複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.70 )
- 日時: 2018/05/19 13:33
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
※本編と関係の無い番外編です。
いや、本編書けよってな……。何となく書いてしまった……。
「真凜、お前今どこだ?」
phoneが着信の通知で鳴り響いたため、通話に出てみると奏白がやけに逼迫した声で真凜の現在地を尋ねた。何か問題でも起きたのだろうかと、その話に耳を傾ける。案の定事件が起きたという報せであった。
今しがた一件、犯行を取り押さえた所だというのに、忙しない。だが話を聞いてみると放置しておく訳にもいかなかった。ついさっきまで暴れていたのは人間の犯罪者であったが、今度現れたのはフェアリーテイルだとの事だ。
白雪姫以来、同時に襲撃をしかけてきたシンデレラも、シンデレラが静まり返っていた頃も暴れ続けたあの赤ずきんでさえも現れていなかったというのに。久方ぶりのフェアリーテイル、その出現報告に、より一層気分が引き締まる。
知君が倒れてから三日が経っていた。それを配慮するかのようにお伽噺の住人たちは活動を止めてくれたようにも見えていたが、ただの偶然だったらしい。今日現れたのは新規のフェアリーテイルである、一寸法師。
日本ではかなり有名な物語ではあるが、確かにこれまで出現の報告は為されていなかった。
「それで、どこに出現したの?」
「今お前がいるすぐ近所だ。座標はすぐにまた送る」
「了解。でも、何でそんなに慌ててるの?」
「わりぃ、言い損ねてた。一寸法師が高校生の人質取ってんだよ」
「厄介ね、それは」
それならば一刻も早く助けに行くべきだろう。真凜の能力であれば、人質を傷つけずに取り戻すこともできなくはない。未来を予知しながら、その高校生を安全に取り戻せる機会を窺えばいい。
奏白も同じように、相手が人質の少年に手をかけるよりも早く救ってみせそうなものだが、生憎今は別の事件を追っているらしい。
そのため別な者を向かわせようとしたが、単独でフェアリーテイルの相手ができそうな人間として自分を選んだのだろう。誇らしく思うが、だからこそ失敗は許されない。
知君が倒れている今だからこそ、彼の負担を軽くするためにも残された自分たちで目の前の問題に立ち向かうべきだ。警察の空気も変わり始めている。だから、今度こそ自分たちだって胸を張って、彼の横に立つ仲間だと言えるようにしなければならない。
目を覚ましたら、今度は何度だって肯定してあげよう。今まで、認めてあげられなかった分だけ。通話を切り、路地の脇で守護神アクセスを行った真凜は、その前に確認しておいた住所に向かって一目散に宙を駆け、飛び立った。
たどり着いた場所は、背の高い四つのビルが、交差点を挟んで向かい合っているような場所だった。その交差点、車道の中心で背の高い和装の男が巨大な針を高校生の男子、その首筋に突き付けていた。
刀ではなく針なのは原作に沿うているからだろうか。その様子を冷静に彼女は分析する。一寸法師というには立派過ぎる背丈。おそらくあれは、打ち出の小づちで体を大きくした状態だろう。
願いを何でも叶える小槌、使われてしまってはこれ以上なく厄介な代物であろうが、身に着けている様子は無い。おそらくあまりに強力な能力であるため、守護神ジャックでは用いることができないのだろう。おそらく守護神アクセス時のみに限定される。
それさえ使われなければ、経験上一寸法師は弱い部類のフェアリーテイルだ。桃太郎は例外的に強かったが、浦島太郎やそう言った、他の日本産のお伽噺出身の守護神はやけに力が弱い。読者が日本人に限られてしまうというのがかなり大きな理由だ。
