複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.2 )
日時: 2018/02/03 01:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

『守護神へのアクセス、認証されました』
「よっしゃ来いよ、アマデウス」
「来て、メルリヌス」

 二人の、守護神が現れる。スマートフォン型の異世界接続端末の画面から光がほとばしり、オーラ状に契約者の二人の体を包み込んだ。奏白は緑色、真凜は青色のエネルギーをそれぞれまとっている。呼び出した守護神の姿は契約している本人にしか見えない。奏白の目には巻き髪でタクトを振るうアマデウスの姿が見えていれば、真凜にはローブと三角帽子で身を包み、つえを振りかざす大魔女の姿が見えている。
 迸る守護神の力がその場を包み込んだ瞬間、アクセスを完了した二人はすぐさま行動を始めた。すぐさま現地へ向かうために二人は屋外へと向かって駆け出した。二人がそれまで待機していた観測室は署の中でも最上階に位置していたため、下に行くよりも屋上に出た方が早いと判断し、階段を駆け上る。屋上への鍵は施錠されておらず、押せば簡単に開いた。
 緊急事態が起こっているというのに、随分陽気な快晴の空が顔を見せる。世間はきっと平和な休日を過ごしているのだろうと、真凜は奇しくも知君と同じようにそういった人々に嫉妬した。けれど、人々の平和を守ることこそが自分たちに与えられた使命なのだと己を鼓舞する。それに、ここでアリスを検挙することができれば、7班の評価がうなぎ上りになることも間違いなしだ。ポジティブに考え直した真凜は、気が急いたり浮かれたりしないよう一度だけ、小さく深呼吸した。
 結果で全て語って見せる。高校生が一人いなくたって自分たち兄弟の力でならフェアリーテイル一人くらい検挙できる。

「真凜、状況が状況だから俺一人で先に向かって一般男性からアリスを引きはがす。お前は後から俺が向かうところに飛んできてくれ」

 そう言うが早いか、奏白は瞬時に地面を蹴り、亜音速で宙を駆け抜けた。彼の持つ守護神アマデウスの能力の一部なのだが、相変わらずフットワークが軽いことだと、その姿に感嘆する。誰よりも早く駆け付けて、弱き者を救って見せる。それが奏白の矜持であり、これまでずっと守ってきた自身との約束だった。
 守護神アマデウス、それは死したモーツァルトの魂が異世界へ転生して守護神となったものだ。稀代の作曲家であったアマデウスは、音にまつわる能力を操る。周囲の音から聞きたい音だけを抽出したり、座標を指定してそこに声や音を届けたり、大音量の音波を解き放って広範囲に強力な衝撃波を放ったりと、その用途は多岐に渡る。さらにそれに加えて、亜音速での移動、肉弾戦を可能にする。もともとは作曲家だったとは思えないほどに暴力的な守護神ではあるが、アマデウス自身は気さくで心優しいと奏白はよく言う。
 守護神にアクセスしている際、身体能力もそれぞれの守護神の力に応じて強化される。この身体能力の強化はナンバーの序列に関係なく守護神により様々だ。
 私も早く向かわないと。真凜が宙に手をかざすと、途端に空間が歪み、真っ黒な次元の裂け目が浮かび上がった。奥の様子はまるで見えず、底知れぬ沼のように思えるが躊躇なく真凜はその中に腕を突っ込んだ。彼女にとってこの異次元へつながるワームホールは移動可能な収納スペースに過ぎない。彼女はその中から一枚の薄い楕円形の板を取り出した。スポーティーなデザインをなされているのだがそれは当然、近所のスポーツショップで購入したスノーボードであった。
 真凜がひょいとそれを空中に敷くようにしてやると、ふわりと宙に浮いたままボードは静止した。空中に浮かび上がったボードの上に真凜は両足を置き、自身の体重をボードに預けた。成人女性一人分の体重を悠々支えたまま、ボードは勢いよく空へより高く飛び上がる。

「それにしてもメルリヌス、流石に魔女なら箒じゃない?」

 いつも捜査官の制服の状態でスノーボードにまたがるミスマッチな姿にさせられる真凜は冗談交じりに愚痴をぶつけた。宙をそのまま飛ぶための魔力をボードに込めながら、彼女は自らの守護神のその主張を聞いた。

