複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.22 )
日時: 2018/03/06 23:04
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 兄と共に家へと帰り、まだ疲労がたまっている兄をベッドまで見送った。見舞いまで終わらせるとどうやら疲れが来たようで、膝から一度崩れてしまった。玄関でよろめいたその肩を支えて、寝室まで送り届ける。夕食もとらず、まだ八時過ぎだと言うのにそのまま眠ってしまった。
 両親は揃って海外に旅行しているため、先週から来週までずっといない。そのため私は一人で過ごすには広いこの家で、静けさに耐え切れずテレビをつけた。音もなく起動したかと思うと、五月蠅いバラエティ番組が始まる。急に騒がしくなったような気がして、音量を少し下げた。
 バラエティ番組だと、元々録画されていたことや、ニュースとは関係ないことを喋ってくれるため、自分が取材を受ける様子を見なくて済む。あんな人目だけを気にするような話し方をする自分なんて、見返したくない。
 それにきっと、見当違いの手柄をまた我が物顔で振りかざすことになる。「フェアリーテイルは手強いですが、我々捜査官一同、解決のために尽力いたします。今回のアリスのように」そう言わされた。
 どの口が言っているのかと乾いた笑みを漏らす。今回のように? また地べたを這えと? 私は自分に強いられた答えが憎くて仕方なかった。何が憎いって、本当はそれを真の意味で口にできるような人間になりたいからだ。
 力不足だったって、ちゃんと分かってる。けれども、どうにかして私は、この手で……あるいは兄との手で一日前の事件を解決したかった。そうでないと、私たちの面子なんて、一切取り戻せない。テレビではああいっているが、実際のところ今回の事件は知君くんの力が大きいとは私も兄も対策課の面々には伝えている。その方が周囲から知君くんへの風当たりは弱まるだろう、って。私が知君くんに辛く当たるのは最悪目をつぶるが、他の連中から守るのは手伝え。それが、兄さんの主張だった。確かに、他の捜査官が彼に当たり散らしているのは私のような信念など無く、ただの侮辱だから、私はその言葉に従った。
 何となく、飲みたい気分だった。冷蔵庫を開けると、父が愛飲しているビールがあった。中国に伝わる幻獣が特徴的なシンボルとなっている有名な会社のもの。開けると、詰まった空気が噴き出る軽快な音がした。これくらい、私の心も軽快なら気が楽なのだけれど。父の真似をするようにして、ごくごくと一気に三分の一くらい飲む。口中に広がる苦みと、喉を刺激する炭酸が心地よくて。
 私自身も、ご飯を食べる気にはならなかった。けれど、食べないと戦えない。冷凍庫に眠っていたうどんを茹でて、冷やしてめんつゆにつけて食べる。夜ももう蒸し暑くなり始めており、夏がそこまで迫っていることを強く実感した。つるつるとしたうどんの表面が心地いい。案外、食べていると気はほんの少し楽になった。
 うどんとビールって、あんまり絵にならないなとどうでもいいことを考える。食べ終わり、私は思い出す。今朝交戦したあの男のことを。染髪したドレッドヘア。自己主張がいかにも激しそうなあの男。守護神はアレクサンダー、その位階は私のメルリヌスよりも少し上。
 署内のデータを漁ってくれていた、学校時代の友人からのメールを確認し、添付ファイルを開く。思っていた通り、あの男は過去にも事件を起こしていた。壊死谷 剛毅(えしたに ごうき)、三十五歳男性。三年前に数度、世間を賑わわす大きなテロを起こした。その三つのテロを合わせて21世紀末最悪の三禍と呼ばれた。大阪、名古屋、東京、それぞれの中心となる駅が破壊された。次もう一度彼が活動を起こせば、国連も琴割月光の能力の使用を許可すると言ったあたりで彼は活動を止めた。勿論、彼に恐れをなして尻尾を巻いたからだ。
 そんな壊死谷が活動を再開したのは、当然フェアリーテイル騒動が起きたからだ。今なら琴割に怯えずに破壊活動に取り組むことができる、と。確かにフェアリーテイルは数も多く、一人一人が壊死谷と変わらない危険度を孕む。にも拘わらずまだ我が国の警視総監は自ら戦線には立てない。
 こういう時こそ、私のような人間がちゃんと、このような輩を取り押さえなければならない。ただでさえ人手が足りていないのだから、人間の犯罪をここで活発にさせる訳にいかない。歩瀬さんという一流の捜査官も既に桃太郎対峙の際に亡くしてしまった。これ以上、悪に正義が屈する訳にはいかない。平和に生きる人々を護るためにも。
 それをちゃんと、達成できたとしたら。兄も、自慢の妹だと認めてくれるだろうか。
 未だに私から見て、兄の背中はとても遠い。相性もあるのだろうが、私とメルリヌスで兄さんとアマデウスに勝てるとは到底思えない。並外れた鍛錬と喧嘩のセンス、そして音速での移動。正直なところこと戦闘能力に限ると兄の方がよほど高く、そして捜査官に求められるのは八割近くがその能力。
 強くならないと。自分一人でも、戦えるように。
 そんな風に考えているから、いつまで経っても変わらない。そんなこと、思ってもみなかった。