それでも絶対に油断はしない。どんな敵にも全力で立ち向かう、知君のように。彼を認めているのは言葉だけではない、その心構えまで見倣わずしてどうする、と。
捕らわれている少年はと言うと、あまり怯えている様子は無かった。それよりむしろ、この失態に怒っているようであった。何も抵抗できない自分が悔しくて仕方ない、と。
平均的な男子よりも高い身長、そのシルエットが似ているせいもあったからか、一人の少年を彼女は思い出していた。王子 光葉、人魚姫の契約者。彼もまた、無力な自分に打ちひしがれる少年だ。
あの悔しがる目は、間違いなく彼のそれと酷似していた。きっとあそこで捕まる少年の心の中にも、同じような正義の炎が、真っ赤に燃えているのだろう。
だけど、残念なことに少年は無力だ。無力だからこそ、私たちのような人間が居る。助けなくてはならないのだ、警察として、弱き者の盾として、正義のヒーローとして。
道路のど真ん中なんぞに位置しているため、一寸法師はともかく少年を轢いてしまうまいと、急停車した車で大渋滞が引き起こされていた。本当に、フェアリーテイルは周りの迷惑を顧みない。もう少し迷惑のかからない位置で暴れて欲しいが、破壊と殺戮の衝動に駆られた彼らが大群衆ひしめく往来のど真ん中で暴れるのは仕方ない。
フェアリーテイルが危険だとはもう世間は認知している。そのため、多くの市民は非難を完了させていたようで、近場に人影は見当たらなかった。強いて言うならオフィスの中でまだ異変に気が付いていない者が作業を続けている程度。
「真凜、どうする気なの」
「真正面から交渉するわ。だからメルリヌス、未来予知を絶やさないで」
「了解、ちゃんと助けなきゃね」
当然だと首肯し、上空から一気に滑空、地上付近へと降り立った。一寸法師の目の前でスノーボードを停止させる。まずは話し合いから始めようという意志を示すため、ある程度距離を置いたうえで挨拶を一つ。
「こんにちは。一寸法師さん、でいいかしら?」
「いかにも」
若草色の浴衣を着て、刺繍用の針を捕まえた少年の首筋にぴたりと付ける。それ以上近づいたら刺すとでも言わんがばかりに。その場から近づかないようにし、それでも手を翳してそこから先を真凜は制止した。それ以上人質に危害を加えるなと。
ポニーテールのつもりではないのだろうが、細く結われ、膝の辺りまで伸びた後ろ髪が風に揺れていた。紺色の帯がぴしりと皺無く張っている。
人質を取るからには、何か要求があってしかるべきだ。それを聞かねばなるまいと、真凜はまず彼に問いかけることにした。
「それで、貴方は何を望んでるの?」
「話が早くて助かる。琴割 月光という男を連れてこい。奴の死こそが我らの悲願」
「あの方……己の死を拒んでいる以上、そんなの夢物語だと思うけれどいいの?」
「知らん。それでも会わぬ内は手出しなどできん」
短絡的に、そこらにいる人間を咄嗟に人質にとるだけはあるというべきか、その考えは行き当たりばったりだった。しかし、その考えも的を射ている部分はある。眼前に相対せぬ限り、いつまで経っても己の野望は成就しやしない、それは事実だ。
だがそれはおそらく、彼らにとって何も得るものは無く終わるだろうなと見切っていた。人質がいる現実を琴割が拒絶するだけで彼はあの高校生を自ら釈放するだろうし、彼の抵抗を拒んでしまえばそれ以上彼による被害は大きくならない。
このように、琴割を殺すというのはあまりにも非現実的な幻想ではあるのだが、そんな事しようものならきっと立場が悪くなるのは琴割の方だとは理解していた。誰が見ているか分からない場面で能力を彼が使おうものなら、世界中から糾弾される。
