複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.18 )
日時: 2018/02/23 11:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

 そしてそれが、私たちと彼女との戦争の始まりを告げる雷管の号砲のようであった。

「さて、シンとする時間はもう要らん」

 先ほどと同様に静まり返られては堪らない。そう思った琴割は予め切り出した。これからここに集められた者にはこのような守護神の対処に当たってもらうと。

「お前らが自信あるかどうかは知らん。けどな、こいつら何とかせなあかんいうことは事実じゃ。儂への当てつけか知らんけど、海外の連中が手伝ってくれる兆しはない。何せまだ日本でしか被害出とらんからなあ」

 そのため、せめて国内の優秀な戦士を集めることにしたと彼は言う。自衛隊は、守護神の関与しない重火器による自衛を主とし、警視庁は代わりに守護神による治安統治を行っている。そのため、人知を超えた守護神を相手どるにはこうやって警察、その中でも捜査官が呼び集められた。

「さて……自信無いやつはおるんか?」

 底意地悪く彼は問う。逃げるなら今の内だと追い立てているようだった。しかし、そこで自分が怖気づいたと言い出すには、彼らのプライドが邪魔をする。それに、表立って琴割 月光に逆らえる者がいないというのもある。
 私には、辞退する理由なんてさらさらない。だから、怖気づく他の警官を差し置いて生意気にも答えた。

「私は、喜んで任に就かせていただきます」

 多くの捜査官の目が私の方へと集まった。ある者は驚き、ある者は呆れて、そしてまたある者は私の言葉を無謀だと笑ったようだった。

「こん中やと最年少の奏白 真凜やな。ええ返事するやんけ」

 嬉しそうな声こそしているが、その表情からは一切の感情が読み取れなかった。ふと気を許しただけで騙されてしまいそうで、無害そうな顔の裏に潜む蛇のような冷酷さが感じ取れて、体の芯が冷たくなる。一体この人は、百年を越える生の中でどれだけのものを見てきたのだろうか。彼の生きた歳月、その四分の一も生きていないこの私にはちっともわからない。

「さて、若いのが一番活きがええけど、お前ら男どもに年食った女どもは情けなくないんか?」

 初めから針の穴のように細かった退路が、さらに狭まる。もう引き際なんて残っていないと言った方が正しかった。下手に私があんなことを口走ったからだろう。しかし、そんなこと当時の私にとって知ったことではなかった。先輩たちの威厳なんて、面子なんて考えたことも無かった。
 その時の私にとって大切だったのは何よりも自分自身のことだった。尊敬する兄に認められたい。その一心で私は、前に踏み出すことしか知らなかった。後に私はこの時の態度を後悔する出来事は何度か起きた。
 それもこれも、きっとあの少年のせいだ。そんな風に思うことも、この時の私はまだ知らない。

「そんなお前らのために、一人儂の秘蔵のガキを紹介したる」

 こっち出てこい。琴割にそう呼ばれて現れたのは、捜査官と呼ぶにはあまりに若すぎる少年だった。都内にある、文化祭が毎年派手だと有名な高校の制服を着ている。手を合わせて指を動かしながら緊張している様子は、年端もいかない男の子らしく、頼りない。ぴょこんと頭の上から飛び出たアホ毛のようなものが、その弱弱しい態度さながらに垂れている。一般的な男子高校生よりもおどおどしている点以外は、どこにでもいそうな子供という印象だった。

