複雑・ファジー小説

Re: 守護神アクセス ( No.96 )
日時: 2018/07/18 16:37
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: itFkgvpJ)

「守護神アクセス」

 沸き立つ力の奔流。濁流のごとく押し寄せるネロルキウスの黒色のオーラ。荒ぶる闘気は業火のごとく、少年の身体を飲み込んだ。視界にノイズが走り始め、脳内に世界中のあらゆるデータ、情報が錯綜する。
 少年の意志が新たに生まれ変わったとはいえ、ネロルキウスに変化など訪れてはいない。隙あらば知君の身体を奪い取り、自分の器として用いようとする。それを目的とした脳内に押し寄せる記録の洪水。またしても、知る必要のない無用な知識の激流が、知君の脳を圧迫する。
 ちりちりと、過剰な負担により神経が焼き切れるような感覚。瞼の裏でいくつも火花が弾ける。中枢神経を酷使するがゆえの空腹感に、倦怠感、眠気、彼の意識を混濁の最中に突き落とそうとする誘惑は後を絶たない。
 だが、挫けない。歯を食いしばり、脚に力を込める。倒れてしまいそうになるのも許さない、心が折れてしまうのも許さない。自分のために、そしてそれによって救われる、他の人のために。今ここで倒れてしまえば、何のために来たのか分からないだろう。
 苦悶に苛まれ、思わず閉じた両目を無理に開いた。思慮も配慮も全てかなぐり捨てたくなるような苦しみ。だが、優しさだけは見失ってはならないと、その顔が憎悪と憤怒に歪んでしまうことだけは、決してしないように。

 笑え、笑え。笑って見せろ。
 自分が苦しそうに嘆くから、心配する人がいる。
 それなら、どれだけ苦しくても笑って見せろ。
 全部片づけたその時に、疲れたと言って甘えればいいのだから。

 挫けそうになる度に、何とか重たい瞼を持ち上げる。振り返れば、不安そうな皆の顔。それもそのはず、彼が暴走したネロルキウスに乗っ取られる姿を、彼らは一度目にしてしまったのだから。
 もう、あんな思いはさせない。父親を思って激高した王子のことが思い出された。もう、あんな風に怒らせたりしない。誰かの力を奪うかもしれないと、怖がらせたりしない。
 そしてもう、自分のせいで誰かに自己嫌悪させたくない。先ほどまでの王子は、自分に対する申し訳なさのせいで見ていられなかった。謝らなくてはならない、謝るだけじゃ物足りない、二つの感情の狭間で、罪悪感に嬲られながら悶えていた。
 もう誰にも、そんな顔はさせない。そのために、大事なことは。

「そうだ、そのために僕は……しなくちゃならないんだ。ネロルキウス、君を……」

 降りかかる重圧。この精神を喰らい尽くしてやろうと、今か今かと彼はその口を開けていることだろう。視界に砂嵐が混じり始める。ざあざあとしたノイズが、聴覚をも侵し始める。大丈夫かと問う声も、もう遥か彼方に聞こえる。
 そうだ、それぐらいでちょうどいい。彼以外の声が聞こえない空間こそ、今の自分が追い求めていることだ。

 そう、今の僕がしなくてはならない事は。

 息が苦しくなる。呼吸を司る組織を奪われたようだった。喉も肺も奪われたような閉塞感。息を吸っても肺に流れている気がしない。胸が膨らんでいるのにその空気が全身に行き渡っているような気がしない。
 暗転した視界、どこまでも深い闇に囚われている。立っているかも分からなくなるほどに、触覚も消えつつある。このままでは、またしても意識を奪われるだけだ。

「させませんよ、絶対に。もう君には、誰も傷つけさせませんからね」

 呼びかけに応えてくれるのかは分からない。しかし、今までずっと主張してこなかった自分の声を初めて発した。これまでは、ただ意志の力だけで抗って、彼に呑まれる前に事件を解決していた知君。しかし今回は初めて、自分の事をも蝕む暴君を受け入れようとしていた。
 これまでずっと、無視し続けてきた声。体を寄越せの言葉も、全て奪い取ってしまえという命令も、俺の器として在ればいいという戯言も、全て無視してきた。そうしなければ、大切なものを取りこぼしてしまうと決めつけて。
 しかしそれは、全く正反対のことだった。自分は目の前のものだけを護るのに躍起になっていて、後ろを振り返ろうともしていなかった。一番取りこぼしてはいけない大切なものを、ずっとずっと、長い間、真っ先に切り捨てていた。

