複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.19 )
- 日時: 2019/03/08 21:14
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
【Short】No.06 かさねるべにいろ
アイリスがタンザナイトに入ってきてから、どれくらい経っただろう。肩の上で切り揃えられた薄水色のシルエットを横目に、わたしはなんとなく考えた。ジンくんもアイリスも、随分打ち解けてきたと思う。でもやっぱり、わたしたちの間には、埋まらない溝があるみたい。そう感じてならないのだ。
ある日のお昼下がり。アイリスはわたしを見ているのに、その瞳にわたしの姿は写っていない。そんなふうに見えた。
ぼんやりと、遠くを──それこそ、わたしたちが簡単に行けないくらい遠くを眺めるみたいに、彼女はわたしの髪を見ていた。炎のような紅の長髪。なんとなく、アイリスがわたしを通して別の誰かを見ているのだと、わたしは気づいていた。わたしをちゃんと見てくれないのは寂しい気もしたけれど、でも、アイリスにあんなに優しそうな顔をさせた知らない誰かのことを思うと、わたしも少しだけ胸が痛かった。
少し前。一度だけ、アイリスの二の腕に巻かれた紫色のリボンについて聞いたことがあった。
アイリス。わたしが名前を呼んでも、一瞬反応が遅れるように見えて。アイリスは少し、リボンの話をされて動揺したのだと思う。二の腕に優しく触れながら、寂しそうな目をした彼女を見て、聞いてはならなかったか、とわたしは少し後悔した。
「ああ、貰ったんだよ。大事なヒトにな……」
わたしにだってわかる。アイリスとその“大事な人”は、もう二度と会えないのだろう、ということ。そんな誰かと、アイリスはわたしを重ねている。面影をなぞって、少しでも似たところを見つめる度に胸を痛めるのだ。わたしには、想像もつかないような痛みを、独りで抱えているのだろう。
儚く笑んだアイリスが、二の腕からリボンを外しながら、わたしに手招きをする。
「なあ、アケ。ちょっと髪に付けてみないか? お前なら絶対に似合うと思うんだよ」
「……うん」
不器用なアイリスのことだからクシャクシャになっちゃうだろうと思っていたのに、不自然なほど慣れた手つきでリボンは私の髪に結われた。
「おっ、やっぱ似合うじゃん!」
そう笑って、いろんな角度からわたしを見る。似合うのだろうか。じゃあなんで、そんな泣きそうな顔をするの。それは流石に聞けなかった。
代わりにわたしはアイリスを抱き締めた。
「お? どうしたどうした」
「きゅうに、こうしたくなったの」
「はは、なにそれ。まったく、アケは甘えんぼなんだから」
笑うアイリスの声に湿気が交じる。気づかないふりをして、わたしはさらに強く彼女を抱き締めた。温かい。細く頼りない彼女の腕が震えていた。
「しばらくこうしてていい?」
「……うん」
アイリスが泣き止むまでは、わたしがこうしてるから。どうか、もう悲しまないでほしい。
いつか、わたしたちと過ごすことでアイリスの傷が癒えるといいな。
時間はかかるかもしれないけれど、わたしはやっぱり、誰かが悲しそうにしていると悲しいし、誰かが苦しそうにしていると苦しい。だから一緒に笑っていたい。
わたしの願いはいつか、届くだろうか。
***
アケ視点のアイリスとのちょっとしたお話。アイリスのかつて大切に思っていた彼女もまた、紅色の綺麗な髪をしていたから、きっとアケを見る度に辛さが募っていくんじゃないかなと思って書きました。