複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス【File7・完】 ( No.50 )
日時: 2018/04/28 00:44
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「体が重い……くっそ……」
「そう言えば、昨日練習試合でしたっけ。お疲れ様です」

 制服を着た二人の高校生が、談話室にて二人、自販機で買った缶コーヒーを啜っていた。背の高い少年は背伸びをしているのかブラックのコーヒー、小柄な彼はミルクと砂糖とがたっぷり入ってそうな茶色い塗装のカフェオレ。
 フェアリーテイル対策課が出来て一月、その頃に背がスラリと伸びた少年、王子 光葉は人魚姫と出会った。その後一月は独力で力をつけつつ何件か事件を解決していたのだが、桃太郎との二度目の邂逅において、身を取り巻く環境が一変した。今まで日陰からひっそりと活躍していた彼であったが、知君同様に警察に助っ人として参戦することになった訳である。
 これに関しても内部からはいくらかの反対意見が上がった。しかし、初めて知君がやって来た時と比べると、ずっとその声は小さく、少ないものであった。大きな理由としては、知君の時には前例がなく、王子の時にはその彼、知君 泰良が前例として存在していたからだ。一人も二人も変わらない、これが何よりも大きな理由だった。
 しかし、知君は二か月かけても全く受け入れて等もらえていなかったというに、王子はと言うと三日も経つ頃には彼らから受け入れられてしまった。というのもやはり、父と兄とがフェアリーテイルの対策課に存在したからであろう。当初、父と兄は怒ればよいものか喜べばよいものか複雑な顔をしていた。というのも、昔から光葉が警察を目指していたことを知っており、なることができないと絶望していた過去も知っているからだ。子供の分際で、危険なことに首を突っ込んでと怒ることもできなかった。息子の、あるいは弟の立場になれば、そうしたくなる気持ちなど容易に想像がついたためだ。
 これまで、守護神アクセスなんて自分にはできず、ヒーローになんてなれないと思い込んでいたという話が広まり、同情を覚えた捜査官や、人魚姫との出会いに感動した捜査官などが多数見受けられた。それゆえ、敵らしい敵を誰一人作らなかったと言えるのだろう。
 そして三つ目の理由。今まで知君しかいなかった、『フェアリーテイルを解放できる人材』が増えることにも意味があった。初めてシンデレラが現れ、王子が対策課に加わるまで、ずっと知君、つまりはネロルキウスにしかできなかったことが他の者にできると分かれば、猫の手も借りたくなる。そういった、人間臭い理由や機能的な理由から、王子は、人魚姫はすんなりと心を許して貰えたのだ。人魚姫が自力でフェアリーテイル化を振り払い、誰にも被害を出さなかったということもいい方向に働いていたのだろう。
 しかし、皮肉なことに許されたのは王子一人だけであった。王子が加入してさらに一月、彼らにとっては夏休みの終わりごろ、といった時期である。最も暑苦しい時期ではあるが、日の落ちる時刻がちょっとずつ六時に近づいていく。もういくつ寝れば二学期だな、そのようなシーズン、知君が初めて警察と顔合わせをした日から、約三か月が経過していた。だというのに彼は、未だにあまりいい顔をされなかった。
 言うなれば、可愛げが無いからだろうなと、彼は自身のことをそう評価していた。王子は、特別な治癒能力を持ってこそいれど、戦闘能力が著しく高いというほどではない。経験値の問題もあるのだろうが、奏白兄弟を筆頭に、彼を正面から組み伏すことのできる対策課員は何人か存在している。そういった理由からまだ彼は、やはりまだ子供だと、護ってやらねばと大人たちに思い起こさせることができるのだ。
 だが、ネロルキウスと言えばどうだ。持っている能力は『略奪』ただ一つ、身体能力もそれ自身の力ではろくに補正も入らないと言うに、誰にも負けないだけの性能を持っている。奏白と真凜、二人のエースが束になっても敵わなかったアリスを、たった一人で手玉にとったという辺りから、劣等感が多くの捜査官の胸中に渦巻いていた。
 その後、多くの場合知君は暴走した守護神から瘴気を奪い取る、デトックス作業にのみ当てられていたが、時折単独で出動することもあった。そう言った場合、全てのケースにおいて、どこかの班が二つ三つ束になっても敵わなかったような守護神、アラジンやシンドバッドといった連中をたった一人で倒してきた。一人だけでも何だってこなせるスペックの高さ、体の貧弱そうな優男がそれを見せつけるものだから、鬱陶しくて仕方が無いのだろう。彼本人にそんなつもりは欠片ほどにもありはしないのに、見下されているように見える。
 幸い、王子と友人であるため、最近はその風当たりは弱くなってきていた。ただそれもやはり、自分の力というよりはむしろ、王子の人徳である。
 王子君は本当に、すごい人ですね。
 口に出せば否定されてしまうだろうから、彼は胸の内にそのコンプレックスをこぼした。どれだけ努力しても、笑顔に努めても、成果を挙げたって自分には得ることのできなかった信頼を、目の前の少年は一足飛びに追い越すように勝ち取っていた。むしろそれを自分にも分け与えてくれている。
 砂糖も甘味料も入っていないその味に慣れているのか、涼し気な顔で王子は残っていたコーヒーを一息に飲み干した。空き缶を机に置き、真っすぐに知君の顔を見る。どうしたのだろうかと、見つめられた彼が小首を傾げてみると、王子は小さくありがとな、と零した。

