複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【Epilogue-1・了】 ( No.176 )
- 日時: 2021/02/09 17:29
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 9ccxKzNf)
【護】
あの戦いが終わって、月日を経た。フェアリーテイルの騒動から東京の街が完全に復興した頃。被害者となった人々の心にはまだ傷跡を残していたものの、惨事から次第に立ち直りつつあった。
シンデレラやかぐや姫との戦いでほとんど更地になった地域も元通りになり、すっかり平和は取り戻された。セイラを喪った王子だったが、部活動や勉強に打ち込むことで快活な学生へと戻っていた。医者を目指しているらしく、自身の引退試合の後にバスケ部のマネージャーから告白されたようなこともあるらしいが、受験勉強を頑張るためと断っていた。
それが本当の理由なのか、それとも他に想い人がいるから断ったのか、その真偽は定かではない。祖父が院長で自身も医者を目指している、人柄の良い好青年。運動も得意で背も高いともなると女子生徒からそういった目で見られることも少なくない。何せ高校卒業も眼前に迫っているのだ、人生設計を多少考え始めるのも変な話ではない。
今日もちらちらと王子を盗み見る視線があることを、本人と向き合って話をしている少年も感じていた。一般的な男子生徒と比べても一回り小さく、顔立ちもやや幼いところが残る中性的な顔立ちの少年。もう高校最後の年だというのに、中学生と主張できそうな幼さが彼の出で立ちには残っていた。
彼は彼で、今となっては学校内の有名人となっていた。確かに彼がELEVENであることは誰も知らず、例の事件を解決した立役者であると知る者はいない。しかし、ネロルキウスと打ち解けて以降、彼は『目立たないように』とする自身のスタンスを変えた。
まず第一に、とある人物との血縁関係が公表された。当然、星羅 ソフィアである。出自の全てを明らかにする訳にはいかないため、ソフィアとは両親を共にしていることになっている。突如身近に現れた世界的大スターの弟。注目されない筈がなかった。
それと、勉強にも力を入れ始めた。これまでネロルキウスのせいであらゆる情報を脳内に詰め込まれてきた彼が、たかだか高校のカリキュラム程度でつまずくはずもない。これまでも目立たぬようにと七割を目安に解いていた問いに全力を出しただけだ。実績としては元々進学校でもない高校だったため、学内で成績優秀者となるのはすぐのことだった。漫画のように劇的に、全科目満天とはいかなかったが。
その上、誰もやりたがらない生徒会長にも立候補した。基本的に高校の生徒会など形骸化して役職だけが残っているようなものだ。だが、そこで敢えて彼は彼らしく振舞った。人を慮れる人を育てられる取り組みを作る、それを目標に彼は一年、生徒会の仕事をやり切った。
スペックを述べればそれだけ優れてはいるのだが、童顔と、星羅の血筋のせいで中性的な外観から、どうにも恋愛対象には見られていないらしい。言うなれば愛玩動物や弟のような見られ方をされていた。
「そう言えば王子くんは知ってる?」
「何を?」
「巷で噂の王子くんが彼女作らない理由」
「いや、聞いた事無い。何、俺と知君ができてるとか?」
「それは流石に言われてないよ。修学旅行で王子くんの携帯電話にお気に入りのハリウッド女優の写真ばっかり入ったフォルダがあったの見つかってたじゃん。王子くんが西洋美人に弱いのは周知の事実……」
「だー! 馬鹿、あほ! 蒸し返すなその話を!」
うっかり集合写真を撮るために携帯電話を渡したところ、悪戯好きの同級生が画像フォルダを物色した際に海外の著名な女優やモデルの画像が多数見つかったのだとか。それ自体恥ずかしかったことだというのに、『セイラと雰囲気が近いから西洋美人に弱い』と見透かされているだけに、知君から蒸し返されると羞恥が倍増するというものだ。
「しかも僕の姉さんが一番多かったですし」
「ほっとけよ! 一番似てるもんはしょうがないだろ!」
特に理由はなく、たまたまらしいのだがシンデレラとセイラは顔立ちがよく似ていた。そしてシンデレラとその契約者のソフィア、今話題に上がった知君の姉もよく似た顔立ちをしていた。それゆえ、人間の中で最もセイラと同じ雰囲気を持つ者がいるとすればソフィア以外に存在しない。
「で、何だよ噂って」
