複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.76 )
- 日時: 2018/05/27 23:37
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
統率がとられている訳でもなく、思い思いに近寄ってくる人影。どの顔ぶれも、その表情はやけに硬かった。緊張や恐怖で強張っているというより、文字通り何も感じていないような。言われた通りに忠実に行動する人形のようだ。
出口が閉まっているのは向こうから見ても分かるだろうに、二人の姿を確認したと同時にそちらへ向かって一目散。躊躇も思考も感じられず、ただ下された命令にそのまま従っただけ。ラジコンやロボットを見ている心地だった。
二人がその群れから逸れるように走り出すと、追随して背中を追うように連中も進路を変える。やっぱり狙いは自分たちかと奏白は悪態の代わりに道の脇に唾を吐いた。
「汚いですよ奏白さん」
「言ってる場合かよ」
「いや、今のをする意味も無かったかと」
「だりい、死ねとかいうのは警官的に不味いじゃん?」
「ああ、その代わりだったんですか」
呆れた声音の知君。走る速度は遅いようだが、体力はあるのかと奏白は感心した。実のところ、疲労を苦しいと思っておらず、酸欠で頭が白みそうになっても走り続けられるだけなのだが。
看板や、売店で商品が並んでいるラックなどを盾にして並べる。ちょっと引っ張って雑にバリケードにするだけで、後続はそれを丁寧にどかす必要が出る。エレベーターに乗ってしまえば上空400メートルもすぐなんだけどな。楽をしたいのを堪えて、中央の方にある階段へと向かう。取り残された来場者がいるとしたらかなり上の方ぐらいだろうから、階段の真正面から鉢合わせて挟み撃ちになるとは考えにくい。
「あんまりおじいさんとかはいないんですね」
「やっぱ観光地だし、人ごみってだけでも疲れるだろうし避けんじゃね?」
「確かに、わざわざご老人が来るような所では無いですね」
「そうそう、何とかと煙ぐれえだよ、高い所に登んのは」
「自虐は構いませんけど、他の人を巻き込むのはどうかと思います」
「礼儀正しいお坊ちゃんかと思ってたけど、意外と冗談いけるクチか?」
「いえ、普段はあまり。何だか奏白さんに引きずられちゃって」
「へへ、目指してくれてもいいぜ」
「辞退しますね」
否定するの早すぎねえかと、ジトリと恨みがましい目を向ける。ついでに後方を確認してみると、追っ手の足取りは割と離れているようだった。さっきから知君の方がバリケードづくりをしているが、適当にやっているように見えて効率的に塞いでいるようである。
重そうな棚であれば押し倒している辺り、抜けているようで案外窮地でも頭が回るのだろうか。Phoneがないというハンデは確かにあまりにも痛すぎるが、思いの外有難い助っ人がやけに心強かった。ようやく階段にたどり着いた。一段飛ばしで駆けあがり、四階へ。それだけで息が上がりそうになる。
「知君、体力大丈夫か?」
「問題ないです」
「オッケー、ここ抜けたら監視カメラのほとんどない所に着く。目的の階段はその先だから俺らの行き先も掴みにくくなるだろ。そこで一旦休憩するぞ」
問題無いと口にする知君、しかしその額に、首筋に、大粒の汗が滴っているのを目にすれば、それが気休めだとはすぐに分かる。声は落ち着いているようでいて、喘ぎがちだ。涼し気な顔で走り続けているのが不思議なくらいに。
真凜から送られたメールに添付されたスカイリンクの見取り図。後十メートルほど進めばカメラの撮影圏外。その地点へと踏み入ったものの、流石にすぐには立ち止まれない。一気に階段までたどり着き、一度立ち止まる。耳を澄ましても足音が聞こえてくる様子は無い。それは背後からにしても同じようだった。ここに至る過程で、まく事ができたのだろう。
潜めた声でお互いに耳打ちするように会話する。ここから先の段取りについて、詳細な確認のためだ。
「ここから十階まで上がる」
「十階には何があるんですか?」
「外に繋がる連絡通路がある。いつもは従業員が監視しているから通れないけど、今なら大丈夫だ」
「ロックの方は?」
「今言った通り、普段は人間が見張ってるからな。特に電子ロックはねえよ。むしろ作業員が中から出ていくだけあって、普通にシリンダー捻ったら鍵は開く」
「なるほど、そこ以外に使えそうな出入口は……」
「無い」
「分かりました」
話すうちに両者の呼吸が落ち着いてくる。奏白は少々体が火照る程度にしか疲労してなかったため、すぐに息は整った。知君の方は、まだ少し肩が上下している様子があるが、これ以上悠長にはしていられない。遠くから足音が近づく気配が気取られる。
こちらの足音が聞こえてしまう前に進もうと奏白は言う。ただし、できるだけスタミナは温存しておきたいし、発見のリスクも避けたい。関係者以外立ち入り禁止の階段を、足音を殺しながら一歩一歩着実に上へと進む。
「まだこちらに来てはいないみたいですね」
「何となくだけど、あいつらもしかしたらこっち来れないのかもな」
「と、言いますと?」
「うーんと、一階にいる時さ、俺たち色んな商品とか棚とかぐちゃぐちゃにして足止めしたじゃん?」
「ええ」
「あいつらそれを乱暴に押しのけたり、突き飛ばして倒した上でその上踏んでいけばいいのに、わざわざ道の脇に丁寧に避けてたじゃん?」
