複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【File2・完】 ( No.16 )
- 日時: 2018/03/30 08:43
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: wPqA5UAJ)
夢を見ていた。それは、彼と初めて出会った日の映像を再生しているようで、夢というよりかはむしろ自分自身の記憶をただなぞっているような感覚だった。
もう何度も目にした大きな会議室、そこは『その日』から、フェアリーテイルの対策課の本部にもなっていた。大きなスクリーンが下ろされ、スクリーンの近くの照明は切られていた。大きな幕の上には、きらびやかなドレスに身を包んだ一人の女性がステップを踏む様子が映し出されていた。流麗に舞うその華麗な体裁きは、実際の姿を目で見ている訳でもない私の心をも奪うようであった。
中世の女性、それも気品と上流の階級とを持ち合わせたような人間が着るようなドレス。コルセットもしっかりつけているようで、胴はしゅっと細くなるよう締め付けられ、現代でいうモデルのようだった。ガラスでできた透き通ったハイヒールの靴を履いており、絢爛豪華を謳ったようなティアラが頭の上にはちょこんと居座っていた。セミロングの髪の毛が、彼女の舞踏に一拍遅れるようにして付き従い揺れる様子は、まるで叶わぬ恋を追う男性のようだった。
それが、地上に初めて『フェアリーテイル』として観測された守護神、case1シンデレラだった。フェアリーガーデンの守護神だと後に知った私は、その事実を驚くよりも先に納得した。その異世界に住まう守護神たちは絵に描いたような、あるいはお人形のような美男美女ばかりの世界だと聞いていたからだ。歴史上観測されている、こちらの世界に実体化した守護神の観測記録からもそれは事実らしい。
何にせよ、美に興味を示さない人生を送り続けてきたこの私の目を引き、思考を一瞬忘れさせるほどの感動を呼び起こすほどに彼女は、そして彼女の踏むステップは美しくて、虜になると言う言葉の意味を初めて知った。あれほどまでに心が惹きつけられるような出来事はいい意味でも悪い意味でも一度しかない。
会議が始まって最初に行われたのは当然、シンデレラについての周知だった。異世界についての解説やら、フェアリーガーデンの守護神の特徴といったものは説明を省略された。というのもその程度の知識を持っていないとこうして捜査官になっていないためである。警官の中でも特に凶悪な守護神犯罪を取り締まるための人員が捜査官であり、そうなるためには筆記の試験もいくつか突破しなくてはならない。
今回起こっている出来事がどの程度深刻な事態なのか、その説明をするためにとある人物が現れた。肌や顔つきは若々しいのに、どうしてだか頭髪は真っ白な人物。それも、染めているという訳でもなくただただ純粋な白髪であった。狐のように人をつまみそうな糸目をしており、その表情からはどんな感情も読み取れない。
この人物は警官なら知らなくてはならないような男だが、世間的にもあまりにも有名な人物であった。現代日本の治安を守る第一人者、国を守る最強の人物。現存する中で最古の守護神アクセスを為した男、琴割 月光その人だった。その身に宿す守護神は、最強の名をほしいままにするELEVENが一人、鋼鉄の処女、またの名をジャンヌダルク。
「今日は急に集まってもらって悪いなあ」
関西方面の方言をベースとしているが、各地に点在して暮らしていたため様々な地方の言葉が混ざっているのがこの方の喋る特徴らしい。実際、こうやって目の前で話している際のイントネーションにはかつて訪れた京都の参道、その途中ですれ違った際に聞こえた舞妓さんの抑揚の付け方とよく似ていた。
それにしても、声が本当に若々しい。齢にして百を超えるらしいが、彼の肉体の年齢は三十代後半のまま止まっているらしいというのは事実のようである。ジャンヌダルク、彼の守護神はあらゆるものを拒む能力を有すると言う。己にあだなす『害』も、己の『死』や『老い』さえも拒絶する。そして彼は己が進む道を阻む障害を拒絶することで、志してわずか数か月で警視庁の総監へと昇りつめ、以降五十年以上その席に座り続けている。
反則じみた力を持つ男、琴割は異世界を研究する施設とも強いコネクションを持っている。というのも当然で、彼が最高のスポンサーであり、最高の研究サンプルだったからだ。彼自身の持つ守護神のオーラや琴割 月光本人の脳波などを科学的に測定、解析し複雑な機械により次元解析を重ねた結果、数多の異世界に関する情報や、守護神アクセスに関するデータが得られたらしい。
何やらきな臭い研究さえも行っているという黒い噂もあるが、それ以上に現代の社会へ貢献した実績があるので誰も彼をなじるようなことはしない。彼が居なければ守護神犯罪が無かったという者もいるが、守護神がこの世の中にもたらした良い変革は様々ある。
