複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.20 )
- 日時: 2018/03/03 16:12
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「そういうのは悪知恵って呼ばない。……ただの、卑怯者よ」
私が険のある表情を露わにした途端に、男の方もその槍を構えた。当然、後ろの顔無しの兵士たちも臨戦態勢に入る。多勢に無勢、かもしれない。上等だ。昨日アリスには完膚無きまでに敗北してしまった。ならばその汚名を返上するまたとない機会だ。
男の槍を纏う雷電が空気を焦がして爆ぜる。黄色い閃光がその刃を覆って。動いた。
未来予知の能力を使い、相手の行動を先読みする。しばらく後ろの兵は動く様子が無いようだ。なるほど、まだ私の事を侮ってくれているらしい。私は相手のアクセスナンバーを知っているため警戒をしなくてはならない。けれどもあの男にとって私のアクセスナンバーは分かっておらず、自分と程近いだなんて思っていない。
本気の相手ではないというのは少々不本意だが。余計な雑念が入る、それにこの時の私は気づかない。それでも油断してくれているうちにさっさと決着をつけようと決めた。
二秒後の未来、眼前に迫るアレクサンダーの力を借りた一突きが私の体に襲い掛かる。ならばまずは近づけない。魔力の砲弾を生成、その進路を妨害するように打ち抜く。もう三秒前には、男が次に足を踏み出す地点は視ていた。
襲い掛かる青い魔力の弾丸、人の頭ほどのその球体を、咄嗟に反応した男が槍で貫く。団子みたいに突き刺さった砲弾は爆発する。白い煙に包まれるも、槍の一振りで振り払われる。案外やるなと男は認識を改めたようだ。
こちらから見て右側を迂回してこちらへ向かうその姿。メルリヌスの能力で察知する。だから私は右斜め前方に撃って撃って撃ちまくる。高架の上には当然誰もいない。列車が来るようなこともない。迅速な鉄道会社の対応により、この周囲はもう鉄道が止まっているためだ。路線の周囲に散りばめられたレンガを砕いたような石が砲撃に巻き込まれ宙に浮く。再び進路を塞がれた男はというと、舌打ちを一つ。その後に進路を変えて一直線にこちらへと向かってくる。砲撃も全て、貫いてしまえば問題ないと言うばかりに、槍の先端はこちらに向いている。
ならば砲弾でなければどうするのか、考えてはいないようで。だから私は魔法の光線を放つ。緊迫した戦場を横切って、人間一人覆うぐらいのレーザーが彼の体を飲み込む。完全に捉えた、しかし。
魔力のレーザーが突然に一刀両断される。光と熱との奔流に巻き込まれながらも、男は槍を上から下へと振り抜き、私の攻撃を無力化した。さすが、歴史上最大の勢力を築いた男が守護神なだけある。
また男が距離を詰める。もうそろそろ、その槍が私へと届いてもおかしくはない。より一層気を抜かないようにし、未来を予め視ておく。一跳躍で彼は私の眼前に迫り、そして。
手慣れた槍捌きが私の体を貫こうと何度も何度も雨のように降りかかる。それら一つ一つを、相手が繰り出すより先に把握する。
風を切る鋭い音を聞きながら、私の見た光景通りに繰り出される突きを紙一重で回避し続ける。鳩尾、肩、腰、足、顔面腹胸腕脚胴体、横に薙ぐように切り付けて、また刺突の雨霰へと戻る。喉に迫る。上体を右へ逸らす。引き戻した槍の切っ先が、今度は私の体重がかかった右足を狙う。タイミングを見計らい、刃の側面から魔法弾をぶつける。横から衝撃の加わった刃は地面を捉えた。電撃纏うその刃は、触れると焦げ付くようで腕で払うなどしていなすことはできない。
側撃雷はないようで、首筋すれすれを刃が走っても体が痺れるようなことはなかった。電熱による攻撃強化と、斬り合いにおいて自分が優位に立つためのものなのだろう。
線路に突き刺した槍、それを引き抜く前に、相手から見て降りそうな所に踏み込む。槍を丁度握っている手があるくらいの位置、刃がもっと先にある以上、その距離だとその得物を恐れる必要はない。
