複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.3 )
- 日時: 2018/02/09 02:08
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「トランプの兵隊さん! あの女を、殺しちゃって!」
わらわらと、トランプの胴体の上に、西洋の甲冑の上に鎮座するような兜が顔の代わりに乗っかったような異形の兵隊が現れる。トランプの模様はハート、スペード、クローバー、ダイヤ、それぞれが1から10の40体。それぞれが長槍に銃、剣などの思い思いの武器を掲げている。
こうして、case17アリスと対策課第7班との交戦の火蓋が切って落とされた。まず初めに突撃してきたのはクラブのカードをモデルにした兵隊であった。クラブの表す意味は農民、なるほど彼らの中で最もカーストが低いからか身を賭した切り込み隊長役を担っているようである。
しかし、他の者と比べると幾分かクラブの兵士たちは軽快に動くことができるようで、あっという間に二人を取り囲んだ。十人がかりで包囲され、奏白たちは退路を断たれる。自分ほどではないが、油断すると武器を当てられてしまいそうだと奏白は認識した。なるほど、確かに見た目が幼女でもフェアリーテイルは侮れない。
全方向に配備した十人のクラブのソルジャーは一斉に奏白たちに襲い掛かってきた。槍を掲げ、剣を振りかざし、二人を無力化させようとする。真凜は殺せと言われているが、奏白は生け捕りにする必要がある。アリスから受けた命令を、彼らは忠実に守ろうとしていた。
「悪いけど、甘いよ」
真凜に耳を塞ぐように指示する。その指示を受けた真凜は耳を塞ぎ、体全体を魔力のヴェールで包み込んだ。隣で攻撃に転じる奏白の音波の巻き添えを食らわないためだ。真凜が防御態勢を取ったことを確認すると、すぐさま奏白は襲い来る兵士たちを薙ぎ払うため、超威力の音波を放射状に打ち出した。
奏白を中心としたその大気が震える咆哮は、まさに爆弾のようであった。あまりの音圧に押し出された彼らクラブの兵隊は音の爆発によって一緒になって吹き飛ばされた。風に舞い散るカードのようにひらりひらりと間抜けに宙を舞う。その威力にどうやら彼らは気絶してしまったらしい。
だが、トランプの兵隊が状況を判断するのも早かった。雑兵のトランプが倒されたかと思うとスペードの兵士が今度は立ちはだかる。先ほどのように一丸となって陣形を展開するのでなく、まずは二人組を二つ作って、奏白と真凜それぞれに向かって一目散に襲い掛かる。スペードは騎士を意味するマークであり、先ほどの兵隊よりも動きは遅かったが、一挙手一投足から落ち着きが感じられた。
スピードこそ落ちたとはいえ先ほどよりも確実に強い。そう判断した奏白は、先手必勝とばかりに走り出した。音の速度で戦場を駆け抜け、真凜を狙っていたほうの二人組の背後を取る。まずは一体、そう思って一人の兵士の背中側から、強い衝撃を加えようとしたところだった。まるで奏白の攻撃を読んでいたかのように、二人組のもう一人の兵隊が庇うように立ちふさがる。大きな盾を構えており、攻撃を読み切っていたようである。
構うものかと奏白はその盾を貫くように音波を真っすぐに解き放った。音とはすなわち振動であり、衝撃はちゃんと通じるはずだと判断し、全力で。間違いなく、盾を突き抜け、それを構えている腕から全身へと音波の衝撃は突き抜けたはずである。しかし、先ほどのクラブとは格が違うのか、その二人組はいずれも倒れることはなかった。
参ったなと苦々しく感じたのも束の間、奏白を見失っていた、彼のことを狙っている方のツーマンセルの兵士たちも移動した奏白の方へと向きを変えた。急いで退避しなければ、そう思って跳び退こうとしたところ、足に鎖が絡まっていた。見ればアリスの傍で従事するように待機しているダイヤの兵隊が鎖をどこからか取り出し、奏白の足を絡めたようである。
ダイヤの持つ意味は商人、おそらくは様々な道具を戦闘中にでも持ち出せる能力。応用の効くアマデウスを持っている奏白とは言え、アリスは一体一人でいくつの能力を有しているのかとゾッとした。
こんな少人数でフェアリーテイルと対峙したのはおそらく自分のみならず対策課でも初めての経験だろう。自分と真凜、二人の三桁ナンバーの契約者なら何とかなるかと思ったが、こりゃ厳しいかもなと心の中で嘆いた。
「兄さん、危ないです!」
兄の窮地に感づいた真凜は咄嗟に魔力による砲弾を生成した。サッカーボール大の、魔力の込められたエネルギーの塊を奏白を囲もうとしている四体のスペード兵士に対してそれぞれ数発ずつ滅多撃ちにした。それと同時に、魔力を収束させて光線を放つ。そちらの標的は奏白の足を今まさに奪っているダイヤの兵士だった。
