複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【File6・開幕】 ( No.41 )
日時: 2018/04/18 00:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 苦い。そして辛くて、とても酸っぱい。
 敗北の苦汁を舐めて、尻尾を巻いて逃げ帰る辛酸を味わった。一度目は、同朋の人魚姫とその契約者を相手に。その時はまだ言い訳が効いた。自分は守護神ジャックすら行っていなかった。ほぼほぼ全ての能力を封印した状態であったのだ。
 二度目の敗北、一月前の悲劇。颯爽と現れたブラウンの髪の捜査官、彼とは能力を使える状態で真っ向からぶつかり合ってなお敗北してしまった。
 目を閉じ、あの時の事を思い浮かべる。思い返すだけでも奥歯を噛み締め、苦々しさが蘇るけれども、その事を忘れる訳にはならないと、瞼のスクリーンに映し続ける。臥薪嘗胆、これまで才と仲間と、ばあさまからのキビ団子だけで日本一に上り詰めた彼にとって、挫折らしい挫折を得たのは初めてに近かった。
 月下に翻る己の振る刀、それをいとも容易くその警官は避け続けた。敏捷性には自分も自信があったと言うのに、かすり傷一つ与えることすら能わなかった。目にも止まらぬ剣閃、そう思っていたのは自分だけだと現実を突き付けられたようで。音速で動くその男には全くついていけもしなかった。
 斬撃をかいくぐり、懐に入り込んだその男が叩き込んだ強い振動。その瞬間にようやく相手の能力に桃太郎も気が付いた。口の中に滲む血の味。朱の混じった唾液を吐き出せば、薄々勝ち目が無い事を悟ってしまった。
 能力である犬の化身、猿の化身などを呼び寄せても、それらも一瞬で倒れ伏してしまった。召喚と同時に、仕掛けるより早く蹂躙された。その男のあまりの力に、恐れと言うものを知らしめられた。
 自分の無力さに対する怒りを飲み込み、敗走することを決めた。しかし、その瞬間にも絶望は押し寄せていた。本当にこの男から儂は逃げることができるのかと、不安に駆られる。その瞬間だった、その男の目がしばたいたのは。何らかの影響が彼に出ているのは明らかだった。
 そこで再び剣を抜く選択肢もあっただろう。しかし、そうすることなどできなかった。気持ちの上でもう、彼はとっくに捜査官の男、つまりは奏白に敗北していたからだ。
 それを、その時でさえ自覚していた。だというにおめおめと引き下がったことは、日が経つにつれてより一層苦々しい。
 特に、この世界に降り立ってからも最初は順調だったのが大きかった。歴戦の捜査官らしき歩瀬という男も、苦戦こそしたものの葬ることができた。それなのに、人魚姫と出会ってからは失敗続きだ。
 あの男、名前を何というのだろうか。彼に敗北した挫折から、桃太郎は自分の契約者を探すことに決めた。自分の独力では限界がある、と。破壊衝動に呑まれているとはいえ、彼が冷静にそう考えることができたのは、そもそも彼が上位の守護神であることが起因している。桃太郎、それはおそらく日本と言う国で最も有名な昔話であろう。日本一の桃太郎、そんなフレーズはこの国に生まれていたら一度ぐらい聞いたことがあるだろう。
 だが、自分の契約者がどこにいるのかなど、考えたことも無かった。日本を発祥とする守護神だからと言って、その契約者が日本にいるとは限らない。現に人魚姫はアンデルセンの書いた物語が元になっているだろうに、その契約者は日本人である。
 契約者と出会う方法など本当にあるのだろうか。そう思っていた矢先である。一人の男が現れたのは。彼は自分がELEVENの契約者であると名乗った。そして、目の前で守護神アクセスを行った。
 シンデレラから、琴割という男以外は守護神アクセスに許可が必要である旨を聞いていたと言うに、目の前の男はその常識を破った。どうして彼がそんなことを行えるのか、その理由など分からない。しかし重要なことは何より、その男がELEVENと呼ばれる、異世界を統べる王を呼び寄せたという事である。
 呼び寄せた守護神は、自分の住むフェアリーガーデンを取りまとめる者であるのだとか。つまりは自分の世界の王、その名前なら桃太郎自身も知っていた。

「シェヘラザード……」

 元となっているのは、かつて千夜一夜物語を紡いだと言われる物語を紡いだ者。ある暴君が、夜伽をした後にその者を殺すという残虐な性癖を持っていたに関わらず、彼の好奇心を惹くために毎晩毎晩物語を紡いで、続きは明日の夜にと告げて延命した女性。
 シンドバッドにアラジン、著名な物語の生みの親。それこそがシェヘラザード。そしてその能力は、自分が紡いだ物語を現実に返る能力。琴割 月光には拒絶されてしまうため、全員に効果があるという訳では無いのだが、それでも桃太郎を主役に彼女が物語を描けば、それは現実になることだろう。
 そして彼は、以下のような物語を織り成したのだ。

