複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス ( No.87 )
- 日時: 2018/07/05 15:59
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
「さてクーニャン、二人がかりならいけそうか?」
「一応私一人でも何とか耐えれてたからなー。いけるんでね?」
あ、でも私あんまスタミナ残ってねーわと、あっけらかんと彼女は言う。言ってることの割に緊張感が欠けているなと奏白は苦笑した。
「緊張しすぎると体固くなるからな。口じゃふざけてるくれーが丁度いい」
「百戦錬磨の暗殺者は違うなあ」
「流石にチャラ男ニキは私と同じくらいキャリアあんだろがよ」
知君や王子とは違う、彼はもう警察に捜査官として勤め始めて五年経っている。しかもアマデウスの契約者として、新米の頃から最前線に引っ張りだこだ。何度も何度も、死にそうな局面を乗り越えてきたのだろう。この男の肝の座り方も、自分と同じくらいにぶっ飛んでいるとクーニャンは認めていた。
実際、鬼の血統さえ解放してしまえば僅かに膂力を上回れども、元フェアリーテイルの力を以てしてもその程度の差異。むしろキビ団子二つまでなら奏白のスピードには反応もできず、易々と敗北する。それほどまでに、アマデウスの戦闘能力は著しい。
「にしてもお前らのボス、焦ってんのか? お前の事投入するの雑すぎんだろがよ」
「はっ、あたしゃ勝手に動いてんすよ。忘れてんすか。あたし達はただ、この破壊衝動に衝き動かされてるだけ、って」
「あん? むしろお前こそ忘れてんのかよ。そっちのボスはいくらでもてめーのことコントロールできんだろ」
「アシュリーはそんな事しないっすよ」
「誰だよアシュリーって」
「シンデレラっす」
そうじゃねえよとかぶりを振るクーニャン。どういう事かと赤ずきんは首を傾げた。その様子にクーニャンも、違和感を覚えた。
「もしかしてお前……未だそいつがトップだと思ってんのか?」
「あんた、何が言いたいんすか……」
彼女の言葉を上手く呑み込めない赤ずきんは、不愉快そうに眉間に皺寄せる。
ただ、そんな二人の会話を隣で聞いていた奏白が険のある眼光で味方の娘を射抜いた。知君や王子とはもうとうに打ち解けた彼女ではある。琴割の私兵として雇われている、ビジネス上の仲間だとは理解している。ビジネスゆえに、裏切ることは無いだろうことも。
しかしそれでも、奏白はまだ大人の部類だ。疎外するつもりこそ確かに無いが、王子のように仲睦まじくするつもりも、手放しで受け入れるつもりもない。むしろ、自分の命を狙われたと言うのに、あっさりと友好関係を結んだ王子の方が異質と言えた。
「おいお前、何か隠し事してんのかよ」
「まーな、しゃあねえだろそこんところはよ」
「……お前、フェアリーテイルのボス知ってんだろ」
「んあー、確かにシンデレラとは一回会ってるぜ? 契約者ごと」
「そっちは良い。お前が今、あいつに呼びかけてた人間の方だ」
「そいつぁ言えない。何だっけな、秘書義務?」
「守秘義務だろ」
「そうそう、それそれ。そうとも言う」
「そうとしか言わん」
茶化し、うやむやにしようという気配が感じ取れた。教えるつもりは無い、あるいは教える訳にはいかないという、ふざけているように見えて頑なな意志。やはりこいつは危険だと奏白は認めなおす。裏の世界で生きる訓練を積まれただけある。気を許せば、いつか喉元に噛み付かれるかもしれない。
そんな警戒を察してか、クーニャンはふてぶてしく、ニッと口角を持ち上げた。安心しろって、などと言うが、安心してやるだけの理由が彼の中には無かった。
「お前ら裏切るつもりはねーよ、ただ、私にも言えねーことがあるだけだ」
「仲間にも、言えないと」
「仲間っちゃ仲間なんだけどさ。やっぱり私はプロだからさ、仕事頼んできた奴らは売れないんだなこれが」
