複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.19 )
日時: 2018/03/06 23:31
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 朝七時過ぎ、多くの捜査官はまだ出勤しておらず、夜勤明けの疲弊しきった者のみが残るばかりだろう。自分が最も万全の状態。すぐさま私は寝ている間にクリーニングを依頼した制服を受け取り、袖を通す。
 後はphoneを手に取って、一度ロッカーの方へと立ち寄る。私専用の、学校の掃除用具入れのようなロッカーにはいつものスノーボードが収納されていた。取り出し、脇に抱えて一階へと駆け付ける。そこに居たのは、案の定明らかに少人数の捜査官しかそこには駆け付けていない。私を含めて十名程度、その内フェアリーテイル対策課は、三名だった。
 冴山警部、私が日頃部下としてついているその警部は、松葉杖を突きながら状況の説明を行っていた。私がフェアリーテイル対策課に行って後、人間の起こす犯罪は彼女を筆頭として少ない人員で対応していた。確かにフェアリーテイルは一体一体が非常に強力だが、通常の犯罪と件数と比べると、数自体は非常に少ない。しかし割かれた人員は決して少なくはなく、残された捜査官たちも、彼らなりに厳しい現実と対面していた。
 幸い、今この瞬間はどこにも暴走した守護神は現れていない。それならば自分が出ることもできると気合を入れた。人間相手の交戦は久しぶりだが、昨日戦ったアリスと比べたら随分とましだろう。

「奏白か、いいところに来てくれた。出れるか?」
「はい、喜んで」

 冴山さんが私のことを真っ先に頼ってくれたのが心地よく、寝て体力も回復した私ははきはきと答えた。ありがたいと短く応じて、冴山さんがもう一度、遅れてきた全員に呼びかけるようにして今判明している情報を伝えてくれる。

「今回検挙すべき対象が契約している守護神はアレクサンダー、この場にいる誰よりも強力な守護神だ」

 またの名をアレクサンドロス大王、ローマ王国の支配力を最大限世界に知らしめた、言うなれば最強の王、その一角。ローマ、王、二つの言葉に私は昨日の知君くん、そしてネロルキウスのことを思い出した。あの時彼は自分の守護神のことを王と呼んでいたはずだ。古代ローマの皇帝、ネロルキウスその性格は残虐で、暴君と呼ぶに相応しいものだったと言う。
 確かに、あの荒々しい様子は暴君と呼ぶにふさわしいなと、私は守護神アクセス後の知君くんの様子を思い起こした。彼も本来、ローマを治める統治者の一人、基本的に王や神といった者の中でも有名なものはナンバーが上位の守護神となりやすい。知君くんの守護神は、果たしてメルリヌスと比べるとどうなのだろうか。
 それよりも、今冴山さんは聞き捨てならないことを述べていた。アレクサンダーのアクセスナンバーは、ここにいる誰よりも上だと。この、私よりもかと少々強張る。今まで自分よりも序列の高い守護神と出会ったことは無いと言っても等しい。当然、ELEVENである琴割を除いてである。それ以外では本当に、見たことが無い。

「アレクサンダーのアクセスナンバーは200、そこにいる真凜のメルリヌスより序列は上よ。といってもそこまでナンバーが小さくなるとそこまで変わらないでしょうけどね」

 それでも、気分がよくは無かった。自分よりさらに優れた能力を持つ者には、普段感じることのない負の感情が入り込む。嫉妬、というやつだった。この一か月、兄が知君くんばかり評価しているために嫉妬には慣れっこだったが、明確な『敵』に対する嫉妬は新鮮であった。200、自分と比べて20と少し異界が高い相手。今冴山さんが言っていた通り、この程度は誤差だ。器となる本人の実力次第で結果が変わると言っても過言ではないだろう。
 だとしたら、勝ってみせる。ずっと期待に応えるために、信頼を得るために努力したこの私が、テロリストに屈する訳にはいかなかった。多くの捜査官がフェアリーテイルとの戦いの中で疲弊している以上、昨日の夕刻から休ませてもらった自分が行かなくて誰が行くと言うのだろうか。
 それに私は、日本の警察に所属する捜査官、その中で最も強力な守護神を持っている。私が敗れると言うのはそれだけこの組織にとって今や重たい意味を持っている。若輩者だからという言い訳は確かに立つ。けれども私はそんな言い訳をしたくは無かった。