開いた手を男に押し付けて、そのまま掌から一気に魔力を放つ。範囲を絞り、衝撃の密度を上げた、これならば。洪水のように迸る魔力の流れが、線路上の彼を押し流す。自在に伸びる腕に突き飛ばされるようにして宙を運ばれるようにして自軍の兵隊たちの中心に落っこちた。砂埃を巻き上げて、鉄のレールに背中を叩きつけて、苦しそうに男は呻いた。
「くそっ」
「観念なさい」
ようやくここで彼も、私の実力にある程度気が付いたらしく、形勢を立て直そうとする。しかし、もう既に散々暴れまわった彼はガス欠気味のようで、駆け抜ける電光は次第に弱弱しくなる。
彼が背を向けて逃走する姿を予知した。逃がしてなるものかと私は、退路を断つように魔弾を連射する。男の背後の道路を扇状に撃ち抜き、その背中を狙撃する。ここで逃がしたら確実に被害が増える。
しかし、指導者の撤退を安全なもんとするため、先ほどまで主君を眺めているだけだった、能力により生み出された兵隊が立ち塞がる。我が身を犠牲にし、その土くれのような体をボロボロに打ち砕いてまで、能力者である本体を護った。
未来予知の通りに、軍隊の向こう側で例の下手人は逃走を図る。今度は私が舌打ちを一つ。逃がすものかと次々に攻撃をしかけるも、大軍に阻まれて王にまで手が届かない。弾丸だから一対一交換しかできないのかと今度は光線でまとめて撃ち砕こうとも、もう大量の兵が邪魔で本体の姿が見えない。上空から追いかけるべきかと思うが、スノーボードの上に足を乗せる隙を大軍勢は与えてくれない。
このまま軍隊が周囲の一般人を襲い始めたらたまったものではない。まず大切にするべきものは人々の安全、そう判断した私は、仕方なく男を追うことを諦めた。
前方に一射、後方に一発。左右同時に魔弾を炸裂させ、さらに襲い来るアレクサンダーの大軍隊を次々と蹴散らし続ける。自身を中心に大量の弾丸を生成、それはまるで葡萄の房のようで。熟した実を千切るように、完成した砲弾から次々と四方八方に発射する。
着実に減る敵軍。しかし、十数分に及ぶ戦闘の後に残されたのは、大量の残骸と被害を受けた第三新宿駅、そして傷ついた人々とただただ疲弊した私だった。他の捜査官が応援に駆けつけてはくれたが、もう私たちにできることなんて、怪我人の応急手当と瓦礫のせいりくらいしかない。
またしても、同じ能力にしてやられた。端から血が滲むくらいに、悔しさで唇を噛み締めた。
取り逃した辛酸を飲み込み切れないまま、現場を片付けを手伝い、それすら終えた私はお昼時になったのを確認し、兄の容態の確認も兼ねて署の方へと戻ることにした。先ほどphoneを開いてみると、兄さんからのメッセージが届いていた。今日は知君くんのお見舞いもあるし、昨日に引き続き厄介なインタビューもある。
他の捜査官や、復旧のためにかけつけた工事を行う建設業者の人にも後押しされて、私はその場を後にした。
誰も私を責めることは無かった。確かに、責められるだけの者はいなかった。現場に駆けつけることができたのなんて、私しかいなかった。彼と正面から戦えるのなんて、それも私だけ。間に合って、死者が出なかっただけでも儲けもの。私は責められるどころかむしろ誰もが褒めてくれた。昨日から、随分と活躍するな、って。次期エースたる期待のホープだな、って。
違う、そうじゃない。私がやり遂げると決めたのは、ただ人々を護るだけではない。人々を護り、その上で不安を残さないようあいつを逮捕することだった。それなのに取り逃がした。それだけで十分自責するに値する。昨日のある少年の様子を思い浮かべずにはいられない。彼はやっとの思いで駆け付けたかと思うと、あんなに私たちが苦戦していたあのアリスに完勝した。
それと比べて私はどうだ。ずっと、腫瘍みたいだと思ってきた知君くんに助けられた私は何なんだ。彼と同等の働きすらできない。戦っていて分かった。アレクサンダーは、スペードのジャック単体よりも弱い。あの大軍勢も、スペードの騎士より動きは緩慢で、クラブのソルジャーよりもずっと脆かった。全てをとってもアレクサンダーはアリスより弱い、それなのに。
私は、何もできなかった。
「何しけた面してんだよ」
