複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.25 )
日時: 2018/03/10 16:50
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: nG1Gt/.3)

 気を失ってしまったと言っても、それはほんの一瞬の出来事で、すぐに私は全身の痛みから意識を取り戻した。守護神アクセスの、時間制限ギリギリ。一度接続を切って再接続しなければならない。

「真凜、まだ戦うの?」
「当たり前でしょ……。私以外、誰がっ」

 メルリヌスが私に問いかける。だが、愚問だと言わんがばかりに私は即答した。ここに駆けつけられる人間がいるかも分からないし、それが本当に奴を抑え込めるかなど分からない。それなら、私が絶対に抑えなければならない。

「じゃあ一度私も回復するわ。五分後に呼んでちょうだい」

 メルリヌスが貸してくれる魔力は彼女の持つ力その全てではない。彼女とは良好な関係を築けているため、極力私に協力的に振る舞ってはくれるが、だからこそこれ以上我儘は言えない。メルリヌスが回復が必要だと言うならば、きっと本当に回復が必要だからだ。
 守護神アクセスが終了し、phoneがスリープ状態になる。その間に、私は自身が置かれた状況を確認することにした。今私は瓦礫の山が積み重なった、その中心にいる。奇跡的に私を押しつぶさないようにアスファルトの地面だったものがまるで小屋のように覆ってくれていた。目立った外傷はないかと体を確認するも、打撲と擦り傷だらけで、骨折などしている様子はない。
街の様子はどうかと、自分を隠してくれているアスファルトの隙間から遠くの景色を見ている。私が無事に済んでいるだけあって、私が護ろうとした後方の人々は全員無事のようだ。壊死谷の様子はどうだろうか。見える範囲にそれらしき人影は無いが、遠くでまた爆炎が上がっているのは見える。彼の率いる軍隊は規模がやけに小さくなっており、このことからハートの兵隊のような快復能は彼の能力には存在しないと察せられる。メルリヌスの魔力のように、一度のアクセスで使用できる人形の兵隊の数に限りがあるのだろうか。
 完敗だった。ようやくここで私は、先ほどの自分が功を急ぎすぎていたと自覚した。一度戦って優位に立ったため、己の方が優位に立っていると勘違いしていた。けれども、たった20のアクセスナンバーの違いは顕著に出ていて、私はあんな男にあっさりと敗れてしまった。
 力不足、と言えばいいのだろうか。優れた能力を持っているメルリヌスだが、敵に攻撃が届かなければどうすることもできないし、それに敵が堅すぎたり速すぎたりすれば未来予知も役に立たない。
 本当に、ここが私の限界なのだろうか。ふと思う。『彼』の言葉を思い出した。
 メルリヌスとの会話が大事かもしれません。そう、言われた。メルリヌスとの対話ぐらい、普段させられている。彼女が何が好きなのか、どういう風にして欲しいだとか、そういう要望は叶えているし、充分仲良くしている。彼に言われるまでも無い。
 だが、私はそう言いつつも充分自覚していた。いつもは彼女の欲求を叶えるための会話しかしていないと言うことも。知君くんが提案していたのは、あくまで私が強くなるための手段についてだ。メルリヌスのための対話でなく、私のための会話をしろということなのだろう。
 分かっている、彼女の能力で可能なことは何なのか、私が完ぺきに把握しきっていないことは。未来予知の能力と攻撃ができる。そう言われてから私は深いことを彼女に尋ねたことは無かった。魔法の攻撃と言えば、そう思って炎や風を想起したが使うことはできなかった。けれども、魔法のエネルギーをただ弾丸やレーザーにするという発想は間違っていなかったようで、それは成功した。
 簡単な攻撃としか言っていなかったし、できるとすればこの程度のものなのだろう。警察学校時代の、そんな低次元の考察で私が燻っているのをきっと、知君くんは見通したのだろう。正直なところ、病室の知君くんに言われるまで、メルリヌスにまだ能力が眠っているだなんて考えたこともなかった。
 けれども、原始的な攻撃以外にメルリヌスに何ができると言うのだろうか。私には分からない。分からないけれども、だからこそ彼女に聞く必要があるのだろう。けれども私にとって、知君くんの助言を実行するのは癪でしか無かった。
 不意に現れただけの高校生。助けてもらったことは事実だが、私にとってはまだ気に食わない人間であることに変わりなかった。感謝はしている。けれども、それ以上に、彼には彼に似合う所で暮らしてほしい。私はもう、彼があの邪知暴虐の王みたいな姿になって欲しくない。あんな風に私達を護って倒れて欲しくない。
 ふと、泣き声が聞こえた。「怖いよ」って、小さな女の子が泣く声だった。その声は近くにいた兄に言ったものなのだろう。大丈夫だって、兄は彼自身幼いながらも言い聞かせていた。第三者の私だから、分かる。その声は震えていた。
 怖いよ。
 大丈夫だ、兄ちゃんがついてる。
 だって、さっき女の人が……。
 それは……。
 話題に上がっていたのは私だった。それもそうか。逃げて、怖がるしかできない人々にとって、唯一の救世主は私だったのだから。けれどもそんな彼らの目の前で私は、敗北を喫した。もう一度立ち上がり、向かっていくだけの勇気はある。けれども、勝てる見込みがあるかと問われると、ひどく薄い。
 もういっそ、逃げ出してしまおうかな。あの男は、おそらく私一人の手に負えない。三日の後、兄が回復してから万全の状態で迎えた方がいいに決まっている。
 そうだ、ここで私が犬死しても、それこそただ無駄なだけだ。
 遠くで、また爆発。より一層、近くにいる妹さんの泣き声が強くなる。もうその声は恐怖に取り込まれ声になっておらず、ただただ嗚咽を漏らすだけ。泣き止ませようと努めるお兄ちゃんも、次第に不安そうになっている。
 胸の奥がずきずき痛んだ。また、『彼』の言葉が蘇る。強くなれるだけの可能性を秘めた手段が一つある。それに手を伸ばしてしまえばいい。
 けれどそれは、私にとって不愉快な選択。きっとここでそれを受け入れてしまえば、これから先の捜査においても知君くんのことを頼ってしまうだろう。それは、自分の矜持に反する。例え如何ほどに彼が優秀な捜査官の素養を持っていようとも、彼の持つその肩書は、私にとって背中を預けるのではなく、背中に負ってあげるものだ。
 人々を護るのが私の仕事、だから知君くんにすがる訳にはいかない。自分の信念を曲げるような人を、兄は認めようとしないだろうか……ら。

