複雑・ファジー小説

Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.18 )
日時: 2020/12/07 15:54
名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)

【二次創作】 No.01 見ようとしないから、

「クラウスくん、今日ちょっと付き合ってよ」
「はあ?」

 白衣姿でもなければ、いつものハーフアップでもない。私服と後頭部で団子になった髪型のメルフラルがニコニコしながら立っていた。

「何、そのかっこ」
「あらあ、女の子の変化に気付けるなんてクラウスくん、バーコードじゃなかったら結構モテてたでしょうね」
「女の子って年じゃねえだろクソババ。なんでいつもと違うかっこしてんだよって聞いてんだよ」
「そんなの、お出かけするからに決まってるでしょう。ほらクラウスくん、付き合って」

 そう言ってクラウスの腕を軽く掴んでくる。咄嗟にそれを振り払って、クラウスのはメルフラルの顔をキッと睨み付けた。

「なんでオレなんだよ、ジン連れてけばいいじゃんか」
「いいじゃない。今日はクラウスくんがいいの」

 トゥールに助けを求めるように視線をやったが、クラウスと視線が合うと、彼は黙って頷くだけだった。

「……や、どういう意味の頷きだよ!?」
「俺達は居候させて貰ってる身だ。家主の頼みは聞くべきじゃないか? 行ってこい、という意味だ」
「チクショウ! トゥールのバカ! 爬虫類!」
「頑張れよ」
「バーカバーカバカー!」
「早く支度してね、クラウスくん♡」

 そんなこんなで、拒否権もないまま、クラウスはメルフラルと共に外出することになった。


***


「んで、何処行くってんだよ」
「ふふ、気になるー? でもどうせ、地名を聞いてもわからないでしょう?」

 直ぐ様言い返そうとしたが、確かにその通りだった。文字も地図も読めないため、地名なんか当然知らないし、ジンに連れてこられたアモルエという街と、最初にいた街がどれほど離れているのか、というか最初にいた街は何という場所だったのか、クラウスは何一つ知らないのだ。
 黙り込んでいるクラウスの横顔を見て笑いながらも、メルフラルはソレイユという地名を口にしたが、やはりまったくピンとこなかった。

「観光地としては有名なところ。街の少し外れに行くと、凄く綺麗な花園があってね、丘の上から見下ろすと、絶景なの」

 花なんて、当然興味はない。あんなもん、ちょっとカラフルな色のついた草じゃねえか。そう口にしそうになったが、メルフラルのことだ。また乙女心がどうとか、モテるとかモテないとか訳のわからないディスり方をされるのが予想できて、クラウスは言葉を飲み込む。代わりに、鬱陶しい絡みに繋がらなそうなことを吐き捨てる。

「花なんか見に行くのにオレを誘ったのかよ」
「そっちはついで。アモルエとは違ってかなり栄えてる街だから、買い物するならソレイユの方がいいのよねえ」

 ふうん。クラウスは興味なさげに返事をして、そっぽを向いてしまう。

「ちなみに今日はちゃんとお金払って電車乗るからね」

  メルフラルにそう言われて、数日前、クラウスの〈チェシャー〉を利用して透明人間となった3人で無賃乗車したことを思い出す。あれはあれでスリルがあってよかったのだが。

「……てか、何。オレらが電車タダ乗りしたこと知ってんの?」

 クラウスが聞くと、メルフラルは呆れたように息を吐いた。

「ジンに聞いたのよ。〈能力〉の無駄遣いして……と思ったけど、透明人間なんて、そういう使い方以外で活用するタイミングないものね」
「なんだよ、透明化馬鹿にすんなよ。他にも奇襲とか逃げんのとかめっちゃ役にたつからな。……欲しい力では、無かったけど」

 ムッとして取り敢えず反論して見せたものの、クラウスの声は尻すぼみに消えていった。それまで前方しか見ていなかったメルフラルは、ようやくクラウスの顔を覗き混んだ。俯かされて前髪に隠れた表情は伺えない。さして興味も無かったから、メルフラルの視線は再び前方に戻される。