白雪姫との交戦時は、周囲の人払いを完璧に済ませた後だったので、多少能力を使っても問題は無かった。しかし、車に乗り、こちらの様子を見続けている人間が不特定多数に上る現状、それは避けるべき事態だ。
ただ、末端の捜査官に過ぎない真凜に琴割を呼びだす手立てなどない。要求を飲むことは不可能。
だとすると、何とかして人質を取り返さねばなるまい。機会を窺えども、適した好機はいつになっても訪れなかった。どのタイミングで魔弾や光線を撃ち出そうとも、それが一寸法師を捉えるより先に少年の首に深々と針が突き刺さってしまう。
どうしたものだろうか。真凜は臍を噛みながら、その膠着の状態を享受する。要望が簡単に叶いそうにないと分かってからも、一寸法師は人質を殺そうとはしなかった。それもそうだ、ここで彼を殺してしまえば、そのまま自分が目の前の女に討たれて終わりと察していたのだから。
無為な時間が流れ続ける。未来予知を繰り返すも、失敗の光景ばかりが次々流れていく。対話をしようとも一寸法師は集中を切らそうともしない。
一度、未来予知を中断する。魔力は温存させておかないと、肝心な時にどうしようもなくなる。どうにかして話術で揺さぶりをかけなければならない。あるいは本当に琴割を呼んでしまうのが妥当だろうか。
永遠に続いてしまいそうな平衡状態。このまま時が止まってしまうのではないかと思う程の、静止した状況。時として対話も途切れ、沈黙が支配する。
だが、そんな停止した局面を動かし始めたのは予期せぬ人物であった。大きな銀色の針を頸動脈目掛けて突き付けられた少年はと言うと、自嘲的に笑い始めた。
小さく、揺れるような声。泣いているように聞こえたけれど、そうではなかった。
「何してんだろうな、俺」
その目線は地面に向いていた。その表情を見られないようにと。けれども、揺れる声はちっとも悲しみに沈んでなどいなかった。悔しさに塗れず、悲哀に濡れてなどいない。沈み落ちたこころから振り絞ったような静かな声では、決してなかった。
身体全部を燃やし尽くしてしまいそうな怒りの炎を、無理やり押し殺したみたいな静けさ。この激情が簡単に溢れてしまわないように。自分の不甲斐なさを認めてしまわないように。
「足手まといなんて、ごめんだ」
「まあそう気に病むな。お前も充分よくやったではないか」
真凜は人質と、それを捕らえる一寸法師、二人の会話に耳を傾ける。どうやら一寸法師はというと、初めはもっと小さな女の子を利用しようとしていたらしい。その方が状に強く訴えかけることができるだろうと。
その女の子を救ったせいで、代わりに今利用されているのがあの少年、ということらしかった。その向こう見ずな、無謀によく似た正義心に真凜は頭を抱えた。あの少年を見ていると、彼らを思い出してしまって仕方ない。自分のことを犠牲にしても、誰かを助けたいと願ってしまう誰より優しい向こう見ず二人。
その結果自分が危険な目に会っているというのが、どうしようもなく苛立たしい。誰があの立場になろうと、心配するのが私達だというに、誰かを救うためとはいえその身を差し出すのは許容できない。
覚悟があるのは結構だ。それでも力が無いならそんな無茶をしでかすべきではない。真凜の意見はこうだ。そして、それは少年も分かり切っていた。己の行動があまりに短絡だったと、自分に戦う力さえあればこんな事になっていなかっただろうと。
ヒーローに憧れるのは自由だ。しかし分不相応に目指したのは自分の身勝手だったと悟る。そのせいで目の前の捜査官にも迷惑をかけている。憧れの英雄に重荷だけ乗せて自分は一体何をしているのだろうか、と。
ただそんな風に自分を痛めつけているのだろうなとは真凜も当然分かっていた。何せ、彼女のよく知る二人の少年も同じように自分を卑下しがちだから。
