複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【File4・開幕】 ( No.28 )
- 日時: 2018/03/27 16:50
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
週末は瞬く間にやってきた。正直、遠足に待ち焦がれる小学生のように、この一週間はひどく長く感じられるものだろうと王子は予想していたが、あっさりとそれは裏切られる。というのも、やはり部活動と勉学とで日常生活は忙しく、週末会うからと言って放課後の逢瀬は欠かさず行われたからだ。
朝早く家を出て、軽く朝練。友達と休み時間に駄弁りながら三時過ぎまでの授業を乗り越えて、そこから六時前まで部活。河川敷により、返れば夕食を取って明日の身支度をして就寝。その生活サイクルは充実しているだけあって、あっという間に通り過ぎて行った。
約束の週末、目覚まし時計は六時にかけていたが、五時過ぎに目が覚めた。時節柄、もう既に日はその姿を見せている。真っ白な球体が東の空に浮かんでいるが、青い空には雲なんて一つも浮かんでいない。絶好の行楽日和、昨日携帯で今日の天気を調べていたが、東京全体が快晴だと予報されていた。それを裏付けるように、遠くの空を見渡しても、曇る気配など欠片も無かった。
折角早起きしたし、いつもよりも丁寧に髪でも整えるか。どうせ親も起きておらず、ご飯も準備されていないだろうからと、王子は机の上の小さな鏡と向き合った。男のくせにそんなものいるのかと兄は苦笑していたが、彼にとっては重要な代物だ。他に格好つけられるものなんて一つも無い。そもそも容姿とてそれほど恵まれている訳ではなのだから、せめて少しでも印象を好い方へと嵩増ししておかねばなるまい。
あまり人気が多すぎないところがいい。それがセイラの提案だった。というのも、当然休日であろうと警察のフェアリーテイル対策課は勤務中である。それは、父親と兄の太陽を見ていたらよく分かった。太陽は先日桃太郎と交戦し、あっさりと敗北を喫したため最近はリベンジに燃えている。休みなど返上し、捜査に貢献しようとしているし、出勤を止められても家での鍛錬は欠かさない。
そして対策課がその状況である以上、あまり人が多すぎる場所に赴くのは危険だった。フェアリーテイル自体、人通りが多い場所で暴れやすい性質がある。それは、赤ずきんやシンデレラといった者たちの傾向に謙虚に表れている。
そういう所は重点的に警察も監視している。そのため、魔女の薬によって髪の色なども変えられるとはいえ、人魚姫が出歩くのは避けた方がいいと思われた。電車に乗るのも避けた方がいいだろうと思える。先日、壊死谷という名のアレクサンダーの契約者がテロリストとして逮捕された。現在起訴の途中のようだが、彼によって渋谷は壊滅、新宿も手痛い被害を受けた。そのため、鉄道網に関しても厳戒態勢が必要以上に敷かれている。
それなら、河川敷の公園でも歩いて回ろうかと王子は提案した。河川敷の南の方に、王子や知君の通う高校があり、そこから少し北上した、人通りの少ない辺りでいつも二人は会っていた。北の方には大きな高架があり、その上には広い車道だけでなく、露店が出せそうなくらいに幅のある歩道も走っている。そこに本当に露店が出ているため、そこの人通りが最も多い。
その辺りまでは二人で訪れたことは無い。そこそこ賑わっているとはいえ、人が満ちているわけでは無い。そこらの公園と同じような雰囲気だ。そのため、他の者の目をあまり気にせず、のびのびと楽しむには丁度いいと思えた。
そして対照的に、もう一つ南側、高校に一つ分近い橋の辺りの人通りは驚くほど少なかった。人通りが多い方が安全なため、多くの人が広い方の高架を選ぶからだ。それゆえ、二人が出会っているのはもっぱらこの橋の付近だった。
それにもう一つ、その人通りが少ない橋を、より過疎にさせている要因があった。すぐ近くに墓地があるのだ。別に、墓地と言うのは忌むべきものではない。それでも、笑顔で迎え入れられるものでもないだろう。
それゆえ、その付近を通る人間など、早々いないというのが常識だった。それに、そこにどんな人が出たものか分からないため、通るなと教師も口を酸っぱくして言っている。わざわざ薄気味悪く、面白みも無い場所に立ち寄るほど暇な学生もいないため、同級生は来ない。十八時を過ぎた時間帯にわざわざ墓参りに来るような人も多くないため、セイラと出会って約二週間、王子が見かけたのと言えば例の緑ジャージの女ぐらいであった。
結局あれは何者だったのだろうか。わざわざあの辺りに現れたということは、墓参りでもしていたのだろうか。そう考えても、ぼんやり見えた彼女の目元は日本人離れしていた。ハーフなのかもしれないが、あの墓地に彼女の親族が眠っているとは少し考えにくい、そう思ってしまう。