あくまで、金だけが信用できる世界。それゆえ、金銭と口約束とで琴割に譲られたクーニャンも、護るべき義務くらいはしっかりと果たしていた。琴割と、元々の飼い主である中国の大富豪、両者の交わした密約。これまでクーニャンにかけた費用と、今まで彼女が請け負った仕事に関して何一つ聞き出さない約束、それらと引き換えに彼女は日本にやって来た。だからこそ、琴割とてその約束を守っている。その、破ってはならない暗黙の了解を、自分が情に絆されたせいで破綻させてはならない。
だからこそ、この事件の元凶をも、知っているのに答えられない。桃太郎と自分とを引き合わせた人間のことを、知君の調査と始末、さらには王子の始末まで任せてきたあの男のことを、語る訳に行かなかった。
語ってしまえば、それだけで世界は混乱するだろうから。
「言いたいことは分かるよ。今こっちに付いてるんだったら、お前らのために何でもしろってのは。でもな、できないんだよ私には」
「その道の、プロだから」
「そういう事。でもな、これだけは信じろ。今の私はな、日本の歪んだ平和主義者の飼い犬なんだ」
「雇われている以上、絶対に裏切らない、ってか」
「そゆこと。この命捨ててでも、王子と知君は守ってやるよ」
それが琴割から貰った仕事だから。平坦な口調だったけれども、だからこそそこには真実味が宿っていた。深い溜め息を、奏白は一つだけ。それだけ漏らして、向き直る。
「分かった。もうその事は何も言わなくていい」
「うっす、了解了解」
「代わりに一つ、頼みがある」
「何だよ、言ってみな。あ、でも仕事だったら金はくれ」
「金はやらん。……知君の友達にでも、なってやってくれよ」
王子とも喧嘩をしたばかり。それも彼からは、友達など辞めてやるとつきつけられてすぐの事だ。また同年代の気を許した人間などいなくなってしまう。けれども、気に書けようとしても、十歳も年の離れた自分では力になりきれない。保護者でも無ければ兄でもない。知君の学校に行って誰かに頼み込むわけにもいかない。
だから、頼めるとしたら彼女しかいなかった。幸い知君自身は彼女に心を開いている。どのみち、最悪のケースとしてクーニャンが知君を殺そうとしたところで彼ならばどうにかして返り討ちにできるだろう。
帰ってきた答えは、思いの外優しいものであった。
「何言ってんだよ。仕事抜きで私らはもうとっくにダチだっての」
「そりゃ、ありがてえ話だ」
仕事抜きで、という事はきっと、彼女は雇われさえすればいくらでも自分たちと敵対できるのだろう。私情はビジネスに持ち込まない。きっとそれは、自分にとってできないことだと彼は認めた。自分は胸の内に燃える正義感を、決して無視できないから。
だからこそ、この女性は芯から強い人物なのだと理解した。できることなら、彼女には引退するその時まで、琴割 月光に雇われていて欲しいものだ。
「それで、何で黙って見てるだけだったんだ、お嬢ちゃん?」
「別に舐めプでも手心加えた訳でも無いっすよ。今手ぇ出さなかったのは、ただのスタミナ回復っす」
クーニャンの体力が限界近いことを見越し、畳みかけるよりかは己の回復を優先した。体力の限界には当然、奏白も気が付いていた。何せ鬼の力を用いた際には、理性が飛ぶほどの力に呑まれるはずなのに、今のクーニャンは平時と変わらない声で話せていた。破壊衝動にも呑まれていない。すなわち、我を忘れるほどの力など、湧いていないということだ。
「実質一対一みたいなもんすよね。前は遅れを取ったとはいえ……今度こそ負けないすよ?」
「おいおい、お転婆なのは似合わねえぞ」
「そいつぁ、あんたが決めることじゃないっす」
後方にて、猟師の霊がショットガンを構えていた。その銃口は奏白の銅を見据えている。
赤ずきんとの第二ラウンドが幕を開ける。翳した手の指先は、二人を指し示していた。
「発射(ファイア)!」
弾丸が、掛け声に合わせて撃ち放された。
少し時を遡り、病院の屋上にて。項垂れる王子のもとに、その兄の太陽が現れる。どこから説明したものかと頭を掻いたものの、光葉はただ一言、もう知ってるとだけ呟いた。
「音也さんが、アマデウスで中継してくれた」
