複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.23 )
- 日時: 2018/03/07 14:12
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
本編とは全く関係のない更新です。僕は寄り道アクセスと読んでます、ご注意ください。
受験生、というかもはや合格者向けです。合格者向けのお話にしつつ、ネタバレ防止にするため既存キャラをできるだけ使いました。
四月から新生活が始まる方も多いとは思いますが、そのような方々の明るい前途を応援しております。
再び告げるともはやこの寄り道は合格者向けです。それでは。
校門付近に立ち並ぶ桜の木は、開きかけのつぼみを枝の上に並べていた。茶色くてゴツゴツした木々の上に赤い点が立ち並んで、所々薄桃色の花びらが顔を見せている。
緊張というより、不安で心臓が暴れていた。同じように顔を強張らせた各校の中学生達が流れていく。時間はまだ十分前で、今すぐ出向いても互いにそわそわする様子を見て一層不安になるだけだ。
昔から来たいと思っていた高校で、ずっと勉強は努力していた。けれども半年ほど前、急にこの高校を志望する人間が増えてしまった。その頃世間を騒がせたフェアリーテイル騒動、その立役者となる英雄が二人、ここの生徒として在籍しているからだ。
二人とも、学校は公表されてしまったが、未成年だからと名前や顔は秘密になっている。活躍する様子を見た人たちがあの制服はこの高校だとSNSで呟いたのがきっとその原因だろう。よく写真など取られていなかったものだと思うが、危険なところにわざわざ踏み込む人はいない。
校門前では、高校生向けの塾の職員が自分のところのパンフレットを文房具を添えて配布していた。袋なんて用意してない私は両腕に沢山のチラシやパンフレットを抱えていた。周りの皆も、同じ状況のようである。
周囲には、私たちのように結果を待つ人々のみならず、その様子を見る先輩方も見かけられた。わざわざ見に来たと言うよりは、たまたま部活動の時間と重なっていたようで、学校の名前が入ったそのクラブのジャージを羽織っている。微笑ましそうにして、「私も不安だったなぁ」なんて声がして。
私も来年、そう言える人間になりたいものだ。合格発表が行われる中庭へと早足で進む。ふと、腕と体の隙間からバサバサとうるさい音を上げて紙の山が雪崩落ちた。灰色の地面の上に鮮やかなチラシが広がる。周りの人たちは皆それどころじゃなくて、人によってはそもそも私のことが見えてない様子でそのまま歩いていってしまった。
面倒だなぁと思いながらも、一枚一枚拾っていく。果たして何枚散らばったのだろうか。憂鬱な私の前に、一本の腕が伸びる。丁寧な仕草で拾い上げ、何枚かまとめてくれるとそれを私に差し出してくれた。視線を上げ、その顔を見る。にわかには、その人が男子なのか女子なのか分からないような、中性的な先輩だった。
「はい、どうぞ。大丈夫ですか?」
来ている制服が、この高校の男子のものだと気がついて男の人だと分かる。穏やかで優しそうで、それでいて気の弱そうな人。
「あざっす……じゃないや、ありがとうございます」
「別に気にしなくていいですよ。話しやすいように話して下さって」
そう言う彼の声はとても柔らかくて、何だかふと安心してしまう。先程までの不安が全部吹き飛ばされてしまったみたいに。
「合格、おめでとうございます」
「えっ……まだ、結果は出てないんじゃ」
「あはは、ちょっと僕には分かっちゃうんですよね」
そう言って、しゃがんだままの私に手を差し出してくれて。手をとるとそのまま立ち上がらせてくれた。
「僕の友達が、ちょっと貴女に興味を持ってまして。もし王子って人に会ったら仲良くしてあげて下さい」
「はぁ……」
王子、というのはあだ名なのだろうか。とすると随分かっこいい人だったりするのかな。そういう想像をしてしまったが、それに気がついた目の前の先輩に王子は名前ですよと教えてもらった。なるほど、王子が名字なのか。それはきっと、からかわれやすそうだ。
「それにしても、何でわざわざ気にかけてくれたんす……くれたんですか」
「少々、貴女は僕たちの知り合いと似ておりまして。まあそれも当然と言えば当然なのですが」
意味ありげな言葉を口にするが、どういう意味なのだろうか。私が、誰かに似ている、そしてそれが当然であると。別に私に兄弟姉妹はいないから、そのことを言っているのではないだろうに。両親は教育関係者でもないから、それもあり得ない。
そしたら、誰と似ているというのだろうか。
「新しい生活というのはとても刺激的で、毎日がとても楽しいです」
「そっすね」
「そしてこれから過ごす日々は、大人になったらもう戻ってきません」
楽しめるのは今だけなんです。進みたい道に進むことのできた貴女は、そうでない人々の分まで楽しんでこの高校生活を送って下さい。
「貴女が、三年間楽しく過ごせることを僕も祈ってます」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。生徒会長ですから」
