複雑・ファジー小説
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.28 )
- 日時: 2020/12/07 17:02
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
【番外編】No.10 誓イハ焼ケ爛レ(後編)
紺色のクセ毛を耳の上で2つに結んだ女と、義足の女が並んで街を征く。
「平和な街ですね」
「平和だねえ。何にもなかったね」
吹き付ける風の香りは微かに甘い。街の至るところに花が植えられているのと、民家を抜ければ、観光地として有名な花園があるからだ。ハイアリンクとして仕事で訪れていなければ、そちらにも足を運びたかったし、髪を2つに結んだ彼女、トトが花園を見に行きたいと口にすれば、最もな理由をつけて、2人仲良く観光を愉しんでいたことだろう。……仕事中にも関わらず。
それをしない理由は、トトの前髪を少し伸ばして隠していても、隠しきれていない顔の大きな傷。それから、義足の女、オーテップが花畑を歩けば、ただでさえ忌避の目を向けられていた2人を、更に疎むような視線に晒されることになると理解していたからだ。
ソレイユは、人が特に賑わう観光地として有名な街で、紅蓮バーコードの被害が最も少ない。その理由は不明だが、ハイアリンクが立ち入る機会も少なかったため、街の人達がもの珍しげな視線を向けたり、忌々しげに見つめてきたり。おそらく、ハイアリンクがバーコードを呼び込む、とでも考えているのだ。バーコードが先かハイアリンクが先か。鶏と卵の話のようだ。
「ソレイユはいいとこですね。アモルエとは大違いだ」
義足の女が、そんなことを口にした。群青バーコードである彼女が。視線についてはあまり気にしてないようで、ただ、街並みを眺めてそういう感想を抱いたらしい。
「そもそもあの街は昔、研究施設が多かったからね。だからバーコードの目撃情報がやたら多いんだろうねえ。まあ、それもほとんど壊されちゃったらしいけど。“死神”にね」
“死神”。半ば都市伝説のような扱いを受けているが、それは実在する。殺戮の〈能力〉を持つ不死身の桜色のバケモノ。バーコードを消し去るために今も何処かで殺戮のチカラを振るい続けているのだろう。
義足の女──オーテップは、ぼんやりとトトの横顔を見つめながら、呟くように口を開いた。
「トトさんは、不思議ですよね。私達を普通に扱って下さる」
ハイアリンクの人間達は、カイヤナイトの群青バーコードに冷たいはずなのだ。
トトは、少し首を傾げて見せて、答える。
「ハイアリンクの殆どが、バーコードに良い感情を抱いてないだけだよ」
「それもそうでしょうけど、あなただけが、私達と対等に接して下さる……」
だから、トトの対応にオーテップは、疑問を抱いていたのだ。まるで友達くらいの感覚で物を言うこともある彼女のことが、不思議だった。
トトは小さく微笑む。それから、思い出すような遠い目で、空を眺めた。
「わたしは、バーコードを恨んでないからね。むしろ、愛おしく思う」
「だから、私の後輩を殺さなかったのですか」
オーテップは真剣な眼差しでトトの横顔を見つめた。大きな傷のある目元と、視線は合わない。ただ、トトも真剣な表情で空を見る。
オーテップの後輩──。責任感の強さか、野心の強さか。若さ故に無謀なことを実現できると空想した、愚かな群青バーコード。そして、本当に実現させてみせた。人間に縛られることを拒み、群青バーコード達が人間と対等に、普通に生きることを許される未来を夢見て、カイヤナイトを脱走した彼。脱走し、自由を手にして、彼と彼らは“タンザナイト”と名乗って、逃亡生活という不自由で不完全な理想を叶えた。
