複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.21 )
- 日時: 2020/12/07 18:01
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2187.jpg
「あなたの名前は、ロスト。わたしは、何もかも失くしたのよ。あなたのせいでね」
そう言って、母は亡くなったそうだ。
【本編】No.01 宵闇に咲くは花篝
15年前。バーコード殺しの“死神”と、漆黒の瞳を持つ彼女が出会った日。
愚かだったのは、母の方だ。勝手に生涯を捧げるほどに溺愛し、勝手にワタシを産んで、勝手に嘆いて、ワタシのせいにして。バーコードなんかと愛を誓いあって、本当に馬鹿馬鹿しい。
バーコードと人間の間には“欠陥品”が産まれる。ワタシは、翡翠バーコードとしてこの世に生を受けた。抱えた欠陥は、おぞましい漆黒の瞳。母の美しい青も、父の優しい緑も受け継がれることはなく、初めて目を開いた日、ワタシの顔に埋め込まれた2つの漆黒に、母は酷く絶望したそうだ。そのショックのせいなのか、別の理由かよく知らないが、母はワタシがもっと幼い頃に亡くなったらしい。
小さな村だったから、翡翠バーコードの子が産まれたことは簡単に広まった。けれど、村の誰もバーコード駆除──ハイアリンク達を呼ばなかったのは、その村ではハイアリンクが災いを呼ぶものだと密かに信じられていたからか。
母が亡くなったあと、群青バーコードである父と、母の母……ワタシの祖母に当たるヒトが、ワタシを育ててくれた。翡翠バーコードであるワタシが生まれた時点で、父がバーコードであることも村に広まっていたから、ワタシ達は当然村の人たちから疎まれていた。幼くとも、なんとなくその現状は理解できていた。
きっと全部、ワタシのせいなんだと。
バーコードは皆、〈能力〉を持つモノだと、教えてくれたのは父だった。傷付いた小鳥の翼に父が触れると、たちまちその傷は癒えていった。生命力を与えるチカラ。ワタシとは正反対の、優しい〈能力〉。
ワタシに顕現した〈アマデトワール〉は、星屑の名を持つ、上空から降り注ぐ災厄。破壊のチカラだった。空から爆発物を落とす〈能力〉らしく、それをワタシが得たのは必然のように思えた。運命を呪ったワタシに、神様が唯一与えてくれた矛。
「──……」
こんなことをすれば誰かが死ぬことを理解できないワタシでもなかったし、ワタシがやったとわかったら、ハイアリンクが殺しに来るのだって予想できた。悪いことをしてることはわかっていたけれど、それでよかった。
全部、壊して、失くしてしまいたかったから。父も祖母も、村のヒトたちも、生まれ育った家も、母の名残も、ワタシが生きてきた証も。全て。
夜空には星が瞬いていた。どこまでも続く闇は、ワタシの目と相違ないけれど、夜の暗がりには星がある。ワタシとは違うのだ。
燃える家々を眺めて、自分の家だった瓦礫を眺めて、少しだけ満たされたような気持ちになる。こんな瞳で、こんな〈能力〉で生かされた事への抵抗をしたかった。
呪った運命に復讐をできた気がして、ワタシはその瞬間だけシアワセだと思った。
〈アマデトワール〉は、ワタシが祈ると、彗星のように光の尾を引きながらワタシの家を壊した。次々に、無差別に、いくつもの家々に〈アマデトワール〉は降り注ぎ、村は騒音と悲鳴に呑まれていって。
瓦礫に押しつぶされたヒトもいただろう。何かが引火して起こった火災に巻き込まれたヒトもいただろう。どうにか逃げ延びたヒトも居たのかもしれない。
暫くして、燃え盛る炎と、軋む木の音しか聞こえない壊れた故郷を眺めて、ワタシは虚しく息を吐いた。
ロスト。
こんな名前を与えられて、常に誰かの仄暗い感情の中にいたワタシに、祖母と父は何を求めたの。母だけでなく、彼らだって、ワタシのことを少なからず疎んでいたはずじゃないか。