襲い来る魔力の弾丸に一切怯まず、また躊躇もせずにスペードの兵士は手に持った得物でそれぞれその砲撃を切り伏せ、突き刺して無力化した。かなりの威力を込めて放ったはずであるのに、容易に対処された真凜は冷や汗を浮かべる。これが一切通じないとなると、この兵士たちは強すぎる。
だが、一見効果が無いように思えるその攻撃も、全くの無駄という訳ではない。むしろこれは時間稼ぎさえできればよく、真凜の仕掛けた魔法による一手を対処する間、彼ら四人は奏白から目を離していた。そして、それだけの実力を兼ね備えた兵隊はスペードだけだったようで、ダイヤの兵士を狙っていた光線の方はというと、思惑通り標的に命中した。それにより、奏白の拘束は解かれ、すぐさま奏白は包囲から脱出することができた。
「ちょっとヤバかったな。助かったよ、真凜」
「いえ。それにしても癇癪を起こした女の子は手強いですね……」
「あー……わり、ちょっと煽りすぎた」
「いえ……これで冷静だったらと思うとそれはそれで怖いのでそれは構いません」
事実、癇癪を起こしているアリスが彼らを統率できていないだけに有利に運んでいる側面も多い。今真凜が仕掛けた奏白救助のための一手にしても、アリスが待機している六人のスペードの兵士に、鎖を操っていたダイヤのソルジャーを守るように指示していたらそのまま奏白は無力化されてしまっていただろう。適当に気絶させられるなりで、こちらの戦力は激減する。
それにしても、あれだけ人数がいて個々がこの強さ、少し反則気味ではないかと軽い絶望を覚える。スペードの兵隊に至っては、そんじょそこらの警察官よりも遥かに高い能力を有している。初めにクラブの兵隊を十人まとめて処理できたのは大きい。そうホッとしながら、相手が次に打ってくる一手を予知する。
この未来予知は、行ったことが正解だったと言える。しかしそれで見た未来によって、よりどうしようもない事態を目の当たりにしたことも事実だ。見てしまった未来を嘆くよりも先に、真凜は奏白に向かって叫んだ。
「兄さん! 退避してください!」
既に退避を終えたというのに、妹がこれだけ切羽詰まった声で指示している、それだけで奏白がその指示を受け入れるには十分だった。何が起こっているのか理解するよりも先に、音の速さで姿をくらます。一度合流したほうがいいと判断し、一目散に真凜の隣まで駆け抜け、ぴたりと静止した。見てみると、先ほどまで自分が立っていた地面には槍が突き刺さっている。
「どうなってる? 周りに兵士はいなかったはず」
「移動したのを観察されて、すぐさま回り込まれたんです」
「一体誰が? もうそんなにスピードあるやついなさそうだったぜ」
「あれを、見てください……」
そう言って真凜が示した方向を奏白は目にする。するとそこでは、今まで攻め込んできていなかったハートの兵士が倒れ伏すクラブの兵隊に寄り添っていた。ハートの兵士は、鉛筆で描いた棒のような細い手を祈るように組んだかと思うと、温かく瞬く光がクラブの兵士を包み込んだ。奏白の心臓が跳ね、脳裏に警鐘が鳴る。この事実は、二人の立場を明らかな劣性へと貶めた。
ハートが持つ意味は、聖職者。固有の能力は、『倒れた兵士の回復』である。先ほど奏白を死角から槍を投げて狙ったのは、復活したクラブの兵隊だったという訳だ。
「真凜! どうにかしてハートの兵士から全員倒すぞ!」
「了解です。ですが、おそらくハート自身もハートで蘇生できるかと……」
「でも、倒しづらいスペードは動きが遅い。スペードの合間を縫ってハートを倒すしかない」
できることならば、一瞬のうちに片づける必要がある。ならば自分が先陣を切るのが一番だと奏白は決めた。自分が撹乱し、真凜が狙撃する。それが最も確実に目的を達成できる。適宜相手にちょっかいをかけながら期を伺えと奏白は真凜に告げて、アドリブの作戦を開始した。奏白の無茶ぶりは求められるハードルがかなり高いが、成功した際の見返りはとてつもなく大きい。それに、誰よりもリスクを覚悟して動いているのは奏白自身であるため、真凜が根を上げるわけにはいかなかった。兵士の集団の中へと果敢に飛び込んだ奏白の期待に応えるため、真凜は未来を予知しつつ、今打てる最善の一手を選び続ける。それがどれだけ困難で、大変で、難解なことだとしてもやり遂げなくてはならない。
二人だけで本当に、どうにかできるのだろうか。弱気な心が顔を見せ始めると、不意に三人目の班員の顔が浮かんだ。特筆できることなんて何一つない、温和で腰の低い一人の少年。その姿が思い浮かぶと、真凜は自分への怒りに囚われた。よりによって、彼にすがるだなんてあり得ないと。