脱走する際、彼らとトトは対面した。カイヤナイトから逃れることなど出来はしない。逃れようというのなら、その命は無い。……筈だった。
『ボクたちが生きるのを、邪魔するなッ!』
トトの耳にこびり付いて消えないあの日の言葉に、今も肩が震えた。恐怖ではない。ただ。
「……そんなところ。殺したほうがよかった?」
「いえ……。結末が変わらないなら、今更あの時どうするべきだったとか考えたところで、意味を成しませんから」
ただ、気圧された。彼の声とその蒼穹の瞳に、敵わないと思ってしまったのだ。
***
「先日、俺は炎を扱うバーコードを殺した」
部屋の中からルートの声がして、オーテップはドアノブに触れた手を引っ込めた。
「……未だに弟や家族のことがフラッシュバックするんだ。時々夢に見ては怖くなるし、憎くて仕方がない。この火傷も、家族も、全部バーコードのせいだ。だから、殺した。でも」
少し間を置いて、ルートは絞り出すような声で口にする。
「少しだけ、虚しくなった」
オーテップは黙ったまま、強く拳を握り締めた。
「俺は、バーコードを皆殺しにしてやるつもりでハイアリンクになった。なのに、あのバーコードの事が、やけに引っかかる。……でもきっと、俺はバーコードを恨まなければ生きられない。だから次に武器を手にしたとき、俺はまた、迷うこともなく引き金を引く。引けて、しまうのだと思う」
お喋りが過ぎたな、とルートの声。
オーテップは無表情に扉を見つめた。ルートの言葉の意味を考えて、ぐしゃぐしゃと、胸の奥でやり切れない思いが綯交ぜになって、黒く滲んでいくような感覚。
ルートが話していたバーコードが殺される瞬間、オーテップもその場に居合わせていたのだ。突きつけられた銃口を見据え、炎のバーコードは怯えるでもなく、命乞いをするでもなく、ただ、その深緑の双眸に誇りの炎を燃やしていた。最期の瞬間まで、気高く生きていた。
ルートは、そのバーコードの頭部を撃ち抜いた。
「ん? オーちゃん何してんの」
不意にオーテップにかけられる声があって、彼女はそちらを見る。遅れてやってきたトトが、首を傾げて立っていた。
「何でも、ありません」
適当に愛想笑いを浮かべて、オーテップはドアノブを引いた。それから笑顔で中にいる人物の名を呼んでみる。
「ルーさーん」
「……どっちを呼んだんだ」
ルーカスとルート。何方を呼んだつもりだったのか、とルートが訊ねる。
「まあ、どっちでもいいかなと思いながら呼びましたが。ただ今戻りました」
「少し遅かったな」
トトとオーテップは、平和で異常の無い街並をだらだらと見ながら歩いていたため、予定していた時間より少しかかってしまったのだった。
呆れて肩を落とすルートを見据えながら、オーテップは小さな声でぽつり。
「ルーさん」
ルートとルーカス、2人ともオーテップに視線を向ける。ちょっと面倒臭そうに顔をしかめながら、ルーカスがぼやく。
「だからどっちを、」
その声を遮って、オーテップは温度のない声で空気を震わせた。
「どっちだっていいです。ただ、殺したバーコードの顔を、忘れないで下さいね」
どっちでもいいなんて言いながら、その言葉はただ一人に向けられたものであって。オーテップはルートのワインレッドと黄金のオッドアイをひたと見つめる。目を逸らさせないような、縫い付けられたように錯覚してしまう視線に、ルートは一瞬呼吸の仕方すら忘れていたように思う。
「あなたが殺した。事実はただ、残るんだ。あんたの手は、血で汚れている」
突きつける言葉は、あの日炎のバーコードの頭部を撃ち抜いてみせた、弾丸のように。それを紡ぐ口先はいわば銃口のように。冷たく重苦しい、鉄の筒を頭部に押し付けられているみたいな息苦しさに、ルートは目を瞬かせた。
「……おい」