そして、この心配と不安とを怒りと苛立ちに変換してはならないと、身をもって学んだ。結果はどうあれ、あの名前も知らぬ少年は独りの女の子を救ったのだ。
だからこそ、それだけは褒めてあげなければならない。軽率な部分を叱るのは血縁者の仕事だ。自分の仕事は、その正義を認めてやることだ。
「大丈夫よ、胸を張りなさい」
真凜の呼びかけに、呆けたように目を見開く二人。どうして彼女がそのような事を言ったのか理解出来ていない様子であった。
けれども真凜はと言うと、戦局が変わったことを理解していた。未来予知を再開する。これから先は、チェスと同じ。正答までの道を辿るだけ。
少年を救うための方程式は解き切った。
「君はちゃんと、誰かを救った。それは絶対に、誇るべきことよ」
「いや、それで自分が捕まったらざまあないだろ。この男の無力さが、俺には面白うて堪らんぞ」
「好きに言いなさい。その子の正義は、無謀に似てるけれど、それでも本物よ」
自棄になってしまいそうな少年を宥めすかす。その胸に大きなプライドの炎をもう一度点すために。身を焦がすための炎ではない。その身体を動かすエンジンとするための強大な炎。
君だって、こんなところで終わるつもりはないでしょう、と問うように。
「いつまでそうしてるの? 私が護ってみせるから、もう一度立ち向かって見せなさい」
「はっ、面白いことを言う女よの。おかしゅうて腹が痛いわ」
あまりに下品な声の挙げ方をして、一寸法師は少年を嘲笑った。神経を逆なでるような下劣な嗤い声。先ほどまでの少年なら、荒れ狂っていただろう。しかし今となってはそんな嘲りや罵倒はその耳に届いていなかった。
認めてくれる人がいる、それだけで心構えは変わるものだ。大きく体を仰け反らせるように、痩身を震わせる。何がそんなに可笑しいのかは知らないが、その仕草は馬鹿げていた。
あまりに笑い過ぎて、いつしか首筋から針は離れていた。その瞬間、真凜と少年との目が合った。力強く頷く真凜、応えるように少年は、足を持ち上げ、その踵でわらじに乗った一寸法師の親指辺りに振り下ろした。
踵の縁の尖ったところを使って、勢いよく叩きつける。如何に人より丈夫な体と言えども、充分な痛みだったらしい。大きな悲鳴を上げて、今度は苦痛でその身体が仰け反った。
その声が、号砲。一寸法師は瞬時に自分の体制を立て直した、つもりだったのだろう。だが、捕らえていた腕から力は抜け、少年の身体は逃げ出した。逃してなるものかと腕を伸ばすも、届かない。
ならばと針で直接突き刺してやろうと身を捻り、一突き。こうなればせめて、この男を殺してやる。そう思ったのだろう。
そんなもの、もう遅すぎるというのに。
- Re: 守護神アクセス ( No.71 )
- 日時: 2018/05/19 13:36
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「油断したのがいけなかったわね」
一寸法師の正中線をなぞるように五つの青白い砲弾がその身体にめり込んだ。その勢いに押され、後方へと追いやられる。針をどれだけ前方へ押しやろうとも、少年にその先端は掠ろうともしない。
流石にあの体重の少年を掴むのは自分の力では無理だと、代わりに一寸法師の方を滅多打ちにする。閃光瞬き、空を駆ける何十という光線。反射板を用いて軌道を複雑に捻じ曲げ、その退路を塞ぎ絡めとるように全方向から射抜く。
上空から隕石のように降り注ぐ、炸裂する魔力の弾丸。これで回避などできはしないだろう。そう思っていたその瞬間、一寸法師の姿がたちまち消えてしまった。