これ以上話を広げられたくないため、無理やり元の話題に引き戻す。そう言えばそちらが本筋だったと知君も白々しく取り繕う。王子はというと、彼のそんな態度にふと嫌な予感がした。
そう、実のところ話題が変わっていなかったのである。
「元々仲良くしてた僕、の姉さんが大好きだからお近づきのチャンスを狙っているのではないか、って」
「頼むからその噂から信ぴょう性を奪い取ってくれ」
「そんなネロルキウスの使い方はできませーん」
当然のように要求を棄却され、苦虫をかみつぶしたような顔をする。昔は知君も可愛げがあったのに、いつの頃からか王子に対してだけは生意気ないたずら小僧になってしまった。ただし、逆に王子が知君をからかうこともこれまでは多かったため、最近意趣返しが増えてきているのは甘んじて受け入れねばならない。一つ納得ができないとすれば最近は完全に知君に言いくるめられるケースが増えつつあることだ。
「実際、王子くんは今普通に忙しいからそれどころじゃないよね」
「そうなんだよ。模試の結果まだC判定でさ……」
地方の私立なのにどうしてこんなに医学科はハードルが高いんだと、ぶつくさ愚痴をこぼす。しんどいから、苦しいからといって投げ出さない性格をしているのはよく知っているため、笑みを絶やさず知君も励ます。
「また色々分からないところは教えてあげるから、元気だしなよ王子くん」
「いやまじ、知君には頭あがんねーわ。E判定抜け出してCまで来たの間違いなくお前のおかげだもん」
「気にしないで。王子くんが浪人したら大学一年の間に遊べなくなるし」
「いいよな、お前は受かった前提で考えられて……」
「先生からもう、合格通知出てないけど推薦通ったものだよって教えてもらったからね」
学校での推薦枠として、とある有名な私立大学へ推薦してもらえる制度が一年に一人か二人いるのだが、知君はそれに立候補していた。人間性も、学生生活における活動も人並み以上に満たしている知君だ。成績もいいため、断る理由は誰にもなかっただろう。
「学部あんまり自由に選べなかったけど良かったのか」
「いいよ、どうせ将来の夢は教師だし」
別にどの科目を教えることになっても構わない。目指しているのは高校教師である以上、その学部に見合った科目の教鞭を取れればそれで良かった。
「にしても、結局捜査官とか警官にはならなかったんだな」
「あはは、現実問題ネロルキウスを何十年も隠し通すとか難しいでしょ」
それに今の自分にとっての目標は、誰かの痛みを察して寄り添ってあげられる人間を育てることだと彼は言う。そのためには教育者でありたくて、多感な思春期や大人への入り口である十代後半の青少年たちと触れる必要があると思ったのだとか。
そういう事情から、世界の調停者であり、一つの世界を統べる王であるネロルキウスの契約者は、戦いの舞台から去ると決めた。元々ELEVENの力など使わない方がよほど世のためだ。実際別のELEVENとの契約が結ばれたイギリスの女性は一度も能力を使った試しがないらしい。
遺伝子の半分が琴割なだけあって、知君も段々phone無しでネロルキウスとの意思疎通ができるようになってきたらしく、時折夜半に会話することもあるらしい。とは言っても、仲睦まじい会話でも何でもなく、次に自分の脳力が必要になるのはいつかという催促だけらしいが。
「ネロルキウスもまさか和解直後にお払い箱とは思ってなかっただろうな」
「あー、それは……」
「えっ、呼んでんの?」
「夏休みにちょっと、中東の方でphone numberが130番くらいの人が暴動起こしたのを何とかしてきたというか……」
「いつそんな時間あったんだよ、毎日勉強教えてくれてたのに」
「フーディーニの能力って空間に働きかけるから僕やラックハッカーもテレポートできるんだよね……お義父さんの守護神でパッと向かって五分で何とかしてきたっていうか……」
「相変わらずの無敵の守護神っぷりだ……」
ナンバー130代と言えば、ELEVENではないだけで充分人智を超えた守護神が持つ肩書だ。あの奏白や真凜が二人がかりでもやっとどころか、おそらくクーニャンでもどうにもならない。それを単騎で、しかも短時間の内に制圧したとなると、やはりELEVENというのは別格の存在なのだと再認識する。
「あれ? じゃあフーディーニでELEVEN宇宙に送り出したらお前らヤバくないか?」
「無理無理、あれ能力者本人が生きられる範囲にしか転送できないから。登山家がエベレストとかに転送したら流石に不味いかもね」
