった。
- Re: 守護神アクセス【更新再開】 ( No.159 )
- 日時: 2020/04/21 23:07
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「邪魔な魔女ね! 貴女から死にたいのかしら!」
「悪いけど、知君くんのためよ。誰も傷つけさせない。お姉さんなんでしょ、ちょっとくらい弟を見倣ったらどうかしら!」
「知らないわ。父親もどこの誰だか分からないし、私のお母さんが直接産んだ訳でもない! 赤の他人の貴女が、知った口を叩かないで!」
殺す。そんな短い言葉で、破壊衝動を再確認したソフィアは正面の空間を薙ぎ、腕の勢いで眷属の炎を真凜へと飛ばす。それは意思を持った龍が空を泳ぐごとく、空を滑る真凜の背を追い続ける。かぐや姫の従者を思い出すような姿に、またこの構図かと真凜は唇を噛んだ。あれよりは遥かに劣るとはいえ、自分も同じく消耗している。
予知を繰り返すことで回避は難しくはないが、このままでは再びガス欠が近い。とはいえ、追っ手の炎を打ち消そうにも、魔力をソフィアへの攻撃以外に割く余裕がない。最低限、黒焦げにならないように逃げつつ、砲撃用の魔力リソースは、全てソフィアに向けなくてはならない。
回避に向ける意識が惜しい。そう判断した真凜は大きくソフィアの周りを高速で旋回するようにして逃げ始める。しかし、動きが単調になったところを見逃してはくれなかった。
真凜の進行方向を先取りするように、旋風の壁が立ちふさがった。ボードの上に立ち、魔力を推進力へと変換して進むわけだが、そのボードごと身体が空気の渦に飲み込まれる。
「羽虫が図に乗るからこうなるのよ」
ボードから足を踏み外し、宙で自由を奪われる。急いでボードに掴まり暴風の圏外へと逃げようとするも、間に合わないと察する。眼前には跳躍したソフィアの姿。空を自在に飛ぶ力は持ち合わせていないだろう。風で背中を押すようにして補助し、後は脚力だけで跳んだのか。ボードに手をかけるための残り三センチが遠すぎる。
未来を視るだけの猶予は残されていない。それぐらいなら身を少しでも捩った方がいい。しかし、これをすんでのところで避けたところで、先ほどの炎の龍もまだ残っている。
万事休すか。そう自分でも冷や汗をにじませたものだが、この場は何も一対一ではない。真凜を叩き落とすために跳び上がったソフィアは今、真凜以外への注意が薄れている。その隙を見逃すような者を、捜査官のエースとは呼ばない。
紺色の戦闘服が視界に入り込んだかと思えば、絵の具のパレットのように色がごちゃまぜになったドレスを引っ掴んだ。音速で翔ける奏白から目を離したのは悪手なのだが、理性が飛んだままのソフィアにそんなことは考慮できない。ただ、自分の思い通りにいかない現実に歯噛みし、苛立ちを募らせるだけだ。
掴んだドレスを引きずり、彼女が操っている炎へ向かって投げつける。飛行能力を有さないシンデレラではそれに抗うことはできない。ただ、炎はあくまでシンデレラに惚れ込んだ彼女に従う家来だ。主であるソフィアを焼くことはあり得ない。
「どうして邪魔するの! 私はただ、ただ幸せになりたかっただけなのに。お母さんと一緒に、歌を歌って、その歌が世界中に愛されて。そんな姿を見てお母さんが喜んでくれて。そんな風に生きたかっただけなのにどうして……。ねえ、私何か悪いことした? 何であの琴割とかいう男は自分だけ好き勝手して、お母さんは見殺しにしたの? そうよ、私があんな目になったなら、貴方達だって酷い目に遭わなきゃ釣り合わないじゃない!」
血涙を流し、世界の歌姫は無茶な注文をつける。あの血涙は何も、心理的に追い詰められて生じるものではないと、既に奏白たちは知っていた。あれはあくまで、フェアリーテイル化を引き起こしたドルフコーストの毒ガスに体が負けているだけのことだ。ドルフコーストの毒ガスは、解毒を完了させない限り六十六日後に万人を死に至らしめる。そして今日こそがソフィアが死ぬ期日だという話だ。
もう、残された時間は一時間と存在していない。身体の組織が音を上げていてもおかしくない。
「……可哀想だな」
「そうでしょう? それが分かってるなら死んでよ。私を憐れむくらいなら、私と同じだけ貴方も不幸になりなさいよ」
奏白は同情を口にした。これではあまりにも浮かばれない。もはやその胸中を窺うなどできないことだが、それでも胸を痛めているだろうことは容易に想像ができた。
その憐れみに同調しようとしたソフィアだった。少しでも同情するのなら、代わりに償って見せろと無理難題を目の前の捜査官に突き付けてみせた。しかし、その捜査官の男が寄越した返事は、およそソフィアに予想できた答えではなかった。望んでいた返事は肯定だった、想定していた返答は反発だった。
