複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.162 )
- 日時: 2020/04/24 19:13
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
血よりも濃い絆というものは確かに存在する。長年連れ添った間柄だったり、劇的な出会いを経た二人なら、そういったことも。ただそれでも、血のつながりが重要ではないという証明にはならない。これまで赤の他人だった生き別れの兄弟が、血縁者である事実を知って途端に情が湧くこととて起こり得る。
知君の中に生じたソフィアへの感情というのはまさしくそれだった。天涯孤独だと信じていた自分の身の上に、不意にもたらされた一縷の望み。それこそが彼女、母を同じくした姉の存在だった。
殴られようと、蹴られても、刃のような言葉を投げられようとも、その想いは変わらない。今の彼女はあくまで、精神を侵す毒に囚われているだけなのだから。それは彼女自身が望んでそうしたとは分かっているが、攻撃的な言葉そのものは彼女の意志からずれたものだ。もしソフィアが真に意識している感情を抽出するというのならば、琴割までの道を遮る苛立ちこそふさわしい。
彼女は確かに聖人君子ではない。だが間違っても、見境の無い悪逆の徒でもない。ただ彼女は目的を果たそうとしているだけ。むしろよく自我を保てている部類だ。若くして世界一の歌い手となった彼女だ、胆力や精神力といったものは人並み外れているのだろう。強大な守護神達も冷静な思考を奪われ、破壊衝動に苛まれてしまうドルフコーストの瘴気。精神を蝕む毒に苦しんでいてなお、これだけ会話が成立していることが彼女の強靭な意志を示していた。
愛という感情は何よりも恐ろしい火薬庫だ。純粋で、暖かく、他のどの気持ちよりも美しいようでいて、時として簡単に淀んでしまう。何よりも愛しかった人が、世界で一番憎く感じることもある。何かを愛していた時、それを奪ったものへ純然たる殺意を向けるようになる。
愛は時に烈火に例えられるが、怒りや憎悪もまた炎に例えられる。焦がれる程に慕っていた母を奪われ、その熱量が人を傷つけるために向いたのがソフィアという訳だ。
あと十数分で死に至る彼女は、まさしく消えかけの蝋燭のように最後の命を力強く燃やしていた。消える間際に最も強い焔を立てるように、シンデレラの能力を無駄なく引き出していく。一秒ごとに研ぎ澄まされ、ただ一刀の太刀へと磨かれている。奏白やクーニャンと戦っていた時のようなごちゃまぜのドレスではない。均整の取れた黒のドレスに力のリソースの大部分を使いながらも、別の能力で自分を補助している。
足場を奪おうとする知君に対し、氷の足場を瞬時に生成することで対抗。時折アマデウスと同等の動きを見せる彼に対抗するため、身体能力にさらに追い風を乗せる。いざという時に反射で体を動かせるように微弱な電流を前進の筋肉に流す。どれも知君へ働きかけていない使い方なので、打ち消されることはない。
止まろうとしないソフィア、彼女の動きに精彩が戻ってきたというのは身を以て知君も感じていた。悠長にしていても、それは自分の首を絞めるだけだ。彼女を説得して復讐を諦めさせるようにするだけではない。その後、生きたいと願った彼女を救わなければならない。しかしその手立てがどうしても思い浮かばなかった。
どうすれば、彼女を助けることができるのだろうか。刻一刻と過ぎゆく時間に、むしろ知君が囚われていた。もはやこの距離ならソフィア親子にとっては充分と言えた。かなり離れた位置とは言え、琴割の姿は目視できる位置にあった。おそらく彼も知君との最後の戦いを眺めていることだろう。
「ねえタイラ、あの男は罪悪感を感じているのかしら」
「どうでしょうね。あの人の判断は、ルールに即したものばかりだから、後悔も罪悪感もないと思うよ」
「そう。自分が定めたルールのせいで追い詰められた私が自棄になって街を壊しても、その全責任はやっぱり私にあることになるのね」
「逆に聞きたいんだけど、姉さんはそれが責任転嫁だとは思わないの? 今東京の一画がこうして更地になってるのは、姉さんとその仲間が攻め入ったからだよ」
「あの男が作ったような街よ、そんなの気持ち悪くって仕方ないじゃない!」
