複雑・ファジー小説
- Re: 守護神アクセス【File1完】 ( No.9 )
- 日時: 2018/04/18 15:35
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
月曜日は何だか気が重いと昔から思う。二日も休んで楽をした後、これからまた五日間頑張らなければならないと思ってしまうからだ。部活は楽しいけれど、授業はちっとも面白くなくて、そんな普通の高校生活を俺は送っている。部活と娯楽だけに溺れられる休日は、何より楽しい。
そんなうだるような月曜日の朝、今日も俺は学校に行くために規則正しく七時に起床した。頭のすぐ近くで煩く鳴り響く目覚まし時計を止めて、窓から差す陽の光を眺める。どうやら、昨日に引き続き今日も晴れているようだ。天気がいいと、この時期以降の体育館は蒸し暑いんだよなと、放課後の部活動の時間を嘆いた。
立ち上がると、昨日の部活の疲れからか、太ももに筋肉痛が走った。この後体が強くなっていくサインなので、体は少し重いがその痛みはどこか誇らしかった。
リビングに着くと、もう既に俺の分の朝食は食卓の上に並んでいた。白い丸皿にサラダと目玉焼きが仲良さげに並んでいる。オーブンレンジが鳴ったかと思うと、追加でトーストが一枚出てきた。寝起きの渇きを潤すために、注がれた牛乳を一息に飲み干した。卓上に置かれた紙パックからお代わりを用意して、テレビの方を眺めた。昨日起きた出来事を報道しているようで、その中で最も俺の気をよく惹いたのは『フェアリーテイル初検挙』だった。目玉焼きをトーストの上に乗せ、一口頬張る。
フェアリーテイル、それはここ数十年で研究が進められてきた、異世界に住む守護神の中の一部の存在が暴走した姿である。元々知られていた、phoneを媒介とせずともこちらの世界に顕現できる特別な守護神が、原因不明の暴走を起こしているというのがここ最近の騒動の発端であった。基本的に彼女らの活動拠点は日本近辺に集中しており、対処はほとんど日本の統治組織に任せきりにしているのが世界的な情勢だ。ただでさえ強力な能力を有するお伽噺の住人たちが暴走しているため、日本警察や自衛隊だけでは手を焼いている現状があるが、ついに昨日、ようやくその一人を捕まえることができたというわけだ。
天気予報と占いが終わり、その報道の特集へと移る。画面に映し出されたのは二人の警察官だった。フェアリーテイル対策課、その第7班を構成している二人らしい。全三人の班と表記されているのに二人しか映っていないのは違和感があるが、ニュースは続いていく。映し出された二人は同じ苗字をしており、一目で兄弟だと分かった。兄の方は少し遊びなれていそうで、髪の毛を染めていたりパーマをかけていたりするが、妹の方はとりあえず髪を束ねました、という程度の飾り気のないものだった。ただ、二人とも美男美女であり、来期のドラマの主演とヒロインだと言われても信じてしまいそうなほどだった。
そう思ったのは自分だけではなく、解説するアナウンサーもそのような感想を漏らしていた。ただ、この人たちにはそんな感想よりももっと他に話すことがあるだろうとも思う。奏白、その名前には聞き覚えがあった。年の離れた兄がかつて、後輩ができたと喜んでいた。一年くらい頻繁に名前を聞いたけれども、いつしかその名前は聞かなくなってしまった。
「そう言えば、兄貴と親父はもう行ったの?」
「そうみたい。会議があるっていうのと、負けてられないっていうのがあったらしいよ」
負けてられない、というのはおそらくこの奏白という警官相手になのだろうなと、すぐに分かった。親父から聞いていたが、兄貴が彼の話をしなくなった頃、この奏白という人物は優秀な素質を見せ始め、同期どころか上の代も何代かまとめて喰うくらいの存在感を示していたようだ。きっと、劣等感を感じてしまったんだろう、基本的に優しい兄貴のことだから、妬んで陰口のようなことを言うくらいなら話題にあげないようにしているのだろう。
ただ、今回二人が負けたくないと思ったのはまた別の人間だったようだ。
「何かね、光葉(こうよう)と同じ高校の子が、そのアリスを検挙したらしいわよ」
「ふーん……って、はぁあっ!?」
ニュースの方を集中して見ようとしたため、初めは母さんのその言葉を聞き流してしまいそうになったが、それを許さないぐらいの衝撃がそこにはあった。
「何て言ってたかしら。えーっと……チキンじゃなくて……」
「ちき……知君のこと?」
「あ、そうそう、そう言っていたわ」
知君 泰良、クラスメイトの顔を俺は思い出す。いかにも大人しそうで、人前に立つようなタイプではないが心優しく誰にでも礼儀正しい男子だ。背丈は男子にしては少し低いが、それでも平均的な女子よりは高い。可愛らしい顔つきをしており、女子からあんまり男子だと思わないと、仲良くしてもらっているため、腰の低い性格にも関わらずガラの悪いグループから被害を受けていない。