「ち、知君 泰良……です。ふつちゅか……すみまっ、不束者ですがよろしくお願、いします」

 彼の自己紹介が進み、高校二年生と分かったその時、阿鼻叫喚が会議室中にこだましたことは、もう思い出したくもない。


 もう思い出したくもない。そういう私の想いに応えるようにして、夢から覚める。Phoneから鳴る電子音が朝の七時を告げている。ここはどこだ。見慣れぬ部屋の景色に当惑するも、すぐにそこが警視庁内の療養室だと思い出す。昨日、アリスの検挙を終えた後に、疲れただろうからと私と兄さん、そして知君くんは安静にしておくよう言い渡された。正直なところ私はハートのジャックのおかげで回復していたし、兄さんもとっくに元気になっていた。
 しかし知君くんは怪我こそないものの昏倒しており、すぐさま近くにある民間の病院へと搬送された。ただの栄養失調であり、点滴で済むとのことだったが、諸般の事情によりその病院にしか収容できないとのことだった。琴割総監とそこの院長が旧知の仲だから、そう言われたのだがどうしてただの点滴を打つだけなのにその病院を選ばなくてはならないのか、私にはその理由が分からなかった。
 そんなことよりも、私にはもっと目障りでならないことがあった。それは私達がわざわざ自宅でなく療養室に泊まらなくてはならなかった元凶である。テレビをつけたそこには、自分と兄の姿が映っていた。昨日のアリス討伐、その功績のせいで昨日安静にしていながら取材を受けさせられる羽目になった。おそらく今にして思うと、安静を言い渡し家へ帰らせなかった原因は私達兄弟に取材を大人しく受けさせる目的があったのだろう。
 今更になってようやくのフェアリーテイル解決の兆し。失いつつある警察への信頼を取り戻すため、私達第7班を英雄のように祭り上げようと言う魂胆だ。そんな目的はあけすけで、前線を退き肥えた役員たちが私たちの顔色を窺い、しかし紛れもなく私たちにイメージ向上を狙った仕事をさせようと指導した。
 疲れているせいで抵抗する気力も起きず、強引だったのは役員だけでなく取材に来た人たちもだったので仕方なく応じた。それにしても、こんな風にタレント気取りな様子で取り上げられるつもりは無かったというのに。私は、深い深いため息をつく。

「こんなの、全然私の実力じゃない」

 あの場に居たのが初めから知君くんだったら、彼はきっと窮地に立つどころか苦戦すらしなかったであろう。私たちが全く手も足も出なかったトランプのジャック、その内の二体をいとも容易く飼いならし、アリスを止めて見せた。それも、無理やり拘束すると言うよりも元凶となる謎の瘴気を取り除いて、だ。
 固く握りしめた拳を壁に叩きつける。非力な私の力では、大げさな音は響かない。ただ、じんじんとしびれるような痛みだけが拳に走って。でもそれがどうでもよく感じられるくらいに私が舐めた苦渋は、耐えがたい痛みをもたらしていた。
 失礼しますと言って、同期の婦警が一人部屋の中に入ってきた。夜勤明けなのか眠たそうにしている。彼女とは会ったことがなかったが、あちらは私の事を知っているようであった。しなくてもいいくらいにこちらに気を配り、同い年だと言うのに敬語で接する。もっと普通に接してくれはしないものだろうかと思うが、それはきっとできない。
 世間的に、ただの高校生が警察に力を貸していることは伏せられている。税金を貰って働いている我々が一介の市民を協力させていると知られれば糾弾は免れない。厳しい報道規制がかかっているため、三人目の班員の存在は公表できないことになっている。
 そのせいで、私たちがアリスを検挙するのに最も尽力した者として取り上げられているのである。こんな、貰い物の栄光など欲しくも無かった。取材が終わった後に兄は、やはり知君は強いなと笑っていた。自分の事のように、誇らしく。どうしてそれが向けられるのが、ずっとその背を追ってきた私でなく、ふと現れた少年だと言うのか。理由は分かっている、私はただひたすらに、無力だった。
 アリスの検挙に貢献するどころか、兄の足を引っ張ったその側面が強い。何度不甲斐ない局面で兄さんに助けられたことだろうか。驕っていた自分の未熟さに臍を噛む。私は、平和を守る捜査官だから、悪に屈してはいけないのに。
 守るべきだと思っていた少年。ただの足手まといだと思っていた彼。そんな人に逆に守られ、救われ、助けられた自分が惨めで仕方なかった。確かに知君くんは琴割の秘蔵っ子なのかもしれない。それでも彼はまだ遊び盛りの高校生で、何不自由無い平和を謳歌するべきで、我々大人が護ってあげなくてはならないはずだ。訓練だってろくに受けていない華奢なその体に、私たちの期待だなんて重たいものを載せる訳にはいかない。
 しっかりしなくてはと、私は自分の頬を叩いた。まだ眠いのだろうかとこちらの様子を訝しんだ同僚は、首を傾げながらも私に渡すべき資料を差し出した。初めに目を引いたのは、オレンジの付箋で印をつけられた、アリスの処遇が決定したというものだった。
 私が報告したアリスと知君との交戦時の情報からして、アリスは正体不明の赤い瘴気の影響で凶暴化していたと判断された。その赤い瘴気は未だ正体の知れぬ不思議な何かでしかないが、それを知君が全て除去した以上、アリスはこれ以上危険なことなど無いと判断された。アリスが気を失ったことで、守護神ジャックも強制的に終了したようである。アリスを自宅へ招いた男も、ガラスの修理代を受け取り、無事に今は家にいるとのことだった。
 そして今、大事をとってアリスは琴割が懇意にしている異世界研究者が管理している研究施設で暮らすことになったらしい。現状守護神ジャックもアクセスもできないため、アリスはか弱い女の子に過ぎない。そのため、言ってしまえば軟禁状態になるのだが研究施設の中に閉じ込めている間は安全という訳だ。フェアリーガーデンには例の月の瘴気がまだ残っている可能性が非常に高いため、帰らせるわけにもいかない。向こうにいる間に瘴気に憑りつかれたというのだから、帰ることができないという判断はふさわしいものだった。