「昨日の試合、今後のスタメン決める大事な試合だったからさ、出られなかったら来年試合出させてもらえるか分からない、って感じだったんだ。急に仕事変わってもらっちゃって、ほんとごめん」
「構いませんよ、気にしないでください」

 本来昨日は王子が所属するよう言いつけられた第4班、すなわち王子一家三人がそろい踏みしている班こそ全員入っていたが、第7班は奏白達元々捜査官である二人以外、つまり知君は入っていなかった。昨日奏白達は、壊死谷(File3参照)のような、フェアリーテイルに乗じた人間の引き起こす犯罪に当たっていたのだが、王子の代わりに知君が入ることとなり、第4班とそのまま役目を交代することとなった。
 発案者は奏白だった。太陽とは最近また以前のように交流できるようになったと喜んでいた彼が、王子と知君が代わったのならそのまま自分たちも役割を交換しないかと持ち掛けたのだ。性質上、知君がフェアリーテイル側の対処に追われることは絶対なので、そのままだと太陽や洋介と一緒に働くこととなる。彼らは光葉の一家だけあって比較的理解あるとはいえ、それでももう一人の高校生のことはあまり好く思っていない。
 むしろ警察署内での全面的な知君の味方は奏白だけ、そう思った彼だからこそ、ゲストである知君が辛い目に合わぬよう働きかけたのである。真凜すらもあまり、知君のことをまだ認め切れていないように見える。
 実際のところ真凜は知君のことを決して嫌っておらず、むしろ好く思っているのだが、如何せん対話をしようとしないだけあってその本心が伝わっていない。

「ま、今日は俺たち結構気が楽だよな。普段は周りに大人しかいねえし」
「しかも僕たちあまり重要な部屋に入れませんからね。ほんとに、戦う時だけ駆り出されて、後はずっとここに置いてけぼり。勉強と読書くらいですね、できることなんて」
「ほんと、ソシャゲのフレンドかよって話だよな。でも最近はジム使わせてもらってるな、筋トレに」
「確かに、何もしてないと部活動に支障が出ちゃいますね、王子君は」
「お、ちきみんにぷりんすじゃん。おっつー」

 談笑していたところ、名前を呼ばれたので振り返る。だから「ぷりんす」は止めろってと、声をした方向に王子は呼びかけた。会う度に日本語が達者になっていく褐色肌の少女。背丈しかりスタイルしかり、その発育の良さに自分たちより一つ年下という事実に、二人は初めて知った時は驚いたようである。
 桃太郎の検挙、解放後、琴割 月光が戦力になるからと中国の大富豪に大枚はたいて私兵として買い取った傭兵。彼女こそ、多くの警官達から疎まれている存在ではあるが、民間人でなく琴割の私兵であるため、文句も言えない。その大富豪の犯罪じみた行いに関しては、国を跨いでいるため言及できないので特に黙る必要も無ければ話す必要も無い。それゆえクーニャンは次々グレーゾーンな彼の行いを教えてくれるが、だからといって大富豪に不利益は生じなかった。クーニャン自身に彼が投資しただけの額は琴割が払った上に、これまでクーニャンが請け負った殺しなどの依頼、それを頼んだ人物に関してのみ秘匿する。そういった条件をつけた上で彼は彼女のことを一傭兵として買い取ったのである。これまで戸籍が母国にも無かったため、まず初めに日本人として戸籍を作った。転入手続きが面倒なので、学校には行かせていないらしい。
 これまでは殺し屋みたいに働いてたのに今度は急に政府の犬かと、クーニャン自身はあっけらかんと笑っていた。そうして溢した笑みからは年相応のあどけなさが窺えた。この子もきっと、不条理な世界の犠牲者なんだろうな。そう思えば、王子も知君も彼女を嫌うことができなかった。たとえこれまで敵対していたとしても、である。

