複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.26 )
- 日時: 2018/03/28 09:45
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「守護神アクセス」
今度こそ。それは己への誓い。間違えたりしない。見失ったりしない。負けたりなんかしないし、取り逃がしたりなんかしない。
もう二度と、誰かを泣かせたりなんかしない。
「メルリヌス」
「どうしたの、真凜?」
「教えて、貴方の事」
変わるなら、きっと今だ。
瓦礫が折り重なったその天蓋、一筋の閃光が貫いた。青い光が空へと走って消えていく。どこまでも澄んだ青い空と同じ色、そのまま遥か彼方へと消えていく。
西を見る。数百メートルの先、都心だった残骸のその向こうに奴は立っていた。唯一彼に救いを見出すとしたら、人を殺さなかったことだろうか。おそらく、生きて恐怖で泣き叫ぶ声が好きなのだろう。あるいは、殺せない小物だと言うことだろうか。だが、死者を出そうとはしていないそのスタンスに助けられた。私は、誰も見殺しになんかしていない。
亜空間から、予備のスノーボードを取り出した。その上に立って、遠く先の壊死谷を見据える。三度目の正直、もう逃がしはしない。
「真凜、私の教えたこと忘れないようにね」
「ええ、ありがとうメルリヌス。成長は、これから見せるわ」
「あら、頼もしい」
「あなたに見合う私になるためよ」
空を切り、一直線に現場へ急行する。悲鳴の波を眼下に走らせ、燃える炎を目に焼き付け、今まさに粉塵巻き上げ破壊されるその場へと向かう。
もっと、もっと早く。例の軍勢の、その最後尾が見えた。壊死谷自身が私との戦いでその軍隊の大多数を焼き払ったがために、初めに見た時と比べると随分と可愛らしい集団になっていた。それでも、残る兵はまだ数百、気を抜いている好きなどあったものではない。
これにより、あの男は崩壊した兵隊を補充する能力を持ち合わせていないことが確定した。それができるなら、こんなに兵の数を減らす必要などない。もう厄介な障害は片づけたと、そう思っているのだろうか。兵は火矢と弓とを携えた者しか残っていない。これ以降のイレギュラーは、全て自分で対応できると言う自信の表われなのだろう。
その驕りを粉々に打ち砕く。そして己の過ちを悔いさせる。壊された街が戻るにはまた時間がかかるだろうが、もう第二の破壊者は生み出させない。それほどまでに完膚無く、善なる者が勝つのだと知らしめる。
街を炎で包みながらゆっくりと行進するその一団に私はようやく追いついた。そして上空から砲弾の雨霰、行く手を阻むように狙撃し、発破。爆炎に巻き込まれまた人形達は砕け散る。振り向いた壊死谷は、不機嫌を隠そうとはしなかった。
「あ? またかよお前。飽きねえな」
「生憎、飽きるという次元の話じゃないの」
人々との間に立ちはだかるように私は地表付近へと降りる。でないと彼は私を無視してまた人々に牙を向けるだろうから。ただ、さっきまでと一つ違うことがあるとすれば今度の私はスノーボードから降りなかった。
メルリヌスに身体能力の向上は無い。そのため、今回の敵や兄のような、身体能力の向上著しい相手に生身だと後手にしか回れない。移動速度は緩慢、殴ろうが蹴ろうがダメージは無い。ならば初めから肉弾戦など捨てればいい。足での移動が遅いのなら、魔法で空を飛べばいい。
ボードに乗って空を飛ぶこの状態が、アクセス中の私にとって最も素早く動ける。相手の攻撃を回避するだけならばそれで十分だ。なまじ、学校で学んでいたころに体術の成績が良かっただけに生身で戦うことに意識を向けすぎていた。そのため、こうやって移動手段に乗ったまま戦うと言う発想は無かった。恥ずかしいから早くボードから降りたいという意志も多分あったんだと思う。
