複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.38 )
- 日時: 2018/05/25 22:27
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「何たって俺は、『天才』、奏白 音也っすから」
だからそうだ、全員守り切って見せる。何処に居ようと助けを呼ぶ声は聞きつけてやる、誰より早く駆け付けてやる。だから、困った時、怖い時、辛いとき、悲しい時どうしようもない時死にそうな時絶望した時、俺の名前を呼んでみせろ。
普段彼を嫉む人間だろうが関係ない。嫉妬で彼を罵る人間であろうと興味がない。助けを求めた、ただそれだけで奏白にとって、それは助けるべき者となる。それこそが自分の正義、原動力であり抗いようのない意志。
その道の先にどんな強大な敵が立ち塞がろうと、恐れるつもりなど毛頭ない。例え獰猛な獣であろうが、大きな武器を振り回す男であろうが、土の詰まった人形であろうが。障壁となったとしても引き返す理由になりはしない。乗り越えるし、打ち砕く。超えるべき壁の先にしか、欲しいものなどありはしないのだから。
先ほど吹き飛ばした三つの影、起き上がる勢いそのままに彼らは奏白へと跳びかかった。せっかく三対一なのに、それは勿体ないんじゃねえの。そう思った奏白は、ギリギリまでかかし達を惹きつけた後に、勢いよく地面を蹴りつけた。一陣の風が突き抜けて、一瞬で音速に達した奏白の姿が残像すら残さず消えた。
だが、今度は彼らも油断していない。奏白の影がすぐ傍に落ちていることを見つけた。上空を見上げると、太陽を背に踊るブラウンの髪。急降下し、蹴りつけるその姿、斧を振り上げることも間に合わず、何とかブリキの腕で木こりは受け止めた。
鈍い音が周囲に響く。木こりの腕がほんの少し凹んだ。音速での移動に耐えられるよう、アマデウスによる身体能力の強化は並大抵ではない。生前の彼が筋骨隆々な男だった訳ではないが、守護神としての器が、その能力に見合うだけの膂力を持っているためだ。
そのため、分厚い金属の塊をも蹴りつけたと言うに、奏白の足に支障はない。骨も折れず、衝撃に足が痺れるようなことも無い。ひらりと舞い、木こりの腕から地上へと着地。それを逃さぬよう、ライオンの爪が襲い掛かった。陽の光を反射して、その鋭利な爪が瞬いた。
しかし、気づいてしまえば回避は奏白にとって造作も無い。最小限に体を逸らして、眼前に素通りするその尖った爪を見送った。突き刺さり、大地を抉る爪。怖い怖いと、茶化すように呟く。ま、それも当たったらの話だけどな、そう添えて。
右足の振り下ろしを避けたと思えば、今度は左足。またしても、だが今度は血濡れた尖爪が太陽の光を反射して。またしても奏白の、残像だけを引き裂いた。本人はと言うと、涼し気に口笛を吹いている。だが、獅子はその猛攻を止めようとしない。右、左、右、左、繰り返し、繰り返し。だが、結果は変わらない。その涼しい顔に、かすり傷一つ付かない。
死角から狙うように、土の詰まったその腕をかかしは振り抜いた。気づかれていない、そう思っていた。だが、奏白が気づかない訳が無い。どれだけ小さくても、衣擦れの音、空気を切る音は巻き起こる。そしてその音を、アマデウスは見逃さない。
地面を蹴る。くるりと回ったその身体が宙を旋回する。宙返りしながら鞭のようなラリアットを素通りさせ、奏白は着地した。周りも見ずに放ったその腕は、代わりにライオンの鼻先を叩いた。苦しそうな悲鳴を上げる。そのまま仲間割れでも起こすかと思ったが、そんなことも無かった。むしろその怒りも奏白にぶつけるように、より紅に燃え上がったその眼光を一心に奏白へと。
とばっちりじゃねえかよ。その口を目いっぱい見開くと、百獣の王らしい牙が何本も、何十本も、めいっぱい開いたその大きな口が勢いよくしまり、堅牢な牙が打ち付けられる。当然それは奏白の首元を狙っていたのだが、奏白も黙って立ち止まったままの訳では無い。一瞬でライオンの背後を取り、周囲一帯の空気を鳴動させる強力な音波を放つ。零距離から衝撃を打ち付けられた獅子の大柄な体躯が宙を舞った。
仲間の窮地に臆することなく、むしろその同胞が作り出した隙を突かんと、木こりは斧を振りかぶり、かかしは奏白を捉えようとその腕を肩に向けて伸ばした。動こうともしない奏白の肩、そこまであと数センチと言うところまで、腕の先端が迫った。だが、届かない。奏白のすぐ傍を覆うような位置の空気が、あまりに強く震えていた。その勢いに押し返されるようにして、かかしの腕は自身へと向かってきた。ペンで描かれたような顔にその腕を打ち付ける。音の鎧、奏白がそう呼んでいる能力による防御である。