「すみません、振り返っているそれを見る余裕はありませんでした……」
「そういや疲れ切ってたもんな」
「すみません……」
謝らなくていいよと、少年を宥めるために彼は笑顔を作った。邪気の無いその柔和な表情に、知君も心安らぐ。それなら良かったと、言葉には出さないものの、安堵のため息が漏れたのは、常日頃様々な声を耳にしている奏白には充分に察せられた。
「とりあえず、あいつら暴走してるように見えて、常識を持ったまま行動してるみたいなんだよ」
「それがどうかしましたか?」
「ここ、一般の来場者立ち入り禁止なんだ」
そこまで言われれば、すぐに理解できた。関係者以外立ち入り禁止のこのエリアに、入ろうという発想がまず出てこないのではないかという意見を。確かにそれもあり得なくは無い話だなと思われる。
そもそも、逃げる自分たちを追うという非日常的な指令を受けた最中、一々散らばったものを丁寧に除けるような駒だ。一般的な人間の行動パターンに、得物を追うというプログラムが新規で加えられただけのもの。本人の意識こそ失っているようであったが、理性や常識といったものは持ち続けているのではないかという仮説。
今二人がいる地点は、関係者専用の裏道に入り、扉を二枚くぐって少し歩いた先にある。その場所に足音が一定以上近づいてくる様子が無いという事は、この場に立ち入られる危険性が少ないことを裏付けているようであった。
まだ陽は高くなっているが、時刻はもう四時。どの程度、上まで駆け上るのに時間を要するかは分からないが、できることならば五時までにはたどり着きたい。夜の定義が果たして何時なのかはこのタワージャックを為した張本人しか知らないだろうが、早いに越したことは無い。
「さてと……十階の様子は……」
「誰もいませんね」
「従業員までいないってなると変だけどな……」
本来働いていた職員も逃げ遅れていてしかるべきだ。それなのに、一階から四階までそういった人間に一人も出会わなかった。売店の売り子もいなくなっていたはずだ。非難が成功していたのなら何も問題は無いが、実はこの中に敵として潜んでいる、その可能性を考えれば警戒せざるを得ない。
実際のところは、急にこの塔全体のシステムを統括している本部、言い換えるならば奏白が度々管制と呼んでいた部屋の人との連絡が途絶えたのが原因だった。本部の人間が応答しなくなり、これは危険だと判断した作業員が次々と上の方の様子を見に行き、次々と被害が増えたためだ。
それゆえ、犯人の影響を受けずにいる電波塔本来の作業員はもう居なかった。一部の作業員は、有事の際に自らが警備員となれるよう、強力な守護神を宿している者が配備されているが、そういった者すらも返り討ちにされたのだ。
フェアリーテイルほどでもない、真凜や知君と比べるとそのナンバーはあまり大したことなく思える。しかし、奏白 音也のアマデウスと、ドルフコーストのナンバーは、たかだか17しか変わらない。捜査官の次期エースと言わしめるような男にそれだけ差し迫る能力者が、一介の作業員程度に鎮圧される可能性は無いに等しい。
「こっから外に出るぞ」
「はい」
「多分上に辿り着くまでは安心だ。お前はここで待っててくれても大丈夫だぞ」
これ以上、民間人巻き込むのもしのびないからなと奏白は口にする。知君自身、自分は琴割に作られた、正義の使徒としての器だという思い込みが先行していたが、冷静に考え直せば自分はただの高校生にしか見えない。そう言われてしまうのも仕方ないかと納得する。
しかし、知君の中にはもう退くという選択肢は無かった。
「一人だと心細いんで付いて行きます」
「それもそうか。安全って保証ないもんな」
「ええ、最悪自分の身は自分で守りますから」
「ほんとにできんのかぁ?」
その細い体で。不安そうに見つめる奏白。しかし大丈夫だと知君は言い張る。最悪callingなど行う必要も無い。元凶の人物がどんな能力を使ってきたところで、その能力は知君に影響を及ぼさない。
それを自覚した途端に、背中に寄り添うショルダーポーチがずしりと重みを増したような錯覚が押し寄せる。また、胸の紐が締め付けられるあの感覚。早いとこ余に縋れば解決してしまうぞと、あの男が囁いてくる声が今にも聞こえてきそうだった。
疲労で熱くなった顔が青ざめていくのを自覚した。不味いと、意識のスイッチ一つでそれを抑制する。心臓は確かに、ずっと前から荒ぶっていた。しかし今この瞬間において、不規則にバクバク大きな音を立てて暴れる拍動は、激しい運動の結果引き起こされたとは考えにくかった。
「もう少し休むか?」
「いえ、大丈夫です。ただ……」
できれば300メートルに着いた辺りで一度休憩が欲しいですと、リラックスさせるためにおどけたように奏白に告げる。
「確かに、本拠地に踏み入る前に一度休んどいた方が良いだろうしな」
知君はお世辞にも演技が上手い方ではない。けれども彼にはたった一つ、誰にも看破できない嘘を吐くことができる。辛いのをひたすらに押し殺して、平気だと欺くための嘘だ。
上層へと足を運ぶ二つの影。二人の姿は幸いにも、その足取りを追っていた立てこもり犯には捉えられていなかった。だが、絶対の自信を持つドルフコーストとその契約者は、物語が進む頁をひたすらにめくり続ける。
迫る影を、待ち構えるように。