しかし、奏白という男が返したのは、あくまでも否定だった。
「ちげえよ。お前じゃない。俺は、お前の母親が浮かばれないって言ったんだ」
「……は?」
母親という言葉を耳にして、眉間に皺が寄りっぱなしのソフィアの表情が、彫刻のように固まった。一体、今聞こえてきた文言に間違いは無いだろうかと、必死でオーバーヒートした脳を動かす。
だが、間違いも偽りも無かった。あの男はあろうことか、自分の母親を指さして憐れんだのだ。これでは死んでも浮かばれないだろうと、ソフィアを指さして言ってのけた。
「ねえ、今なら許してあげるわ。貴方今、何て言ったの。私の聞き間違いかしら? そうだって言った方が良いわよ。頭がぐずぐずになってるんだから、ついうっかり貴方を殺しちゃいそうなの」
「……娘がこんなんなって、浮かばれると本気で思ってんのかよ。父親とぐるになって、ELEVEN三人も巻き込んだ戦争起こして。しかもお前の母さん日本人なんだろ。東京ぶち壊して喜ぶと思ってんのかよ。もし真凜がそんなことしでかしてみろ、俺だったら死んでも死にきれねえよ。どうしてこんなことするんだって、泣いて、喚いて、届くまで叫び続ける。たとえ死後の世界からだってな」
「そう、そうなの……。分かったわ。殺さなくちゃね。許せない。許さない。邪魔なの、鬱陶しいの、立ちはだからないで。ねえねえお母さん、耳鳴りがするの、止めてって、そんなことしないでって、耳の奥の方で誰かが止める声がするの。おかしいよね! だって私たちの行いは、正しいことなんだから!」
「そういうとこだっつの」
風船が萎むように、奏白を取り囲むアマデウスのオーラは縮んでいく。流石に自分の身体も限界かと、深い溜め息をついた。守護神アクセスの強制解除と同時に、脳内麻薬が誤魔化していた疲労と痛みとがどっと圧し掛かってきた。
「兄さん!」
「無理すんな、お前も限界だろ。でも大丈夫だよ、もう足音はすぐそこだった」
未来視を試みた瞬間だった。とうとう魔力が底をついたメルリヌスが、今晩はもう無理だとばかりにアクセスを中断した。何とか無理をして誤魔化していた肉体からするすると力が抜けていく。そこに立っていることさえ、おぼつかなくなるほどに。
先ほどからクーニャンの加勢が無くなっていると思えば、彼女もガス欠らしい。桃太郎が必死で引き起こそうとしているが、もはや気力やプロ意識では体が動かないところまで来ているらしい。それも仕方ない。長い間一人でシンデレラの相手をしていたのだ。自分達よりも消耗は激しかったに違いない。
今度こそ邪魔者は消えた。これ以上彼らにかかずらっている時間が惜しい。さんざん足止めをしてくれた礼に嬲ってやろうと決めていたソフィアだったが、琴割の下へ向かうにはその時間が惜しいと諦めた。後三十分もすれば終わる命だ。この命を使うなら、琴割の矜持を最大限傷つけるためにだ。
彼という独裁者が傷つけた星羅 ソフィアが目の前で死ぬ。琴割と、彼が作った社会への恨みに苛まれたまま。平和な世界なんてちゃんちゃらおかしい。琴割の掲げる正義は、正論と呼ぶには自己中心的すぎた。その警鐘を鳴らすために、この命を投げ打たねばならない。
「でも褒めてあげる、最後に残った、最も強いフェアリーテイル。人の夢を集めた灰被りの姫君、シンデレラを相手にここまで張り合えたんだから」
そうして、一思いに息の根を止める。ここら一帯を火の海にするべく、ごちゃ混ぜだったドレスが怒りの紅蓮一色に染まる。そしてその場で流麗なターンを決めて、自分以外全てを燃やし尽くす劫火を招こうとした時のことだった。
突如として、その場で蹲っている捜査官一同の身体が引き寄せられた。何事かと面食らった面々だったが、優しくブレーキをかけて停止して、状況を把握した。見えたのは、小さな背中だ。自分達よりずっと背の低い少年が、自分達を守るために立ちはだかっていた。
小さいのに、誰よりも強くて、優しくて、広い背中だった。
「また邪魔……。そればっかりね、今日は。何よ貴方、掃除機みたいな能力なの」
「いいえ、ネロルキウスの能力を行使しました。さっきまでこの方々が居た空間から、奏白さん達の身柄を奪い取りました」
「あぁごめんなさい、タイラだったのね。もう目の前にいるのが誰なのか、わざわざ判別なんてしてられないの」
長い夜だった。長すぎる、凄惨過ぎる事件だった。全ては、この時のためだったと言っても過言ではない。お伽噺の住人達を巡った、時空を超えた戦争。その最終局面は、同じ母を持つ姉と弟に託されようとしていた。
琴割の創った安寧が、正しいか否か、それを証明するための最後の二十数分。勝っても負けても、泣いても笑っても、残された時間は僅かなものだった。