複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.24 )
日時: 2018/03/11 09:09
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 そうあって欲しい。否、してみせる。五秒後の未来を見る。もう、その時には戦いは始まっていた。私の首元めがけて伸びる上段突き、槍を引く挙動を見た直後突き出される前に回避した。一秒前まで私がいた空間を貫き、雷光が瞬く。昨日よりも雷鳴は激しくなったとはいえ、根本的な性質は変わっていないのか、ある程度近くに居ても問題は無いようである。
 ただ、先ほどショッピングモールを焼き払った激しい雷撃。あれだけは要注意だ。おそらくはあの男最大の攻撃手段。あれを喰らうか避けられるかで全てが変わる。いや、正しくは撃たせてはならない。回避しようが代わりに街が焼き払われる。つまり、撃たせた時点で私にとっては敗北も同然。だが、先ほどの一射でエネルギーを使ったためか、昨日の邂逅時のように武器に纏った雷は弱まっている。成程、昨日と同じ状態というなら今日こそは取り押さえられる。
 怒りのせいもあってか、短絡的な思考に囚われる。一度目の戦いでこちらが優位に立っていたのは全て、相手が油断していたからだというのに。相手が地面を蹴る。次に来るのは上段蹴り。かがんで避け、そのまま相手の顔が来る位置向かって狙撃する。壊死谷の蹴りは宙をさまよい、その頭には魔力の球が衝突する。しかし、守護神による身体能力補正の影響かそれほどダメージは入っていない。
 顔に直接入れたに関わらず、鼻血すら出ないとは。もっと威力を上げたものを当てねば話にならない。刺しては引き、引いては刺される槍の猛攻をかいくぐり、次の一手を打つ。溜め込んだ魔力をより強く圧縮し、放つ。先ほど威力を見切ったと思い込んだのか、相手はガードもせずそのまま受ける。しかし、今度のものは特別性。威力も上昇していれば、さらにもう一つ仕掛けがある。
 詰め込んだ魔力が迸る。閃光を放つとともに、男の腹にめり込んだ砲弾は炸裂した。青い光と熱とに包まれたかと思うと、白い煙の中に男は消える。
 やったか、そう思ったのも束の間、すぐさま男が飛び掛かってくる未来が私には見えた。舌打ちを一つ、回避よりも迎撃だと今度は弾丸でなくてレーザーを打つ。光の線が三本走り、男がいるだろう地点を薙ぎ払う。
 そのつもりだった、しかし大きな槍に纏わせた雷鳴をさらに強く響かせて、それら三本全てを一息に奴は引き裂いた。槍に突かれ、あるいは刃に切り裂かれた魔力の三閃はそれぞれ光の粒子となって霧散するように消えた。
 武器を取り巻く雷が、まるで器から溢れ出るかのように漏れ出て、元々大きな槍をさらに巨大に見せる。もし、避けなければ。未来予知。するまでもなく予想で来ていたことを確信する。今度の一撃は掠るだけで墨となる。
 身体強化がメルリヌスでは見込めないため、自ずと本来の膂力で回避するしかない。少しでも足止めになればと弾丸を何発も打ち放し、滑り込むように跳び退いた。後方で、本物の落雷があったかのような爆音が叫ぶ。焦げ臭い臭いを振りまいて、小さなクレーターが男を中心に生まれた。大地にも強めの雷電走る。とっさに魔力のヴェールをまとうことでその二次被害をも防げた。未来予知を続けているが、まだまだ能力発動するだけの魔力量は残っている。しかし、魔力よりも先に体力が限界を迎えそうだった。先読みできるとはいえ、自身の体力と相談しながらあの体術に着いていく必要がある。
 壊死谷が散々暴れてぐちゃぐちゃになった地面に足を取られた。体勢を崩したところに数多の兵がなだれ込む。やはり相手も昨日とは異なり、油断も隙も一分も無いようで、持てるもの全てを使ってくる。その 人形一つ一つも、剣に槍、弓矢と思い思いの武器を携えているため、無視できない。近日の、アリスとの遭遇を嫌でも思い出す。もう、あんな惨めな思いをすることだけはごめんだった。その黒歴史を振り払うようにして、私はその大軍勢に立ち向かう。
 未来を見る。三十秒後の景色を見たが、素直にこの大軍勢が襲い掛かってくるだけのようだ。それならば目の前に集中するのみ。こいつらが私にかかりきりになっている間は街の破壊が進まないはずだ。何を理由に壊死谷がテロ行為を重ねるのかは、彼がまだ逮捕されていないため分からないが、楽しく過ごす人々を脅かすことに変わりはない。容赦なく取り締まる、私がすべきことはそれだけだ。
 先頭に立つ、黄色い人型の傀儡、その頭を打ち抜いた。青白い光線に頭部を貫かれたそれは、中枢を破壊された機械のように動きを止め、その場でがらくたとなった。地に伏し、後続の足元を遮る。やはり、数が多いとはいえトランプの兵士よりも一体一体はずっと弱い。
 先頭に立つものを倒しても倒しても、後から後から湧いてくる兵隊たち。その群れをまたまとめて炸裂性の魔力弾で一気に吹き飛ばす。しかし、せいぜい最前列付近に位置する五十ほどの操り人形が消し飛ぶだけ。数百数千と存在する大軍勢はまた、後方から補充要員が湧いてくる。