「流石に知君もその環境だと負けるのか……」
「まあ地表から酸素と気温持ってくるから何とかはなるんだけど」
概念であろうと距離がかけ離れていようとお構いなしに発動するのがネロルキウスの能力だとは、王子もよく知っている。何せ目の前で何度も見てきたのだから。話せば話す程その規格外具合に目がくらみそうになるのだが、そんな豪傑とは思えないほどに知君はいつも朗らかに笑っている。
本当に、ネロルキウスの相棒がこいつで良かった。彼を知る人であればだれもがそう思うことを、王子は知君に聞こえないよう胸の内でだけそっと呟いた。
「そういや知君、今週どっかで風雷望いかね?」
「あ、そっか月末か。今日以外ならいいよ」
風雷望とは、風来坊をもじった店名のラーメン屋である。王子が見つけて、知君と二人で訪れたのが半年ほど前のことなのだが、以来すっかり二人ともリピーターになってしまった。特に月末は限定メニューがあるため、月に一度二人で寄るのが決まりごとのようになっている。
「俺も今日は塾あるしパスだわ。じゃ、明日か明後日な」
「明後日は生徒会の後輩が相談に来るらしいから明日の方が時間はあるかも」
別に明後日でも行けはするけどねと念押しする。だが、時間に余裕があるというならその方がいい。一先ず翌日の放課後に向かうという形で話がまとまった。
「じゃ、先に行くね」
「おっけー、じゃあまた明日な」
王子より先に荷物を纏めていた知君は鞄を持ってそのまま教室を後にした。さっきの口ぶりや今の態度から、どうやら用事があるようなことは確かだが、一向に見当がつかない。
ただどうにもその足取りがいつもよりも弾んでいるように見えて、何か楽しいことでも待っているのだろうかと首を傾げた。
「あいつ彼女でもできたのか?」
王子の推測は、当たらずとも遠からず、といったところだったが彼自身がその真偽を知るのはもう少し先の話だった。
- Re: 守護神アクセス【Epilogue-2・前編】 ( No.177 )
- 日時: 2022/05/20 10:56
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)
誰かと会うというだけで胸が弾むなんて、知らない感覚だった。これまで人付き合いに乏しい人生だったから、友達ができてからの高校生活は確かに楽しかった。王子と次はどんなところに訪れようかとか、生徒会の仲間たちとどんな活動をしていこうとか、誰かとの繋がりは驚きとわくわくの連続だった。
それでも知君にとって、誰と何をするかまで含めてが胸躍る出来事だった。ただ王子と会うだけでなくて、少しふざけた話をしたり、一つ下の学年のクーニャンの様子を見に行ったり。話したり、遊んだり、友達らしいことをして初めてそこに喜びがある。
けれども、その人だけは違った。たとえ直接話せなくても、同じ空間にいて、目と目が合っただけで心が満たされるような人。なるほど、あの頃の王子は毎日こんな心地で人魚姫と話していたのかと、今更ながら知君は理解した。家族愛さえ知らず育った少年だ。自分を人間というより半分平気だと考えていたような人間だった。恋心なんてこれまで、芽生える余地すらなかった。
けれども、自分が生きている意味を見つけてもらって、言い切ってもらえて、初めてそんな感情が生まれた。特定の誰かが恋しいと思い焦がれる、誰かを求める感情。今日は知君という少年が、会いたいと願ってやまない人と会える、数少ない機会だった。
とはいえその人はまだ少し忙しいようで、集合時刻には遅れるらしい。そのため、今日は元々三人で集まる予定だったのでもう一人の方と先に合流することになった。普段ならその三人目が一番忙しい人間ではあるのだが、今日は前から琴割に頼み込んで無理に休暇をねじこんでもらったらしい。本当は後から合流する人にも同じ待遇を与えてほしかったものだが、流石に警察側が人手不足になりかねないため自重したらしい。
守護神犯罪対策課には今年も女性捜査官が入ったらしい。そのため、歳も近く同じ女性である彼女はその指導でかかりきりになっていた。本人もまだ二年目の新入りだというのに、難儀な話だ。だが、フェアリーテイル事件を乗り越えただけはある。その背中は存外たくましくなったものだと、兄である奏白も感嘆していた。
「お久しぶりです、奏白さん」
「おっす知君。合格おめっとさん」