 翌日、リベンジの機会はすぐさま訪れた。すきっ腹からビールを胃に入れてしまったがために、酔いが早いうちから回ってしまった私は、兄の事をとやかく言うこともできず食器だけ綺麗にして十時前に眠りについた。昨日の、酩酊混じりに読んだ資料を思い返す。アレクサンダーの能力は、人間の形をした騎馬兵の軍隊を呼び寄せる能力と、雷を武器にまとわせる能力。そして圧倒的な身体能力の向上。音速まではさすがにたどり着かないが、三年前に兄と交戦し、それでなお対等な戦いを繰り広げたという。
 確かに番号でいうと400番以上差が開き、倍数にすると約三倍の差。それを互角に持っていく兄がむしろ常軌を逸する。それでも、私にとって生まれてからずっと一番強い人間は兄だった。その兄と、対等。あるいはそれ以上。今の兄さんは当時よりもさらに研鑽を積んでいるため、その二人が対峙したらおそらく今回は兄が検挙を成功させるだろう。
 しかし、まだ兄は安静にするよう言い含められている。もし仮に教えてしまうと、自分も出ると言ってきかないだろう。だから私は何事も無かったようにして、行ってきますとだけ伝えた。何か変だなと勘繰られたけれど、疲れてるだけよと素っ気なく返す。
 後、ストレスが溜まっているとも伝えた。嘘を吐くときは真実を交えておくといい。その真実を口にするときの態度が、声が、顔色が、嘘を隠してくれる。
 家を出て、駅の方へと早足で歩いて、確実に兄から知られるところまで来て私はphoneを取り出した。警察に入るときに支給される、耐久性の高い端末。おそらく壊死谷の持つものは、強制終了のプログラムチップを抜き取った改造品。耐久性には難があるはずだ。もし仮に私と奴とで実力に差があったとしても、phoneさえ破壊してしまえば私たちの勝ちだ。

「守護神アクセス」

 静かに、メルリヌスを呼び寄せる。力が満ちると同時に、宙にワームホールを開いてスノーボードを取り出し、乗った。向かうべき場所はやはり大きな駅だった。昨日襲われていたのは、数十年前に火事で全焼した新宿駅を作り直した第二新宿駅、が地震で倒壊した後に作り直された第三新宿駅。今日襲われているのは同じく五年前の地震で破壊しつくされた後、作り直された第二渋谷駅。