『それは逆に、余の力をお前が奪い取ると?』

 暗闇の中、ネロルキウスが囁いた。威圧感のあるしわがれた声。思わずその声に竦み上がりそうになる。怖くて震えてしまいそうになる。しかし、自分しか抗えない以上、弱気になってはいられない。
 それに彼の問いかけには答えなくてはならない。今までの自分ならこのような問い、答えようともしていなかっただろう。しかしそれは今の自分には許されない。全知のくせして何も理解していない彼の思い込みを、否定しなくてはならないのだから。

「いいえ、僕は貴方の力を奪おうなんてしていません」
『そうか。ならば早く体を明け渡せ。覇気のない男にいつまでも黙って従う余ではない』
「それも……許しません。今の貴方は、ただの略奪者です。そんな人に、この体は譲れない」
『話にならんな。ならばいつも通り、奪い合いと行こうか』
「駄目です、そんな事、いつまでも繰り返させません」

 今まで僕たちは、間違い続けてきたから。知君はネロルキウスへ、そう主張する。誤りなど何一つしていないだろうと、暴君は鼻で笑ってみせた。自分がもう一度現世へと顕現したいという欲求も、それに抗う知君も、己の欲求に従っただけだ。間違えようなどない。

「そうじゃありません。僕らは互いに、受け容れられなかったんですよ。お互いの存在を」

 本当は、手を取り合って歩むべきなのに。信頼関係の上に成り立つべき契約であるはずなのに。自分たちはずっと、己の利権ばかり主張してきた。相手がそれを是とするかどうかも確かめずただ、相手のことを自分の道具のように思い込んでいた。
 僕の守護神なのだから、力を貸してくれるべきだろう。余の契約相手なのだから余のためにその肉体を献上してみせろ。独善的な欲求のみを相手にぶつけていた。自分の望みだけ叶えようとしていた。
 そんな独りよがり、叶っていいはずが無いのに。

「僕はかつて、真凜さんに言いました。次の一歩を踏み出すには、己の守護神と対話する必要があると。でも僕は、そんな事提案した僕自身は、君と語らおうとなんてしてこなかった」

 何もそれは、ネロルキウスに対してだけのことではなかった。知君は自分が護り続けた人々の声すら、聞いちゃいなかったんだ。嫉妬して認めてくれない人々の声を聞くのも酷というものだろう。しかしそれでも彼は、弱い者の声を聞くべきだった。
 もっとその人たちに寄り添うべきだった。おどおどとしていて頼りないくせに、実戦では誰より活躍する知君の脚を引っ張ることしかできない。治安を護るべき警官達が、知君にいい顔をしないというのは、一人の人間として当然の事だった。
 それなのに彼は、もっと頑張れば認めてもらえる、そんな風にばかり考えて、空回った。彼が周囲から認めてもらえることを望んでいたように、周りの者も我武者羅にひた走る知君に、自分の存在意義を認められたかった。少年がいなくとも、自分たちが居れば平和が護れると。少年にできないことが自分たちにはできると。
 その承認欲求を断ち切るように一人で功績を積み上げた知君が、本当に認められる訳が無い。事実は皮肉なことにそれを裏打ちしている。一度折れて挫折して、ようやく人間らしく、子供らしく泣きわめいたからこそ彼は認められたのだから。

「ネロルキウス……僕はね、皆の事を護ってあげてるつもりでいたんです。僕が一番強いんだから、僕が皆の盾になるんだ、ってね。でも、間違いだった。ありがとう、って言われたかった。また今度も頑張ってね、って応援してほしかった。応援なんてされなくても、感謝なんてされなくても、どんな強敵にも勝ってしまうのに」

 いつしか、傲慢になっていた。認めてもらえないことが苦しくて、仕方のないことだと大人ぶって諦めた。これだけ努力しているのに、あれだけ対策課員の窮地を救ったのに、頼ろうとしてくれる人はいなかった。
 それもそうだ、ピンチになれば嫌でも飛んでくる。どれだけ自分たちが苦戦した相手にも、圧勝、完勝、努力をあざ笑うかのような、完全決着。自分たちの行いを否定されるように、朝飯前に強大な標的を下す。
 恐怖すら感じなかったことだろう。やるせなさと、羨望と、そして強い怒り。自分たちがいなくてもいいじゃないか、そう不貞腐れる人もいた。