攻防移動の全てに差し支えの無い能力を持つ、アマデウス。こと戦闘に関すれば、番号のずっと若い上位の守護神を食うことも少なくない。事実、真凜のメルリヌスは未来予知したところで彼の能力には敵わないだろう。
かかしから掴みかかられるのを防ぎはしたが、次に迫る木こりによる斧の一振りは防ぎきれそうに無かった。回避、でも構わなかったが、これ以上戦闘が長引くとドロシーに守護神ジャックされた人間の予後に問題が出るだろう。ここは早く仕留めなければ。斧のリーチ分だけ開いた木こりとの距離を一跳躍で瞬時に詰め、斧が岩盤を抉り抜く範囲から逃れる。後方で砕かれる固い地盤、ふりかかる小石のような礫は先ほどのように音の鎧に阻まれる。
その顔を掴み、斜め下へと力を加える。角ばった鉱質の身体は傾いて、背中から地面に打ち付けられた。かかしとライオン、先に返り討ちにあった二人もようやく合流して、前から、後ろから、それぞれ襲い掛かる。
挟撃、それすらものともしない。迫る爪牙をものともせず、体を翻し回避する。そしてそのまま、両腕を振りかざしたかかしの腹に、握りしめた拳を叩きこむ。土の詰まった胴体に拳骨がめり込んで、骨も無い腕を奏白の方へと打ち付けるより先にかかしの身体がまた宙を飛ぶ。
彼の動きはまだそこで止まらない。交わしたばかりの獅子の爪、それが再び振り上げられるより早く、その牙がまたこちらに殺意を向けるより早く、分厚い板をもへし折り、穿つような鋭い蹴り一つ。またしても転がる巨躯、だが、苦しそうな声など上げなかった。ぶたれればぶたれるほどに、彼らは怒りだけを募らせていく。摩天楼ひしめく東京の地に、こだまするような遠吠えが鳴り響いた。
「……バテてるよな、お前ら」
映像で見たお前たちはもっと、ずっと速かったと奏白は言う。もっと冷静で、もっと鋭くて、もっと力強くて。今みたいにこうやって、奏白に弄ばれるほど弱くなかったはずだと突き付けた。
「何でか分かるか?」
奏白の問いかけに、彼らは答えない。理性などとうに失っているためだ。それは奏白も知ってはいる。だが、言わずには居られない。彼らが馬鹿にしたその言葉は、仲間である自分が撤回させなければならないと信じて疑っていないから。
「お前らが散々、弱ぇだのみっともないだの馬鹿にした、先輩たちの力だよ。どんだけお前らが強くても逃げなかった、勇気ある人たちだから。しぶとかっただろ? 俺たち全員しぶといんだよ、倒しきるのも疲れるくらいに」
今お前たちがそうして、パフォーマンスを落としているのは全て、先に交戦していた太陽たちの活躍があってこそだ。最初から、全力の彼らと三対一で戦っていたら、自分には勝ち目なんてさらさら無かっただろうと奏白は伝える。
「お前らが今負けてんのは、奏白 音也一人じゃねえ。まあ分かるよな、だってお前らも……」
仲間がいるんだしな。
吹き飛ばしたオズの三人の仲間は、それぞれ奏白を重心として、正三角形の頂点に立つようにしてジッとその敵を、奏白 音也を見据えていた。だが、その図は一瞬にして書き換えられる。音を上げることも無く静かに、奏白の姿がまた掻き消えた。
消えるとほぼ同時に衝撃が走った。かかしの身体が、さっき奏白がいた地点を目掛けるように空を飛んだ。それだけではない。それを見届けていたはずのライオンの身体も浮き上がった。高威力の音撃に当てられ、鳴動する大気に押し飛ばされる。それと同時に舞う、蹴りつけられた木こりの身体。全て中心に向かって飛ばされて、ど真ん中で三人は互いに体を打ち付け合った。
「ちょっと痛ぇけど我慢しろよな!」
じゃないとお前ら倒れないからなと、体同士衝突し合い、もみ合っている三つの影の真上に立つよう、姿を消していた奏白が現れる。ふりかざした両の掌、そこから放たれるようにまた、圧倒的な音圧の一撃。
あまりの衝撃に吹き飛びそうになる。だが、向かう先には地面しかない。あまりの圧に押しつぶされ、視界がぐらぐらと揺れる。守護神には死と言う概念がない。負傷や気絶はあれども、死ぬことは決してない。そもそもが人間の思念の集合体だったり、死した魂が転生して生まれるからだと言われている。どんな重篤な怪我も、時間さえ立てば人間と違ってたちまち治る。
だから手加減は必要ない。どのみち、あの赤い瘴気に囚われたままだと、彼らの貌はずっと苦しそうだ。だから、少しでも早く楽にしてやらねばならない。どんなに辛い時だってそうだ、泥のように寝ている間は嫌な事なんて忘れられる。