実際、ニュースの中で知君は第三の班員としてしか紹介されていなかった。未成年の、警察外部の人間を班員に加えているということは黙っておいた方がいいから報道規制がかかっているのだろう。それにしても、家族に話してもいいものなのだろうかと、我が家族ながら俺は呆れそうになる。昔からそういうことはあったため、俺は基本的にこういった話は学校で誰かに話さない処世術は身に着けた。
「せめてコメントだけでももらおうとしたんですけど、この三人目の方、交戦時の影響で今眠っているらしいんですよね」
画面の中のアナウンサーがそう言うのが聞こえた。一体何があったのだろうかと、大して普段仲良くしているわけでもないクラスメイトのことが気になった。
情報が得られない第三の班員は彼らにとってどうでもいいらしく、話はフェアリーテイル騒動から奏白兄弟へと戻っていた。この二人の尽力も無ければ被害はより一層大きくなってしまっていただろうと二人の事をさらに持ち上げた。
きっとこの二人の活躍は実際に大きなものだったのだろう、しかしこれだけ丁寧に取り上げられているのは二人の容姿が整っているからに思える。正義のシンボルとして、ヒーローとして持ち上げて、民衆を鼓舞しようとするような。
この二人の守護神の序列は揃って高く、両者とも三桁ナンバーであると語られた。うらやましいなと、口からうっかりと零れ出る。
生まれながらにその素質は決まっている。自身が契約する相手である守護神に恵まれれば、それだけ誰かを助けられる……ヒーローに、なれる。
この俺、王子(おうじ) 光葉には生まれた時からその資格がなかった。
案の定、というべきだがその日は知君は学校に来ていなかった。あの話は本当だったのかと思ったが、たまたまかもしれないと思いなおした。朝のホームルームで担任が教室の前で、知君は風邪で病欠していると言ったためだ。何だやはりたまたまかと思っていたのだが、昼休みに教師に呼び止められてその認識は改められた。
「王子、ちょっといいか」
知君のことなんだがと前置いて、午前中に彼が休んだのは風邪のせいだと言ったその先生は、早々にその事実を否定した。
「学校側には理由は伏せられてて先生も知らないけど、知君、数日間病院で療養するみたいなんだよな。それで、入院先がお前のおじいちゃんがやってる病院なんだよ」
だから今日の配布プリントを代わりに持って行ってくれないかというのが先生からのお願いらしかった。部活の後で構わないらしく、それでいいならと引き受けた。少々陰ってしまいそうな自分に、笑顔を張り付けてごまかす。こうやって誰かが望む自分の姿を演じるのは昔から慣れていた。
昔から、この王子という苗字のせいで色々とからかわれ続けた。学芸会では白雪姫でもシンデレラでも王子役をやらされた。もっとカッコ良かったり、クラスの中心にいた人物は他にもいたというのに。俺自身大して整った顔はしていなかったが、身だしなみには最低限気を配って名前負けしないようにと努力し続けた。
そして誰も怒らせないようにと言動にも気を配るようになった。本心を隠すようになったのもこのあたりからだし、相手が望むような言葉や行動を選ぶようになったのもそれからだった。そのおかげというべきか、俺は今やクラスに部活、大体のコミュニティにおいて中心にいることができている。
王子と話すのはすごく楽しいと言ってくれる人は沢山いる。俺もそう思われるのはとても嬉しいからより一層応えたくなってしまう。けれども思ってしまう、息苦しいと。誰かの欲求を叶えてはいるけれど、自身の欲求のみを叶えようとしたのは、いつが最後だったろうと。
「王子くんは、優しい人ですね」
俺のその内心を知っていたのだろうかと、今では尋ねたくなるが、その昔知君にそう言われたことがある。コンプレックスに悩んでしまいそうになるが、知君には何も悪いところはない。何が悪いとしたら、自分が悪いのだから。
午後の授業を受けている間、ずっと俺は上の空だった。その日最後の科目は現代社会の授業で、近年人々の注目を集め続けている守護神と異世界に関する発展の歴史についてだった。頬杖をついてぼうっとしているのが見つかり、先生に注意される。この先生は少し口うるさいという評判で有名であり、この人が担任でなくて四月にはホッとしたものだった。
「聞いているのか、王子様」
わざわざ様をつけて呼んでくるあたり、俺もこの男を好きになれなかった。態度だけでかい教師の筆頭のようなもので、授業は教科書を読むだけのサルでもできるようなもの、質問には答えない、というか答えられないくせに可愛いと思っている女生徒にはねちねちと絡みに行く。会話の内容自体は普通で、セクハラじみたことをしないのがこの男唯一の良心といっても過言ではなかった。
「聞いてましたよ」
内容が内容だけに、最悪聞かなくても知っていることは多々ある。この男特有の嫌がらせも、この内容においては俺に対してそれほど効果は無い。
「じゃあいくつか質問だ。今も生きている人の中で、初めて守護神と接続したのは誰だ」