『そやつらが弱かっただけだろう。せめて心だけでも強くあれば、何も支障など……』
「弱いんですよ、人間って」

 僕だって、一度は壊れちゃったんですよ。そんな言葉を後ろにいるであろうネロルキウスに投げかける。君の力に中てられて、意識は囚われ、身体の支配を奪われた。これまで抗い続けてきたのに、ほんの少しの心の綻びがそんな顛末を招いたのだ。

「僕らはとても脆いんですよ。優しくされたらすぐに元通りになるけど、この心は、とても簡単に罅が入っちゃうものなんです」

 だから自分達は、その傷をすぐに癒せるようにより添い合う。傷つけないで済むように、対話を重ねる。

「僕は誰とも話してきませんでした。だからずっと、僕は人々に傷つけられていたけど、同時に皆を傷つけていた。貴方はきっと認めてくれませんが、きっと僕は貴方のことも傷つけ続けてきた……」
『お前が余を? ある訳が無い』
「あるんですよ、それが。僕はちゃんと知ってます。君と僕がそっくりだっていう事」
『何を馬鹿な』
「だって、そうでしょう? 君の心は、こんなにも認めて欲しいって叫んでる」

 ネロルキウスが沈黙する。というよりむしろこれは押し黙ったと言うべきだろうか。

「君がかつて圧政を強いてきたのは知っている。オリンピアで競技内容に関わらず自分を優勝にしたことも。それって全部……従えるローマの民から崇めてもらいたかった、慕ってもらいたかったからですよね。そんな無理やりでは、本当の意味でその心を掴めないと分かっていても、他に方法を知りませんでした」
『馬鹿なことを言うな。余は勝者であるべき者だ。それゆえ過程の如何に関わらず、余を勝者と讃えただけのことだ』
「そんな事ありません。なら、どうして貴方は白雪姫を倒した後、奏白さん達を襲わなかった? 僕ごと殺そうとしていたのに、あの時僕は君にほとんど抗えていなかったのに!」
『出鱈目を言うな。お前が抗っていたから余は動けなかった、それだけだ』
「……そうかもしれません、でもネロルキウスなら振り払えたはずです、僕の意識なんて」

 それなのに、そうしなかった、できなかった。あの時本当は傷ついていたのではないかと知君は問うた。圧倒的な力で、あの場の物を苦しめていた白雪姫を討ち取り、感謝され、崇められるものだと思っていたのではないかと。
 それどころか、敵視され、追い払わねばならぬ悪霊のごとく扱われたことに、いたく傷ついたのではないかと。

Re: 守護神アクセス ( No.97 )
日時: 2018/07/17 23:20
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「あの時僕は、貴方から意識を奪い返せた。それは貴方が、深く傷ついていたから、支配が弱まっていたからじゃないんですか」
『違う、余は羨んでなど……』
「羨む? そんな事今言ってません。なら簡単だ、貴方が本当は何かを羨んでいた。僕にはその何かが分かります。あの時、真凜さんが僕の事を認めてくれた、だから……君は理解者という存在が羨ましかったんです。僕のことを理解してくれた真凜さんのように、君を心から理解する人が」
『勝手な妄想を垂れ流すな』
「妄想じゃありません、ずっと僕がそうだったから、何となく分かるんです。君が認められたいっていう強い想いを、かたくなに隠していることが」

 自信満々に突き付け、そして知君は、突然弱い声を漏らした。本当は自分も、最近まで周りが見えていなかったと、再び口にする。それは自らの事を戒めているようであった。

「ねえネロルキウス、僕は今までずっとね……独りぼっちじゃなくて独りよがりだったんだ。助けてやったから、助けてくれってさ。僕の守護神なんだから、力を寄越せ、ってさ。そんなの叶う訳無いんだ。でも、教えてくれる人がいたんだ。人は、互いに支え合っていくものなんだって」

 真凜が彼に言ってくれたのだ、「ずっとみんなのために戦った君のことを、今度は私が支えてあげる」と。その時初めて、支え合うという言葉のニュアンスを感じ取ることができたような気がした。
 知君は、ネロルキウスは、確かにELEVENであり、最強の名を欲しいままにしている集団の一角だ。それでも彼らは、そのままだとただ強いだけだ。知君が優しい人であるために、誰かを救うヒーローであるために、人々が必要だ。ただの人々ではない、知君自身が愛することができて、その人たちがおのずと知君を支えてくれるような仲間が。