そして何より、彼の存在そのものがこの社会における守護神犯罪を抑制する装置となっているのも確かだった。と言っても、日本や全世界を対象にして、その範囲内で犯罪が起こることを拒絶しているのかと言うとそうではない。ELEVENの能力は強力だが、その分本人に降りかかる反動も大きいらしい。そのため、彼の拒絶の能力を絶え間なく使用させようと思うと、その守護神を中心に半径数百メートル範囲が限界のようである。そのため、彼のごく近辺でしか犯罪活動が拒絶されるようなことは起きない。
しかしそれでも、こと戦闘においては誰よりも強い。己への攻撃やダメージのみならず、抵抗や逃走さえも拒絶。それどころか、身元を隠す標的の居所が掴めないと言う事実さえも否定することで、ほとんど全ての人間の身元や所在地を特定することも可能である。
あまりに力を乱用すると、己の老化や死を拒絶する分に能力を回せなくなるため、基本的に能動的に活動することはできない。私たちの持つ守護神の能力は超能力というよりもむしろ、魔力が切れたら使えなくなる魔法の方がよく似ていた。
「分かっとるとは思うが、ワシは基本守護神を乱用できひん。じゃからいつもみたいにお前ら若輩に頼るしかない」
下の者を軽んじているような言葉遣いだが、これは彼の常であるため誰も気にかけない。ただでさえ長いこと人の世を見てきたのだ、何度も呆れて何度も人間というものを軽蔑してきたのだろう。口は悪いが誰よりも正義に近い男、一度警察に入りその信念や働きを目にした者、話を耳にした者ならば誰もが口をそろえて言う。無理に長生きしているのも、守護神や異世界に関する研究に関して自身をモルモットにしてまで進めたのも、ELEVENを管理しているのも全て、平和な世の中を自らの手で作り出し、維持するために必要だからだ。
そしてそんな彼の強大な能力も、その老衰と衰弱死を免れるために使用する以外には、使用できないと彼は自らを律した。それは自分を巻き添えとすることで戦争の火種にも、火付け役にも、燃料にも成り得るELEVENの乱用、暴走を防ぐためだった。
そのため、日本国内のみで深刻な出来事が起こったとしても、まずは一般の捜査官にその鎮火を命じる必要がある。そして『その日』、前代未聞の脅威、シンデレラに関する情報がまず初めに開示された。
シンデレラが表れたのは北海道の海岸だったらしい。その日北海道では、現地でさえもう初夏に差し掛かろうとしており、路上の氷はその大半が溶けてしまっていたというのに突然吹雪が巻き起こったという。夕刻になると天候は荒れ狂い始め、日付が変わると元の天気に戻る。そんな異常気象が三日三晩続いたのちに、彼女は初めて姿を見せた。
その時纏っていたのは、今スクリーンに映し出されている純白のドレスだったという話だ。彼女が足踏みし、くるりと回り、手で目の前の空間をなぞるようにして感情を表現する度に、宙を舞う雪が一層激しくなる。まるで彼女自身が雪の精で、降り注ぐ雪は彼女の踊りを讃えているようであった。
「毎晩十二時になる度に姿を消すんと、その容姿からこいつがシンデレラじゃ言うことは分かった。やっとることまるきし守護神の能力としか思えへんからな」
守護神ジャックの存在は知られていても、実験室外で生身に行われる守護神ジャックを目にするのは人類初めての経験だった。とりあえずその近辺の署で働いている腕利きの警官が彼女の鎮静を図ろうかとチームを組んで突入したらしく、その際の映像が流された。そしてそれは、瞬く間に決着したのである。
その場で急いで録ったのだろう映像は、画質こそ良かったものの音は入っていなかった。シンデレラが何を語り、どうして踊っているのかを特定するものは何もないとのことだ。ただ、彼女が何を以て北海道の警官たちとの交戦に踏み切ったのかは映像と証言により分かった。
地元の漁師たちに話を聞いてみたところ、シンデレラと同じ容姿の何かを見ていた者は少ないながらも存在した。彼らはシンデレラと目が合うどころか、こんなところで踊ったら寒いぞなどと助言したにも関わらず、今も生きている。
しかし、警官たちのphoneを目にしたその瞬間に、case1、彼女の眼の色は文字通り一変した。深い海のような藍色が、段々と真紅に染まっていく。どこか暗く濁ったその瞳は、今や見慣れてしまったフェアリーテイル独特の瞳の色をしていた。
流麗な動きで舞う彼女が、フィギュアスケートの選手のように勢いよくその場で回転する。彼女を中心として吹き荒ぶ寒気に、波が打ち広がるようにして放射状に大地が凍り付いていく。辺り一面が氷に覆われて、よく滑るようになったところで、彼女は今度は、スピードスケーターも顔負けの速度で、スケートリンクのような戦場を光陰のごとく横切った。
それから起きた悲劇は、ほんの短い時間で完結した。