「知らん。今のわらわはこれが気に入っておる」
「はいはい、じゃあ行くわよ」

 他人が見れば独り言としか捉えられない声を残して、彼女は箒に跨る魔女さながらに宙に浮かぶスノーボードを駆使して飛び立った。奏白の速度には負けるが、それでも車よりもずっと早いスピードで、空を自由自在に移動することができる。初めて乗った時は乗り物酔いが酷かったけれども、今となってはもう慣れてしまった。メルリヌスには身体強化の補助がそれほど働いていないため、高速でただ移動すると風やごみの直撃で痛手を負ってしまう。そのため、魔力の一部を使って自分の体を守るためのバリアを、自分とボードを覆うように作り出した。
 メルリヌス、またの名をマーリンという彼女の守護神は、アーサー王伝説にも出てくる予言の魔女だ。魔法使いらしい能力として念動力と魔力による弾や光線を自在に操作して攻撃する能力、そして最後に一番の個性として『未来予知』を行う能力を持っていた。流石は予言の魔女なだけあって、強力な能力であり、身体が強化されないことも受け入れざるを得ないものだった。序列が高いだけあるなと太鼓判を押されて警察学校を首席で卒業し、今や最有力ホープに至るわけである。
 ただしこの未来予知も完ぺきではなく、遠い未来の予知をしようとすればするほど、その予知の精度は下がり、解析が自分でも困難になる。
 三分後の奏白の位置を予見してみる。すると、都内のスクランブル交差点のその中心で戦っている姿が見えた。

「どういうことじゃ? こんな人通りのありそうな街の中心で」
「今は立ち入り禁止なのよ」

 シンデレラのせいでね。事情は道中話すと告げ、まずは目的地へ向かって加速する。一秒でも早く駆け付けて、助けなければならない。
 そう、見える未来がいつだって明るいとは限らないからだ。どんな未来が見えるのか分からないため、基本的に真凜は予知の能力を極力使わないようにしている。もし五年後の自分を予知して、ほんの一瞬映った景色の中に、兄の音也の遺影があったりしたものなら、その後笑って生活できるか分からなくなるからだ。
 そして、今回見えた未来もそれほど明るい結果ではなかった。見えたそのビジョンの中で、アリスと正面から対峙した奏白は、苦戦を強いられていたのだから。




 二人が追っているアリスに関して、後に事情聴取を受けたとある一般男性Aはこのように述べたらしい。下心があった訳ではない。ただ、女の子が路地裏で空を見上げてじっとぼうっとしていたため、心配になって声をかけたのだという。名前を英語で尋ねればアリスと答え、その容姿から見るに外国人なのだろうと思ったようだ。名前を答えた以外はその後ずっと黙り込んでしまったため、それ以上の情報は彼女の口からは得られなかった。
 とりあえず迷子だと思い、お腹が空いてたりしたら辛いだろうと思って家へ上げようとした。なぜそこで交番などに届け出なかったのかと尋ねてみると、しどろもどろに適当に扱われると思ってなどと供述し始めた。誘拐や監禁、あるいは多少いかがわしいことをしでかそうと企んでいたのかもしれないと思った調査官だったが、それでも今回の事件では彼は被害者に過ぎないのでその点は見送った。
 家に着いてもアリスはとくに口をきくこともなく、じろじろと家の中を見回すだけだったという。家にあった適当なおかずを電子レンジで温めている最中に、皿を取り出そうとしてシンクの下のスペースを開け、しゃがみこんだ時の事だったらしい。首筋にアリスの冷たい手が触れた。
 びくりと驚いてアリスの顔を見上げたところで、記憶は途絶えた。アリスの目を見たその瞬間に気を失って倒れてしまったらしい。ただその際に唯一覚えていたのが、出会った時には透き通るような碧眼だったのに、その瞬間だけは不気味に濁った赤い瞳だったということだ。
 後になってアリスから得られた証言を元にすれば、奏白が駆け付けたのがその数秒の後だったという話だった。




 大都会に立つマンションの中層部に位置する一室、その部屋の主が不意に昏倒したのを目にして奏白はやむを得ず突入した。ガラスの窓に強力な音波をぶつけて叩き割り、アリスが立ち聳える住居へと押し入った。稲妻が落ちたかのような鋭い悲鳴を上げて窓ガラスは砕け散り、粉々になったガラスは陽の光を浴びてきらきらと舞いながらフローリングの上に散らばった。突然の轟音にアリスも気を取られる。
 その瞳が赤く濁っているのを目にした奏白はやはり一足遅かったかと舌打ちした。血のように朱に染まった瞳の、おとぎ話の世界から飛び出してきたかのような、決まった契約者を持たない守護神。フェアリーテイルの特徴と、完全に合致していた。

「お兄さん、だぁれ?」

 人形のような美しい顔に似合った、小鳥のさえずりのような声だった。一瞬、無邪気な子供だと勘違いして邪気を抜かれてしまいそうな心地になるが、その実態は世間を騒がし警察にも手が付けられないフェアリーテイルの一員。まずは、周囲の人々の安全を確保するべきだと奏白は判断し、それに沿うよう行動した。
 フローリングの上に散らばるガラスを踏み砕き、アリスに詰め寄る。相手が何かをする前に急がなければならない。アリスの膝の裏と肩に手をかけて抱きかかえ、再び亜音速で宙を駆ける。人がいない場所はあらかじめ観測室で確認しておいた。都内ではシンデレラ確保のための大規模作戦が行われており、一般人立ち入り禁止の区画がある。そこに中でなら誰にも被害を出すことなく戦いに集中できる。
 そうして数十秒の飛行を終えて後、人一人いない閑散としたスクランブル交差点に二人は降り立った、という訳だ。フェアリーテイルは加害者であるが、話を聞き出せれば重要参考人になる。そう上から指示されているため、無碍には扱えない。大事に抱きかかえたアリスを奏白はゆっくりと路上に立たせた後、すぐさま距離を取った。一分の油断もする訳にはいかない。
 突然抱きかかえられて知らぬ場所まで移動させられたアリスは茫然として立ち竦んでいたが、すぐさま気を取り直して奏白をじっくりと観察する。一通り眺め終えたかと思うと、アリスの頬は僅かに、先ほどよりも赤みを帯びていた。