考え事をしながら、着替えも髪のセットも終わらせる。いつもは右の方に前髪を流すようにしているが、今日はいつもと違うワックスをつけて、ふわふわと波打たせてみせる。丁度先日テレビで見、知君のお見舞いの際に目にした奏白 音也のように。
まあ、俺がやっても劣化版になるだけだけど。そう思う。それが事実なのが少し悔しい。
アリスを検挙して以来、当の奏白兄弟は順調に成果を挙げていた。妹の真凜はというと、シブヤを焼け野原にした壊死谷を単独で検挙した上、兄の方は桃太郎を撃退し、あと少しのところまで追いつめ、さらに後日浦島太郎を検挙したという話だ。
桃太郎。それは王子の記憶にもまだ新しい。初めてセイラと出会ったあの日、セイラを追い詰め、同時に王子の秘めた本心に気づかせてくれた。気づかせてくれたと言っても、偶々であるが。彼は、守護神ジャックすらしていなかったのに、王子の兄をいとも容易く討ち倒した。しかし、あの時太陽は王子の存在に動揺しており、彼を護るために戦っていたということもあり、全くの本調子ではなかった。
あの時、俺がいなければ。そう思いはするが、その時は太陽が死んでいたのかもしれない。あの時桃太郎を何とか追い返すことができたのは、偶々人魚姫の契約者たり得る彼があの場にやって来たからだ。そうでなければ人魚姫は捕まり、太陽も死ぬ、そうなっていた可能性も高い。
あの後、太陽が目を覚ましてから警察の取り調べを王子も受けることになった。その際、色々と細かに尋ねられた。フェアリーテイルの反応が二つあり、片方が消失した事実の確認。それを見ていないかどうか。どうして無事に済んだのか、なぜ桃太郎は帰ったのか、というものだった。
とりあえず王子は、フェアリーテイル同士が仲間割れをして戦い、片方が敗れたと告げた。その正体はよく分からなかったが、もう一人もフェアリーテイルのようだった、そう告げる。正直に話さなかったのは、そうしてしまうとセイラまで警察の管理下に置かれる可能性があったためだ。場合によっては二度と会わせてもらえなくなってしまう可能性がある。
折角繋がった己の守護神。そう言った側面も確かにあるのだが、その時には王子が彼女と離れたくない理由は変わっていた。自分とよく似た境遇の彼女に寄り添って、幸せにしたいと思っていた。しかしその理由は彼女に惚れたから、では間違いだった。彼は、自分と重ねて見える彼女が幸せになれば、自分も幸せになれると自信が持てるのではないかと思った。夢破れて泣くしかない者が、報われる姿が見たい。そう思ったから彼は、彼女の隣にいることを選んだ。
ただし、それと下心が本当に無いかは別の問題である。
「あら光葉、起きてるの?」
ノックの音がして、扉の向こうから母親の声がした。眠たそうな声、先ほど目覚まし時計の音がしたからには本当に起きたばかりなのだろう。適当におはようと答えて、王子は扉を開けた。外出の準備万端の息子の姿を見て、母親は驚く。
「あんた、顔洗ってから色々整えなさいよ……」
「あっ」
目元をこすると目やにが指に引っかかる。やっぱり浮かれていることには違いないのかと、自分を情けなく思うような乾いた笑みを浮かべた。
顔を洗って髪を再度調整した後、リビングに入って。用意された朝食を口に入れる。この後の事ばかり考えてしまい、何も頭が動かない。朝ごはんの味も匂いも分からなければ、パンを口にしているか米を口にしているのかも分からなかった。
テレビを流れるニュースにもさしたる興味は無い。浮かれた頭でぼんやりと、目に入ってくる情報を処理するけれども、どうにもすりガラスの向こうの景色のようによく見えない。
にも関わらず、七時になって始まったニュースに、王子の視界はクリアにさせられた。その目が画面の上に釘付けになる。ギリシャの歌姫、行方不明というものだった。日本でのイベントが本日催されていたが、先週失踪してしまったというものだ。一年間、母の死を理由にシンガーとしての活動、その一切を休止していたのだが、この度活動を再開することになったらしい。その手始めに選んだのが母の故郷でもあるこの日本だったという。
明るいブラウンの髪と、金色の瞳。どことなくセイラを思い起こさせる彼女の顔立ち。この姿、どこかで。
変に騒ぎにならないようにと、これまで情報を規制して捜索していたらしい。そんなことせずに探しておけば、もっと早く見つかったと思うのだが。王子はおう想えども、今となっては後の祭りなのだろう。滞在費は、空港にいるうちに現金で確保していたようでそれで過ごしているのだろうとのこと。カードの履歴で見つからないらしく、そうとしか思えない。
今晩予定されているコンサートに影響はないだろうかと、アナウンサーたちが心配していた。大変そうだなと、そう思う。
テロップが、切り替わる。ギリシャの歌姫でなく、彼女の本来の名前が表示された。姓は星羅(せいら)、名をソフィア。
彼女も、セイラと言うのか。不思議な偶然を目の当たりにして、冷や汗がシャツの下を伝う。何となく彼女は、河川敷で会ったことと言い、他人に思えなくてならなかった。