「あら、他に欲しい〈能力〉でもあったの? 透明化も十分便利だと思うけどねえ。まー、やっぱり手に入れるなら便利な〈能力〉がいいわよねえ。アタシは人間だけど、バーコードとは最も近いところにいる人間だから、たまにバーコードの身体能力とか、特異なチカラが羨ましくなることもあるわ」

 クラウスは俯いたまま思い切り眉間にシワを寄せた。欲しい〈能力〉なんか存在しない。〈チェシャー〉だって、欲しくなんてなかった。比較的便利なチカラなのかもしれないが、クラウスは〈チェシャー〉が嫌いで堪らなかった。望んでバーコードに──バケモノになったわけじゃ、無いのだから。
 〈能力〉を使うたびに、自分が人間でないことを自覚させられる。それが怖かったし、翡翠バーコード特有の欠陥で、自分の意思に関係なく透明人間になってしまうときがあり、これがクラウスが最も〈チェシャー〉を嫌う理由だった。勝手に消えるなんて、生きているのに、そこにいるのにいないものとして扱われるなんて、死んでるのと変わらない。そんなの、この世に未練を残したまま、成仏しきれない亡霊みたいじゃないか。

「クラウスくんの欲しい〈能力〉ってなあに?」

 世間話をするくらいのノリでメルフラルは訊ねる。クラウスは拳を握りしめ、メルフラルの横顔を鋭く睨み付けて、低い声で吐く。

「うるせぇな、んなもんねぇよ」

 突然怒りをあらわにしたクラウスの様子にメルフラルはキョトンとする。ヒトの嫌がることをするのが趣味なメルフラルは、頻繁にヒトの神経を逆撫でする発言をするが、今回はそのつもりはなかった。クラウスはメルフラルと視線が合いそうになると、再び視線を落とした。

「……お前なんかには、わかんないよ。亡霊になってみなきゃ、わかんねえよ」
「…………」

 クラウスが苦しそうに言うから、思った以上に自分が彼を傷付けたのだろうか、とメルフラルは思う。それから少し、クラウスの言葉の意味を考えてみて、直ぐに酷く興味のないことだと思い直し、思考をやめた。ジンのことだってまだわからないことが多いのだ。出会って間もないバーコードの事など、もっと理解できないはずだ。
 それに、他人を知ろうとすることは間違っている。自分は他人に理解されないし、自分も他人を理解しない。誰も、理解してくれない。ならば、深く干渉し合うことは徒労なのだ。分かり合えない。きっと、そういうものだから。
 そう。そうよね。言い聞かせたら、どうしてか今までなんとも思わなかった外気が不意に冷たく感じた。
 再びメルフラルはクラウスの横顔を見る。目が合わないように顔を背けている彼に、なんか今日寒いわね、とは言えなかった。


***


 駅に付き、メルフラルが購入した切符を、クラウスに差し出しても、彼はそれを受け取ろうとはしなかった。口をへの字に曲げたまま、メルフラルと頑なに目を合わせない。
 呆れたように肩をすくめつつ、メルフラルは切符の角をクラウスの頬に突き刺した。瞬間、クラウスは飛び上がる。

「いっってぇ! 何すんだよババア!」

 頬を擦りながら怒鳴りながらも、やっと目があったのでメルフラルは微笑む。

「これが無いと電車乗れないから、無くさないようにしてね」
「なんだよこれ、紙?」
「無くしたら電車から降りられなくなって、電車の子になっちゃうのよ」

 自分で言いながらも、メルフラルは苦笑する。こんなこと、18歳の青年に言うようなことではない。し、自分にもそういうことを言い聞かせるような子供がいてもおかしくないような年齢で──

「…………」

 それ以上考えるのは……気持ち悪い。メルフラルは足早に電車の方へ向かう。その背後をクラウスが慌てて追いかけてくる足音を聞きながら、さっさと乗り込み、メルフラルは車内を見回す。二人がけの座席がいくつかあって、その殆どが空席になっている。それでもちらほらの乗客の姿はみられる。寂れた街とはいえ、休日の昼頃は出かけるメルフラルのように、遠くへ出かけるヒトもいるのだろう。
 背後から乗り込んできたクラウスが、硬い表情で車内を恐る恐る確認している。