「あー……守護神アクセスしてると思ったら、そんな事してくれてたのか」
「だから、全部聞いた。赤ずきんが来てるところまで、全部」
「お前の、友達の過去もか?」
王子は頷こうとして、首を上下させかけた。しかし、反射的に動いてしまった体に戦慄する。駄目だと気が付き、無理やりにその動きを止めた。ぴくりと小さな揺れが、強張った全身に走る。
どうかしたのかと太陽が呼びかけると、王子は意を決したようにその首を左右に振って見せた。
「さっき、やめたばっかりだから」
「お前、まだ意固地になってんのかよ。……確かに、あいつの能力で親父はウンディーネ取られたのかもしれないけど、それでもあの子が怒られる義務なんてないだろ」
「そうじゃ、ないんだ」
震える声で、太陽の思い違いを指摘する。何も、怒っているから受け入れられない訳では無い。むしろ逆だった、あんな話を聞かされてなお、逆上できるほど彼も愚かじゃない。打ち解けてから大して日が経った訳でもない。同じ中学にこそいたものの、これまでの四年と少しの時間で、あまり接点を持ってこなかった。
にも関わらず、この短い一夏の共同戦線で、いつの間にか知君が、大切な戦友になっていた。これまで誰もそんな風に認めてくれなかったのに、「王子くんは優しい人です」「王子くんは凄い人ですね」などと伝えてくれた、あの級友に、いつの頃からか憧れていた。その片鱗はきっと、人魚姫と出会う直前、アリスを検挙したと耳にした時にはあったのだろう。
ただ、明確な憧れを抱いたのは、桃太郎の力を纏うクーニャンと渡り合い、易々と圧倒してみせたあの日。自分と、そして奏白妹とが束になっても敵わなかったあの尖兵を、たった一人で完勝した姿。
強くなったつもりだった自分に、助け舟を出してくれた真凜。その真凜ごと窮地を救ってみせた知君の姿が、幼い頃の夢と重なった。誰も死なせない、護り抜く、優しい心を持った、『誰かを救えるかっこいいヒーロー』だ。セイラの前で、そうなりたいと誓った存在だ。
かつて王子は知君に見抜かれた。目の前の人が求めている言葉を、態度を、察してその人が喜ぶように行動してはいないかと。その通りだった。人の顔色を窺うのは、我ながら得意だと自負していた。
だがそれは裏返してしまえば、その人が最も嫌がること、恐れている事を見抜くこともできる。彼は自身でも気が付いていた。不意に守護神アクセスが解かれる。単純に、ただの接続時間の臨界到達だった。するりとセイラの姿は再び現れ、それと同時に漲っていた力が彼の身体から消えていく。
それと同時に、心の支えも消えてしまったようであった。
「分かってたんだ……さっきも」
震えた指先で、ズボンの布を強く握りしめる。皺の寄った布地の様子は、彼の胸の内と同じ姿をしていた。
「ああ言えばきっと、あいつが一番傷つくだろうな、って理解してた。分かってて言ったんだ。今までずっと傷ついてきても、それでも誰かのために何かができるあいつが、あんなにかっこいいのが羨ましかった。あんな細いのに、あいつが居なかったら、この先戦っていけるのかよ、って思ったら、狡いなとか思っちゃったんだ。別に、俺が居なかろうとフェアリーテイルの事件は片付くよ。知君が全部倒して、俺が居ないまでもセイラが浄化して、終わり。でも、あいつが居なかったら? それこそ絶望だよな。世間的には一切公表されていない人間なのにそれでもあいつは、平和の象徴で……自分を犠牲にしても努力するその姿が、夢見てたヒーローそのものだったんだ」
何で自分はこんな風になれないのかと、あの時自問した。生まれつきの才能が違う、というのもそうだろう。才能を持つべくして造られた彼と比べてはいけないと今なら分かる。ただ、何より彼と王子とでは圧倒的に隔たっているものがあった。
「俺は、自分が傷つかない所でだけ人のために努力できる人間だったんだ」
けれども知君は違った。そういう風に躾けられたという影響もあるだろう。しかしそれ以上に知君は、呆れるほどのお人好しで、自己犠牲に盲目的で、そして最後は、誰かの幸福を見つめて笑っていた。彼が自分と、人魚姫を結び付けた。仲睦まじく戦う二人を見て、自分のことのように幸せそうにしていた。