「お兄さんはアリスの麻酔薬の影響で、もう少し回復を待ってから戦線復帰するそうです」

 そう言えば、昨日も気を抜くと転びそうになると言っていた。医師の判断によると三日もすれば復帰できるとのことだ。最悪でも、アリスから話を聞きだすことができる以上、今後ずっと快復しないというようなことにはならないだろう。
 知君くんはまだ意識が戻っていないようだと言う。一時は低めだった血糖値も今では正常に戻ったらしく一安心する。当然、仲間の無事を喜ぶ安堵ではない。安堵には変わりなかろうが、これは一市民である知君くんが私たちの責任で払拭できぬ傷を負うことが無かったと言うものだ。私はたとえ、彼が自分以上の実力者だとしても、自分以上の功績を残したとしても、きっと彼を仲間だなどと認めない。もし私が彼のことを仲間として認める日が来るとすればそれは、数年後に彼が本当に捜査官になったその日だ。
 なぜなら、仲間だと認めてしまえば縋ってしまいそうになる。頼ってしまいそうになる。私は、己の精神の弱さを知っている。余計なプライドが心を固まらせ、折れやすくなっている。気丈に振る舞うのは弱さの証だと、私は身をもって知っている。
 自分で言うのも傲慢だが、私は自分が優秀なことを知っている。それこそ、生まれつきだ。枕元に置いてある、黒色のphoneを手に取る。まだ手にしてから三か月程度なのに、もう表面が擦れてきているような気がする。彼女のおかげで、私は生まれながらにして恵まれた。
 メルリヌス、アクセスナンバーは224。端的に言うと、地上の人間の中で125番目に強い能力を持つ守護神が私の背中を押してくれる。それだけでも恵まれていたが、さらに優秀な兄に恵まれた。兄さんは私にとってずっと、憧れでもあり目標でもあり、お手本だった。
 その後を追うようにして私は今ここにいる。少しだけ警察を志した理由こそ私たちは違うけれども、その胸の内の正義感は揺るぎなく同じものだった。兄はたまたま戦闘能力に恵まれたからそれを活かそうとして、私は私の思う大切な日常を守るためにこの道を選んだ。
 きっと、私にしか助けられない人々がいて、私にしか討てない悪党がいる。そう考えると、私自身が平和を享受する側に回る訳にはいかなくなった。才能に恵まれた者は、他者のために力を使うべきだ。資本主義とはかけ離れているなと、クールに思われがちな自分に似合わない理想が恥ずかしい。けれども、本心を隠して欺き続けるのはきっと、もっと恥ずべきことだ。
 私は、私にできることをやらないとな。
 一度顔を洗おうとした、その時だった。警報が、署内に鳴り響く。

「緊急事態です。署内に待機している捜査官は至急、ロビーに出撃可能な状態で集まってください」

 アナウンスが鳴り響く。私は最近のフェアリーテイル騒動で、あることを忘れていた。フェアリーテイルは言ってみれば天災だ。そのため私は人災のことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのである。
 そして鳴り響いた警報、その原因とはメルリヌスに優るとも劣らない守護神、アレクサンダーとその契約者によって引き起こされたテロであった。