「あなたの名前は、ロスト。わたしは、何もかも失くしたのよ。あなたのせいでね」
母は、そう言って亡くなったそうだ。誰も彼も、ワタシを疎んでいたはずで、でもきっと、一番ワタシの存在を否定したかったのは。運命を否定したかったのは。
ワタシ自身。
何かを奪うだけの存在でしかなかったワタシだから。こうすることで、何か、ワタシとして成せたような気分になって、誰かに殺されるのを待つだけで。
でもきっと、ワタシはワタシに成れたのだ。
「さよならロスト。いい夢を見に行こう」
漆黒で見た世界は、きっと美しかった。これがシアワセの果ての眺めなのだと、信じて疑わなかった。
呪った運命に、別れを告げる。宵の下の炎は何よりも美しいはずで。
***
「こんばんは。良い夜ね」
終わる筈の世界で、死神に会ってしまったのは。きれいな言葉は嫌いだけれど、それはきっと奇跡と呼べる。
夜の闇に燃える炎で浮かび上がったのは、高い位置で結ばれた桜色の髪を風になびかせる少女。ロストよりはいくらか歳上のようだが、それでも彼女は誰がどう見ても、ただの少女だった。故に、異質なのだ。こんな真夜中。それも、村のヒトたちは殆ど逃げてしまった半壊した村で、死人だって沢山いるはず。最初に壊したのは忌々しい自分達の家だったから、少なくとも家族はちゃんと死んだはず。そんな場所で、ただの可愛らしい少女に出会うことが、酷く異質だった。
少女はロストの瞳をじっと見返して、僅かに表情を歪める。ロストの目を見た大半の人間がする反応で、それに慣れてしまったことが悲しくもあった。
「真っ黒な目。初めて見たなあ。あなた、翡翠バーコードでしょう? コレ、あなたがやったの?」
少女は村の惨状に目を細めながら問う。しかし、ロストは答えるよりも先に、自分の疑問に答えを出せないと、話せなかった。
「あなたは、誰」
「……命を奪う者。“死神”かな?」
くすくすと笑うくせに、何処か不自然な笑顔が不気味に感じられて、ロストは表情を歪める。それは、ロストの目を見た人間がよくやる仕草と同じだと気が付いて、なるほどこんな感覚なのか、とひとりで納得した。
彼女の答えとなっているようでなってない回答に首を傾げつつ、彼女がそれ以上正しくロストの疑問に答えてくれるとは思えず、そのまま話を続けた。
「あなたが死神なら、ワタシの命を奪いに来たの」
「そう。私はバーコードの命を奪う死神。ソレイユの近くにある小さな村で、バーコードの子と親がいるって噂があったから、殺しに来たんだけど」
殺す。柔和な雰囲気を纏った少女から容易く吐き出された残虐な言葉は、余りにも不釣り合いで。でも、10歳にも満たない子供であるロストも、たった今大量虐殺をしたばかりだ。釣り合うかどうかなど、あまりにもどうでもいいことなのだろう。
「父は、ワタシが壊したよ」
そう伝えると、少女は驚く様子もなく、淡々と事実を受け止めて、そうなの、と短く返した。
「私、あなたを殺しに来たんだけど。なんだか随分落ち着いてるね。まるで、殺されるのを待っていたみたい」
「産まれた瞬間から、ワタシは壊していた」
ロストがそう呟くと、少女は興味深そうに目を瞬かせた。
「最初に、家族の平和を。次に母の命を。次にこの村の平和。わからないけど、もっと他にも壊してたのかもしれない。そしたら、ワタシってなんで産まれたんだろって、なんのために産まれたんだろって、色々考えて」
ロストは目を伏せて、続ける。
「全部が恨めしくなって。全部、壊れればいいのにって、思った」
「……そう、なの」
桜色の少女は、首に巻いていた赤紫色のマフラーになんとなく触れる。
ロストは自分が殺されることを理解し、強く望みながら、ふと、思いついたように口を開いた。
「ねえ。ワタシも、壊したい」
キョトンとする少女に詰め寄って、ロストは言い募る。