「お姫様抱っこなんて初めてしてもらったな」
「……そりゃ俺も鼻が高いよ」
「それにお兄さん、かっこいいね」

 さっきの人よりも断然いいと、アリスは言った。まるで男を品定めし、値踏みしているようであった。あなたならば私の隣にいるだけの資格はあると、彼女は言葉にはしていないが思ってはいるようである。

「どうせなら、お兄さんを私の語り部にすればよかったな」
「契約者ってことか?」

 フェアリーテイルと言えど、他の守護神と同様に誰かと契約をしなければ能力をこちらの世界で行使することはできない。そして彼女たちは、誰かと契約を結ぶことで契約者のみならず彼女たち自身も実体を持ってこちらの世界に現れ、自分の能力を使うことができる。もともと、人間が制御しきれる能力じゃないというのが彼女らの特徴ではあったのだが、今回騒動になっているようなこの現象は明らかに暴走と呼ぶにふさわしかった。

「みんな殺しちゃえって言われてるけど、お兄さんはアリスのお兄ちゃんになれるよう、お願いしてみるね」
「それは光栄だね。でも残念、俺にはもう可愛い妹は一人いるからもう沢山だ」

 真凜が降り立ったのはその時だった。未来予知で奏白の窮地を見ていなければ、到着後に全力を出して戦えるだけの余力を残せる速度で向かったのだが、未来を見てしまったためスタミナを考えずに全速力で空を駆け抜けた。そのため、息も絶え絶えという具合だが、二人の開戦以前にたどり着くことができた。

「こいつがそうだ」

 そう言って真凜を指してアリスを挑発する。するとあからさまに、はちみつ色の髪を苛立ちでわなわなと震わせて、アリスは臨戦態勢に入る。お子様らしく冷静さを失ってくれたなと、奏白は満足する。

「兄さん、これ、どういう、状況?」
「大分バテてるな、大丈夫か? とりあえずこっからはただ戦って取り押さえる。フェアリーテイルを完全に無効化する手段は分かってないけど、まあ……あいつが来れば何とかなるだろ」
「あいつって……? いや今、それはいいです、早いところ取り押さえましょう」

 アリスはというと、怒りと嫉妬がない交ぜになったような表情でじっと真凜を睨んでいた。折角の美少女が台無しだぞと奏白は軽口を叩く。

「兄さん、冷静さを欠かせるのはいいですが、あまり追い詰めすぎない方がいいかと」
「アリスの仲間なんて原作的にチェシャ猫とか三月ウサギぐらいのものだろ、大丈夫だ」
「いえ。赤ずきんが狼を能力として使役している例から、物語全体から能力を彼女らは得ているはずです」

 だとすると、戦闘に向いた兵隊を大量に統べることもできるかもしれない。その可能性を疑い、真凜は額に嫌な汗を浮かべた。物語全体からフェアリーテイルは能力を得る。主人公を襲い、痛めつけるような者でもその者の能力となり得るのだ。

「じゃあそのお姉さんが死んじゃったらアリスを妹にしてくれるよね?」

 暴走している個体は思考も過激になる。彼女がcase17であると認めるには十分すぎる証拠は揃った。だがしかし、今までずっと足踏みし続けてきたのはここから先が原因である。単純に、フェアリーテイルは強すぎる。不思議の国のアリスのストーリーを思い起こし、真凜は最悪の予想を立てる。あの作品には、兵士が何人も出てこなかっただろうか、と。
 そして、嫌な予感は現実となる。標的としてアリスは、奏白と真凜の方を指さした。そして、彼女は自らの配下に対して高らかに命令を宣言した。原作において、『彼ら』が本当にアリスの配下であった訳ではなくともお構いなしに、40体の兵隊は突如として現れた。

「トランプの兵隊さん! あの女を、殺しちゃって!」

 わらわらと、トランプの胴体の上に、西洋の甲冑の上に鎮座するような兜が顔の代わりに乗っかったような異形の兵隊が現れる。トランプの模様はハート、スペード、クローバー、ダイヤ、それぞれが1から10の40体。それぞれが長槍に銃、剣などの思い思いの武器を掲げている。
 こうして、case17アリスと対策課第7班との交戦の火蓋が切って落とされた。