複雑・ファジー小説

Re: AnotherBarcode -アナザーバーコード- ( No.10 )
日時: 2020/12/07 15:45
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)

【番外編】No.04 べにいろバーコード

 名前も知らないのに、きれいだね、と言う。
 数メートル先を征く少年は、聞こえた声に振り返ってから、ようやく自分が1人で歩いていたことを知ったらしい。5歩分ほど後ろで立ち止まって、道に咲いた花を見つめるわたしを、半ば呆れたように見ているから、少しだけ申し訳なくなる。
 そのまま先に行ってしまうわけにも行かない彼は、わたしの側まで近寄ってきて、それから深く溜息をついた。

「君さあ、そんなことしてるから皆とはぐれるんだよ? わかってる? 鳥を追いかけてたら迷子になったなんて聞いたときは、ホントに馬鹿なんじゃないかと思ったよ」

 というか馬鹿でしょ、と彼は更に追い打ちをかけるようにぼやいた。
 わたしと殆ど歳は変わらないはずだし、身長だって親指の先っぽ程度しか変わらないのに、少年は上から目線でそんなことを言ってくる。ムッとして、彼の幼い顔立ちを睨もうとしたけれど、実際わたしが鳥を追いかけて迷子になって、仲間達皆で捜索して、やっと彼が見つけてくれたのだ。完全にわたしが悪いし、馬鹿なのも事実なので何も言い返せない。
 眉を下げて、肩を竦めながらごめんなさい、と返すしかなかった。
 けれど彼は腰に手を当てて、少し冷たい声で言う。

「僕に対するごめんなさいはさっき聞いた。何度も謝ればいいって話じゃなくて、君がちゃんと反省することに意味があるんだよ? だから、今君がしなくちゃいけない事は、無事に皆のところに帰って、みんなを安心させて、それからちゃんと謝ることだ。いいね?」

 仲間達がとても心配していた、という話は、彼に見つけてもらったときに聞かされた。わたしがいなくなったと気付いた彼らが大慌てで捜しに出てくれたらしい。その事実に、きゅっと胸が痛む。
 小さく頷いて項垂れるわたしを見つめて、彼がもう一度深く息を吐きながら、今度は少し優しげな声で問う。

「なんで鳥なんか追いかけたの」
「青い、きれいなトリだったの。見つけたらしあわせになれるって、前きいたから……」
「追っかけてどうするつもりだったのさ。投石でもして撃ち落とす気だった?」
「そんなかわいそうなことしない。ただ、ハネを……」
「毟り取る気だったの?」

 そんな酷いこと、もっと考え付きもしなかった。慌てて首を横に振って否定する。あんまりに激しく振りすぎて、自分の真っ赤な長い髪の毛が顔をベチベチと叩く。
 確かにわたしはどうしたかったのだろう。あんなに綺麗な鳥は初めて見た。だからって、考えなしに喜び、舞い上がって、皆と一緒にそれを分かち合いたくて、追いかけて。でも、その結果迷子になって、心配をかけてしまった。
 掌を強く握り締めて、唇を噛み締める。戻ったら、皆はどんな顔してわたしを迎えるだろう。

「わかんない。でも、ごめんなさい」

 返事は無かった。
 顔を上げるのが怖くて、わたしはしばらく足元の砂利を見つめていたけれど、彼の影が揺らめいたのが見えた。何だろうと思って視線を上げると、少年の手がにょきりと伸びて来て、わたしの頬を摘む。ほっぺを引き千切られる! そう思ってキュッと目を瞑った。
 でも、いつまで経っても警戒した痛みが頬を襲うことはなく、軽く摘まれた頬を緩く引っ張られた程度だった。
 恐る恐る少年の顔を見ると、優しい笑顔が浮かべられていた。クス、と微かに笑って、彼は口を開く。