先ほどまでは、その音撃に中てられても、すぐさま体が吹き飛んだ。それゆえ一瞬の衝撃で済んではいたが、今度はそうではない。大地に拒まれているため、その衝撃がずっと体を走り続ける。体が内側から揺らされる、その衝撃に押し負けた、かかし達の意識は失われた。眼を閉じ、弱弱しくも安らかな寝息を上げる。
残るは一人。本体であるドロシーへと目をやる。その身体は、怒りか、絶望か、わなわなと揺れているようだった。
「どうして、どうして邪魔するの……」
「邪魔なんてしてないさ。助けてんだよ、こっちは」
「嘘よ嘘。私は教えてもらったわ。貴方達けーさつ? のトップ、琴割とかいうおじさんさえ始末したら、私はお家に帰れるって」
「無理だっての、お前じゃ。あの人ELEVENだぞ」
知らないわ。立ち塞がる壁をも引き裂いてやると言う意志が現れたような金切り声を、一つ。そしてオズは仲間たちを使役するのでない、自身の能力を解放する。何もない空間から不意に、大きな顔が現れた。その顔は、冴えない老翁の顔をしている。かと思えばそれは、首元から急に胴が生え、胴からは四肢が生え揃った。
大きな大きな、人の形をしたロボットのようだ。
「何だぁ、これ?」
「巨大絡繰りオズだよ。エメラルドの都、偉大なる魔法使いの特別な力」
「あー、なるほどなるほど。そんなら俺も知ってるぜ」
オズの魔法使いは、魔法なんて使えやしなかった。ただの奇術師の男だった。それなのに、大魔法使いだなんて崇められて、引くことも出来ず、虚構の自分を見せつけるためにからくり人形を作って威厳を保ち続けていた。
そしてその嘘は、ドロシーによって予想外にも暴かれることとなった。その時の、大きな顔をしたからくりが、この能力という訳か。なら、怖くない。
「そいつはただの張りぼての力だろ」
膝の高さが既に奏白の背丈と同じだけあるようなオズのからくり。瞬時に左足の膝から下が吹き飛んだ。達磨落としのように奏白が蹴り抜いただけだ。膝より下のパーツをもがれ、その大きな機械仕掛けの身体が傾いた。今度は右足側も吹き飛ばす。傾いていた体は真っすぐに戻ったが、今度は正面へと倒れる。
奏白が下敷きになる、というような事も無く。今度は胸板のあたりに穴が開いた。音の振動により体が粉々になる。両腕を地面に突っ張って何とかしのごうとしているようだが、瞬きをするような間に奏白が両腕の肘から先を破砕した。
文字通りただの木偶が地面の上に倒れ伏す。頭部の空間に登場していたドロシーが再び顔を見せた。
「帰してよ、私を……私を! 自分のおうちに! ねえ、お願いだからそこをどいて。帰して、あのあったかいおうちに」
その声は、深い悲しみに揺れていた。寂しさもあるのだろうか。そうだよなと、奏白は納得した。こうやって、行き場を無くして、宛てもなく破壊ばかりを繰り返す彼女らの痛みなど、奏白にはきっと分からない。彼女たちだって被害者なのだと言う事実を、もっとしっかりと受け止めなければならないように感じた。
一回、二回。カン、カンと二度銀製の靴のかかと同士を打ち付けた。
「帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して……」
三度目、そのかかとが打ち付けられる。その瞬間、霞のように彼女の姿は消えてしまった。
「帰してよ!」
ナイフを振り上げ、ドロシーが奏白の背後から襲い掛かる。銀の靴はどこにでも移動できる魔法を持つと言う。それによる瞬間移動で、音速で駆ける彼の背後を取った。白銀に煌く刃が、彼の首筋へと迫る。
だが、無駄だった。瞬間移動が終わった後、その息遣いだけでもう奏白はドロシーの位置を察していた。帰してよと叫んでも、叫ばなくてもである。ナイフを持つ腕を掴み、手の甲を叩いてナイフを落とさせた。
「可愛い女の子が物騒なもの持ってちゃ駄目だろ?」
その小柄な体を抱きかかえる。駄々っ子のように腕の中で抵抗し、暴れるドロシー。その彼女を宥めすかすようにして、奏白は彼女の耳に囁いた。
「君を必ず、カンザスの地へと返すよ。君を待つおばさんの所へ。銀の靴の魔法なんて使わなくても、俺たちの力でさ」
浦島太郎を鎮静化させた時同様、弱い振盪を頭に加える。くらくらと視界が揺れて、ドロシーは意識が段々白んで沈んでいく。
もがくその身体の動きは段々弱まっていく。満月みたいに見開かれた、その双眸がゆっくりと瞼に閉ざされて、半月、そして新月へと。
決して安らかとは言えないその寝顔が、少し心苦しい。早いところ知君に治してもらわないとなと、街並みの先、知君が車で搬送されてくるであろう方角へと目を向ける。エンジン音を聞く限り、もうずいぶん近くまで来ているようだ。
結局知君の休日は返上させてしまいそうだと、冷や汗を流しながら奏白はその頬を掻いたのであった。
File5・hanged up