「あーん? 苗字がおーじならプリンスであっとるやろがいっ!」
「何で今度はそんな口調なんだ……」
「ここ最近、琴割さんとくらいしか話さないせいじゃないですかね」
「話し方が胡散臭すぎる……。それとお前、ちきみんってゆるキャラみたいに言われてるけどいいのかよ」
「あだ名って友達みたいで、何だか新鮮で嬉しくないですか?」

 顔を綻ばせ、白い歯を見せる知君。照れ臭いのか顔を紅潮させて小首を傾げる。そんな彼の様子と言葉尻を捉え、残る二人は声を重ねた。

「うわ、あざと」
「二人して言わないでくださいよ!」

 そんな三人に気を引き締めろと言わんがばかりに鐘の音が鳴り響いた。聞き慣れた音、これは正体が判明しているフェアリーテイルがまた現れた際に署内に鳴り響くものだ。今回現れたのはどのフェアリーテイルだろうかと知君は考える。
 この一か月でまた、数々のフェアリーテイルが出現し、そのほとんど全てが捕らえられてきた。残っている確認済みのフェアリーテイルと言えば、未だ最強の座に収まり続けるシンデレラ、日を追うごとに被害者を山のように積み上げていく赤ずきん、死者こそ少ないものの犠牲者の数は限りなく赤ずきんに近い白雪姫の三体だ。反応こそあれど正体を特定しきれていないものはまだまだ存在するが、現状明らかに強大な壁として残っているのはその三つのみ。

「そういや、この事件の元凶って誰なんだ?」
「特定には至っていませんね」
「ネロみんモードでも分からんか?」
「ええ。逆に調べられないという情報から、ある程度特定はできているのですが……」

 言い淀む知君。情報は得られていないと言う割に、特定の進んでいるという言葉に、残る二人は流石だなと感心する。しかしだ、彼に分からないと言わせるとは一体どういうことだろうかと疑問にも思う。

「ネロルキウスにも分からない事ってあるんだな」
「ほんそれだな。ネロみんなら何でもお見通しと思ってたぞ私」

 いいえと、申し訳なさそうに知君は首を横に振った。二人の質問に答えながら、震えたphoneを開く。他者とは違った一世代前の、旧式の端末。どうして後生大事にそれを使い続けているのかと気にはなれど、訊いてみたためしは無かった。

Re: 守護神アクセス【File7・完】 ( No.51 )
日時: 2018/05/07 15:20
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「もうすぐここに奏白さん達が来るそうです。4班と7班の合同任務みたいですね」
「じゃあまだ少し時間あるな。だったら教えてくれよ、ネロルキウスって一応何でも奪えるんだろ? どんな情報だって。だったら真犯人みたいなのも分かるんじゃないのか?」

 そうでもないんですよねと、否定した彼はかぶりを振る。

「そもそも情報を奪うと言うだけあって、誰かが知っている情報しか知ることができないんですよ。未開拓の情報、例えばそうですね。「未来のクーニャンの旦那が誰か」とかは分かりません」
「私多分結婚できなさそーだけどな」

 あんま男とか恋とか興味ないしと、事も無さげに彼女は言う。その話題はさておきと、閑話休題して彼は元の議題に戻る。

「とりあえず、今回のフェアリーテイルというものが、自然発生した災害のようなものであれば、誰もその原因を知らないことになります。それゆえ、何も分からないということになりますね」
「あぁ、なるほどな。情報を誰も持っていないなら奪い取るのは不可能なのか」
「そういうことです」

 誰も知り得ない情報を知る術は無い。それゆえ、人間が不老不死になる薬の作り方なども模索できない。

「じゃあ、自然災害で決定か」
「いや、そうでも無いんですよ……」

 知っている人はごく少数しかいないので無理もありませんが、と前置きして、丁寧な言葉遣いは崩さずに彼は話を続けた。そもそもこれに関しては奏白も知らない様子だったので無理も無いとも言い添え、彼は少女と級友とに説明を続ける。

「守護神同士には、実は位階だけでなく相性が存在します」
「というと?」
「そうですね、例を挙げるとクロウホウガンと、鬼武者の二人の守護神ですね」

 それぞれ、義経と頼朝をモチーフにした守護神で、前者は四桁のアクセスナンバー、後者は五桁のアクセスナンバーを有している。それも、その数字の比は約十倍ほど。誰の目から見てもクロウホウガンの方が優秀な守護神だと言うのに、彼の能力は鬼武者と呼ばれる守護神には敵わないらしい。