「琴割さんは確かにダブルスタンダードを強いてるよ。周りの人間の守護神利用を規制する一方で、自分は露見しないように能力を濫用している。でも僕は仕方ないと思うよ。表向き禁止されていることを、社会のために適宜濫用することは必要悪なんだ、って」
「何よ、この場で一番子供のくせに、大人ぶったこと言って」
「僕は規則を定めたのがあの人で良かったと思うよ。ジャンヌダルクと契約しているのがあの人で良かったって。あの人は恒久的な平和を作るための人間として自分を守ってる。そのために拒絶の能力を使っている。守護神を私用で使っていても、悪用まではしていない」
こんな事は決してしなかったと、かぐや姫の従軍や、シンデレラの強大な能力で荒れ果てた街並みを指して告げる。罪悪感を感じないのかと、彼女は琴割を揶揄したが、それと同じだ。こんなに街を壊して、貴女は胸が痛まなかったのかと知君は詰る。
「それを悔やむぐらいなら、初めからこんなことしないわ」
「それもそう、ですね」
むしろ悲し気に目を伏せたのは、知君の方だった。
- Re: 守護神アクセス ( No.163 )
- 日時: 2020/05/14 02:14
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「何やっでんだよ、ちぎみは……」
攻め手を持たないどころか、どんどん表情が険しくなり、焦りで動作が鈍くなっている知君を見て王子は奥歯を噛み締めた。これまでどんな敵でも優位に立ち続けてきた彼が、後手に回り処理に追われているのが歯痒くて仕方なかった。
叱咤の声を上げようにも大声は出せず、何とか独り言の形で搾りだしても、直後に刺すような痛みで大きく咳こんでしまう。その咳の勢いでまた、喉が裂けるような痛みに悶絶する堂々巡りが始まる。
「王子くん! 無茶は駄目ですよ」
「せやぞ王子。幸いお前が死ぬことはない。ただ、できることももうあらへん。黙って見とけ。知君が出張った以上、もう誰も死なへん。……あの小娘が、責任を取る以外にはな」
「だがら、それじゃダメって話だっで……」
声はかすれ、また喉に激痛は走る。二言三言、囁くように口にしただけでこの程度だ。この状況で気を揉んで、不安を口にできる彼も、痛みへの抵抗という観点では大した精神力だと断りも認める。英雄願望に囚われた、無謀が売りの餓鬼。そんなイメージばかりだったのに、いくつも死線を超え、度胸ばかり強くなったのだろう。
初めて彼と人魚姫の存在が発覚した時は、扱いに困ったものだが、知君の熱弁によって無理やり現場に登用した。理由は単純だ、知君が対応できない傾城の守護神に彼ならば対応できた。その有用性と、本人の度胸強さと、実際に二人羽織りでフェアリーテイルを複数体討伐した実績を鑑みた結果だ。
誰よりも幼稚な人間性をしていた。叶うはずもない知君へ対抗心を向けていた。そんな長納屋を危うさとして抱えていたはずの彼が、いつしかこれだけ変わっていた。そして知君を変えた理由となった一人ともなった。知君 泰良が自分の心が欲するところを伝えるようになった立役者は確かに真凜だが、王子のように確固たる夢を持った友がいたことも大きいだろう。
「いいじゃないか……。私だって同じだよ。生きている理由が、ぽっかりと無くなってしまったんだよ。朱鷺子と同じところに行く。その前にやり残したことが、私達にとってお前への復讐だったんだ」
嘆願するように話に割って入ったのはソフィアの父であり、マネージャーでもある男だった。どうせ死ぬのだから、その復讐に手段は選ばない。それが彼らの共通認識だった。琴割を苦しめたいなら、社会的に苦しめたいのならば、この世界が矛盾をはらんでいると暴かなければならないと判断した。
「私達は復讐の手段を、つまりは勝ち筋をシンプルに一つに絞った。お前という人間に能力を使わせる。米国大統領のラックハッカーという協力者がいる以上、国際組織がお前の守護神利用を許可することはいくらでも拒める。その状態で、ELEVEN相当の守護神が居ない限り鎮圧できない暴動、テロを引き起こす。それが目的であり、手段となった」
「手段、だっで?」
「ああ。私達自体も戦力となるためだ。ソフィアの契約相手はフェアリーガーデンに居た。だからフェアリーガーデンの守護神を、こちらの世界という勝負の土俵に引きずり上げることにした。……娘の契約相手がまさか最強のシンデレラだったのは思わぬ僥倖だった」
「てめえ、自分の娘も武器みたいに……」
「落ち着け、人魚姫のつがいの少年。それを望んだのはソフィアだ」
