複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【File6・開幕】 ( No.40 )
日時: 2018/04/17 22:07
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 集合時間である午後八時よりも十分前、真凜は集合場所であるバーの正面、看板の前にて腕時計を眺めていた。いつ兄は到着するのだろうかと、通知の来ない携帯を握りしめる。じっと見ていても時間など早送りされないのに、連絡が来るようになる訳でもないのに、真凜の視線は携帯電話と腕時計の間を行ったり来たりしていた。
 というのも、知君と二人きりになってしまったがゆえの気まずさだ。本来今日はオフであり、仕事の外での出会いであるため、知君に厳しく接する必要などない。その筈なのだが、普段棘のある態度で接しているため、急に今だけ気さくに話しかけると言うのも不自然だろうと思い込んでいた。普段の自分の態度を理由に、彼から嫌われていてもおかしくない。話しかけるだけ、知君くんにはストレスかもしれないから、そんな言い訳をして彼女は、気まずい空気をそのまま受け止めていた。
 そこで一通、ようやく奏白からの通知が来た。十分程度遅れそうだから、八時ぴったりになったら先に店内へ入っておくようにとの事だ。つまり、後二十分は二人きりで過ごすことになる。溜め息を吐けば、自分が彼を嫌悪しているように取られるだろうから、それだけは喉の奥にしまい込む。兄から来た連絡を、業務連絡と同じくらい淡白に知君は伝えた。
 奏白さんが十分の遅れで済むなら、今日は平和だったんですねと彼は朗らかに相好を崩した。確かにそれもそうだと言えた。先日ドロシーとの戦いで怪我を負って、年齢故に要検査だと言われた王子 洋介の代わりに、奏白は一時的にヘルプに入っている。
 一応奏白としても、普段中々返せない知君への恩返し、彼への労いを果たしたいという想いが強いのだろう。何が何でも今日は残業を出来得る限り避けると宣言していた。自分がいなければ真凜と彼とで気まずい空気が流れるのもよく理解しているらしい。
 奏白が遅れると言うのは少々敬遠したい事実であったのは確かだ。しかし、今彼女が抱えている疑念を解消するためには知君と二人きりで言葉を交わす必要があったのもまた事実だ。お店も別に、八時ちょうどに入る必要も無いはずだ。
 それなら、人目を気にする必要も無い店内で、ある程度話を切り出し、聞きだすべきだ。そう判断した真凜は、知君に早めに中に入ることを提案した。何か含みがあることを知君も感じ取ったのだろう。笑顔を引っ込めて、神妙な面持ちで構いませんよと答えた。
 相変わらず、察しの良すぎる彼のことが、彼女にとって空恐ろしくなってしまった。

「何か、オシャレって感じですね」

 店に入るや否や、背中がムズムズしてきますと知君は言い、小さいながらも本当に身震いを一つ。確かに高校生、それも大人しい彼のような子が、このような店を訪れることなど無いだろう。そもそもお酒を主に楽しむバーらしいので、より一層学生の彼には縁遠い。
 予約していた奏白だと真凜は従業員に告げる。幼く見える男子と、若い女性の二人連れという様子に少し当惑していたようだが、予約していた三人組だと分かると、すぐさま案内し始めた。あまりにアンバランスな恋人のようにでも思われたのだろうか。むしろ兄弟姉妹の方が適するような歳の差なのだけれど。他の男性職員と、深い仲に勘違いされるよりはずっと気が楽だった。それは知君に心を許していると言うより、あまりに現実離れした想像であるため、否定が容易だからだ。おそらく知君も、恋仲かと問われれば、率先して否定するだろう。
 案内されたのは最大で四人座れるボックス席であった。真凜と知君が向き合うように座る。その方が話もしやすいためだ。落ち着いた洋楽のかかる、誰の目も気にしなくていい空間。店員も、手を拭くためのおしぼりだけ置いて立ち去った。注文はお連れ様が来てからお伺いいたしますと言い残して。
 何から訊いたものかと、整理しようとしていた矢先、問われる側の知君が、真凜に対して口を開いた。

「何を尋ねたいのですか?」

 やはり、問いただしたい事があるとは悟られていたようだった。そのため、彼女もそこまでは別段驚きもしなかった。ただ、継いで彼が「フェアリーテイルが時々消失する件についてですよね」と、確認してきた際には驚かざるを得なかった。