消えたというのは間違いだ。正確には、あまりにも体が小さくなってしまった。一寸法師らしい本来の姿というべきだろう。大体三センチ程度、小指くらいの大きさであろうか。
だが、侮れない。体の中に入り込まれれば内臓を蜂の巣にされてしまう事だろう。先ほどのレーザーや狙撃の雨霰は全て掠めすらしなかった。
「振り向かないで、走って逃げなさい!」
「はい!」
小さくなり、蚤のように飛び回られてしまうと非常に厄介だ。精密に射撃する鍛錬を積んではいる。しかしそれはあくまで静物でしか練習できていない。動き回る小さな敵、しかも俊敏ときたらそう簡単に攻撃など当てられはしないだろう。
爆風で何とか、できるものならしたいところだ。しかしさせてはくれない。すばしっこいせいで爆風より早くその圏外にまで逃げてしまう。ぴょんぴょんと跳び回るその様子が鬱陶しくて仕方ない。
メルリヌスによる弾幕をかいくぐり、ついに真凜の目と鼻の先にまで迫る一寸法師。眼前で白銀の光が瞬く。このままでは目が抉られると判断し、即座にスノーボードを操って距離を置く。同時に降り注ぐ幾筋の閃光。しかしそれらが如何に檻を形成するように宙を走ろうとも、その隙間からするりと躍り出てしまった。
この時、フェアリーテイルたる彼の脳裏には、自分に一泡吹かせた人間への復讐しか無かった。それゆえ、そのあまりに俊敏な動きで一挙に逃げるために走る少年の背中に追いつく。
小さくなったその状態では、その針の先端には肉を溶かす毒が塗られていた。死んでしまえと言わんがばかりに、その毒針を首筋の肌目掛けて投げつける。
このままじゃ間に合わない、そう焦った真凜ではあった。しかしその必要は無いとすぐに気づいた。「伏せろ」と叫ぼうとしたその口を閉ざす。彼女には、その針が少年に届かない未来が見えたからだ。
エンジンを吹かす大音量。法定速度など気にも留めていない速度で、白いバイクが車道を一直線に突き進んでくる。大渋滞の車の隙間を、持ち前の技術で縫うように突き進む。あれは一体どうやって運転すればできるものなのだろうか。ライダース特有の神業に、真凜は舌を巻いた。
ライダース。捜査官の中でもよりフットワークが軽くなるようにと、バイクに乗って各地を走りながら見回りを続ける部隊だ。戦闘能力もさることながら、何よりも高い二輪の操縦技術が求められる。
卓越した運転スキルに、強力な守護神。そしてその美貌も合わせて、その部隊のエースはチームメイトからクイーンと呼ばれているだとか何とか。対策課にこそ属していないものの、その実力は折り紙付きだ。
白いバイクが快晴の空の下に踊り、一寸法師と人質だった少年との間に現れた。投げつけた針はその白バイクに阻まれて、甲高い声を上げて弾かれた。急ブレーキをかけて停車させ、減速する最中ヘルメットを脱ぎ捨てる。大きな瞳は真っすぐに、一寸法師を見据えていた。真っ黒な長い髪が急停車の反動で大きく揺れる。その姿だけでも彼女は、とびきり美しく、そして格好良かった。
颯爽と現れるその姿は、まさにヒーローのよう。汚れも染みも無い真っ白なphoneを取り出して彼女は、即座にアクセスナンバーを入力した。
「守護神アクセス。来て、トウドウイン!」
対話など必要ない。交わす言葉などありはしない。即座に臨戦態勢に入った彼女の全身を純白のオーラが包み込んだ。それと同時に周囲の水蒸気が一瞬で凍結し、現れた霜が宙に舞い遊ぶ。虹色の光を受けながら、白色のオーラは女性の真っ黒な髪を白銀に染め上げた。その姿はまるで、雪女を率いる美しい姫のよう。
ライダース特有の黒い革の戦闘服に、守護神アクセスした彼女の銀髪はよく映えた。
強い意志と共に現れた彼女、その姿を見た一寸法師は身震いした。この悪寒と鳥肌は何だと焦燥、そしてようやく、周囲の温度が下がっていると気が付いた。
