複雑・ファジー小説
- Abyss × Alice ( No.0 )
- 日時: 2018/02/10 10:18
- 名前: 津波紀 (ID: vGUBlT6.)
「やたら不機嫌そうじゃないか、アリス」
白兎は、背の低く紅い蝋燭を手に取った。ゆっくりと撫でる様に細い指先を動かす。
「此処には飽きてしまったかい?」
「そうじゃないわ」
アリスは艶々した机の表面に肘を置いて頬杖をつく。不意に蝋燭の灯が揺めき、白兎の顔の上で陰影が踊った。磨いたルビーをはめ込んだ様な美しい双眸。不思議だ。アリスにはそれが一昨日食べ損ねたトマトに思えてならない。あまり水々しそうには見えなかったが、もぎ取って食べて仕舞いたい欲求に駆られる。
アリスは実に空腹であった。
「僕の眼じゃなく、棚のマーマレードを食べたらどうなんだい?」
アリスは振り向いた。色とりどりのガラス瓶が陳列されている棚は、暗い穴の中をゆっくりと上昇している最中である。
しかしふとしてアリスは気付いた。棚ではなく、この机が落下しているのだと。
「遠慮するわ。手が届きそうに無いもの」
「そうかい」
白兎の大きな耳がぴくりとした。
「だからといって僕の眼を食べないでおくれよ」
「まさか、食べないわよ。ねぇ、この落下は何時まで続くのかしら?」
アリスは恐々下を覗く。なんのことはない、ぐるぐるとした奈落が何処までも広がっているだけだ。
蝋燭をことんと机に置き、ぱりっとした黒チョッキのポケットから古めかしい金の懐中時計を取り出して白兎が頭を掻いた。溜め息混じりにアリスに告げる。
「あと28光年というところだな」
「嘘でしょう?」
磨いたアクアマリンの様な美しい双眸が見開かれる。驚くアリスを一瞥し、白兎は懐中時計をポケットに再び滑り込ませた。
「大丈夫さ。君にとっては2日かそこらだろう」
「訳が分からない」
「僕もだ。どうして君みたいな年寄りと2日も過ごさなきゃならないんだい?」
アリスの眉間に皺が寄る。
「私はまだ17よ」
「ほら、年寄りじゃあないか」
白兎は鼻を鳴らした。
「僕は13歳以上の女性を魅力的だとは思わないね」
「それ、只のロリィタ・コンプレックスじゃない!」
更に不機嫌になってしまったアリスを他所に、白兎はまた蝋燭をいじり始める。相も変わらず、まるで女性を弄んでいるかの様に妖艶な手つきだった。コツコツ、と机を叩くアリスの指先に呼応する様に炎が揺れる。
「月日を重ねる毎、心に余分な物がへばり付いていくんだよ。人間は必ずそうだ」
「……純粋な人間が好きなの?」
白兎は笑い、蝋燭に息を吹き掛けた。
「13歳未満のね」
ふっ、と蝋燭の灯が消える。
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▽目次
序章 自由落下 >>0
一章 考察と交錯 >>1