「何でそこまで……」
「すみません、ネロルキウスのせいです」

 最近は知君がcallingを行う機会が増えている。それも当然、この一か月で二十ものフェアリーテイルを捕らえたが故だ。それも、この一週間に至っては全部で十体。うち何体かは一度にまとめて済ませてしまったとはいえ、今週は毎日のように知君はcallingさせられていた。その度に数時間昏睡してしまうため、本来高校生が送るような放課後を彼には棒に振らせてしまっている。
 そしてネロルキウスが勝手に情報を至る所から持ってくるため、知君の脳はいつもパンクするのだが、その情報は時折知君本人の意志でサルベージすることもできる。できないことの方がよほど多く、大概は不要な情報ばかりが脳裏を駆け巡るのみであるが、時として近しい者の感情も拾ってしまう。感情とは本人のみが知る情報とも考えられるためだ。
 それゆえ、最近真凜が何を訝しんでいるか、それも二日前のネロルキウスとの接続で知君に明らかになった。知ろうと思って知った訳では無い。知君自身、他人の心の中を読み取るのはモラルに反すると理解しているためだ。相手の想い人が誰なのかなど、プライバシーを侵害するような事だっていくらでも情報を仕入れられる。
 それゆえ、できるだけ流れ込む数多の知識や心の内の声に耳を傾けないようにしているのだが、フェアリーテイルと王子という、二つの単語が並んでいるのを見て、意識を向けてしまった。すると、真凜の声でそれを怪訝に思うような声。
 近いうちに詰問されてもおかしくはない。そう思ってはいたのだが、思いの外穏やかに問いただされたものだなと驚いていた。そもそも彼女は自分のことを目の敵にし、嫌っている。そのように思い込んでしまっているのが何よりも大きな理由である。
 実際のところ、嫌うと言うよりも知君のために遠ざけたいという意志が強いのだが、それを本人は知らない。なぜなら前述のとおり、人の心の中を読むことをよしとしていないためだ。それに関しては、充分以上に徹底的な教育を為されている。

「じゃあ訊きたいのだけれど、一から質問していくべきかしら?」
「その方が有難いですね。全部察している訳ではありませんので」

 今のところ彼が察しているのは、真凜が王子、捜査官の太陽でも洋介でもなく高校生の光葉に目をつけていることぐらいで。どうしてそのような事に至ったのかまでは理解していない。

「初めて私がその子の事を知ったのは、あなたがアリスを検挙した三日後の朝ね」

 渡された、前日に起きた出来事の資料に目を通していた際に、フェアリーテイルの反応消失の件があった。自分が壊死谷と交戦している間に、そのような奇怪な現象が起きていたのか、と。当然、それと同時に桃太郎の資料も目にしている。その日現れたフェアリーテイルはその二例だけであるためだ。
 桃太郎がその消失したフェアリーテイルの反応が出た辺りに接近したことから、そこで何かあったのではないかと想像した者は少なくない。ただ、どうしてその守護神の反応が消失したのか分かっていない者ばかりだった。真凜もその一員である。
 王子 太陽が桃太郎と交戦した際、その場に居たのは桃太郎と王子 光葉くらいであったと彼は言う。その証言は光葉自身からも取れているため間違いはない。

「ただ、ここ最近発覚したことがあるわよね。いや、当時にしても想像できていてもおかしくなかったわ。何せ、あなたが無力化したアリスは」
「同様に、同じ観測装置で座標が特定できなくなっていましたからね」

 気を失わせただけのフェアリーテイルは、その反応を感知できていると言うに、知君が赤い瘴気を取り去った途端に観測できなくなる。そういったところを何度も見てきたため、フェアリーテイルを今まで感知していたと思っていた装置は、実のところその赤い瘴気を観測していたと明らかになった。
 実質、フェアリーテイルを特定して感知していると言っても間違いではない。なぜならその瘴気さえ取り除いてしまえば、元の穏やかな守護神に戻るのだから。

「つまり、その消失した守護神というのは、私たちの知り得ないところで正気に戻ったと考えるのが妥当、というのが私の意見ね。そして」

 その日を境にして、同様の事例が相次いでいる。警察が何も関与していないと言うのに、フェアリーテイルと思しき反応が勝手に消えているのだ。
 それゆえ真凜は、一つの仮説を立てた。

「その最初の守護神というのは、あの瘴気を押しのける能力を持っている。貴方と同じで」
「……正解です」

 その後全部で五体の守護神が正体不明の消失をしている。その付近に捜査官が出動するよりも早く、である。

「その守護神が、治療して回っていたのよね、そういった子達を」
「はい」
「そしてその元フェアリーテイルは、守護神ジャックを行っていない。目撃例も衰弱死の事例も、該当守護神に関しては一件も無い」
「その通りです」