銀髪の女性が、目の前の空気を薙ぎ払った。薙ぎ払うと同時に、腕から放たれた冷気が瞬時に、空気中に氷の槍を生成する。そのままその氷の槍は、意思を持っているかのように、一寸法師目掛けて突き進んだ。
これはもう、自分の出る幕は無いなと真凜は一歩退いた。巻き添えになっては堪らない。本気のクイーンは吹雪どころか氷河期まで呼んでくるという噂のせいだ。
地面を穿つように深々と突き刺さる氷槍、それを持ち前の動きでひょいひょいと避ける小さなフェアリーテイル。しかし、次第にその動きもおぼつかなくなっていく。氷の槍が突き刺さると同時に、その周囲のアスファルトを凍らせてアイスバーンを引き起こした。氷の膜が陽の光を反射する。
両手の指を組み合わせ、彼女が念じると同時に背後に白竜が現れた。薄いガラスを踏み砕く、小気味よい音がすると共に、白き竜がその首をもたげた。造形も凝ったものであり、芸術品の彫刻のようだ。鱗の一つ一つ、髭の一本一本、そして鋭い牙までもが本当に生きている龍のようであった。
冷気を操る能力によって生成した、雪の龍。それこそがこの白竜の正体だ。白銀のクイーンが組んだ指を解き、そして標的である一寸法師のことを指し示す。対象を理解した龍はと言うと、主のためにと即座に飛び込んだ。
その顎を大きく開き、噛み砕くように襲い掛かる。何とか路面に足を取られつつも一寸法師は避けども、舞うように宙を旋回した白竜が再び襲い掛かる。
何度も何度も襲い来る龍の爪牙。次第に避けきれなくなってくる。頬に霜がこびりつき、草鞋が凍り始める。小さいままでは埒が明かないと、成人男性ほどの大きさに戻って見せた。
レイピアほどの大きさとなった針の先端を龍の眉間に向ける。タイミングを合わせて一振り。その顔を捉えた針はそのまま白き龍を真正面から貫き、穿ち、体を構成していた雪の結晶をまき散らす。真夏の東京に粉雪が舞った。
どうだと誇らし気な一寸法師。しかし、決着はとうについていた。
「私の弟に手を出した罪、その身に刻みなさい」
パチンと小気味よい音を立てて指を打ち鳴らす。と同時に、一寸法師の身体に纏わりついた粉雪が一斉に牙を向いた。それら一つ一つの蕾が、花開くように。あるいは一つ一つの種が根を張るように、彼の身体の上で急速に成長する。次第に氷に覆われて、指一本動かすことも能わなくなっていく。
何とか彼女の能力の領域から逃げ出そうとするも、履いている召し物さえ地面とひっついてしまった。もう、逃げることすらできない。水晶のような淀みない氷の牢獄に閉じ込められた一寸法師は、もう一切の活動を封じられてしまった。
「一件落着ね」
「流石です。ライダース最強というのは伊達じゃないですね」
「あら、真凜ちゃんだっけ。今年入ったばかりの」
「はい。今はフェアリーテイルの対策課に属しています」
「あっ、ごめん。とすると獲物取っちゃったかな?」
「いえいえ、そんなそんな。むしろ助かりました。自分ではどうしようも無かったので」
「謙遜しなくていいわ。どうせ時間がかかるだけで何とかなったでしょうし」
「姉さん!」
無事解決、したと同時に二人の女傑にさっきの男の子が走り寄ってきた。氷を操る女性に対し、姉さんと呼びかけている。確かに、見比べるような余裕は無かったが、こうして落ち着いてみてみると似た部分が無いことも無い。
「聞いたわよ、また無茶したのね」
「ごめん……」
「全く、心配かけないでっていつも言ってるでしょ。貴方守護神いないんだから」
「守護神が、いない……?」
「この子の守護神ね、最上人の界にいるの。だから守護神アクセスは絶望的なの」
そのくせヒーローに憧れちゃってるのよねと、彼女は弟を見て嘆息する。ただその目には呆れや怒りといったものは浮かんでおらず、暖かい心配だけが浮かんでいる。