休暇なのでスーツ姿ではなくラフな私服姿で奏白音哉は現れた。最近寒くなってきたため、オーバーサイズのパーカーに厚めの生地のジーンズと、衣替えを進めているようだ。相変わらず活躍しているようで、ここ一年での守護神を濫用した暴動事件、暴力事件の鎮圧数は日本一を誇るらしい。どの地域にいても音速で駆け付けられるため、一分一秒を争うような事件ともなれば首都圏程度なら彼が一番迅速に現着できる。そのせいで派遣されることが多くなるので、当然ともいえる結果だった。
その戦績は連戦連勝。フェアリーテイル事件ではあまりに規格外な強敵が多数立ちはだかったものだが、普通に生活している分にはアマデウスより強力な守護神などそう居ない。戦い慣れているところまで踏まえると、多少アマデウスより位階が高い程度の差ならばひっくり返すことも可能だ。
「ほんとはまだちょっと早いんですけどね」
「でも内々定は出たんだろ? お前がその状態で落とされる訳ないって」
今日は一足早いのだが、知君の大学の推薦入学合格のお祝いを名目に集まることになっていた。フェアリーテイルの事件が収束して、知君が捜査官に協力することは無くなった。たまに琴割からプライベートで頼みごとをされて出兵するが、それを捜査官の面々は知らない。
そのため多くの捜査官とはぷつりと音信も縁も途絶えたようなものなのだが、同じ七班だった二人だけは話が別だ。奏白も真凜も、歳の離れた弟のように知君を可愛がっていた。忙しい隙間を縫って、こうして節目の日に会おうとしてくれるぐらいには。
「でも残念だな。そのまま俺たちの後輩になってくれると思ってたのに」
「王子くんも同じことをよく言ってますね。でも流石に、これ以上頑張るとネロルキウスも隠し通せそうにないですしね」
「まあムズいよな、そこんところ。フォローも情報統制も限界あるし、総監普通にこの先死ぬ気満々だし。あの人死んだら隠せなくなるんだから、今から隠しておくべきだよな」
「そうですね。あの人、もう自分の時間を止めていませんから」
これまで琴割は自分の加齢を拒絶していた。そのため、彼の肉体年齢は三十代で止まったままだった。だがあの事件を通じて何か、思うところがあったのだろう。病気や不慮の事故で死なないようにジャンヌダルクの能力は使っているようだが、今はゆっくりと歳を取っているらしい。
普通に歳をとって、いつかその時が来たら老衰で、家族と同じところに行く。それまでこの世の中を、できるだけ住みよく安全な世界にしたい。それが今の目標だそうだ。今も昔も、目標が遠大すぎて眩暈がしそうな人だった。
「いまだにお前の血縁者と思えない程の野心の塊だな」
「あはは、僕の願いは小市民的なもので充分ですので」
「まあ悩み事も小市民的だもんな、お前」
「え」
悩みがあると言い当てられた知君は表情を瞬時に強張らせた。しかもよりによって奏白に、だ。奏白はこの手の話題にやけに耳聡い。アマデウスなど関係なく、だ。本人が独自のセンサーを持っているのではないかと思うほどである。
その顔は嬉しさと面白さ半分、そして残りは苛立ちといったところで、かなり複雑そうだった。
何を隠そうこの男、本人は否定しているもののかなりのシスコンだった。
「いつからかお前ずっと真凜のこと目で追ってるだろ」
肩を組み、囁くように奏白は言う。図星を突かれ、知君は返す言葉に詰まる。顔は笑っているが、組んだ肩を掴む奏白の手には随分と力が入っていた。
「いや、ずっとだなんてそんな事……」
「追ってはいるのか」
奏白には珍しく低い声で知君の失言をつついた。否定して誤魔化すのもうまくできないなど、普段の知君ならあり得ない。いつにない動揺は見るからに明らかだ。
戦場ではあんなに落ち着いているし、己の生死も達観しているような彼がこんなに慌てるのも珍しい。その原因が自分の妹というのは少し誇らしいが、一方で寄り付く男に気をつけねばと警鐘も鳴らさねばならない。
これまでも有象無象の悪い虫が真凜に寄ってきたことはある。だがその度に奏白が障壁として立ち塞がった。俺よりもいい男ではないと許さんぞと、目力だけで訴えた。
今の捜査官としての実績から分かる通り、腕っぷしは昔からセンスだけで強かった男だ。そして顔もよし、背も高いときたら並の男では歯が立たない。真凜自身自覚していないものの、兄が兄だけあって男性に求めるハードルは高くなっている。
結果として中学校時代に年相応のかわいらしい付き合いをして以降、まともな恋愛経験が無いのである。社会に出てからは使命感にかられて余計に出会いが無くなっている。身の周りに真凜よりも頼りになる男がいなかったのだ。
この、知君 泰良を除いては。