ルートはすぐに顔を顰めて、何か言い返そうとした。だが、結局何も言葉に変えることができなかったため、不快さが胸の中で、糸くずみたいにグシャグシャと留まったまま。居心地が悪いのに、吐き出し方はわからなかった。胸に居座るこの不快感は、これはなんだろうか。鉛球みたいに冷たく、居座って。
「そんなことよりも、街の様子はどうだったんだ。まさかサボってお花見なんてしてきてないねぇだろうな?」
黙り込んだルートの代わりに、ルーカスがそう言った。すぐにオーテップが答えようとしたが、トトが先に口を開く。
「ソレイユはお花だけじゃなくて町並みも綺麗だから、見回りしてるだけで中々の観光になったよー」
「なったよー、じゃなくてなぁ……」
「ああ、うん。異常無し。ソレイユの街は今までにもバーコードの目撃情報は無いし、やっぱり街の外れにある森とかに潜んでんじゃない?」
「なるほど」
ルーカスは腕を組み、視線を落として考え込む。その様子を横目で見ながら、ルートはオーテップにも話を振った。
「お前は何か気付いたこととかないのか」
先程少し失礼なことを言ったから、怒って話しかけてくれないと思っていたオーテップだったが、ルートは思ったより平然としている。自分の言葉はあまり響かなかったのか。それとも、表情に出さないだけか。
「そうですね、ペット飼ってる家が密集しているところがありましたよ。可愛かったなあ」
「何の役に立つんだ、その情報」
「癒やされますよ。わん」
「……」
オーテップを睨みつけて無言になったルートを見て、ルーくん猫派だよ、とトトが耳打ちする。
「ほう。では、にゃんの方が良かったですかな」
“ルーくん猫派”の情報は間違ってはいない。ただし、ルートではなくルーカスの方だが。誰も気付いてなかったが、ペットの話題が出たとき、ルーカスは僅かに目を輝かせていた。
ルートはオーテップの顔を鋭く睨み付けて、低い声で忠告する。
「今度俺の前でわんだのにゃんだの言ったら……分かっているな」
では、次はちゅんに致しましょうかと言おうとしたオーテップだったが、ルートの右手が懐に伸ばされてるのを見て、そろそろ本気で怒られるな、と口を噤む。
「んじゃあ、今度は森の見回りでも行ってくるか? オレと班長で」
ルーカスにそう言われて、そうだな、とルートは短く返事をする。
「じゃあ、私達は宿で待機してますので、何かあったらすぐにお呼び下さいね。犬のように駆けつけますから」
「もう犬ネタはいいっての」
ルーカスは苦笑いを浮かべて席を立つ。ルートもその後に続いた。
あの日殺した炎のバーコードは、無抵抗に死んでいった。それで、ルートは虚しくなったと言ったが、きっと、今回の任務でバーコードに遭遇したとしても、忘れられない憎悪がルートの体を突き動かし、迷わず命を奪うのだろう。
ルートは首筋の引き攣った皮膚に触れる。バーコードを殺す。そのために生きることは虚しいことかもしれない。そんなことをしたって、ルートの弟は生き返らないのだから。復讐は虚しい。それでも、復讐に身を焦がすことでしか生きられなくなってしまった。きっと、ルーカスも同じ。
彼らは、復讐のためにバーコードを殺し続ける。その誓いは、遠い昔に負った焼け爛れた皮膚に刻まれていて。
***
(水海月様提供:ルート)
(NIKKA様提供:オーテップ)
最初から誰かを恨みたくて恨んでる人なんかいないはずで、当然家族なんだから大切にしたかったはずだと思います。復讐を糧に生きるしかなくなったハイアリンクと、バーコードを恨まなければ生きられなくなったハイアリンクの話。
焼け爛れた皮膚と心に誓う。殺戮が彼らを救う、唯一の手段。
No.01から存在を仄めかしていたトゥールの兄の話でしたが、オリキャラでルートさんが投稿されなければ名前すら出る予定は無かったです(笑)