王子くんによろしくお願いします。最後にそれだけ言い残して、彼は去る。生徒会長、だったのか。何となくその穏やかな態度が、上に立つ人らしくないとは想うけれど。どうしてか、あの人になら何でも任せていいような気になれた。
今度はもうチラシを落とさないように。グラウンド脇を歩く。見ると、サッカー部が練習をしていた。
楽しそうだな、って呑気に眺めてると、白と黒のボールが一直線に私の方へと跳んできた。シュート練習をしているようで、ゴールを僅かに上空にそれ、バーを飛び越えてしまったボールが緩やかな放物線を描いて私に向かう。急なことで対応なんてできずに、目を閉じ、ぎゅっと胸に塾のチラシを抱き締めて痛みに備えた。
けれども、当たらない。恐る恐る目を開く。一人の先輩がそこにはいて、ボールを受け止めてくれていた。
「おいこら下手くそー、ちゃんとゴール狙えー」
「うっせーぞ王子。お前こないだ体育でオウンゴールしたくせに」
「あれはバックパスにビビった知君のせいだろ……」
おそらく互いに知り合いなのだろう、サッカー部の主将らしき人と、ボールを止めてくれた人とが言葉を交わす。グラウンドの方にボールを投げ返して、彼はこちらを振り返った。
王子と呼ばれていた、ということはこの人がさっきの生徒会長さんの言っていた人で間違いないだろう。振り返った彼は、人当たりがよさそうな気さくな笑みを浮かべていた。ワックスで髪は整えられており、私からするととても大人びて見える、お兄さんのように映った。
「大丈夫か、新入生」
「はい、ありがとうございます。おかげで助かったっす、じゃないや、助かりました」
「ん? お前……」
またやってしまった。敬語というのが苦手すぎて、いつもこんな縮めた言い方をしてしまう。中学の先輩やさっきの会長さんは優しかったが、これからはちゃんと正すべきだろうなと思っているのに。
気を悪くしたりしていないかな、と思ったけれど、どうやらそんな様子は無いようで。むしろ今度の先輩はただ目を丸くしていた。
「その口調、君が知君の言ってた新入生か」
「はい?」
「多分君さ、守護神がフェアリーガーデンにいるだろ」
「何でそんなこと知ってるんすか!?」
確かに私の守護神は、どこかのお伽噺の主人公らしい。ただ、その正体がどれなのかまでは特定することができない。ナンバーが存在しない、例のフェアリーテイル騒動を起こした異世界の住人は、誰と契約しているのか合わなければ分からない。
「赤ずきんって子に、君はよく似てる」
「赤ずきんってあの、有名なフェアリーテイルの……」
「そうそう、あいつもよく『やってやるっすよ』とか言ってたからな」
テレビで見た事件の中でも、最も凄惨な被害を出した中の一人が赤ずきんである。これは果たして喜んでよいものやらと私は苦笑いしか浮かべられない。
それを汲んでくれたのか、王子さんはフォローしてくれたが、それでもやはり気分は優れない。
「一期一会ってことで仲良くしてくれよ、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします……」
「そんな緊張すんなって。単に俺は君に頼みがあるだけだから」
頼み、とは何だろうか。私の返事も待たずして、先輩は語り続ける。
「もし赤ずきんに会ったらさ、王子があいつによろしく伝えてくれって言ってた、って伝言頼んでいいかな?」
満面の笑みを浮かべて彼は言う。あいつとは、一体誰を指すのだろうか。それは赤ずきんなら知っているのだろうか。
「先輩にとって大事な人なんですか?」
よし、ちゃんと敬語を作れた。これは前途も明るいだろう。
「あぁ、何より」
そう応えた彼の顔は、笑っていながらも何かを堪えているように見えた。
「会えるかわかりませんけど……」
「会えるさ、きっと。俺が会えたくらいだ」
そう告げる表情は確信に満ちた真剣なもので、瞳が嘘偽り無く輝いている。だったら、信じてもいいような気がした。それに今しがた助けてもらった恩もある。
「了解っす、任せて下さい」
「うす、頼んだ。最後に先輩からのありがたいお言葉だ、友達は、仲間は、好きな人は大事にしろよ。かけがえのないものだからな」
そう言ってその先輩も去っていく。そろそろ結果が出てるぞ、って私の背中を押すように。ちょっとした歓声が私の進む先で上がった。
黄色い声ばかりが聞こえてくるが、きっと中には泣いてる人もいるのだろう。私は、どっちだろうか。
「合格、おめでとうございます」
生徒会長さんの声が甦る。何だかそれだけで、本当に受かっているような気になってきた。
私も見に行こう。もう不安なんて無かった。いや、それは少し嘘か。今度は楽しい高校生活になるか不安になってきたのだから。
けど、きっと大丈夫だ。どこか違う世界にきっと、私を見守ってくれる人がいる。例え私が彼女に会えなくとも、居てくれるというその事実が勇気をくれる。
生きている私たちは、彼ら彼女らのおかげで、独りになることは決してない。それはまるで、魔法の言葉。強い心と繋がりたいと想う気持ち。
「守護神アクセス」
快晴の空の下、そう呟いた。