「急がないと」

 通知は鳴りやまない。同期から。上司から。先輩から。先輩から。同期から。同期から。上司から。同期から。飛んでいる間にも通知は入るが、アクセス中なので確認できない。守護神というのはやはり我儘なのだろうか。どれだけphoneが発達しても、アクセス中には他の機能を使わせてはくれない。
 遠く遠く、遥か遠くで煙が上がっている。あれがきっと、目的地に間違いない。それにしても、この距離でその煙が見えるとは一体何が起きていると言うのか。悪い予感なんてものではない、それだけで地獄絵図が広がっている確証になる。

「何でっ!」

 どうしてこんなことができるというのか。人が泣いて鳴いて哭いて亡いて、怒号と悲鳴とが入り乱れて、そんな中でどうしてあいつら悪人は嗤える。昔からずっと嫌いだった。物心ついた頃からcallingは、守護神アクセスは存在した。そのせいで、昔ならばお伽噺だって、フィクションだって笑ってられた犯罪が起こるようになった。
 琴割 月光は何も悪くない。悪用する人間が何よりも悪い。現実に住まう悪党は、結局のところ平和な世界で生きている作家や漫画家よりもずっと狡猾で、残酷だ。だから小説よりもずっと残酷なことをしでかそうとする。
 フェアリーテイルと同じだ。お伽噺が牙をむく。
 だからまた、お伽噺は歪んだその暴力を正さねばならない。結局のところ私達も力を振りかざしてるだけ、そんなもの屁理屈だ。私達は、お前たちみたいに人々を泣かせない。傷つけないし、死なせない。ただ、お前たちのことだけは人々だなんて認めない。ただヒトに生まれただけの悪鬼羅刹は許せない、生まれた時代を間違えたと思え。
 怒りを滾らせて飛ぶうちに、目的地へとたどり着く。覚悟こそしていたが、目に入ったのはあまりにも悲惨な光景だった。立て直された渋谷駅どころか、周囲の建物を巻き添えに、アレクサンダーの大軍勢が街を焼き払っていた。昨日は使っていなかった火矢を、数千の兵が皆手にし、弦を引いて。引き絞ったその直後、解き放った。燃え盛る矢が町中に降り注いで、ピルはたちまち火に覆われて。あちらこちらから煙は出て、逃げ惑う人々で道は埋まっていて。唯一救いがあるとしたら壊死谷が人々の死になどまるで興味なく建物の破壊を優先させていることだった。
 昨日とは明らかに異なるほどに、槍にまとった雷鳴が轟き空を割いて、たったの一突きで向こう数十メートルを焦土と化す。それはまるで雷の蛇が這ったようだった。焦げ臭い匂いが立ち込める。燃え盛る炎の舌が、ブランドショップの衣服や、宝石店の貴金属を飲み込んだ。
 わざわざ、災禍を越えて立ち直り、掲げられた平和の象徴をへし折るような不遜な態度。それはもう、私には冷静に見ていることなんてできない。
 焼け野原の中心地に、私は飛び込むように降り立った。地上に蔓延る数多の雑兵。それらをまとめて撃ち抜きながら。青白い閃光が走る。一本、二本、その後次々と数え切れぬほど雨のように降り注ぐ。狙いをつける必要なんてない。あんなにいるなら適当に撃つだけでいくらでも当たる。私は怒りに囚われるがままに何度も光の矢で地上を射抜く。
 私を中心に半径約百メートル以内、数百体もの兵隊をただのがらくたに還す。粘土のように崩れ落ちた兵隊だったものは、もうピクリとも動かない。
 もうこの激情に身を委ねるだけでいい。負けてたまるかと牙向いて、私は再び壊死谷と向き合った。

「昨日の女か」

 奴もすぐに気づいたようだ。容姿はともかく、能力が瓜二つなら彼もすぐ分かるだろう。昨日の一件は彼にとっても屈辱だったようで、今日こそはと燃えているようでもある。だが、昨日の一件を屈辱としているのは、逮捕できなかった私とて同じだ。私と奴は二人して、敗北を喫していた。けれども今日、最後に笑うのは私だ。
 そうあって欲しい。否、してみせる。五秒後の未来を見る。もう、その時には戦いは始まっていた。