そもそも娘が死ぬ必要などありはしなかった。父の私と違い、娘は世界から求められた逸材だと彼は語る。それに関しては否定する理由もない。未だにあらゆる大陸の人間が彼女という若き才能の帰還を待っている。
だからソフィアだけでも幸せになってくれても構わないと思っていた。むしろそう願ったつもりだった。だが、こんな世の中で生き続けられるほど自分は強くないと彼女は力強く答えたのだ。その決意を、否定する訳にはいかなかった。
「ラックハッカーに改造phone渡したんはお前らか」
「そうだ。ラックハッカーの部下や政府関係者は漏れなくお前の能力で、ELEVENへのphone提供を拒絶されている。だが、私達は警戒されていない。ソフィアの地位が役に立ったよ。ソフィアの復帰公演は今各地で行われているが、アメリカでは通常公演に加えてホワイトハウスでの姿を全世界に中継すると決めた。現地の人間と打ち合わせをする中で、警戒を薄れさせて大統領と密会の機会を得るために」
「自分達に協力することと引き換えに、ラックハッカーは自由に能力を使えるようになった訳やな」
「ああ」
ただし条件は付けていた。二人が為し遂げたかった復讐は、琴割に現実を突きつける事だ。琴割が定めた制度で『苦しんだ人もいた』と見せつけること。誰よりも厳格なこの男に、やむを得ない事態だからと『ELEVENの無断使用禁止』の国際規約を違反させる。己の定めた制度に絶対の自信を持つ琴割は、自分自身で『琴割 月光と彼が定めた制度』を批判するに至る。その波紋は国内外に広がるのも間違いない。
「ラックハッカーに伝えることはできなかったが、私達は知君少年のことを知っていた」
「まあ、お前の妻には卵母細胞の形で遺伝子提供を依頼したからな」
「ああ。その提供事実を誰かに漏らすことを拒まれていたため、協力者にさえ教えることはできなかったが、ネロルキウスの存在は前提としていた。そしてネロルキウスは琴割、お前の代わりに有事に対応する存在であることも」
世間的に、世界的に隠ぺいしているネロルキウス。それを暴動の対応に当てることに関しては、破っても仕方のないルール違反だと琴割はみなしている。
「だから、お前自身に能力を使わせる必要があった。そのためのジョーカーが、シンデレラたち傾城の存在だ」
ネロルキウスで対処できない存在。ただし、生半可なお伽噺の姫君ならば、他の捜査官に屈することだろう。鉢かづき姫のように知名度の薄れつつある存在など、おそらくアマデウスの足止めにもならない。
そして条件を満たす最高の守護神、シンデレラがソフィアを契約主としていたことは思わず転がり込んだ幸運と呼ぶほかなかった。ソフィアが戦力となるだけではなく、最も想いの強い彼女こそ、最後に琴割へ引導を渡す役目に相応しくなる。長い時間をかけて計画を練った。牙を研いできた、現世でできる努力はこの一年でやりつくした。
「だから、逝かせてはくれないか。もうソフィアは助からない。どう転んでも朱鷺子のところへ行く。その中で、私だけのうのうと生き延びる訳にいかないんだ。妻も娘も失って、私一人でなど……」
ソフィアの父は自殺を図ったが、あえなくそれは邪魔された。知君が、その場にいた人間の生殺与奪の権利を奪い取ってのことだ。要するに自殺の権利を奪い取った以上、彼は自死することを許されなくなった。おそらく今は、死んで逃げることを琴割の能力で拒まれている。
このままでは、娘がそこで犬死するのをたった独りで眺めるだけの男になってしまう。どんな罰を受けることになっても構わない。地獄に落ちようが知ったことではない。何せ今生きているこの世界で、愛する家族を全て失って生き永らえる以上の苦行など、ありはしないのだから。
「いや、駄目だ」
その懇願を否定したのは琴割ではなかった。琴割は無回答を貫くつもりであった。肯定しても否定しても、憎き怨敵の発した言葉というだけで男が顔をしかめると理解していたからだ。それゆえ、沈黙こそが唯一贈ってやれるものだと思っていたのだが、その場にいたのは二人だけではない。
短い言葉で否定したのは、長々と思いの丈を言語化できない程、負傷を負った王子だった。
「その理屈で言うなら、絶対にお前たちは死なせない。特にあの女だ、ソフィアだけは殺させる訳にはいかない」
「何を言う。助ける手段はありはしないんだ。聞き分けたまえ、それに関しては君が一番よく分かっているようなものだろう」
