複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.58 )
- 日時: 2018/05/07 16:37
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: yVTfy7yq)
白雪姫がどこぞの王族であろうと容赦はしない。暴君による、断罪の時迫る。
「おい、どういうことだよ、あれ……」
「分かりません。味方、なんですか……」
唯一口を利ける程度に立っていられた王子は、セイラに呼びかける。目の前で荒ぶる知君の姿は、もう彼だとは思えなかったからだ。これまでも守護神アクセスすれば性格が変わることは何度も見られた。しかし、これほどまで立ち振る舞いが変容したのは初めてだった。
むしろ、仲間から搾取するように身体能力を奪い取ることなどできたのかと、納得するような部分もある。確かにクーニャンと戦っていた時も、能力で向上した分の膂力を自分に吸収はしていた。それなら不可能は無いのかと納得しつつ、だからこそ冗談じゃないと目の前の暴君を睨みつけた。
知君はしなかった。つまりは当然、味方に悪影響を及ぼすだろうからだ。にも関わらず躊躇も遠慮も無くこのネロルキウスは作戦を実行した。多少人格面が荒れようとも彼本来の性質である優しさをずっと維持していた普段の彼とは違う。
さらには、守護神を奪うと言う行為も衝撃だった。ネロルキウスは確かに、何でも略奪できる能力なのであると強く理解した。これまでも様々な守護神の能力を奪ったり、一時的に借り受けるようにして戦っている姿は見てきた。それにしても、そんなものまで奪うことが可能だなんて。
「にしても、何で守護神を奪うなんて回りくどいやり方……」
「それはおそらく、それが傾城との相性不利を覆す手段になるからです」
ネロルキウスの能力は、守護神同士の相性の問題で、白雪姫には通用しない。アリスから借り受けたように、他者の能力を奪って、ネロルキウスの能力として行使した場合も、同様である。何せその理屈であると、一旦アリスの能力をネロルキウスの能力として、彼の能力として使用していることになるのだから。
しかし今回の方法はそれとは根本的に異なる。今の状態は、知君が異なる二人の守護神と同時に守護神アクセスをしている状態だ。ウンディーネの能力はあくまでウンディーネとして用いられる。ネロルキウスが守護神ではなく、契約者の立場にある。それなら世界の相性を無視して戦うこともできる。
「そんなやり方あるんなら、何で今までやってこなかったんだよ」
「それをしないという選択を取り続けてきたのは彼自身です。多分……重篤なデメリットがあるに間違いありません。それも、彼にではなく、奪われた側の人間に、深刻な代償が」
自分に代償が降りかかると言うなら彼は、喜んで力を使うでしょうからねとセイラは言い添える。それもそうだなと、死にたがりに片足を突っ込んだような彼の生き方を思い返し、王子は納得する。
薄々、セイラはその代償の正体に気が付いていた。能力の行使権を無理やりに奪い取る行為。それは、守護神と契約した者との間に交わされている契約そのものが破棄されたと言っても過言ではない。本来、死以外で契約が破棄されることはあり得ない。それゆえ、一度破棄された契約を結びなおすための方法が、世界の理で定められていないとしたら。
この推測を、契約者の彼に対し伝える訳にはいかなかった。おそらく今後、王子の父は守護神アクセスができないなどと、彼には突き付けられなかった。ずっと、自分という人間の中での一番のヒーローを担ってきた父親が、もう戦えないだなんて知れば、状況も考えずして彼はネロルキウスに激昂するだろうから。
近くで見てきたから、理解している。知君が無理やり性能を抑えていた状態でさえ、ネロルキウスの能力は圧倒的に格上の存在だった。今の、枷が外れた状態のネロルキウスなど、手が付けられないに決まっている。