この人にとってこの子は、それほど大切なのだなと理解した。叱っているようでその表情からは、帰って来てくれてありがとうという言葉が読み取れた。と言っても、観察が得意なメルリヌスと契約していないと気づかないものではあろうが。
守護神がいない。それこそまるでかつての王子のようだなと思った。正義の心だけいたずらに燃え盛り、それを叶えることができないまま自分の本心を代わりに焼いて灰としてしまっているような子。けれどもその強い意志は完全には燃やしきれなくて、ふとした時に蘇ってしまう。
「どうして、この年代の子ってこんなに無茶するんでしょうね」
そう呟きながら今度思い返したのは知君の方だった。彼は正反対に、強すぎる力を持っているせいで、全部の責任をその身に背負おうとしている。そんなに強い心も無いのに、支えてくれる人も居なかったというのに、自分が磨り潰されるまで無理をし続けた。
言わんとせんことは、自分にも思い至るためかライダースの先輩はくすくすと笑った。確かに、危なっかしくて見てられないし、怒りたくなっちゃうことも沢山ある。いつだって心配しちゃうし、今日みたいなことがあれば心臓が止まりそうになるものだと彼女は言う。
「けどね、やっぱり私にとってこの子は、とっても大切な弟なの」
そう言われ、少年は照れ臭そうに顔を背けた。思春期で、家族が照れ臭いのだろうか。初々しくて、青くて、何だか微笑ましい。そう言えばあの子も、あれだけ願ってたくせにいざ認めようとしたら自分から突き放していたっけな。そんな事を真凜は考えた。
「この子がいるから戦える。この子の期待を一身に背負って、ようやくヒーローでいられるの。私にとってこの子は、もう一人の守護神よ」
もういいってと、顔を赤らめて彼はそれ以上の言葉を止める。そんな事、見ず知らずの人にいきなり自慢されてもこっちが恥ずかしいと。
兄はいるけれど下には弟も妹もいない彼女にとって、その光景は何だか少し羨ましかった。王子は既に太陽という兄がいるからそういう目で見ようとも思わないし。知君もやはり、弟として見るべき相手ではない。
「帰ろう、姉さん。もうこんな無茶しないから」
「それ言うの何回目よ。姉さん心労たたり過ぎてそろそろ神経無くなっちゃいそう」
「あっ、ちょっと待って」
立ち去ろうとする少年に、守護神アクセスを解いて勤務に戻ろうとするバイクに跨る捜査官。二人を呼び止めた真凜は、少年へと呼びかける。諦める必要は無いんだって。
「私の知ってる子にもね。貴方によく似た子が居るの。ずっと守護神アクセスなんてできなくて、かっこいいヒーローになんてなれないと思い込んでいた子」
「うん」
「でも彼ね、最近ようやくその守護神と会えたの。ずっと望んでいた、ヒーローになれた」
だから君も、いつかなれると信じ続けて欲しい。夢を諦めないで欲しい。いつか報われる日がきっと来るからと。
別の男の子の話になるが、誰からなじられようと真っ直ぐに誰かのために戦い続けた少年も、つい先日ようやく認められたのだから。
だからいつか、君にもいいことはちゃんとある。いつの日かは分からない。けれども、諦めたらもう届かないから、その夢だけは捨てちゃ駄目なんだと。
「何かあんまりよく分からなかったけれど……うん、頑張ってみます」
「いい返事ね。きっと大丈夫よ。君にはちゃんと、君の事をずっと見てくれる、もう一人の守護神がいるんだから」
「そっちは、言われなくてもよく分かってますよ」
そう言い残して朗らかに笑う少年は、今度こそ帰路につき始めた。その言葉に今度は、言われた側の女性が少し照れくさそうに視線を背けていた。
仲がいいなこの二人はと、笑みを噛み殺しながら真凜は去っていく少年の後ろ姿をただ見つめていた。