「自分を見失うなよ」

 ふと、兄の顔を思い出すと、さらにその声が蘇る。私にとって、自分というのは何なのだろうか。そんなの決まっている、平和に済む、人々を……守ること。
 じゃあ、彼らは?
 すぐ傍で泣く二人は、守るべき対象ではないのだろうか。そんなもの言うまでも無く是だ。彼らも私にとって、大切なものに違いない。
 兄に認められるためにも、知君くんの言葉は聞かない。そんなものただの逃げだ。私の安いプライドが、私のくだらない嫉妬が、彼より自分が劣っていると認めたくなかっただけではないか。
 私よりもずっと信頼されている彼が羨ましくて仕方ない。そんなもの、当たり前じゃないか。私は彼と違ってまだ何も為していない。兄の背中を追い続けてきただけだ。彼が捜査に抜擢された理由も、おそらく兄は知っている。だからこそ信頼しているのだ。
 けれど私はまだ半人前だ。だったとしたら……たとえ誰の言葉であろうとも素直に受け入れるべきじゃないのか。
 けれどやはり、私にとっては最後の一歩が踏み出せない。ここに来ても私はまだ、知君くんに頼るのはならないと思っていた。彼すらも、守ってあげられるようになりたいと。辛く当たられても私に接そうとする彼を、いつも笑っている彼を、暴君に取り入られようとも私を助けることを優先した優しい彼を。

「誰か助けて」

 そう泣きわめく少年の声がした。気づいたら、お兄ちゃんまで泣き叫んでいた。
 私のちんけなプライドと、彼女らが笑顔で過ごせる日々。その、どちらの方が大切かなんて。

「そんな答え、初めから全部出ていたのに」

 私がここに来たのは何のためか。
 警察になったのは、捜査官になったのはなぜか。
 危険を冒して戦い続けるその理由は。
 全部、全部誰かを救うためじゃなかったのか。
 ここ一か月の私はどうだった。自分のことを認めて欲しいと、私欲のためだけの力を振るっていなかったか。
 知君くんへの態度はどうだった、遠ざけたいというよりも、近づいてほしくないからとただ邪険に扱っていただけではなかったか。
 次第に、自分の心が浮き彫りになっていく。ずっと、見たくないと蓋をしてきた汚い自分の感情が、ちょっとずつちょっとずつ浮き彫りに。

「ごめんなさい、メルリヌス。……もう一回、力を貸してくれるかしら」

 約束の刻限が来たため立ち上がる。口の中に血の味が広がる。何かと思えば唇の左の方を切ってしまっていた。
 色んな人の顔を思い浮かべる。兄さんに始まり、同じ対策課に属する王子さんのような面々。次々と仲間の顔が流れて行って、最後に知君くんが出てくる。けれどもごめん、やはり君のことはまだ守るべき人として見ていたい。その代わりと言っては何だけれど、君の助言には素直に従おうと思う。
 私の力は自己顕示欲を満たすためでなくて、護りたい人を護るために使う。昔からずっと、ずっと言い続けていたはずの目標を私は再確認する。戦う理由を思い起こす。
 右手にphoneを握りしめ、その手の親指で唇から垂れる血を拭う。決心を胸にphoneを起動して、再起する。
 もう二度と、道は違えない。

「守護神アクセス」

 今度こそ。