「第三新宿駅近郊で現在暴れているわ。出れる?」

 首肯して、phoneを構える。メルリヌスとリンクするために必要なアプリケーションを起動する。224、もう打ち慣れた三つの番号、即座にそれを入力する。

「守護神アクセス」

 青色のオーラが迸り、私の体を包み込む。借り受けた魔力が体の中に満ち満ちて、大いなる魔女が私の背中に。

「来て、メルリヌス」

 ふわりと空中にスノーボードを置く。後から増援は向かわせるから、近辺の人間の救助と犯人の足止めを頼むと託される。首肯で答えて私は、既に開かれたロビーの玄関から飛び立った。雪山を滑り降りるよりもずっと早く、私を乗せたボードは都会の上空を矢のように走る。
 目的地までどの程度時間がかかるかは分からない。しかし、一分一秒でも早く駆け付けなくてはならない。尊い犠牲が出てしまう前に。


 結論から言えば、死亡者は出なかった。しかし怪我人は何百人という規模で出てきた。というのもテロ騒ぎを引き起こした男の破壊活動は、ほぼ全て第三新宿駅とその近辺の破壊に当てられていたからだ。新宿駅には沢山の騎兵がひしめいていた。数千、数万の黄土色の粘土でできた馬のようなものと、それに跨る人の形をしたもの。シルエットは髪や鬣の細部まで完璧に模倣され、風にもなびくほどなのだが、色彩はただ一色を除いて欠いていた。
 アレクサンダーの能力、そう判断するのは容易いことであった。同じ形をした兵がいくつもいくとも立ち並ぶ。昨日と言い今日と言い、同じような者が暴れているなとため息をついた。特に、昨日で苦い経験を味わってしまった。今度の兵隊はアリスのトランプ兵の数十倍存在する。
勝てるのだろうか。弱気な発想に陥るも、すぐさまそれを打ち消した。アリスはきっと、特別だった。私と兄さん、二人でかかっても勝てなかったが、流石に数字が20と少々違う程度の守護神ならば、勝てるはずだ。相手次第では、自分一人でも勝てるはずだと自分に言い聞かせる。
 しかしこの時、私は気づいていない。それはつまり、フェアリーテイル相手なら、自分は勝てないと認めてしまったようなものだということを。
 そんな事に気づかずに私は、今まさに高架の上に走る線路そのものを破壊しようとする、契約者本人を発見した。本体を見つけるのは至って簡単であった。ただ一色の絵の具をまき散らしたような軍勢の中、一人だけ、一際強い燃えるような赤のオーラを纏っていた。大げさな槍を軽々操る。その槍には、猛々しくも黄金に輝く雷光が瞬いていた。
 アレクサンダーだからって、ダジャレじゃあるまいし。ただでさえ厄介な大軍勢に加え、将単騎でも充分に強力そうで、私は警戒を強める。だが今は、交通機関の麻痺を何より防がなければならない。
 不意打ちで攻撃、したところでおそらく間に合わない。きっと兄ならば間に合ったであろう、背後からの一撃で終わったかもしれないだろう、そう思うと悔しいが、私は馬鹿正直に声をあげて止めさせることしかできなかった。

「そこの貴方、今すぐ止まりなさい!」

 上空から叫び、呼びかける。声は喧騒の中でもしっかりと届いたようで、振り上げていた雷まとうその槍を動かす手を彼は抑える。呼びかけた相手を確かめるように、ゆっくりとこちらを振り返った。犯人の男と目が合う。年は大体、兄と同程度といったところだった。
 いい歳した成人男性が一体何をしているのかと、奥歯をすりつぶすくらいの勢いで噛み締める。ただでさえフェアリーテイル騒動が起きる中、せめて人間ぐらい大人しくしていてくれと、私は毒を吐く。
 私は大軍勢を率いるその統領の正面に降り立った。警察手帳と捜査官の証である白金の証を突き付け、宣告する。

「警察よ。大人しく投降してくれないかしら。私達もその方が助かるのだけれど」

 上空から見た時はただのパーマかと思ったが、この男は派手な金のドレッドヘアーをしていた。今この瞬間につけてはいないが、鼻にも耳にもピアスの穴。両手にはいくつも指輪が付いている。体格はいいが、鍛えているわけでは無くて、それなりの筋肉と、少しだらしない贅肉が目立つ。
 王というにはあまりに粗暴だなというのが、私の印象だった。顔つきはそれこそ、街のごろつきそのもの。そしてその言動も、粗野というに相応しかった。

「やなこった。お前らが不甲斐なくてシンデレラだとかに振り回されてっから俺みたいのが湧くんだよ」
「そう……私たちが万全なら手も出せなかったのね」
「そりゃな。俺ぁ悪知恵だけは働くんだ」

 ニイッと、金歯がところどころ並ぶ、並びの悪い歯を豪快に見せつけて彼は笑った。私の心の中で、怒りの感情が芽を出した。眼下に広がる惨状と、痛みに泣く声、恐怖におびえる悲鳴とを肥料に、その芽はすくすくと茎をのばす。
 この男だけには屈したくないなと、先ほどの弱気な言葉は全て吹き飛んだ。

「そういうのは悪知恵って呼ばない。……ただの、卑怯者よ」