「日本人の琴割 月光さんですね」
「そうだ、そこから昨今の守護神と異世界に関する研究が始まった。本来、死の淵から生還した人間の中でもさらにごくごく一部の人間が守護神アクセスを昔から行うことができた。おそらく、ブッダやキリスト、モーセといった人々の逸話は守護神の能力があってこそのものだ。そうして数十年の間研究が行われた後、守護神アクセスはほとんど誰でも行えるようになった。それは何でだ?」
ほとんど全て、その言葉に俺の胸はちくりと痛んだ。そうだよな、ほとんど全てなんだよなと、心の中で相槌を打つ。
「phoneが開発されたから、です」
「その通り。人間のDNAのある領域の配列を読み取るとその者が契約する守護神の番号が分かる」
そうして初めて守護神アクセスを行った際に初めて自分の守護神の名前と能力を知ることができる。phoneが開発された当初は、貨幣と同じように政府だけが警官や軍隊といった組織にのみ作れるよう設計図をどの国でも厳重に保管していたらしい。しかし、いつしか設計図は漏洩し、一般の企業も作れるようになってしまった。
そのため国際連合はとある処置をとって管理できるようにしようとした。まず初めに、phoneの特異性の確保である。購入時に登録した遺伝情報を持つものしか使えないようになされた特別な加工である。これにより、危険人物が他人のものを無理やり奪って守護神アクセスする可能性を潰した。次に特殊なチップの埋め込みにより、phone自体を政府の判断で強制終了できるようなシステムを規格として強制させた。これにより、流通するどのphoneを悪用されたとしても政府がパソコンをいじるだけでその者は守護神との連携が強制的に切断される。
そして最後の安全策が、phone取得の際には免許が必要となる。この免許とは名ばかりで、結局のところ精神や思想に問題がある人物を弾き出すための制度である。
それでもやはり抜け道はある。免許を得ずともphoneを手にする経路もあれば、チップを抜き出し強制切断をできなくさせた改造品も手に入る。
今の時代、人によっては銃や刀よりも守護神の方がよほど力強い。よっぽど弱い守護神である場合を除き、だが。
それでもいいじゃないか、守護神アクセスできる分だけ。俺はそう、思う。
「王子のおかげで復習もできたことだし、授業を続けるぞ。守護神の中でも特別な存在というのは存在し……」
知っている、俺は全部、知っているんだ。父が、兄が、ずっと守護神と一緒に警察として戦ってきたから。ずっとずっと憧れていた、誰にも話さないまま知識だけずっと蓄えて、自分もいつか二人みたいにかっこいい、ヒーローみたいな捜査官になりたかった。誰かを救える人間になりたかった。
守護神の住まう異世界は一つではない、十一の異世界が存在する。それぞれの異世界にはその世界を統べる王がいて、十一人の王はELEVEN(イレブン)と呼ばれ、アクセスナンバーは最上の100から110を与えられている。
そしてその異世界の中でも、特別な異世界が二つある。最上人の界、そしてフェアリーガーデンである。同じ異世界の中には、似たような種類の守護神が住んでいるのだが、フェアリーガーデンには、世間を騒がすフェアリーテイルの元となった、おとぎ話の登場人物が住んでいる。最上人の界には、各神話の神々の中でも選ばれた、選りすぐりの最高神が存在する。この二つの世界に住まう守護神は、王であるELEVENを除き、その全てがアクセスナンバーを持っていない。そのため、研究が進んだ今の世の中でも、そこに住まう守護神と契約を結ぶ方法は確立していない。
しかし、フェアリーガーデンに住む守護神のみ、とある特性を持っている。Phoneを媒介とせずともこちらの世界に姿を現すことができる特性である。能力は、人間の力を借りないと発現できないことに変わりはないのだが、その性質はさらなる特異性を生み、フェアリーテイルによりここ一か月で有名となった『守護神ジャック』も行うことができるようになっている。
守護神ジャックがあるからこそフェアリーテイルはこちらの世界で、単騎で暴れているとも言え、フェアリーテイルと守護神アクセスを行った事例が報告されていない。しかし、この世界にはいるはずなのだ、各フェアリーテイルにつき一人、その器となることができる人間が。
そんな器のうちの一人が、俺だった。塩基配列を読み取っても、俺のアクセスナンバーは分からなかった。アンノウンコード、機械はそう告げていた。塩基配列が物語っているのはアクセスナンバーだけでなく、己の守護神がどの大地に住んでいるかも含まれる。俺と契約することができる守護神は、フェアリーガーデンに住んでいた。
フェアリーガーデンの守護神と契約できた者は、ELEVENの一人以外存在しない。俺は生まれながらにして、守護神から会いたくないと拒絶されていた。
誰かを守れる、救える、かっこいいヒーローになんて、なれないんだって否定されていた。