「生前の出来事や、伝承されている話の中で明確に相性が存在する場合、守護神となった際にも強い影響が現れます。それを相性と僕らは呼んでいます」

 先ほどの例で言うと、義経は歴史上頼朝に討ち取られてしまったがゆえに、その史実が守護神となってからも深い爪痕を残し、能力の一切が通用しなくなる。そういった関係がいたるところにあるのだとか。孫悟空が三蔵法師に勝てないことも決まっていれば、信長と秀吉と明智光秀が三すくみの関係になっている。

「ネロルキウスにも同じ感じで弱みがあるのか?」
「ええ、ネロルキウスに限りませんが、王や皇帝の特質を持っている守護神は、傾城の特質を持っている守護神に対して不利なんですよ」

 傾城とは何であるのかと、王子が質問を挟むより先に、知君は「それと超耐性も問題がありますね」と述べる。超耐性、流石にその単語は有名であるので、王子も反応する。

「あれだろ、琴割さん達」
「そうです。ELEVENとまとめられる方々は、そもそも他の守護神からの能力を受け付けないんですよね」

 そもそもあまりに能力が強大すぎて、相手の能力を完全に無力化できることも理由の一つだ。琴割 月光であれば能力は無効化できるし、ナイチンゲールの契約者であればどのような攻撃を受けてもすぐに体が修復される。同様に、シェヘラザードと呼ばれる守護神は、相手の能力が自分に干渉しない物語を紡ぐだけでしのぐことができる。
 ただそれ以上に、能力同士がぶつかった際に怒る矛盾を取り去るために、世界の絶対的なルールとして決められたものがある。ELEVENおよび、その能力が及ぼした影響に対しては、如何なる守護神の能力でも干渉することができない。それは同じELEVENであっても同じである。

「それでも、一応ELEVENにも不利な相手はいるんですよね」
「例えば?」
「ジャンヌダルクですね。彼女自身キリストを信仰していたので、キリストに弱いです」

 最上人の界にいるので、誰とも契約はしておりませんがと彼は言う。誰とも契約していないのにどうして知っているのかと尋ねてみると、イエスという守護神が知っているからだと彼は答えた。彼自身はELEVENでないため情報を奪ってくることが可能なのだとか。

「そういや知君さ、ネロルキウスって何番なんだよ」
「それは確かに私も気になるなー、ちびっこも気にしてたぞ。あいつは何者だ? って」

 その昔、太陽よりも小さい数字であるとだけ教えられ、うやむやにされてしまった問いをもう一度。少し難しそうな顔をして、問われた彼は言葉を選んでいるようだった。教えるか、教えないかどうか、思案しているのかと思えば実のところ彼は、どのように断るのか言葉を選んでいるだけだった。

「……正直に答えるなら、僕のことはあまり簡単に人には教えられないんですよ」
「あー……そうなのか」
「おっ、二人とも揃ってんな」

 話が一段落したタイミングを見計らったように奏白と真凜とが現れた。準備は出来ているかと尋ねる。

「大丈夫です」
「じゃあ行くわよ、私と兄さんは先行するから、二人は人魚姫と合流してから三人で来て」
「はい」

 基本的に知君は守護神アクセスせず後ろに控えておけと真凜はすかさず言い添える。体よくすっこんでいろと告げられた知君は、了承しながらもその表情を曇らせた。そんな様子を見て王子は違和感を覚えた。あの人は、こんなに冷たい言い方をする人だっただろうか、と。
 その背中を見送って、人魚姫を迎えに行きながら、王子は知君に対して呼びかけた。

「奏白さんってさ、あ、音也さんじゃなくて妹さんの方なんだけど……あんな人だっけ?」

 あんな風に、突き放すような言い方をする人だったかと疑問に思う。これまで何度か彼女が人と接するところを見てきたが、むしろもっと人のことを助け、気を配るような人物では無かっただろうかと、これまで一か月という短い期間だけだが、兄や父、あるいは他の捜査官だったり、自分と対話しているところは何度も見てきた。知君と話しているところも見たはずだ。それなのになぜか彼女は、今この瞬間において、明らかに距離を置くような声音をしていた。
 まるで、知君に近くにいて欲しくないみたいに。王子とて、知君が多くの捜査官から疎まれがちではあると知っていた。だから、自分が受け入れてもらえたことをいい事に、知君も受け入れてもらえるようにと、多くの人に働きかけた。兄の方も奏白も、ずっと昔から知君のことを一人支えてきたという話だった。
 だから信じていた、もう一人の知君のチームメイト、真凜も知君のことを仲間として認めて、受け入れて、背中を預けている者だと。正義感の強い彼女であれば、知君を預けてもきっと大切にしてくれるのだろうなと思っていたのに、どうして。