私と奴との間に問答は要らない。互いに一つだけ確信している。互いに対する敵意、闘争の理由なんてそれだけで充分。彼は壊すため、私は守るため、相容れぬ意見を持つ以上衝突なんて当たり前だ。
数百の兵隊がお互いにタイミングをずらしあって火矢を撃ち放す。途絶えることのない火の雨が私に向かって降りかかる。第一陣の一射から、第五陣の一射が終わるころには再び第一陣は矢をつがえている。間隙など与えない、そういうことなのだろう。さっきまでの私ならどうしようも無かっただろう、だが。
ここにたどり着いたのと同じ速度、一陣の風と見まがうような速度で戦場の空気を切る。動きだした時には矢の雨が頭上遥か遠く、落ちる頃には後方遥か遠く。私のことなどまるで捉えもせずに地へ落ちる。炎が広がるその前に、燃え盛るその炎を矢ごと消し飛ばす。
この速度であれば、雑兵では追いつけない。彼の判断はとても速かった。火矢がまるで効かないとなると、槍を掲げすぐにこちらへ向かってきた。相手の攻撃を事前に読む。鋭い突き、身を捻った私のすぐ隣を駆け抜けた。砲弾を生成し、撃ち出す。それごとかき消すような鋭い蹴りが迫ってきた。だがそれももう視た、ボードを操作して後方へ。紙一重でかわし切れなかったその一閃が私の髪にかする。だが、それだけだ。
片足も上げて無防備なその姿に四方から撃ちまくる。青い球体がいくつもいくつも、全方位から襲い掛かった。ただ、男は舌打ちを一つして。
「うざいからもうすっこんでろってんだ」
その身の丈ほどの大きな槍を自由自在に回転させて、そのまま自分の周囲を薙ぎ払った。胴金の部分を中心とし、扇風機のように回転、真円の壁が彼の周囲を防護して、私の作った弾丸全て叩き落す。地に堕ち、空をさまよい、あらぬ方向に弾かれたそれらは標的を捉えることなく炸裂する。
私が彼自身にかかずらっているその隙、街への攻撃の手を緩めない兵たちの姿を捉える。させるものかと、一本の細い光線を放つ。
「そんなんで止められるかよ」
あざ笑うような溜め息を漏らし、壊死谷は槍を構える。私が撃ったその一筋の閃光、あまりに細いその一閃では一体止めるのがやっと。そう、思ってしまったのだろう。残念ながら、そんな訳はない。
この偉大なる大魔導士が、ちんけなレーザーと大砲だけで終わるものですか。教師然のメルリヌスの様子を思い出す。魔術のステッキを、スライドを指す棒のようにして、彼女は私に手短に能力を教えてくれた。
これが、その内の一つ。
撃ちだした一本の光は空中で折れ曲がる。鏡にあたった光のように、壁に当たったボールのように。そしてその回数は一度ではない。右へ左へ上へ下へ、次々と絶え間なくその進路を変える。宙を駆ける光の残光が描くその檻に、閉じ込められた兵は慌てふためく。あまりに縦横無尽に走り回るそのレーザーに、全ての矢は空中で射抜かれて地へと落ちる。そのまま炎は射った本人達へと降りかかり、多くの兵達は街を焼いた同じ炎に包まれて。
その様子を見て壊死谷は驚愕する。たったの一手であの数を抑え込んだというその事実に。そして次の瞬間、行く手を遮る檻止まりだったその光の道筋は、次々と人形を貫いた。細く研ぎ澄ました高威力のレーザーは少しも貫通力の劣らぬまま兵士だったがらくたを生み出す。
全ての兵を貫いたその閃光は最後に壊死谷へと襲い掛かる。とっさに槍の刃を横に向けて、平たい面で受ける。それは腐っても上位の守護神の契約者、持ち前の軍隊を一挙に屠ったものといっても、何とか受けきった。
「何しやがっ……」