「そこの席にしましょ。窓際がいい?」

 メルフラルが指差した方を見て、クラウスは仏頂面で首を横に振った。

「なんかあったとき、お前が通路の方にいたら逃げらんないじゃん」
「……そんなことを考慮して座席選ぶヒト、初めて会った」

 クラウスなりにちゃんと考えているつもりなのだろうが、万が一何かあったとして走行中の車内の何処に逃げ場があるというのか。それに関してはメルフラルも突っ込まないでおいた。
 電車の走行中、クラウスは外の景色が気になるようで、ずっとメルフラルの奥にある窓の外を眺めていたが、メルフラルが席を代わろうか? と提案しても首を横に振るだけ。一度自分で決めたことを変えたくなかったのかもしれない。

 しばらく乗車して、目的地であるソレイユの街に辿り着いた。
 メルフラルが席を立つと、クラウスも立ち上がり、自分の手の中に切符があることをしっかりと確認して、下車する。乗り込むときよりも利用客の量も多くて、人混みに呑まれそうになりながらも、クラウスはメルフラルとはぐれぬように必死で客を掻き分けて付いてきていた。
 こんな人混みは初めてなようで、クラウスが少し疲れた顔をしているのに気付きはしたが、メルフラルはそれを面白そうに横目で見るだけだった。

「ソレイユの街並みも人が多いから、迷子にならないように手を繋いできましょうか?」
「誰がお前なんかと」

 メルフラルが差し出してきた手を払い除けて、クラウスはメルフラルと少しばかりの距離を置いて歩こうとする。だが、彼女はその距離を埋めて、クラウスの腕に自分の腕を絡めた。
 困惑して、少し嫌そうに睨むクラウスに、メルフラルは柔らかく微笑みかけた。

「こうでもしてないと、あなた透明になって勝手に消えちゃうかもしれないでしょう?」
「消えねえって。ちゃんとオレがお前を見失わないようにするから、こんなことしなくていいよ」
「ほら、面倒くさいこと言ってないで、早く行くわよ」

 クラウスの不満を押切って、メルフラルは無理矢理にクラウスの腕を引いて歩く。確かにそのお陰でクラウスが迷子になる心配は無かったし、メルフラルは自分のペースで歩けたたため、すぐに目的地である店にたどり着くことができた。
 クラウスが店内にまで入ることは拒んだため、店の外で彼を解放し、メルフラルは1人で買い物をすることとなった。
 今までは独り暮らしだったが、今は居候が3人もいる。毎日作る食事の量が増えて、買い出しをしなければならない量も増えた。メルフラルにとってはそれは迷惑なことではなく、少し新鮮なことで、むしろ日常のささやかな楽しさとして受け入れていた。
 時折ジンがメルフラル宅にやってきて泊めることもあって、ジンの好みなんかは把握していたが、クラウスとトゥールのことはよく知らない。と言っても2人は警戒しつつも何を出しても普通に食べてくれるので、何を買っていったって構わないだろう。そう考えて、メルフラルは適当に安売りしていた野菜や肉を手にとって買い物を進めていった。

 店で買ったものを持参した鞄に詰めて、店内を出る。店の入り口をぼんやりと眺めて突っ立っているクラウスとメルフラルの視線が交差した。

「はい、お待たせ」

 メルフラルは両手に持っていた鞄をクラウスに差し出して言う。急に渡されたので、咄嗟に受け取ってしまったクラウスは鞄の重さに狼狽えながらも、なんだよこれ、と軽く反駁する。

「何って、荷物。あなたを連れてきたのは荷物持ちのためだからねぇ。しっかり役だって貰うわよ」
「はー? そんなの聞いてねぇぞ!」
「ええ、言ってないもの。卵入ってるから、落としたりぶつけたりしたら割れるわよ。気をつけてね」

 クラウスは文句があるのか、数回口を開閉させたが、考えるのも面倒になってしまったらしく、大人しく肩から鞄を下げてメルフラルの後に続いた。
 その後も数件店を回って、メルフラルの買い物に付き合わされたクラウスは、日が傾く頃には少しクタクタになってしまっていた。
 買い物と、ただ目についた気になった店内を覗いてプラプラするだけのメルフラルに付き合って、もう二度とコイツなんかに同行しないとクラウスが心に誓った辺りで、彼女は突然思い出したように手を叩いた。