「だからさ……。ずっと僕に力を貸してくれた君に、今度は僕が寄り添って見せる。支えて見せる。君が誰かから望まれる守護神になるように、僕が頑張るから! もう暴君だなんて絶対に言わせないから。だから……」
『口を慎め、そんな事お前から言われずとも』
「五月蠅い!」

 知君が声を荒げた。ネロルキウスとのせめぎあいとも関係なく、まるで躾のような叱り方だった。怒り、憎しみ、そういった負の感情を乗せただけの暴力的な声ではなく、投げかけた相手への親しみをこめた強い声。
 その声は、洋介の声を真似たものだった。
 ずっと彼は考えていた。ネロルキウスに投げかける言葉を。自分が彼と、どう接していきたいのかを。
 ネロルキウスに欠点は無いように見える。万物の理を知っているように思える。しかしそれでも、彼は決定的な大事なピースが欠けている。

「僕も大事なピースが一つだけ欠けています。僕にとって足りない最後のピース、君に決定的に足りていない最後の欠片、それは正反対のものだけれど、実は全く同じものだから」

 ネロルキウスは何も答えない。むしろ、知君の言葉を待っているようであった。
 全く、そんなところまであの日の僕とそっくりだね。真凜に抱きしめられ、求めていた言葉を与えられた時の自分と同じ。
 とっておきの贈り物を待ち望む、聖夜の子供の狸寝入りのような沈黙だ。

 だから僕は、この言葉を君に贈るよ。


「一人で何でもできる貴方だから……何でも知っている貴方だから、だからこそ知らない、たった一つの大切なことを僕が貴方に教えてあげます」

 今までずっと、その姿を見たことが無かった。幼い日に、初めて彼を呼びだした日は、彼自身が知君の視界を塞いでしまったから。それ以降、知君はネロルキウスの姿を直視できなくなってしまったから。
 だから彼は、初めて彼の姿を目に収めた。ずっと目を逸らすように前を向いていたのに、振り返った知君が見上げた先には、錆びれた王冠を掲げた屈強な王の姿があった。墨で真っ黒に塗りつぶされたような顔には口も鼻も無く、ただぎらぎらと輝く眼光だけが浮かんでいた。
 巨大なマントが風にたなびいているが、裂けるばかりでぼろぼろになっている。王冠もやはり錆び付いていれば、所々宝石が欠けている。けれどもどうして、それなのにネロルキウスは、堂々としており威厳に満ちていた。
 その王たる覇者のまとう空気は、みすぼらしい装飾とは似ても似つかず。覇気とは服飾でなく、己の内からにじみ出るものだと全身で示唆するように。
 そんな彼に知君は手を伸ばした。そう、彼がネロルキウスに教えたかったのは、とてもシンプルで、とても幸せな道の歩み方。

「僕が貴方に教えてあげます、ともに歩むという事を」

 だからこの手を取ってください。そう知君は、顔を輝かせてお願いした。
 命令でも、指示でもない。懇願でも請願でもない。ちょっと友人に頼むような、そんな軽い調子で。

「僕はね、君が居るから僕でいられるんだ。君はね、僕がいるからここにいられるんだ。僕と君は、決してどちらか一方では成り立たないんだよ。僕には君が足りなくて、君には僕が足りてない。正反対のように見えるけど、僕らは鏡映しなんだ」
 だから、足りてないのは同じものなんだ。
「力を利用するとか、身体を奪うとか、そんなんじゃないんだよ。手を取るんだ、分け合うんだ。怒りも憎しみも分け合ってしまおう。嬉しいことも楽しいことも、共有しよう。僕は待つよ、呑み込まれずに。君が認めてくれるまで」

 沈黙が訪れた。知君だけが、ネロルキウスを見ていた。他の者は、そんな知君の姿を、固唾を呑んで見守っていた。何せ知君以外の者に、その契約相手の守護神は見えないのだから。
 知君以外、見ることすら能わない。だからこそ、彼が一人じゃないと証明するのは知君以外にあり得ない。
 ネロルキウスは沈黙を守っていた。まるでその申し出を、必死で拒むように。知君の言葉を決して受け入れてしまわないように。
 己を見つめる眼差しから目を逸らす。見たくもないとでも言うように。知君が伸ばした手から遠ざかるように腕組みをした。その手を取ることは決して無いと突き付けるみたいに。
 やっぱり、聞き入れてもらえないのだろうか。知君の表情が陰る。それでも、伸ばした手を引くつもりなど無かった。
 長い沈黙が走っていた。誰もが、今どういった状況であるのかを忘れていた。時の流れすらも忘れて、そこだけ切り離されたように。
 ずっとその沈黙が続くように思われた。知君以外の者にとって。しかし、知君だけは違っていた。彼の鼓膜にだけ、一人の寂しがり屋の声が届いた。震えた鼓膜が、耳小骨が、その刺激を脳へと伝達する。
 ネロルキウスは、ある事を少年に尋ねただけだった。