眠そうに欠伸をしてから兄さんは私にそう問いかけた。昨日の交戦中に睡眠導入作用も強い麻酔薬を吸入したため、未だに眠気と倦怠感が体に残っているらしい。三日もすれば戦線にも戻れる、との話だがそれまでは基本休暇という扱いになる。
普段働きづめだった分、それぐらいが兄さんには丁度いい。もしも、今日駆け付けたのが兄さんだったなら。私は思う。兄さんだったなら、きっとあの男をもう検挙していただろう。そして怪我人も物資被害ももっと少なかったはずだ。兄の方が私よりも素早く現地に駆けつけられるし、アクセスナンバーを無視するように、兄さんは私よりもずっと強い。群れ為す大軍なんて一気に大音量の大気の振動で吹き飛ばし、本体に追いついて取り押さえられたはず。
「これから望んでない取材もあんだし、もうちょい明るい顔作っとけよ」
「でも、そんな楽しい顔なんて……」
「楽しい顔なんてしなくていいさ。もっと胸張って誇るんだよ」
「けど、私は犯人確保なんて……」
「あー、もう。真凜はほんと完璧主義者だな。お前のおかげで死人が出なかったんだよ。もっと誇れ」
誇る。どうやったらそんな事できるというのだろうか。自分だったらちゃんと事件を解決する癖に。知君くんでも一人で解決できると言うのに。私は、やるべき任を完璧に達成できなかった。これで誇っていたら、兄さんが一目置くような捜査官になんて、決してなれない。だったら、満足なんてできる訳が無い。
そして、次こそ知君くんの手をわずらわせてはならない。彼には昨日衝動的に伝えてしまったが、一般人である彼は私たちが身を置くような物騒な世界の事はまだ知らなくていい。何なら一生知らなくとも構わない。もし知るとしたら、彼自身捜査官になったその日だ。
しかしフェアリーテイルのcase17、アリスとの戦いでは彼がいなければどうしようも無かった。手を借りるわけにいかないと思っていたあの子に頼るのは、それを最初で最後にしなくてはならない。だから、兄さんが一目置くあの子と同じだけのことを私もやらねばならないのだ。
「真凜」
「何ですか?」
「自分を見失うなよ」
兄のその言葉は、どうにも今一ピンとこなかった。
その後の取材では気が休まることは無かった。気を抜けば兄から諫められそうな弱気な言葉を吐きそうになるし、知君くんのことを漏らしたくもなる。知君くんの尽力で解決した出来事を、さも自分の手柄のように語らねばならない自分自身に吐き気がした。
きっと、私のちゃちなメンタルが限界になっていると兄は察してくれていたのだろう。兄はずっと、私が途中で黙りそうになる分まで、インタビューに答えてくれていた。
二件分の取材が終えると、もう四時を過ぎていた。第三新宿駅は当分使い物にならないが、一旦は周囲の様子も落ち着いたようだ。
それとついでに、フェアリーテイルだったアリスの処遇が決まったとのことだった。私と兄さん、そして知君くんと琴割総監、この四人に加えて一部の人間だけに情報は伝えられた。フェアリーテイルはとある研究者が管轄している研究施設の中でしばらく暮らすらしい。具体的には、フェアリーテイル騒動が解決し、守護神が暴走する原因を究明、解決するまでだ。今フェアリーガーデンに帰れば再び暴走する可能性だってある。そのためこちらの世界に留まり、万が一の守護神ジャックが起こらないよう、人がいないところで幽閉されるように暮らすのだとか。今のところ、療養中に知君くんがビデオ通話で話し相手になっているらしい。
「じゃあ真凜、行くか」
「行くって、どちらに……」
「知君の見舞いだよ」
「分かりました。すぐ支度します」
そう言えば、知君くんは琴割総監の旧知の友、個人病院の院長さんが開く病院にて療養中だと聞いた。同じフェアリーテイル対策課に所属する、王子 太陽さんの祖父が院長にあたると言う。
彼が私を助けてくれたのは紛れもない事実で、どれだけ守護神アクセスした彼の人格が不穏なものであっても、その事実は否定できない。私がどれだけ仲間じゃないと否定したって、その療養のお見舞いに向かうことと、見舞いの品を持参するのは、礼儀だと私も理解する。
けれど私はやはり、彼には戦って欲しくなかった。再び彼が、あの暴君めいた人格になってしまうのが、どうにも恐ろしくてたまらない、からだと思う。