「あなたがワタシを壊し、これからも誰かの命を壊し続けるというなら、一緒に居たい」
「……」
「ワタシは、ワタシをつくった世界を。壊したい」
深淵の瞳は、少女をじっと見つめていた。完全なる闇が、何もかも嚥下して、無に還してしまいそうな。自然と、少女の恐怖心を煽った。
ロストは周りの全てを恨んでいたから。その漆黒の瞳も、生まれた瞬間から胸に刻まれた翡翠のバーコードも、共に与えられた〈アマデトワール〉という能力も。こんな名前を付けた母も、普通に育てようとした父と祖母も、村のヒトたちも、何もかもを恨み、世界を呪った。
だから、ここで少女に殺される前に世界に復讐をしたかった。八つ当たりでしかないかもしれないが、彼女と共にバーコードを殺す。そうすることで、少しでも気が紛れるかもしれない。そう思って。
「お願い。ワタシは、」
「いいよ」
少女は、ロストを受け入れた。
今まで、どんな命乞いをされようとただ薄く笑って、一息に殺してきた。躊躇すれば、本当に殺せなくなってしまうかもしれないから。ならば、何故この瞬間、少女はロストの願いを聞いたのか。殺し飽きたから? 独りに耐えきれなくなったから? その答えはきっと、少女本人にさえわからない。強いて言えば、気まぐれか。否──。
桜色の髪をふわりと揺らしながら、少女は微笑む。
「私は死神。訳あって、バーコードを殺し続けている。壊すって、つまり、私の手伝いを──一緒にバーコード殺しをしてくれるって認識でいいんだよね?」
ロストはこくりと小さく頷く。
「ふうん。いいの? 私、あなたを私の目的に利用して、最後は死んでもらうけど」
「それでいい。ワタシ、最期はあなたに終わらせてほしい」
「……今死にたくないからって、ここで生かして貰って、隙を見て逃げようとしてない?」
「そう思うなら今ここで殺してもいいよ。ワタシはあなたと一緒に壊したいんだ」
「へーえ……」
変な子だね。苦笑を浮かべながら彼女はそう言った。
少女は、吸い込まれそうな漆黒の中に、何かを見出したのだ。黒は、嫌いな色だった。自分の胸に刻まれた不死の呪いと、同じ色をしているから。黒は怖い。
ああそうか。同情していたのかもしれない。少女を輪廻の輪から弾き出した漆黒バーコードと、ロストの瞳の漆黒。ロストもまた、黒に呪われた存在だと思ったから。自分と重ねて同情したのかもしれない。
「あなたの名前は?」
「──ロスト」
失った。そんな意味の名前。彼女は、生まれた瞬間から“失っていた”のだろう。
「そっか。これからよろしくね、ロストちゃん」
少女はロストの頬に手を伸ばした。気の毒に。心の中でそう唱えて。
***
「ロストちゃーん?」
昼下がり、木に寄りかかったままうたた寝する彼女の名を呼ぶのは、15年前出会った日と変わらぬ姿の少女。桜色の髪を高い位置で束ねて、前髪を編み込みにしている、どこにでもいるような可愛らしい少女だ。その正体は、100年以上生きる、“漆黒”に呪われた恐ろしい死神なのだが、それを知るのは、寝ぼけ眼を擦るオレンジ色の髪の彼女、ロストくらいしかいない。
ロストの顔を覗き込む少女の姿に安心して、ロストは小さく笑った。
「昔の夢を、見ていました。アナタと出会った日の夢です」
「へえ、懐かしいね。アレから何年経ったかなあ」
少女もロストに釣られて口元を緩めた。それから思い出すように視線を泳がせる。彼女もロストと同じ記憶を辿っているのだろう。
「アナタと出会って、ワタシの運命は変わった。それが良かったのか、悪かったのか、よくわかりませんが」
ロストは木の表面に手を付いて立ち上がる。少女と同じく、“漆黒”に呪われた双眸で、晴天を見上げて。
「アナタの隣が、ワタシの居場所です」
少女は一瞬キョトンとした顔をしていたが、再び口元を緩めると、そっか、と小さく声にして、踵を返した。