激昂し、こちらへ一歩踏み出した。その瞬間彼の口は遮られる。まるでバネを踏み抜いたかのように、差し出した右足は跳ねあがって体勢を崩す。今なら槍も振るえまい。そうなることを事前に予知していた私は、再び、四方から高威力の弾丸で狙撃する。頭、腹、背中、左腕。次々衝突した弾は抉るように奴の肉へと減り込んで、光と熱とを炸裂させた。青白い閃光が彼の全身を包み込む。
その足元には、虹色の板のようなものがあった。
魔力のヴェールは、衝撃をそのまま跳ね返すような性質に変化させることができる。それを空中に何百と配置させることで、まるで生きて意思を持っているかのように光線を走らせることが可能だ。反射角に関しては鏡に当てた光と同じく、正確に反射するらしい。そのおかげで配置の際に計算すれば自由自在に光を走らせることが可能になる。
未来を視れる能力と滅法相性がよく、最大限の効率を発揮する弾道を選択すれば、先のように一撃で標的を壊滅状態に追いやれる。
一応反射できる威力にも限界があるので格上相手に乱用はできない。しかし、さっきのように地面に置いておけば走る相手への罠としても使うことができる。
「理由なんてどうでもいい」
彼は己の頭でわざわざ理解するのはそれだけ時間の無駄だと、何が起きたか納得するのを放棄した。その様子は潔く、むしろ彼は聡いと察せられる。いやむしろ、野生の勘が働くタイプと言った方が正しいだろうか。
むしろ、ここからが本番と言うべきか。もう油断しないと決めた私は、一直線に本体である奴へと視線を向ける。雑兵が全て消し飛び、余計なことに意識を向けなくてよくなったのは私だけではない、彼だって同じだ。
ここから先は、一層彼の攻撃も激しくなる。未来と現在両方を完璧に把握しなければならない。きっと私のスタミナが先に切れるため、短期決戦は必須だ。不意を突いてでも決めなければならない。
あの槍に段々また雷撃が溜められていく。私が下手に上空へ逃げようものなら、あれはいつの間にか撃ち放されることだろう。だから私は彼から遠ざかりすぎないようにせねばならない。
それと、最大まで溜められる訳にも行かない。五分、予知の結果タイムリミットはそれだった。
彼の一跳躍、目の前に現れた壊死谷と対峙する。突きか、そう思ったが違う。槍を手にしていない手の指が、私の顔へと走る。目潰し、貰う訳にいかず即避ける。反撃の暇なくかがんだ私の眼前に膝が迫る。反射板を目の前に作り出し、膝蹴りを逸らした。
大気が焦げて、爆ぜる音。駆け抜ける電流がほんの少し槍から漏れだした。これは受けきれない。追撃が他に無いのを確認し、すぐさま空を泳いで逃げる。瓦礫に魔力を注いで、ボード同様に浮き上がらせた。瓦礫の束を念動力で放る。石の壁が圧し掛かるように彼に雪崩かかる。
だが。
「ちゃっちいんだよ」
戦場に、雷鳴轟く。壁を貫いて槍が現る。周りの瓦礫を巻き込み、電熱で消し飛ばす。丁度、彼を避けるように穴をあけて瓦礫の山は地へと墜落する。
けど、それも読んでる。
墜落したかと思った礫は跳ねた。不自然に、壊死谷へと収束するように。避けたと思った石の塊が、奴の四肢を、胴を抉り頭部を強打する。地面を覆うように生成した反射板が石塊を跳ね返し、奴に襲い掛かった。
最大火力の高密度の光線を放つ。一本ではない、また放って、もう一度放って、さらに撃ち抜く。まだまだ足りない、撃って、撃って、さらに放射する。七つの閃光が戦場を駆け抜ける。確実に避けられない速度、次の瞬間には満身創痍の彼の体を貫こうとする。四肢さえ動けなくしてしまえばもう、こちらのものだ。