彼女は彼のことを未だ仲間と認めていない。唐突に理由も教えられずやってきた、平和の中でしか生きたことのないような物腰柔らかな男の子、そんな一般人と呼んで差し支えない少年に頼るだなんて、彼女の正義に反していた。平和な社会に生きる平凡な人を救うためにこの職に就いたのだ、そういった人々を不安にさせ、その助けを求めるようなことは、真凜にとって恥でしかなかった。
それが、結果的に己への鼓舞につながった。彼がいなくとも自分たちは立派に成果を挙げることができると証明する。奏白は劣った捜査官ではない、真凜は可哀そうな立場になんて立っていない。貼られたレッテルが偽であることを証明するには、もうそれしか道が無いのだ。
敵陣営の中央に乗り込んだ奏白は、初めの一撃のように自身を中心として音の爆発を巻き起こした。スペードの兵士はアリス本体を守ることに専念したのか、他の多くのダイヤやクラブの兵隊は大きく吹き飛んだ。怯むスペードの兵士が手を出す前に、近くにいたハートの兵士一体に音速で体当たりし、顔に位置する兜を蹴りつけて沈黙させる。
賊を捕まえろと言わんような剣幕で残った兵士たちは一斉に奏白に襲い掛かろうとする。だが、真凜はそれを許さない。相手の進路に対し、牽制するように魔術の砲撃を仕掛ける。先ほどまでよりもさらに力を強めたその弾丸はアスファルトをえぐり、たまたま直撃したスペードの兵士の兜をも凹ませた。これならダメージが通ると確信し、急に前途が明るくなる。
倒れた兵士に、まだ元気なハートのソルジャーが回復しようと寄り添うが、これ以上の蘇生を二人は許さなかった。真凜はそれを予知していたため、倒れ伏した兵士の近くの地面を抉り、地中でチャンスを待っていた魔力の砲弾の残骸を爆発させた。兵士の残骸に集っていた回復要員のハート兵が、また一体、また一体と数を減らす。
奏白よりも真凜の方が厄介、そう判断したアリスはクラブの兵士で迅速に真凜を排除しようと目論んだ。だが、つい先刻の音波の範囲攻撃で半数以上のクラブの兵士を失ったままであり、その行動を見てから奏白が対処するのも容易であった。
そうした攻防が数分間に渡って繰り広げられた。兵士が復活させられないよう細心の注意を払い、奏白と真凜がそれぞれ戦闘不能に陥らないように立ち回るためには、二人ともずっと集中を切らさずに立ち回り続ける必要があった。メルリヌスから借りている魔力のキャパシティにも限界がある。何とかしてそろそろ勝負を決しなければならない。集中し続け、焦り続けた二人には、その数分間が何時間のようにも感じられた。
そしてついに、スペードの兵士を数体残すのみとして、トランプの兵隊は壊滅状態に陥った。傷こそ未だ負っていないが、消耗が激しい二人は霞む視界、そして荒れる呼吸と戦っていた。もう少し長引けばむしろこちらが地に伏していたと安堵の溜め息をついた。
「どう……だ、観念、しろよ」
「すごいすごい! お兄さんたちほんとに強いんだね!」
先ほどまでの怒りはどこへやら、珍しいサーカスでも見たかのようにアリスは目を輝かせて笑っていた。ふざけやがってと、カラカラの喉から奏白は声をひり出す。もうこれ以上、強がる余裕は自分にもなさそうだと察した。
「でも私、そろそろ飽きちゃったな」
「はは、じゃあ俺たちに、とっ捕まってくれていいんだぜ、大人しくな」
「それはイヤ。お兄さんを私のものにしたいけど、私が誰かのものになるのは絶対にイヤ」
真凜も奏白と同様に、もう体力は底を突きかけていた。何よりも魔力が足りなくなってきており、しばらく予知はできないなと、短いながらも回復の時間に当てようとした。その時だった、予知を一旦やめ、魔力の消費が抑えられて顔色が少し穏やかになった瞬間だった。万策尽きたかのように見えたアリスが次なる一手を打ったのは。
予知をしていなかったため、最初に気づいたのは奏白の方だった。視界の端に映った『それ』に異様な感覚を覚えた彼は、残ったスタミナを使い切る勢いで、真凜の方へと駆けた。瞬きをした一瞬の後に、真凜は奏白に突き飛ばされる。えっ、という驚きの声が出ないまま、その勢いで地面を転がる。その際に視界の端で捉えたのは、今まで全く姿を見せていなかった新しい騎士の凶刃を受けた、兄の姿だった。
「兄さん!」
「そろそろ飽きてきたし、本気出しちゃおっと」
目の前の玩具が予想外に面白くて興奮するその様子は、本当にあどけない少女のように見えた。けれども、彼女の目に玩具として映っているのは他ならぬ人間であり、アリスの笑顔があどけないだけにその異常性を際立たせた。
「よろしくね、クラブのジャックさん」