「ずっと、なんですよね」
「奏白さんが冷たいのがか?」
「そうですね……初めて会った日から、ずっと……僕が戦場に立つ事にいい顔をしないんですよ」

 知ってますかと彼は続ける。王子くんがここに来てから、自分はほとんどフェアリーテイルのデトックス作業を回されないようになったのだと。基本、どうしても王子の都合が合わない時に代わりに駆り出される程度。あるいは、知君でしか対処できなかった強大過ぎる守護神を倒したついでにしかその作業を行わない。
 王子が合流する前の一か月は、毎日のようにネロルキウスを呼び、毎日のように数時間昏睡していたものだが、今月はその回数も著しく減った。確かにそれは嬉しいことだと言えるのだが、それ以上に、頼られなくなった疎外感が彼に押し寄せてきた。以前は彼にしかできないことであったため、たとえどれだけ嫌悪していても頼らなければならなかったのに、そこに代替案、それも知君より受け入れやすい人材の登場である。もうあいつお払い箱でもいいな、なんて知君のすぐ傍で口にする捜査官も増えていた。
 ちょっと強いだけなら奏白の二人でいいじゃないか、なんて笑って貶して。気にするなと数少ない味方からフォローされても、日に日に彼の顔に差す陰は強くなっていた。それでも、それでも同じ班員のあの二人だけは、味方だろうと信じていたのに。

「何で知君がそんな目に合わなきゃいけないんだよ」
「分かりません。あの人はきっと……僕たちみたいな子供が、遊び半分に戦地に立つのが嫌なんじゃないですかね」
「そんな事ねえよ、何か、別の意味があるはずだよ。だってあの人……」

 初めて会って、桃太郎と戦った時、俺に手を貸してくれって言ったんだぜ。何の気無しに彼は言った。真凜が悪い人間でないと信じたかったのだろう。それを通じていつか知君にも優しくなる日がくると、伝えたくてそう口にした、はずだった。



 そんな事、僕には一度だって言ってくれなかったのに。



「そうですね。真凜さんはいつだって、誰かのために戦ってますから」

 一瞬の硬直の後に、すぐさま彼はその言葉を肯定するように、いつもの笑みを漏らした。その様子に王子もどうにか胸を撫でおろし、早いところ現場に向かうかと急き立てる。まずはセイラが待っている所まで出向かなければならない。
 存在が公になったため、セイラが川に隠れる必要など無くなっていた。今では王子の家に間借りして、彼から見て義姉に当たる、太陽の嫁の部屋で寝泊まりしていた。義姉本人はというと臨月であるため、最近は祖父の病院に入っているので、特に問題は無かった。今はというと、人型よりも本来の姿の方が安心するらしく、地下の捜査官が訓練するためのプールに泳ぐ形で待機している。
 そちらへ向かいながら、知君は自然に王子の背後へと回り込んだ。廊下が狭いから、などという理由では無くて、その横顔を見られたくなかったからだ。前を見ないと危ないなどと百も承知だが、顔を伏せる。その顔を、誰かに見られてしまわないように。
 頑張っているのにな。拳を強く握りしめた。握力は女子よりも弱っちいので、爪の痕が掌にちょっとつくだけだったが。
 ずっと一緒に戦ってきたのにな。学生にとっての、三か月。部活動も許されていない彼にとっては、それは心を許すにはあまりに十分すぎる時間。それでも、相手は大人だから、まだ受け入れるには時間がかかるのだろうなと、何とか宥めすかしてきた。
 胸の奥からせり上がる感情は、己の守護神のようにどす黒い。強く噛み合わせた歯はギリギリと唸り声を上げている。目の奥がやけに熱いのに、涙なんて流れなかった。今の自分はどんな顔をしているのだろうか、そう思っても、鏡を見るのがやけに怖い。
 今回現れたのは白雪姫。すっこんでいろと遠回しに告げた真凜の言葉と、先ほど王子に告げた守護神の相性、それらを共に思い返す。
 そんなこと、長い間したこと、しようと思ったことも無い彼だったが、自嘲気味な笑みを漏らした。確かに、今回僕の出番は無いかもしれませんね。何て、考えたりなんかして。
 白雪姫は、眠って何一つ口を利くことも能わない状態だというのに、その美貌だけで王子を惚れさせ、結婚、ハッピーエンドを迎えた主人公。すなわち、王族をも容易に虜にしてみせたのだ。
 それはすなわち、シンデレラと同様に、ネロルキウスの天敵。国をも傾かせるほどの容姿端麗な女性……傾城の特質を持った守護神である。