「青い羽根があれば幸せになれるから。皆に幸せになってほしかった……とか。そんなところだろ? 馬鹿だけど優しいね、君は」
「…………」

 どうしてだろう。彼の笑顔が、何処か悲しそうにも見えたのは。
 そういえば、彼がわたしを見つけたとき、一瞬だけとても怖い顔をしていたのを思い出した。怖いと言っても、怒っているのとは違う。あの氷のような眼差しは、敵に向けるときのものによく似ていて。敵というよりも、もっと──。でも本当に束の間の事で、わたしと目があった瞬間には、さっきのような悲しそうな笑顔に変わっていた。
 あれはどういう意味だったのだろう。
 戸惑うわたしを他所に、頬を弄んでいた彼が、そのまま道脇に咲いた花に視線を落としたので、わたしもつられて花を見る。ラッパ形の薄くて優しい青色をした花だ。寄り添うように5輪で固まって咲いていた。近くに同じ花が咲いているということはないので、群れて咲いてるはずなのに、寂しそうに見える。

「これ、リンドウっていうんだよ」

 ちょっと驚いて、目を瞬かせた。彼が花に詳しいなんて、少し意外だったのだ。ものしりだね、と感心したように伝えれば、彼はそれを首を振って否定する。

「偶々知ってたんだ。僕も好きだから、この花」

 わたしの頬から手を離すと、少年は花の側に屈み込んで、軽く花弁を撫でる。ぼんやりと、何処か遠くに視線を彷徨わせながら。なんだか、懐かしんでいるように見えた。
 それから此方に顔だけ向けて、摘んでく? と、短く訊ねてきた。

「ううん。お花だって生きてるんだから、かわいそう」

 そ。短く返して、彼は緩慢な動きで立ち上がって、先に進もうとした。けれど、一歩踏み出してからちょっと固まって、わたしの顔をじっと見つめてくる。
 彼が何をしたいのかわからないわたしは、目を瞬かせて首を傾げてみせる。どうしたの、と声をかけると、少し迷うように視線を彷徨わせたあと、彼はわたしの手を緩く握りしめてきた。あまり暖かくない手の平だった。日が落ちて、少し冷えてきたから。わたしを探し回っている間に、彼の手も冷えてしまったのかもしれない。

「もうはぐれないように。また気になるもの見つけたら、立ち止まってもいいから」

 ちょっと照れ臭そうに目を伏せながら彼はそう言った。ああそっか。手の冷たいヒトは優しいんだって、仲間たちに聞いたことがあったのを思い出す。この温度が、彼の性格をよく表していた。
 離さないように握り返して、わたしは笑いかける。

「ありがと」

 彼は緩く口角を上げて、わたしの手を引いた。
 彼が一瞬だって氷よりも冷たい目をした理由も、すぐに悲しそうに笑った意味も、わたしは本当は知っていたかもしれない。あの目は殺意。あの笑顔は迷いと、優しさ。彼はきっと、わたしや仲間たちに言えない、どす黒くこびり着いた何かを背負っている。でもそれを共有することはできないのだろう。誰だって抱えているんだ。わたしたち、人間じゃないから。
 皮膚と皮膚の隙間から、誰にも言えない苦痛が溢れてしまわないように、体中に縫い合せの跡をいっぱい隠したわたしたちは、手を繋いで歩く。お揃いの傷を抱えているのに、繋いだ手と手は別の身体だから、心からわたしたちが繋がることって、無いんだろう。だから彼の手を強く握りしめてみる。痛いよなんてぼやかれて、ごめんねって返す。
 近いのに遠い。距離は埋りそうもないけれど。

「皆アケを待ってるよ。帰ろう」

 こんなわたしでも受け入れてくれるヒトが、わたしが帰ることを望んでくれるヒトたちがいるから。いつか、あなたがもっと打ち解けてくれる日が来るといい。

「ジンくんのこともまってるよ、みんな」
「そう。そうだと、いいね」

 いつか、あなたも帰るべき場所になるといい。


***
雑談掲示板で浅葱と共に開催してる小説練習企画の、第6回 せせらぎに添へて、に投稿したものです。
本編の1年くらい前、ジンがタンザナイト(ニック、マリアナ、アケ、ローザ、カルカサの元カイヤナイト達+ジンとアイリスで構成された群青バーコードの集団)にいた頃の話。
ジンから向けられた殺意になんとなく気付いても、仲間でいようとするアケと、その殺意に迷いが生じたジン。てゆーか年齢差的にこの2人、おじいちゃんと孫ですね。
リンドウの花言葉ですが、「あなたの悲しみに寄り添う」です。