『頭痛の調子はどうだ?』
「えっ?」

 初め、何を尋ねられたのか理解できなかった。ネロルキウスの説得に躍起になるあまり、その事を初めから失念していたからだ。しかし、問われてから気が付いた。ネロルキウスと守護神アクセスする度に苛まれていた情報の海、洪水、濁流、奔流。あの苦痛が今や無くなっている事に。
 頭は驚くほどに冴え渡っていた。体もちっとも重くなく、守護神アクセス特有の『守護神の持つ身体能力に相当する』肉体活性を実感した。今まではあまりに負担が大きすぎたため、その恩恵をそれほど強く感じ取ることはできなかった。
 あの神経が妬け付きそうな苦悶が取り払われた。霧が晴れたような心地だった。いつも以上に、脳裏が整然となったようで。視界は晴れ渡っていた、耳に飛び込むそよ風の声は心地よかった。
 ふつふつと、胸の内に暖かいものが湧きあがっていた。
 そして知君は実感した。これが繋がっているという事かと、支えられているという事かと。
 これこそが、守護神アクセスなのだろうと。

「もしかして……」
『勘違いするなよ。お前の身体になぞ興味を失っただけだ。余はそんな軟弱な体なんぞ要らん。それなら今は大人しく、次の機会を待とうとしているだけだ』

 何を主張しているのか初めは察しあぐねたが、要するに盛大な言い訳ということだろう。
 それを理解した瞬間に、思わず知君は吹き出した。
 全く、そんなところまで僕に似ていなくてもいいのに、と。

 嘘が苦手なところまで。


『何がおかしい』
「いえ……そういう事にしておこうと思いまして」
『癪なガキだ。やはり力など貸さないで』
「貸してくれるんですか? 言質取りましたよ!」
『その挑発には乗らん。……しかし小さな失言で一度決めたことを短気に取り下げるのも余の沽券に関わる』
「そんな事言わずに、力を貸してやる、の一言でいいんですよ」

 もう、全部分かってますから。
 はっきりとした断言。決めつけているようにも受け取れかねないと言うのに、ネロルキウスはむしろその言葉に安堵した。そうであるべきだ、自分の契約者であるというなら、自信に満ちているべきだ。全てを見透かしているべきだ。
 ならば知君の不遜な態度も、怒るに値しない。そもそも胸の内に沸いた感情は、逆撫でられた激情などでなく、その出生からずっと見守ってきた雛鳥が飛び立つ、その瞬間を祝う親心に似ていたのだから。

「もう君を、古代ローマの暴君ネロだなんて言わせない。君は僕の大事な相棒で、パートナーで。そしてこの国を護る……最大の盾にして最強の矛、最高の守護神」

 悪魔などではない、自分勝手でもない。
 もう誰にも、君を悪者だなどと言わせない。僕は守って見せる、君の尊厳さえ。
 叶えて見せよう、認められたいと足掻く子供のような夢を。
 同じ境遇にいた、この僕が。

「最後のELEVEN、日の本の国のネロルキウスだ」

 もう、一人でいることを嘆かなくてもいい。
 これからは二人で歩いて行こう。二人なら、そう思えばどんなことも、叶えられそうな気がするから。
 僕に持っていない力と、君が持っていない強さを重ねよう。そしたらきっと、どこまでも飛び立っていけることだろう。

 もう、来てくださいだなどと君一人を動かせるような言い方はしない。
 これからは、手を取り合って一緒に進んでいくのだ。
 『生まれ変わった覚悟は、言葉に乗せるもの』だから。
 だからこそ今日から彼は、己の守護神にこう呼びかけるのだ。
 来てください、ではなくて、共に……。


「行きましょう、ネロルキウス!」

 今日という日が彼らの、真の始まりの日となるように。