それに彼女は、悲しい事に傾城の特質など持ってはいない。それもそうだ、王族を虜にするだなんて、夢のまた夢。スタートラインに立つことも無く終わった物語のヒロインなのだから。
二人がそうこう話している間にも戦況は刻一刻と進んでいた。覚醒した暴威まき散らす君主、彼により七人の小人が次々と戦闘不能に陥り始めた。何度も何度も立ち上がる様子から、不死身なのかと思っていたが、そういう訳でもなかったらしい。単に体が驚くほど頑丈だっただけのようで、今の知君の攻撃には耐えきれないらしい。
それも当然、今の彼は数名分の守護神全員分の身体能力の向上補正が入っている。その内の一人は、圧倒的なまでの肉体活性を誇るアマデウス。そこに、第4班の人間の三、四人分の力まで加わっていれば、力の強さはこれまでの比じゃない。
飛び掛かる七人の小人が、一人また一人と数を減らしていく。飛び掛かるその胴を、足を、腕を掴むと同時に地面に叩きつけ、サッカーボールのように、宙に投げ捨てた後に全力で蹴り飛ばした。
それならと、距離を置いた小人が弓に矢をつがえる。一気に解き放とうとしたその時、不意に目の前で弓の弦が音を立てて呻った。矢はまだ放っていないのに、そう思ったつもりだが拳の中に握っていたはずの矢の束はいつしか消えてしまっていた。
本人が当惑する最中、バラバラと矢が地面の上に落ちる音が耳に届く。音がする方向を目にすると、掴んだ矢の羽から手を離した知君の姿。これから撃とうとしていた矢を奪い取ったのかと理解するのに時間はかからなかった。
強化された脚力、知君が小人との距離を一瞬で詰めたのは何も今更驚くことではない。その拳が小柄な男の頬へとめりこむ。守護神や、その能力によって生まれた連中には死や怪我の後遺症と言う概念は無い。拳を頬に食い込ませた勢いそのまま、強く地面に押し付けて、小人そのものを地面にめり込ませた。
ずしんと地響きが一つ、鳴り響く。知君と小人、二人を中心としてアスファルトの地盤に放射状のひびが入る。そこからは、一瞬だった。地面の内を無様に逃げ回る虫を雑に踏みつぶすように、自らの膂力に任せて蹂躙する。
「あれが、知君の戦い方だってのかよ……」
「本当に、そう思いますか?」
「思う訳ねえだろ……。あいつが、あんなやり方するかよ」
その通りですとセイラは頷く。あれはあくまで、彼の身体を乗っ取った男の姿なのだ、と。あれこそが、己の望み通りに世界を動かす悪鬼羅刹の器。最悪にして最強の暴君、知君がこれまで抑えてきた代物。よくも一人で、こんなものを。改めて彼の強靭な精神が窺える。
そんな人を救う事も出来ずに、自分たちは一体何をしていたのだろうか。後悔せども、遅い。もう彼はとっくに、飲まれてしまったんだから。
「いい気にならないでくださるかしら?」
毒の波が知君目掛けて襲い掛かる。真正面から襲い掛かるその濁流など歯牙にもかけず、先ほど洋介から奪い取った水の精霊の能力を用いて自分のコントロール下に置く。空気中の水蒸気を液化させ、巻き込んで一気に白雪姫へと押し流し返す。自ら生み出した分の紫色の液体こそ彼女は自在に消滅させられても、最初から宙に漂う水蒸気まで存在を消すことは不可能だ。ウンディーネの能力により新たに生成した水、それを勢いよく射出することで彼女の身体を貫く。血が流れている訳ではない白雪姫の腕に、直径一ミリ程度の風穴があく。漏れ出すものと言えば、彼女を蝕む赤い瘴気くらいのものだ。
「あら、フェミニストじゃないのね」
「寝首をかく女に惚れる男がいるとでも?」
「それもそうね」
そこからはもう、ただただ一方的な蹂躙だった。ウンディーネの能力さえあれば毒の能力など襲るるに足らず。そもそもネロルキウスには、白雪姫の能力が効いている様子は無いのだからそもそも彼女自身、彼に対して無力という他なかった。他の戦力と言えば七人の小人であろうが、それももう全て蹴散らされてしまっている。傷つき伏した彼らは、もうしばらくピクリとも動けないようだ。
加えて彼女自身体術も恵まれた部類ではない。肉弾戦までこなせるフェアリーテイルといえば桃太郎であるが、彼はまれな部類である。それもそうだ、お伽噺なんて、多くの場合不思議な力が主人公の都合がよくなるように助けてくれるのだから。