「君は近いうちに、契約者に出会うだろう。そして、かつて君を貶めた人魚姫に復讐するであろう」

 人魚姫は当然ELEVENではない。その能力による影響を彼女には曲げることなどできはしない。それゆえ、もうリベンジなど成したも同然であった。何だか自分の力で行ったような実感など無くて、少し味気ない。その分二度目の敗北は自力で払拭すればいいと彼は告げる。
 そうして彼は立ち去った。どうして彼が自分を気にかけているのかなど、理解出来はしなかった。首領は、黒幕は、シンデレラではないのか。
 そんな疑問が桃太郎の中に現れては、立ち消える。それもそのはず、赤い瘴気が脳裏で荒れ狂っているからだ。流石にずっと理性を保っている訳にはいかんか。目が紅蓮に染まる。身の内に秘める暴威を振るう事しか考えられなくなる。
 抑えろと彼は自分に言い聞かせた。まだその時ではない。鬼ヶ島に攻め入るときもそうだ、仲間を揃えることが重要だった。準備を怠らないことが大切だった。だからまずは、共に戦う相棒が必要だ。
 落ち着け、落ち着け。満月を眺めながらこの衝動を何とか飼いならす。そう言えば、初めて自分がこの症状にかかった時も、夜空に浮かぶ満月を浮かべていたなと、ふと思い返した。
 そして桃太郎が、紡がれた通りにストーリーを歩んだのは、翌日の昼間の事であった。
 ふらふらと、誘われるがままに路地裏を、屋根の上を、人目につかぬ道を進む。そうして、見つけた。雑踏の中にいると言うに、一人だけ輝いているように見えた。色とりどりの人混みが、灰色のように見えた。その中で一人だけ、白いシャツに短いパンツを履いた、褐色肌の女性だけが異彩を放って見えた。



 食事会の最中、真凜はカクテルの中に、つい先刻聞いた名前を見つけた。クーニャン。頼んだ記憶は無く、そもそも名前を目にするのも初めてのように思えた。カクテル、というからには甘いお酒であるのだろう。自分が好んで飲むのは焼酎や赤ワインと言った、あまり甘みを感じない種類を好んでいた。
 クーニャン、か。中国からの留学生だと名乗った、スリを働こうとした彼女。そのことを思い返し、何となく関心が向いた。別にそのカクテルを飲んだからと言って、あの娘のことを知ることができる訳でもないというのに、真凜は次に頼むドリンクはそれにしようか思案する。
 これは一体、どう言ったお酒であるのだろうか。知らないが故に、注文してみることに決めた。注文を受けて、すぐさま従業員はドリンカーの方へと向かっていった。

「珍しいな。いつもウイスキーをロックで飲んだりしてるのに」
「ちょっと気になってね」
「え。真凜さんお酒強い人なんですね……」

 知君が半分呆れるように驚いていることなど気にもせず、真凜は奏白にクーニャンとはどんなお酒なのか尋ねてみることにした。俺は結構好きだけどなと、甘党の彼は前置いて。

「この店、店主が北海道出身らしいんだよ。でもって北海道では基本的にクーニャンって呼ばれてる、ってだけらしくてな」
「へえ。北海道では、ってことは別の呼び方があるの?」
「ああ、別の地方だとレゲエパンチとかいうらしい」

 中々凄い名前をしていますねと、知君も興味が惹かれたらしい。流石にお酒のことは興味がないのか、知君も自分の未知の知識に興味津々のようである。ちょっと気をよくした奏白だったが、彼に話せそうな薀蓄はこれ以上は無かった。
 じゃあ一般的な名前では一体何と言うのか、真凜は尋ねども、それより先に頼んだドリンクがグラスで現れる。大きな氷がいくつも浮くコップの中には、褐色の液体が入っていた。ウーロン茶がベースになっているカクテルの一つだろうかと推測する。そのカクテルは、予想通り果物の甘い匂いを放っていた。
 クーニャンと読む中国語がある。『姑娘』と書き、未婚の若い女性を指す言葉だ。真凜達が知る由も無いが、中国のとある名無しの傭兵が、コードネームにこの名を持つと言う。
 この芳しい、清涼感ある甘い香りは、一体何の果物だっただろうかと、一口啜る。絶対に食べ慣れている、馴染みある果物のはずだと。
 瑞々しい爽やかな、主張しすぎない甘みが、口中に広がった。その味にようやく、何のフルーツを用いているのか理解できた。

「これな、一番メジャーな呼び名はそのまんま、ピーチウーロンってんだよ」

 クーニャンと称されるカクテル、それは褐色のウーロン茶と『桃』のお酒とでできていた。