『悲しい人に同情するのは、簡単だ。一番優しい人間は、誰かの幸福を祝福できる者だ』
かつて耳にしたそんな言葉の意味を今更ながら理解した。知君はネロルキウスと、手を取り合うべき自分の守護神と、戦う度に殺し合いのように競り合っていた。他の誰かから、大切に扱ってもらえもしないのに、その人たちを護ろうと。
その知君の前で自分は、どうしていた。父が、兄が、知君には目もくれない中構ってくれて、愛してくれて。そして守護神のセイラとも良好に歩んでいて、幼い頃からの夢も叶って、幸福の絶頂に居たはずだ。それを見て知君はいつも、祝うように微笑んでくれていた。
裏で彼は、どれほど苦悩していたのだろうか。想像できるはずもない、何せ王子はずっと、恵まれた環境にいたのだから。ずっと我慢してそれでも強がっていた知君が初めてパンクして壊れたのが、先日の一件だ。彼がネロルキウスを止められなかったのは当然だ。
だって誰も、知君を支えてやろうだなんて考えていなかったのだから。
「なのに、俺は、言っちゃいけない言葉ぶつけたんだ。憧れも嫉妬も羨望も全部ぐちゃぐちゃにして、心の中の汚い部分全部ぶつけたんだ。八つ当たりだよあんなもん」
だから、こんな自分が彼の友人であるだなんて、もう名乗れない。おそらくは、自分でも意図していない形で何度も彼のことを傷つけていただろうとは、王子自身理解していた。彼が真凜から認めて貰えていなかった時分に伝えた、真凜から味方として認識されていたとの旨の一言。ずっと一緒にいた知君が、戦うことを否定されていたのに王子だけが許されたような事実に、きっと悲しんだはずだ。顔に出さなかっただけで。
それだけじゃない。自分は、身内が警察にいるからと、何とか知君の待遇が変わる様にと努力『してやった』つもりになっていた。友人が、どれだけ頑張っても認めさせられなかったことを、自分は上司あるいは先輩の息子という立場だけで認めさせてしまった。
どれだけもがいても無駄だった知君を、思い付きの偽善だけで王子は飛び越えてしまった。結局、心底打ち解けたとは言わず、ただ腫物のように扱われるようになっただけ。結局真の意味で彼を受け入れさせたのは、これまでの知君自身の積み重ねと、奏白 真凜の功績だったように思う。それと、彼女を奮い立たせたセイラの力だろうか。
それなのに、自分がしたことと言えば、ただ傷つけただけだった。
「みっともなくて涙もでてこねえよ。こんなんじゃ俺、ただの小物じゃんかよ。子供ですらねえ」
ここで泣くのは、より一層の知君への冒涜だ。一番苦しいのは彼だと言うのに加害者の自分が被害者面する訳にいかない。知君がどう思っているのかは分からない。けれどもその想いに、今度は毅然と対面する必要がある。
「謝るだけじゃ物足りない。行かなきゃダメなんだ。……セイラ」
情けない姿をいくつも見せてきた。これから成長できるかどうかも分からない。けれども、黙って見ていちゃいけない。これまで支えてくれた戦友のために、今度こそ何か為し遂げたい。それが今日になるか、明日になるかは分からないけれど。
「力、貸してくれるか」
「ええ」
正直、足手まといにしかならない気はしている。しかし知君が出れない以上、フェアリーテイルのデトックスには自分たちの力が必要だ。
「王子くん」
塞ぎこむ彼に、人魚姫は呼びかける。上っ面だけの笑顔、もう長い事つけていなかった仮面を王子は顔の上に張り付けた。
「例え世界全てが貴方を嫌おうと、私だけは支えますからね」
自分が自分勝手だと落ち込む彼に、人魚姫はそう述べた。
初めて出会ったあの日、壊れかけた彼女の心を救ったのは、間違いなく王子の言葉だったのだから。
俺がお前を、ハッピーエンドにしたいんだ。
そんな考えができる人が、心の底から自分勝手であってなるものか。
だからこそ彼女は、ささくれた心を扱うように、両の掌で彼の掌を、握りしめてみせたのだった。