けれど今、世界の反逆者となった彼女にそんな加護は働かない。じわりじわり、などというものではなかった。あっさりと、川の激流を押し流されるように、敗北へと一直線に向かっていく。知君に捕らえられた彼女が組伏されて地面に押し付けられるまで、一瞬だった。
「王子くん、今です。……早く、解放してあげましょう」
「ああ、そうだな」
ネロルキウスもそのつもりだったらしく、早いところこの女の瘴気を取り払えと王子達に指示した。普段であれば自分の能力で赤い瘴気を奪い取っている所だが、やはり傾城に対してそれはできない。彼がセイラ達を野放しにしていたのは、最後の処理を任せるためだった。
これ以上苦しんでいる親友の姿など見たくない、その一心で人魚姫は、今まで以上の力を振り絞る。一秒でも、刹那の時間でも構わない。彼女が男に組み敷かれて苦しむ時間は、出来得る限り短くしたかった。
悲しい旋律が戦場を駆け抜ける。こちらの陣営は疲労困憊、少なくない被害も出てしまった。白雪姫が美しい顔を歪ませ、瘴気が抜け去る際の苦悶に耐える悲鳴が響き渡る。
自分たちが勝利を収めた実感など、毛ほども湧いてこなかった。
そしてその勝利など、余韻に浸らせる暇も与えないと言わんがばかりに現れた影一つ。
「おい知君ぃ、これは一体どういうことか話してみろや」
うさん臭さの浮かぶ声音、軽やかに風に揺らした白髪、目を開けているかも疑わしいような細目は、狐みたいに、まるで笑っているのかと勘違いするように弧を描いている。しかし、その中心に座し、ほんの少し顔を見せた瞳の奥には、笑みなど何一つ浮かんでいなかった。
暴走したという報告を受け、すぐさまこの男は駆け付けたのだ。己が作り出した化け物の行く末を見届け、場合によっては始末するために。
そしてこの状況は、考え得る限り最悪の場合であると言えた。
「次暴走したら、殺す以外あり得へん言うたよなあ、儂は」
「琴割 月光か。お前も久しいな。して、余に貴様が干渉できると?」
「当然じゃ、儂のジャンヌダルクはELEVENやしなあ」
「やめておけ。今ここでお前がおおっぴらに能力を使えば、流石に誤魔化しきれんぞ」
ELEVENは、その能力を勝手に使用してはならないと言う取り決めがある。いくらでも戦争を引き起こし、いくつもの世界を滅ぼすだけの力を持っているからだ。発案者である琴割本人が己の老いと死を拒絶している以外には、絶対に能力を行使してはならない、と。
しかし、これまで琴割は、自分一人phoneを用いなくても守護神アクセスできるのをいい事に、些細な事に時折能力を使ってきた。奏白がドロシーのもとへ駆け付ける直前、踏み出そうとする意志を拒んでいた時などがその例だ。
流石にはったりは通用しないかと眉をひそめる。なら仕方ないと、無理やり実力行使に出ることにする。
「ばれへん範囲でやるしかないやろ。おい奏白」
お前たちが、『この場においてこの後、能力の干渉を受ける』ことを拒絶する。そう彼は指示した。彼が能力を行使して数秒後、さっきまで腕さえ上がらなかったというに、段々と体に力を取り戻し始める。
なるほどと、ネロルキウスは納得した。如何にジャンヌダルクとはいえ、既に自分の能力を受けてしまった彼らの状態を拒絶できないはずだが、未来の彼らを対象とすればまだその体力を奪われる前の段階である。それを今のうちに拒絶しておけば、ELEVENの超耐性によりネロルキウスにとって奏白達は不可侵の存在となる。
解釈次第で、能力の扱い方次第で戦況が覆る。世界の理はやはり奥が深いと、暴君はそっとほくそ笑んだ。
そんなもん何も面白くないと吐き捨てるように、立ち上がった捜査官たちに一斉に指令を下した。あまりに冷徹な命令、その言葉に、王子は、セイラは、そして真凜は、己の耳を疑った。
「目の前のネロルキウスを始末せぇ。器の知君ごと殺してしまえば、あいつは異世界に引っ込むからな」
その言葉に、真凜の心臓は強く飛び跳ねた。
File8 例えこの身が朽ちようと・hanged up