だが、何とか立て直した彼はと言うとすぐさま、蓄積が不十分とはいえ溜め込んだ雷撃を一気に解き放った。おそらくは、これまでの人生で鍛え上げられたのだろう。よろめいた体勢からでも、腕を振るって得物を突き出したその所作はあまりに見事で、私に撃ち抜かれるよりも先に三度目の雷は晴天の下に轟いた。まともに衝突すれば、私が放った閃光などかき消した上でここら一帯を飲み込むであろう。私にとって、万事休す。きっとこの局面は、そう見えているのだろう。
「残念ね、教えてあげる」
空中に設置された虹色のリフレクター、それにぶつかった青い光の矢は軌道を変え、呑み込もうとするその雷の奔流から逃れた。再び空中で反射したかと思うと、撃ち出された黄色い電流に当たらないように壊死谷へと迫る。
七本の光の線は彼の四肢を貫いた。手傷を負った彼はその場に伏すように倒れこむ。だが、私の眼前にも迫る稲光。大きな口を開けて、喰らいつくしてやろうとうなりを上げる龍のようだった。引き裂かれた空気は耳を劈く悲鳴をあげ、迫る。眩しい光が目の前を包み込んだが、怖くなんて無かった。
「あなたの打つ手は、とっくの昔に視てるから」
私の正面に斜めに設置されたリフレクターに雷撃がぶつかる。ほんの少し、角度を逸らしてやるだけでいい。坂道を登るようにその雷光一閃は天空へ向かって飛び立つ。当然私にも、他の人々にも被害など無い。
詰まるところ、彼だけが地に伏して、私は立っている。勝者は目に見えて明らかだった。
「はは、降参だなこれは」
地に伏したまま彼は笑う。その表情は見えないが、何となくその声は浮かれていた。もう必要ないと判断して、未来予知を中断する。
それにしても、随分暴れられたものだなと、渋谷だった街を眺める。炎に焼かれ、雷に貫かれ、進軍する兵に踏み荒らされた街は災害の後のように思われた。
後ろで砂を踏む音。振り返る。見れば残った僅かな気力で立ち上がった壊死谷の姿。そのままこちらに走りかかって来て————。
「死ねっ」
弱弱しく呟いて、その槍の穂先を突き出した。私の心臓目掛けて一直線に刃は走って、もう後一寸でたどり着こうとしたその時、ふとその槍は姿を消した。壊死谷の守護神アクセスが強制的に中断される。彼のphoneは一発の弾丸に撃ち抜かれ、原形を留めぬほどに破壊されたためだ。
狙っていたタイミング、狙っていた地点。そこを私は撃ち抜いた。狙いは彼の右ポケット。そこにphoneを入れていたのは、ポケットの膨らみで分かっていた。身体能力補助も無くなり、いよいよ痛みに耐えきれなくなった彼は、身悶えるようにまた転がる。
声にならない悲痛な呻き声を上げ、痛みに顔を歪める。ここまでしておかないと抵抗されるだろうからと、できるだけ手負いの状態にしたのだが、少々やりすぎただろうか。
仕方は無い。せめて彼には、他人の痛みをちょっとでも知ってもらおう。
「ごめんなさいね」
私は告げる。勝ち誇った笑みと共に。
「あなたが裏切(そうす)ることなんて、十秒前にはもう視たの」
そう言い終えるや否や、男はまた笑った。さっきみたいに「油断してるところを背後から仕留めよう」などと企むようなものでなくて、情けない自分をあざ笑うような声だった。
これで私は、成長したと言えるだろうか。それは分からない、たまたま討ち倒すことができただけなのかもしれない。
誰かに認めてもらえないのかもしれない。でも、それでいいと思えた。誰かの評価なんてどうでもよくて、自分は自分の信念のために戦えばいいんだって分かった。あの時泣いていた兄と妹は、この勝利を喜んでくれるだろうか。
気が抜けると疲れと痛みとがどっと押し寄せてくる。もう抵抗の気力も無いだろう壊死谷に手錠をかけて。疲れ切った双眸で私は廃墟と化した周囲を眺めた。
「何で一昨日といい、私の相手は街を壊すのかしらね」
また復興作業かと、今後を憂う溜め息を一つ。一昨日と一緒で、馬鹿みたいな快晴が私を笑ってるみたいだった。
File3 奏白真凜・hanged up