 挟み撃ちになると厄介なので、後方にだけは行かせないようにする。それでも、前方の百八十度はほぼ全てアレクサンダーの配下で埋め尽くされた。処理が間に合わず、眼前にまで押し寄せた大軍勢が各々得物を振り上げた。振り下ろす。斬撃と突きと矢の雨と、迫りくる猛攻を息つく間もなく避け続ける。
 未来を見る。安全地帯を探す。一秒後にはここ、二秒後にそこ、三秒後にはあそこへ。ワンシーンずつ丁寧に、安全な地点を未来予知で確認する。その安全な場所を縫うように進んでいる訳だが、まるで攻撃が自発的に私のことを避けているようでもある。
 しかし、次の瞬間未来視に映ったのは、ここら一体が火の海に包まれている光景であった。何事かと思い、未来でなく現在の様子を見る。兵隊の群れの最後方、太く強い弦をしならせて、弓を構える数十の兵。その矢には、油でも染み込ませているのか燃え盛る布が巻きつけられるようについていた。上空に放たれ、自軍に被害が出ないよう丁度飛び越えて私のいる辺りの位置に襲い掛かる。ただでさえ破壊された街並み、それをこれ以上灰と化させてたまるものか。
 眼前から迫る刃物の雨霰に自分が捉えられないよう、後退し続けながら上空の火矢を打ち落とす。自分を守るように纏っている魔力のヴェール、それと同様のものを上空に形成する。弾き返し、相手の陣形の中心に注ぎ込む。人形のくせに危機感はあるのか、兵たちは一度足を止めて、上空の槍に対処する。
 助かった。
 そう、思ってしまった。
 ざまあみろ。
 ほくそ笑んでしまった。そんな余裕も無いのに。
 そしてすっかり私は忘れ去ってしまっていたのだ。本体の存在を。
 急に私は、奴の考えていた一手のせいで目の前が真っ白になった。古代ローマの大王が従えるその軍隊にばかり対処して、なぜその間壊死谷本人が手を出してこないかなど、考えていなかった。
 未来視で見えるその光景、それが唐突に黄色一辺倒に染まった。何らかのバグでも起きたのかと、能天気なことを考えた時間すらもったいなかった。私はちゃんと見ていたのに。あの男が、自力でここいらの建造物を抉り、焼き払ったその雷を。
 光の柱が急に天へと駆け抜けた。それは積乱雲へと帰っていく稲妻のようで。壊死谷から零れるその電撃があまりに膨大だと感じたその時に、さっきの未来視の意味をようやく知った。壊死谷本人は己の兵士たちのそのさらに後方、私も含めて一直線上に並んでいる。
 まさか、数的優位に立っている現状、その兵士たちを巻き込んでまで撃ってくるという予想はしていなかった。一秒後の未来を、確認するように眺めてみる。予測が的中したことは、最悪だとしか言いようが無かった。私がここにたどり着いたその時に見た、槍から放たれた全てを焼き払う雷撃、それもさっきよりずっと強いものが放たれる光景が予知された。
 敵軍の最奥、先ほど火矢を撃ってきた兵達の体が弾け飛ぶのが辛うじて見えた。そして、私の後方にはまだまだ逃げ遅れている人々が残っているということもちゃんと把握している。だから私には、避けることすらもできなかった。
 体は正直だ。そんなこと頭で判断するより先に、私はメルリヌスから借り受けた、残存魔力全てを使う。横に這う雷撃を打ち消すための最大火力の光線、さらには背後の人々に万が一の後遺症が残らないための魔法のバリア、それら二つを最大の強度威力高度で瞬時に実行した。正面から相手の最大火力を受けきる。しかし、咄嗟に撃ち放したこちらの攻撃よりも、しっかり力を溜めた相手の方がずっと強力なことは深く考えるまでも無い。
 自身の残ったスタミナまでも全て使い切る勢いで、せめて後方のバリアだけでも強化する。じりじりと押し負け、拮抗していた力と力のぶつかり合いはこちらへと近づいてくる。
 そして。魔力のストックが完全に切れた私の反撃は掻き消える。多少威力は減退したというものの、アレクサンダーの黄色い閃光は、未だ勢いよく荒れ狂っている。
 撃ち負けたとはいえ、せめてバリアで遮らなくてはならない。後方を確認する。お年寄りもいれば、子供もいる。ショップで働いていたであろう職員さんたちもいる。顔は恐怖で引き攣っていて、煤と砂埃で服は薄汚れている。
 数秒後の未来、その時無事なのか惨事なのか、それを視るだけの力ももう無い。アスファルトの地盤を巻き込むように雷光一閃。最後に残った魔法のヴェールで受け止める。自分の正面に一つと後方に一つ、二段構えになっている、できることなら一段目、最悪でも二段目で耐えきれれば。
 めくれ上がった岩盤までも、巻き込まれたその勢いでこちらに押し寄せてくる。思っていたよりもずっと衝撃は強い。目の前の方のバリアには、もうとっくに罅が入っている。
 あと少し、後もうほんの少しの辛抱で受けきれる。だが、無情にも目の前の結界はギリギリのところで決壊してしまった。しかしすんでのところで雷光は収まり、電撃の爆ぜる音も消え去った。しかし、巻き込まれた瓦礫と、焼かれた大気が押し寄せる爆風は抑えきれなかった。決壊した魔力の障壁の穴から、強烈な風が吹き込んで、私の体を突き飛ばす。
 瓦礫と熱と、引き裂くような風とに巻き込まれ、私は一瞬気を失ってしまった。