「いや、あるよ。ない訳がない。実らない努力なんてあってたまるか」
これまでの人生で、才能がないことに絶望し続けてきた王子だ。誰よりも、しつこく理想を追うことに関しては精通していると言ってもいい。一見不可能に思える星羅 ソフィアの救出劇。しかしそれにもどこか、抜け道があるはずだ。
それが何かはまだ王子には思い至れていない。根本的に、解決を阻んでいるのは世界のルールであり、言い換えれば自然の摂理だ。誰かの思惑ではなく、そう在るべき者と定められている前提条件。
ネロルキウスという王を基にした守護神では、国の主をもたぶらかす傾城の守護神へ能力を適用できない。そのため、一晩で王子の心を掴んだシンデレラの契約者であるソフィアから、精神汚染の瘴気を奪い取ることはできないのだ。
これまでの経験から、他捜査官の能力でドルフコースト由来の毒ガスを除去できないことは分かっている。ソフィアを解毒してやるには、セイラの能力が必要なのだ。ただ、セイラは今、能力を使うことができない。王子の喉が潰されたせいだった。セイラの回復能力はあくまで、歌を、声を媒介としている。だから能力の行使権を持っている王子の声が枯れてしまえば、癒しの能力は使えない。
一体どうすればいいのか。まだ十数年しか抱えていないこれまでの人生からも、打開策はないかと考える。小学校からずっと捜査官を目指していた事、中学校時代に耐えがたい絶望と直面したこと、セイラと出会って乗り越えられた事。全部思い出しても、それが解決につなげられるとは思えなかった。
これまでの戦いの歴史を振り返る。二度にわたる桃太郎との交戦に、茨姫などのフェアリーテイルを自分の力で解放してやった記憶。桃太郎に大敗したこと、奏白 真凜に救われたこと。知君と喧嘩したこと、打ち解けたこと、そして目の前で、知君が壊れてしまったこと。
セイラと出会って変わることができた。自分勝手に誰かを助けることで満足感を得ようとしていた自分から、真に他人を助けられる人間へと。変わることができたのは、彼女と出会えたからに間違いはない。目指すべき英雄像を明らかにしてくれたのは知君だったに違いない。
セイラと出会ってからの三か月間を反芻していた。自分は守護神アクセスと縁がないものと思っていたのが嘘のように、充実した三か月だった。夢見がちな子供から、本当のヒーローになれた日々。その全てが、自分にとって誇らしく、愛しい日々だった。
「なあ、俺の夢ってなんだったっけ」
ヒーローになることだ。その意思はきっと、未来永劫変わることはない。
後悔するような選択はしたくない。自分が理想像として描いたヒーローは、どんな姿だっただろうか。自分の夢を裏切らないために自分にできることは何だろうか。
王子はもう、その答えに辿り着いていた。
「うん、思いついた」
隣に並び立つ人魚姫の方へ顔を向ける。その手立ては、彼女の許可をも必要としているからだ。王子が振り返ったその時にはもう、セイラは彼の顔をじっと見つめていた。おそらく、王子が思い至ったアイデアに、彼女も先回りして気が付いていたのだろう。
きっと、君なら、それを選択すると信じていた。彼女の穏やかな笑顔が王子への、愛しい人への信頼を明瞭に物語っていた。
「私も、同じことを考えていました」
「そっか」
「それに、決断も迫られていたことですしね」
「うん」
腹は据えた。覚悟は決まった。だからこそ、次に立ちはだかる大きな障壁は予測できた。
「知君にそれを伝えよう」
戦いに割って入ることは今更できない。そのため、知君のもとへメッセージを的確に届けられる人間のところへ向かう必要があると判断した。奏白の位置を目視で確認する。おそらくは知君とソフィアを追ってこちらへ戻っていたのだろう、それほど遠いとも言えない位置だった。
行こうと言うまでもなく、二人は歩き出した。傍にいた琴割が止める様子はなかった。何か王子に考えがあるとは、ソフィアの父も察したようだった。それでも何をしようとしているのかは理解に及ばなかったらしく、無言でその背中を見送った。
たった一つだけ、救えないはずのシンデレラを救うことができる方法がある。そしてそれを実行させられるのは、王子だけだ。
決断を胸に、王子とセイラは奏白へと向かって一直線に駆け出す。喉の負傷も全身の疲労も関係ない。ただ自分が、後から振り返った時に恥じずにいられる自分でいられるために進むのだ。
日付が変わる、その瞬間まで、残すところ十五分を切ろうとしていた。