 ここまで言われてしまうと、もう言い逃れはできなさそうだなと知君は感じていた。

「つまり、フェアリーガーデンに住んでいる異端の者にも関わらず、守護神アクセスを行っているの。Phoneを用いてアクセスできないと言うのに」

 そしてその特質は、奇しくもデータが裏打ちしていた。その、消失した未確認フェアリーテイルが現れた近辺では、phoneが駆動した履歴は何一つなかった。それは、違法なphoneが起動した残滓すらも感じ取れなかったのだ。
 それゆえ、警視庁全体は守護神が勝手に治った、あるいは異世界に帰ったという風に考えていた。真凜もそう思い込もうとしたのだ。しかし、なぜだかそこに一抹の疑念を感じてしまった。王子 光葉に疑わしさを覚えてしまった。
 そして、もう一つの仮説。反応が無かったのは、あくまでphoneの駆動履歴。守護神アクセスが行われていなかった保証など無い。もし、その場で守護神アクセスが行われていたとしたら。王子 光葉が、そのアンノウンの守護神の契約者足り得る人間なのだとしたら。
 それゆえ彼女は、誰にも気づかれないように近日、王子 光葉についてできる限り情報を集めてみた。そして、たどり着いたのだ。数年前彼が、自分の守護神が何であるのかを校外学習の際に調べていた履歴を。

「彼の遺伝子を紐解く限り、その守護神はフェアリーガーデンに存在するという事が分かったわ」
「つまり」
「王子 光葉は、そのアンノウンの守護神の契約者だったという事よ」

 まだ根拠はあると、真凜は言う。その事に知君はほんの少し驚いた。彼にも予測できていないことがあるのかと、真凜は驚いた。

「その子、私たちが貴方のお見舞いに行った後に、病室に来た子でしょ?」
「そう言えば、そうですね」
「貴方は、私の時も兄さんの時も、的確な助言めいた事を言ってくれたわ」

 知君には、相手を的確に目指す自分へと導くための力がある。そう、彼女は確信していた。それは、とても稀有な才能で。

「貴方はおそらく、あの日王子さんの弟にも助言した。そして翌日、彼は自分の守護神と出会った」

 違うかしらと、得意げに小首を傾げる。もうお手上げだなと知君は感嘆の息を吐き出した。

「全部、大当たりです」

 予測が的中したとはいえ、真凜は喜びなど何一つ感じていなかった。やはりそうだったのねと、深い深いため息をたった一つ漏らして。

「どうしてこう、貴方達は向こう見ずで命知らずなの……」

 まだ高校生なのに、世の中の荒波にもまれてなんていないのに。命を賭ける必要も、責任を背負う必要もまるでない。それなのに、どうして知君も、面識のない少年も、自分を投げ捨てるように戦場に身を投じるのだろうか。
 そんな事しなくてもいいのに。君たちが不安や心配も無く暮らしてくれるだけで私は満足なのに。やるせない思いが、彼女の中に渦巻いた。

「やっぱり、僕は真凜さんにとって邪魔ですか?」

 いつも笑みを絶やさない知君、けれども、今この瞬間におけるその表情は、仮面のように張り付けた作りものだと察せられた。その裏に隠れている本心が、どうにも泣いているようにしか見えなくて。否定しなきゃ、そう思って口を開かれた途端に、足音が二人に近づいてきた。

「悪い、ちょっと遅れちまった」

 時計は、八時五分を指していた。息を荒げ、汗を額に浮かべている様子から、不意に現れた彼が、慌ててここまで走ってきたことが察せられた。
 この微妙なタイミングに現れて……。そんな風に真凜は苦い顔をした。これでは自分が弁明する間もなく悪者のままではないか。

「んー、知君が辛気臭ぇ顔してんな? 真凜、まーた虐めたのかよ」
「いやいや、そんな事ないですよ。夏休みの宿題が終わらないって嘆いてたんですよ」

 奏白が現れ、すぐに知君の仮面は剥がれた。剥がれた下から出てきたのは紛れも無い笑顔だった。
 兄さんと一緒だと、彼は落ち着いているのだな。自分が原因とはいえ、彼から明確に兄との差を見せつけられた彼女は、手を握りしめた。
 それも仕方ない、兄はちゃんと、彼の事を仲間だと認めているのだから。
 そこまで理解していながらも、真凜はまだ彼のことが受け入れられない。私は、君すら救ってあげられる人になりたい。それがどれだけ、傲慢な願いだとしても。
 五分遅れで、三人だけの会食が始まった。揃ってからは、仕事の事など何も考えることなく、最後まで平和に、楽しく、笑い合ってその会を終えることができた。