「折角ソレイユに来たんだから、行かなくちゃならないところがあったわね」
「まだどっか行くのかよ。荷物重いし、帰りてぇ」
「ふふっ。あと少しだけだから、もう少し頑張って。さあ、行くわよ」

 楽しげな彼女に連れて行かれた先は、街を少し外れたところにある丘の上。傾いた陽で黄昏色に彩られた広い花園だった。
 少し風が吹けば、咲き誇る花々の甘い香りが薄っすらと届く。赤、ピンク、紫、オレンジ、黄色、何色もの花が並ぶ、鮮やかな景色と、夕陽で黄金に輝く雲の切れ間。それは、つい溜息を吐いてしまいそうなほどの、絶景だった。

「わあ……」

 クラウスは肩にかけた荷物の重さなど忘れて、その光景を口を半開きにしたまま呆然と眺めていた。花なんて全然興味ないのに、それでも黄昏の花園はクラウスの心を奪った。生まれて初めて目にする見事な景色を、クラウスは見つめ続けた。メルフラルも、同じように。彼の傍らで黙って彼と花園に視線を落としていた。日が完全に沈み、黄昏が失われるその瞬間まで。

「……昔、聞いたことがあるんだ」

 薄暮の蒼が空を薄く染め始める頃、クラウスはぽつりと口を開いた。メルフラルに話すため、というよりはもっと、誰でもない何かに伝えるような、つぶやきにも似た口調で。きっと、普通の心境だったなら、メルフラルには話さないような内容だった。

「おかーさんの生まれた街の側には、広い花畑があったんだって。それが、ここのことなのか、もっと違うどっかなんかは知らねえけど、綺麗だから、いつかオレのこと連れてってくれるって言ってた。故郷の景色を見せたいんだって」

 白藍色の空の下から見る花園もまた、先ほどとは違った美しさがあった。静かなる青が照らす花びらは、穏やかな美を確かに持っている。クラウスはその姿を見て、少しだけ感傷に浸りながら、

「もう無理だけどさ」

 小さく掠れた声で呟いた。
 二度と会えはしないヒトとの、果たされなかった約束は、永久に果たされぬまま。忘れてしまえればいいものを、忘れたくないからいつまでも記憶に残り続ける。母との想い出に縋り付くクラウスが、離したくないと喚くから。それが余計クラウスの心に深いヒビを残しているのだとしても。
 メルフラルはそれを聞いても何も言わなかった。ただ、薄暗い光の中の花々に視線を落としたまま。クラウスの方には、見向きもせず。
 空には星が瞬き始めていた。
 死んだら、ヒトは星になる。クラウスがいつの日か口にしていた言葉だ。クラウスは空を見ていた。彼の母親もまた、空の光の一つになってしまったのだろう。手を伸ばしても、届きはしない、途方もなく遠い光に。
 メルフラルも、なんとなく空を見上げた。

「綺麗な星空だわ」

 クラウスと同じことを考えていたから、星を見ていたのかもしれない。でも、メルフラルはクラウスの話したことについては触れようとしなかった。

「……そろそろ、帰りましょう」
「うん」

 クラウスは肩にかけていた荷物を背負い直して、小さく相槌を打つ。そうして、二人は駅に向かって歩いていった。なんとなく開いた距離間は、最初と変わらず。少し離れ気味に歩む。
 歩幅も、視線の方向も、一切合うことはない。それは互いが互いを見ようともしないから。
 見向きもし合わない。お互いに、相手のことに興味がないから。そういう二人の距離感は、遠く、絶対に埋まることのない隙間が空き続けていて。
 見ようともしないから、何も見えないまま。


***
愛のないメルクラ、という、友達の誕生日にリクエストを受けて書いた作品でした。ハッピーバースデー!
クラウスはメルフラルのこと嫌いだし、メルフラルはクラウスのこと興味ないし、相性最悪だけど、そのなんとも言えない距離感がいいなと思う。
あと、実はメルフラルのほうが数センチ背が高いのがいいなと思う。ところでこのスレも1周年です。